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眠れない夜に

作者: 富山晴京

 月明りの世界を照らす夜、一人の少女が寝付かれないことに悩んでいた。名前をメアリーという。

メアリーにはそういった夜が幾度となくある。そういった日は苦痛だ。明日眠くならないようにと、早く寝なくてはと瞼を必死に閉じるのに、そうすればするほどに、意識はさえてくるのだ。

 メアリーは枕をたたいた。そうしてまた頭を枕に落とした。そして瞼を閉じた。

 その時、甲高い物音がした。かちゃん、かちゃんと静かな夜の家の中に物音は響いた。メアリーは背中にざわざわと冷たいものが走ったような感覚を覚えた。心臓の鼓動がどくどくと胸に響いた。

 メアリーは物音に耳を澄ましながら、考えを巡らせた。こんな夜に誰であろう。泥棒か。だとしたら、恐ろしい。下手に気付いたそぶりを見せたりすれば殺されるかもしれない。しかし家具が盗まれていくかもしれないのに、黙ってい見ているのか。メアリーは葛藤の中じっとベッドに身を潜らせていた。

 椅子が動く音がする。床の上に何かの落ちる音。食器同士がぶつかり合う音。メアリーはどの音もなんとなくだが、正体を掴んでいた。

 メアリーは物音を聞いていて気になったことがあった。泥棒の足音は?メアリーはさっきから耳を澄ませていたが、一度たりとて泥棒の足音を耳にしたことはなかった。

 そしてまた、もう一つメアリーには気になっていることがあった。メアリーはずっと、頭の中で物音を頼りに泥棒の身動きを想像しようとしていた。ところがちっともそれが成功しなかった。それというのも、物音の一つ一つに関連性を見つけられなかったのである。

 たとえば、食器のぶつかり合う音がする。これは食器を盗んでいる最中だと思われる。ところがそのあとに椅子の動く音がする。そこで泥棒の動きが追えなくなる。どうして、食器を盗んだ後に椅子を動かす必要があるのか。そこでメアリーは無理にでも椅子を動かしたのは高いところにあるものをとるためだと考えるようにする。しかしそこで思い出す。うちに、いすを使ってまで取り出さなきゃならないほど高いところにものは置かれていないと。ざっと、こんな具合に泥棒の動きは追えなくなってしまうのである。

 十分ほど物音は続いた。メアリーはいつまで物音は続くのだろう、何がとられたのだろうと不安に胸を締め付けられるような思いでいた。

 そのとき、とうとうに物音がやんだ。メアリーは盗みが終わったのかと思った。

 しかしそうではないと思いなおす。出ていく音がしなかったからだ。では、動きを止めただけ?どうして?

 メアリーは泥棒が、起きた自分に気付いたからではないかと思い始めた。泥棒が自らの犯行に気付いたものがいると感づいたのかと思った。

 殺されるかもしれない。そう思ってメアリーは身を固くした。しかしいつまで待っても、誰の足音も響かなかった。

 足音の聞こえないはずはなかった。この静かな夜に、いかに静かに歩いたところで物音の響かないはずはない。ましてや、うちの床はだいぶ傷んでいるから、ちょっと歩いたって物音が響くのだ。

 足音はいつまでもしなかった。出ていくような物音もしなかった。そのうち、メアリーの意識は徐々に眠りの直前にあるぼやけたような世界へと移り始めた。そしていつの間にか意識は途絶えていた。


 朝起きると、もうすでに朝食のにおいがあたりに立ち込めていた。母親が起きているようだった。

 母さんは食器が盗まれたことに気付いていないの?メアリーは疑問に思った。すぐさま身を起して、昨日物音がした、食卓と食器のあるところへと向かう。

「おはようメアリー」

 メアリーの母親が挨拶をした。

「おはよう」

 メアリーは食器を見る。しかし減っている食器は一つとしてなかった。メアリーはいよいよ何もかもわからなくなった。

「母さん、何かものが盗まれたりしてなかった?」

「え?」

「あのね・・・・・・」

 メアリーは昨日の夜に起こったことを話した。

「ついさっき食器は出してみたけど、足りなくなっているものなんてなかったよ」

 母親は言った。メアリーと母親はほかに何か盗まれているものがないか探した。しかしそんなものは一つとしてなかった。

 そしてとうとう、母親はメアリーが寝ぼけていたのだと断じた。メアリーもまた、そう思い込んだ。

「それよりもメアリー、椅子はちゃんと戻した?」

「え?」

「朝起きてみたら、椅子が変なところにあったのよ。ほら、この食器棚の前のほうにまで。それと、床に人形が落ちていたんだよ」

「知らないよ」

「そう、まあ椅子を動かしたら片付けておくんだよ」

 その疑問はわからずじまいのまま、追われる時間の中に流されてそれなりとなってしまった。

 そしてまたその日の夜。物音がまた聞こえてきた。メアリーは昨日の夜ほどには怯えなかった。しかし新たに物音の正体がつかめないことによる、もやもやした気持ちが胸の中に萌した。

 そして翌日、メアリーはゆすられることで朝を迎えた。

「メアリー、あんたいたずらしなかった?」

「んん?」

 母親に引っ張られるようにしながら、メアリーは起き出した。そして食器棚を見せられた。食器がすべてさかさまにおかれていた。

「これ、あんたがやったの?」

「知らないよ。あたしこんなことやらない」

「うん、まあ、そうよね・・・・・・」

 まったく昨日と同じようなやり取りを繰り返し、そしてまたこの問題は忘れ去られた。

 しかし次の日も、そのまた次の日も、物音は続いた。そして翌朝に何かしらのいたずらのような痕跡が見つかるという日々が続いた。

 それが一週間も続いたころにはいたずらもひどくなってしまっていた。ある時は床中が水浸しになってしまっていた。おかげでその日は家族総出で床を拭くことになり、だいぶ苦労されられた。

 これにはとうとう、母親も父親も起りだした。メアリーは問い詰められた。しかしメアリーはやっていないという。ではどういうことなのだと両親はなおメアリーを問い詰めた。メアリーは問い詰める両親を前にして泣いた。

 メアリーはその夜、とうとう決心した。どうしても物音の正体を見てみせる。

 そして案の定というべきか、その日も物音は聞こえてきた。メアリーはそっとベッドから起き出した。そうして、そっと、そっと足音を忍ばせながら、物音のする方へと歩いていった。

 椅子の動く音がする。調理道具の落ちる音もした。

 そうしてメアリーはとうとう、食卓のある部屋に近づいた。物音は依然としてやんでいなかった。

 メアリーは頭を物陰から出した。

 床に何かが立っていた。それは物陰から頭を出しているメアリーを凝視していた。それの顔がわずかな月明りに照らされて、メアリーの目にも確認できた。それは醜い容姿の、しわくちゃの老人のような顔をしていた。その顔には邪悪な表情が浮かんでいた。この上なく嫌悪感を呼び起こす顔であった。

 その体の形は人間そのものだった。しかし身の丈は驚くほど小さい。せいぜい、膝の丈ほどだ。

 メアリーは目が合ったまま、そらすことができなかった。と、それはふいとそっぽを向いて歩きだした。それの姿が物陰に隠れる。メアリーはそれの姿を目で追おうとした。しかしそれの姿は見えなかった。

 メアリーの見たものは家の中から姿を消していた。


「母さん、ゴブリンだよ」

 メアリーは母親に訴えた。メアリーは自分が昨日の夜、目にしたものを知っていた。ゴブリンという名前の存在で、家に悪戯などをして災いをもたらすという妖精だった。

 メアリーはしかし、知ってはいたもののそれが実在するとは思ってはいなかった。それまで一度だって目にしたことはなかったし、またそれが家に現れたなどと言う話も聞かなかったからである。

 当然、母親はメアリーの話を信じてはくれなかった。

「お前はなんて愚かなの。自分のいたずらをそんな迷信でごまかそうとするなんて。親を何だと思っているの。あたしをおちょくるんじゃないよ」

 母親はメアリーを怒鳴りつけた。

 メアリーはその日以来、二度とゴブリンのことを口には出さなくなった。夜に物音がしても、朝に悪戯がなされていても、心の中であの醜悪な化け物の姿を思い浮かべながら、じっとしていた。


 寝る前のことであった。メアリーは母親が床に何かをまいているのを目撃した。

「何をしているの母さん?」

「いや、ちょっとね、亜麻の種をまいているのさ」

 メアリーにはそれが無駄なことに思えてならなかった。どうしてそんな珍妙なことをするのか皆目見当がつかなかった。

「ばあさんが言っていたんだよ。ゴブリンのいたずらを鎮めるんなら亜麻の種を床に撒くといいって」

 メアリーは驚いた。あれほどこっぴどく自分を叱った母親がゴブリンのことを信じているとは思わなかったのである。

「もしこれでいたずらがおさまったんなら、あんたの話を信じてもいいよ。その時は謝る」

 メアリーはその夜、眠らなかった。胸が高鳴っているのを感じていた。耳をずっと澄ましていた。

 しかしいつまでたっても一向に物音はしなかった。

 翌朝、メアリーは食卓のあるところを見た。見ると、食卓に何も変化はなかった。何も変化がないことこそ変化だった。ただ、床に落ちている亜麻の種の数が少しだけ減っていた。

 その翌日も、そのまた翌日も母親は種を床にまき続けた。いたずらは起こらなかった。

 そしてとうとう、種をまくのをやめても、いたずらは起こらなくなった。メアリーはその時、家からゴブリンのいなくなったことを知った。

 メアリーが眠れない日は時折あった。しかしその日を境に一度も、夜の家の中に物音が響いたことはない。


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