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第六話 大失敗


「光莉姉さんに関わらないでください!」


 言った。言ってしまった。

 いくら僕でもわかる。この発言が、目の前の怪物をいかに刺激してしまうかなんてことくらい。でも言うしかなかった、ここを乗り越えないと、姉さんは助からない。

 僕は歯を食いしばって、『鋭角』の顔を見る。そこには――


「……?」


 目を丸く見開いて、まるで『言っている意味がわからない』とでも言いたげの表情があった。


 ……もしかして、こっちの目的にまだ気づいていないのかな? だとしたら鈍すぎる、察しが悪すぎる。『鋭角』なんてあだ名も皮肉すぎる。

 仕方がない、ここはもっとはっきり言うしかないか。


「あの、すみ……」

「水島くん」


 だけど僕が言葉を続ける前に、『鋭角』は静かな声で話しかけてきた。


「薬師に関わらないでほしい……それは薬師本人も望んでいることなのか?」

「え?」

「そんなわけはない。薬師は俺の言うことを文句も言わずに聞いてくれている。きっと心の中では、俺の言うことが正しいと理解しているんだ。それを邪魔してはいけない」

「はい?」


 急にこちらを諭すような口調できたので、僕も戸惑ってしまった。でも、その言葉は光莉姉さんの心中をちっとも理解していないという点では一貫している。


「水島くん、『良薬は口に苦し』という言葉がある。確かに俺の言葉は薬師にとって辛いものかもしれない。だけどあいつには自分がクズだという現実を素直に認めることが必要なんだ」

「そんな……姉さんは!」

「聞くんだ! 薬師はどんなに努力してもどうしようもないほどのクズだ。ゴミと言っていいだろう。だけど俺が手を差し伸べてやることで、あいつはやっと普通になれるんだ。だからあいつは俺の言うことを聞かないなんてことは許されないし、きっと将来、俺に感謝することだろう」

「……」


 柔らかな笑顔で、とんでもないことを言っている『鋭角』を見て、どうしようもない怒りが湧き起こる。

 どうしてだ。

 どうしてこの人は、助けたいと思っている相手をここまで悪く言えるんだ。

 だけどその理由はわかってる。さっきも思ったけど、この人は他人のことをまるで見ていない。まるで知ろうとしていない。勝手に相手を見下し、勝手に相手を可哀そうだと決めつけ、勝手に相手の将来を悲観している。


 その考えが、いかに相手を傷つけているかも知らずに。


 ……許せない。光莉姉さんを、僕の大切な人を、ここまで悪く言う『鋭角』が許せない。そしておそらくこの人は、自分の言葉が僕を怒らせていることにすら気づかない。それがまた許せない。


 だから僕は、叫んでしまった。


「……あなたに! 姉さんの何がわかるって言うんですか!?」


 僕の大声に、教室にいた三年生たちも反応する。だけど僕はそんなことに構ってはいられなかった。


「さっきから聞いてれば姉さんのことをクズだのゴミだの言って! あなたが姉さんのことを追い詰めているってわかってます!? そんなことも気づかなくて、姉さんを助けるつもりなんですか!? いい加減にしてくださいよ!」


 もう止まらなかった。それほどまでに僕の怒りは激しかった。周りのことなんて気にならないほど、僕は矢継ぎ早に言葉を放っていた。

 

「はあ、はあ……」


 大声を出し過ぎて疲れてしまい、ようやく我に返る。そして僕は、ようやく気付いた。


「あ……」


 目の前にいる『鋭角』が、怒りに満ちた顔をしていることに。

 

 教室にいる三年生たちも、『あいつやってしまった』という顔をしている。それを見て、僕の心に恐怖が蘇ってくる。だけどもう、遅かった。


「上級生に向かって、なんだその口のきき方はぁ!!」


 僕の声より数倍大きな声が、あたりを震わせた。


「水島ぁ! お前の行動は薬師を堕落させるんだぞ! それが何でわからないんだ! まさかお前もクズなのか!? どうして世の中にはこうもクズが多いんだ! だからこんな世の中は間違っているんだ!」


 錯乱したかのように怒りをまき散らす『鋭角』に僕は対抗する術を持っていなかった。あまりにも大きな声に、身体をビクビクと震わせてしまう。


「よし決めた。これからお前も薬師と一緒に根性を叩き直してやる! そうだ、それがお前にとって一番いいんだ! お前らみたいなクズを構成させるのが俺の使命なんだ! これはもう決定事項だ!」

「あ、あの……」

「口答えするな!」


 だめだ、この人の価値観は揺るがない。この人の考えは直らない。どうあってもこっちの話を聞く気が無いんだ。

 どうすればいい? どうすれば……



「おいおい角谷、どうしたそんなに大声を出して」



 その時、僕の後ろから低い声が聞こえた。

 振り返ってみると、ワイシャツに夏物のスーツを着た爽やかな印象の男性――



「鈴木先生!?」



 ――鈴木みどりが、立っていた。


「全く、お前らしくないな。今は掃除の時間だろ? 何があったんだ?」

「先生! この水島という一年生が、僕に無礼な発言をしたので、注意をしてたんです!」

「ん、そうか。感心感心。そういうことなら、水島くんには先生が注意をしておくから、角谷は掃除に戻りなさい」

「……わかりました。それでは、お願いします」


 鈴木みどりに制されて、『鋭角』は素直に引き下がっていった。もしかして、『鋭角』も先生には反抗するつもりはないのかもしれない。そして多分、鈴木みどりはそれを知っている。だから安心して『鋭角』のことを放置できるんだ。


「さて水島、随分と面白いものを見せてくれたじゃないか」



 『鋭角』が離れると、鈴木みどりは僕に耳打ちをしてきた。



「……どうして、僕を助けたんですか?」

「ん? まあ先生としても、面白いからあのまま見てたかったんだけどな。生徒の一人に止めるように言われたからな。止めないわけにもいかないだろ?」


 そう言いながら、僕の後ろをチラリと見る。そこには、青みがかった長い黒髪を持った三年生の女の人が立っていた。


「さてとまゆずみ、角谷にはよく言っておくから、お前も掃除に戻れ」

「……はい」


 黛と呼ばれた女子生徒は、小さく返事をして教室に戻っていった。なんだろうあの人、なんかすごい『つまらなそうな』顔をしていたけど……


「全く、黛にも困ったもんだな。ああいうヤツが一番扱いにくい」

「あの人は?」

「ああ、まゆずみ 瑠璃子るりこっていってな。うちのクラスで一番『つまらない』ヤツだ。ま、その分『鋭角』が面白いからいいんだけどな」


 ……この人は、他人のことを面白いかどうかでしか表現できないのだろうか。


「……晶?」


 そう考えていると、今度は聞きなれたか細い声が聞こえてきた。


「光莉姉さん!」

「晶……なんでアンタ……ここに……」

「え、えっと……」


 どうしよう、なんて答えたらいいんだろう。


「ちょっと、こっちに来なさいよ」


 だけど答える暇もなく、僕は光莉姉さんに連れて行かれた。



「……アンタ、余計なことしてないでしょうね?」

「……」


 屋上に続く階段に連れて行かれた僕は、姉さんからの追及を受けていた。僕の行動自体は間違っていたとは思わない。だけど結果的に『鋭角』を刺激したのは確かだ。


「答えなさいよ……アンタ、私を助けに来たの……?」

「……」


 どう答えていいものかと考えていたけど、それが姉さんの怒りを誘ってしまった。


「……何か言いなさいよ!」


 そして姉さんが僕を殴ろうと腕を振り上げる。だけど、その腕が寸前で止まった。


「あ……!」


 姉さんは階段の下を見ている。僕もつられてそちらを見ると。


「……」


 僕たちをじっと見ている一人の女子生徒……さっき見た、黛さんが立っていた。

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