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第三話 理不尽


「……どういうことですか?」


 鈴木先生の言った言葉の意味が、すぐにはわからなかった。少し考えて、この先生が光莉姉さんの担任の先生であることは理解した。

 だけどそれだけだった。鈴木先生が言う、『光莉姉さんのクラスで起こっていること』の意味もよくわからなかったし、そもそも何でそれを僕に言うのかもわからなかった。


「あー、ちょっと言葉が悪かったね。もうちょっと直接的に言うべきだったか」


 一人でうなずいて納得する鈴木先生だったけど、少し後に身を乗り出してこう言った。


「……薬師さんがどうしてああなったのかを、君に教えてあげるということだよ」

「……!!」


 さすがの僕でも、今度はわかった。

 この人は、鈴木先生は光莉姉さんの身に何が起こっているのかを知っているんだ。なぜ姉さんが変わり果ててしまったのかを知っているんだ。

 どうして先生が僕にそれを教えてくれるのかはわからない。でも、そんなことはどうでもよかった。


「鈴木先生。ねえさ……薬師さんは、クラスで何かあったんですか?」

「そうだよ。それを君に教えてあげるのさ」

「教えてください! 姉さんに何が……」

「おっと、そんなに大きな声を出さないでくれよ。あんまり人に聞かれるとまずいからさ」


 人に聞かれるとまずい? どういうことだろう。

 だけどここは鈴木先生の言うとおりにしないと、姉さんの身に何が起こっているのかわからない。とりあえず大人しくしよう。


「……さて、冷静になってくれたところで、これを見て欲しい」


 そう言って鈴木先生が取り出したのは、電器屋さんなどでよく見る、ボイスレコーダーだった。小型だけど、クリアな音質で録音できると宣伝されていたような気がする。


「えっと、これは?」

「ああ、ちょっと静かにしててくれよ。今から再生するからさ」


 僕を制した先生は、ボイスレコーダーの再生ボタンを押した。するといくつかの雑音と共に、聞き覚えのある男子生徒の声が聞こえてきた。


「薬師! お前はもっと大きな声は出せないのか!?」


 辺りに響きわたっていたであろう大きな声は、ボイスレコーダー越しでも僕を驚かせるくらいに怒りを含んだものだった。この声、そして相手を威圧するような口調。

 

 間違いない。一ヶ月前に、光莉姉さんと話していた、あの上級生だ。


 僕が確信したところで、録音された音声はさらに続く。


「あ、あの、角谷すみたにくん、私は……」

「ああ!? 聞こえないぞ! そんなことだからお前はクズなんだ! いいか! お前がそんなことでは、このクラスの調和が乱れるんだ! お前が内向的で友達を作ろうとしないから、みんなが心配しているんだ! なあ、そうだろう!?」


 男子生徒と話しているのは、光莉姉さんの声だった。いつものようにか細い声だったが、レコーダーに近いために発言の内容も聞き取れる。

 一方で、姉さんから角谷と呼ばれた男子生徒は、周りに同意を求めるかのように問いかけいた。その後にいくつか小さな声が聞こえたが、何を言っているかまではよく聞こえなかった。


「どうだ、みんながお前に迷惑をしているんだ! 悪いと思わないのか!?」

「ご、ごめんなさい……」

「聞こえないぞ!」


 角谷さんが再度大きな声で姉さんを怒鳴りつけた後、何かを叩くような音が聞こえた。音からして、どうやら机か何かを叩いたようだ。


「今のお前はクズだ! みんなの足を引っ張る低脳だ! だけど俺がお前を救ってやるんだ! お前みたいなやつが、社会に、クラスにとけ込めるようにこうして根性を鍛えてやってるんだ! それについての感謝の気持ちすらないのか!?」

「え、か、感謝……?」

「この恩知らずが! 罰として課題を増やす! 明日までに挨拶の練習を百回行って録音しろ!」

「あ、あ、なんでそんな……?」

「口答えをするな! お前みたいなクズが! 社会の重要人物である俺の言うことに疑問を持つ資格なんてない! そんなこともわからないからお前は無能なんだ!」

「あ、う、うう……」


 そして、ボイスレコーダーからは姉さんのすすり泣く声が聞こえてきたが、角谷さんは尚も大きな声で姉さんを責め立てた。


「泣けば許されるとでも思っているのか!? そんなことでは社会で生きていられるわけがないだろう! こっちへ来い!」


 角谷さんが姉さんに命令した後、足音が遠ざかっていき、会話は終了した。それと同時に、鈴木先生は停止ボタンを押した。


「さて、ここまで聞いてもらったけど、どうだったかな?」


 先生が僕に問いかけてくるけど、僕の頭の中ではまるで理解が追いついていなかった。

 そもそも今の会話はどういう状況なのだろう。聞いた限りでは、あの角谷という上級生が光莉姉さんを激しくなじっているように聞こえた。じゃあまさか、角谷さんが姉さんをいじめているということなんだろうか。

 ……だとしたら許せない。僕の大好きな姉さんに、あんなひどい言葉を浴びせるなんて、悪質ないじめだ。


「あの、鈴木先生。この『角谷』っていう人は誰なんですか?」

「ん? ああ、それを言うのを忘れてたね。彼の名前は『角谷鋭一すみたに えいいち』。薬師さんのクラスメイトで、みんなからは『鋭角』って呼ばれてるね。あだ名の割にはめちゃくちゃ他人の気持ちに鈍いんだけどな」


 そう言いながら、鈴木先生は面白そうに笑う。この状況で何でそんな笑いが出てくるのかと少し腹が立った。

 でもこれで納得した。この『鋭角』こそが、姉さんが変わってしまった理由だ。こいつをどうにかすれば、姉さんは元に戻ってくれるはずだ。


「先生! 姉さんは、薬師さんはいじめられていたんですね? だったら、他の先生にもこのことを伝えましょう! そうすれば……」

「おっと、ちょっと待ってくれよ。水島は何か誤解しているようだけど、これはいじめじゃないさ」

「は?」


 いじめじゃない? 今の会話が? どういうことだろう。


「まあ聞いてくれよ。『鋭角』も言っていただろ? あいつは薬師が内気な性格だから、クラスにとけ込めるように協力してやってるんだよ。この会話だって別に薬師を追いつめたいわけじゃない。あいつは善意でやってるんだ」

「い、いやいや! そんなわけないじゃないですか! だって明らかに姉さんは嫌がってましたよ!?」

「だけどさ、『鋭角』は薬師がクラスのみんなと仲良くなれるように、挨拶の練習や発声練習にも付き合ってあげてるんだよ? そんな面倒見のいい生徒はなかなかいないぞ?」

「そ、それは姉さんが自分から角谷さんに頼んだんですか?」

「そうだよ。まあ、薬師がそう言っていたと『鋭角』に聞いたんだけどな」


 なんだよそれ。そんなの何の証拠にもならないじゃないか。


「鈴木先生……」

「ん?」

「先生は何で動かないんですか? 姉さんがこんな目にあってるのを知ってたんですよね? どうして姉さんを助けてあげないんですか? 先生なんでしょ?」

「おいおい水島、さっきも言っただろ? 『鋭角』は薬師と仲良くなろうとしているんだ。もっと言えば、薬師を助けようとしているんだ。それを教師である先生が妨害する権利はないだろう?」

「何言って……」

「あ、そうだな。これは独り言なんだけどさ」


 そして鈴木先生は、さきほどまでの爽やかな笑顔を一変させて、どろりと濁った笑顔を見せた。


「『鋭角』なんだけど、こいつ面白いじゃん? だって、『薬師を助けたい』とか言いながら、薬師の気持ち完全スルーなんだもん。いやー、久々に先生も笑いのタネが出来てさ、毎日楽しいだよ。やっぱり面白さがないと、人生つまらないだろ?」


 ……ここに来て、僕はようやく理解した。


 鈴木先生は……生徒のことなんてこれっぽっちも考えていない。そういう人だったんだ。


 そしてそんな人が担任をやっているのが、光莉姉さんがいるクラスなんだ。だから『鋭角』が放置されているんだ。


「鈴木先生……僕はこのこと、他の先生に言います!」


 僕はボイスレコーダーに手を伸ばそうとしたが、その前に鈴木先生が素早くレコーダーを取り上げ、ポケットにしまう。


「おっと、これは先生の物だぞ? 他人の物を勝手に持ち出すのはいけないだろう?」

「……あなたは!」

「まあね、別に他の先生方に言ってもいいぞ? 先生はここにいられなくなっても、他の学校に行くだけだし、実家に戻ってニート生活を満喫してもいいかなとも思ってるからな。だけど薬師はどうなる? 下手に『鋭角』を刺激したら、ますます薬師を『助けようと』するかもしれないなあ」

「……!」


 ……なんでだ。

 僕たちは平和に暮らしていたのに。どうしてこんな身勝手な人たちに振り回されないといけないんだ。僕と光莉姉さんが何をしたっていうんだ。


「さて、これで話は終わりだよ。せいぜいこの学校を面白くしてくれよ水島?」


 ボイスレコーダーを持ったまま、鈴木先生は部屋を出ていってしまう。


 僕はその背中を見て、どうしようもないほどの悔しさに歯を食いしばるしかなかった。

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