第四話 冬の女王が住んでいたところ
「シャルロッカ、いつもの本は?」
シャルロッカはヘイミッシュの質問には答えず、紙に描いた絵をみせました。
「見て見て、お兄ちゃん。シャルロッカだよ。うまいー?」
「ああ、うん。上手だね」
シャルロッカは笑顔いっぱいになってまた絵をかきはじめました。
「いつもの本は、読まないの?」
「うん。絵をかくの」
シャルロッカは額に汗を浮かべていっしょうけんめい絵をかいています。
「今度はなあに?」
「じゃましちゃだめー!」
「ハイハイ。ぼくも続きを書くから自由におかきよ」
そこにおばあちゃんがやってきました。
「いつも焼き上がりの頃になったらシャルロッカがやってきてたのに、最近はまったくだねえ。こうして絵ばっかりかいているんだよ」
「どうしてシャルロッカは絵に夢中なんだろう」
「おや、わからないのかい」
「お兄ちゃんみてみてー! お兄ちゃんかいたよー!」
「え、これ、ぼく? どう見たらいいのかなあ」
「うまいー?」
「あはは、うまいね。あ、もしかしてこの生き物にのってるのぼく?」
「そう! お兄ちゃん! サンタンにのってるの。ケティもいるよ」
「じゃあ真ん中のは塔の街で、隣は大きな木だね」
「そうだよー」
「でも、なんでみんな大きな亀の背中の上にいるの」
「えー、わかんないのー?」
ヘイミッシュは困っておばあちゃんを見ました。
「シャルロッカはお前の物語のさし絵を描こうとしているのさ」
「ぼくの――――――物語―――さし絵。・・・ああ!」
ヘイミッシュは紙をシャルロッカに渡して、頭をたくさんなでました。
「シャルロッカはなんてすごい子だろう。ぼくは<オオトヨアキツ国><テラドゥヴェラォン領><春王朝>と廻ってきながらそのことに思いいたらなかった。でもシャルロッカはぼくの話を聞いただけでその発想にいたるなんて」
「シャルロッカすごい?」
「すごいよ! そうさ、この国は海の上をただよっていたんだ。このウミガメのように」
「えへへへへ」
シャルロッカは喜んでおばあちゃんのエプロンに顔をうずめました。
「おばあちゃん。この国がシャルロッカの想像通りかどうか、ぼくは<玄の山>を越えてたしかめなければいけません。サンタン! ケティ!」
「パンは焼きあがっているよ。気候はよいけど気をつけてお行き」
「ありがとう、おばあちゃん」
「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」
サンタンはヘイミッシュを乗せてかけていきます。ケティも振り落とされまいといっしょうけんめい羽ばたいています。
「シャルロッカの仮説が正しければ、<玄の山>の向こうにも海があるはずなんだ。<オオトヨアキツ国>には船乗りのおじさんが漂着した。<テラドゥヴェラォン領>ではキラキラ輝く海を見た。<春王朝>の果実は海に面した斜面で作られるそうだ。この国は海に囲まれていたんだ!」
ヘイミッシュが何人いても手をつなげないほどの幹周りをもつ大きな常緑樹のすぐ近くを走っていきました。
「何故王様はあんなお触れを出したのだろう。ずっと塔に住んでいて、きっと島国であることも何のために四季の女王が祈っているかも知らなかったんだ。そうか、だから今はこんな<十一歳の旅人>という制度をもうけたんだな」
<塔の街>にはヘイミッシュと同い年の子もわずかですがいます。その子たちのほとんどは家業の手伝いをして、来年になったら徒弟学校に半年通うものたちばかりです。
<十一歳の旅人>はそこに通う前に世界を見聞し、これからの自分に必要な力をみきわめさせるための教育制度といえるでしょう。
「きっとこれが<十一歳の旅人>としての最後の旅になる。ぼくは千年前のこの国の真実を紡ぎたい」
あたたかい気候ですので、雪をいただいていない<玄の山>はその名の通り黒くみえます。|高い山ですのでサンタンはじっくりと半日かけてのぼっていきます。
頂上からふもとを見下ろすと、夕日に染まるとてもとても広い平野の向こうにキラキラと輝く海が見えました。
「シャルロッカの考えた通りだ。サンタン、ケティ。あの明かりのあたりを目指そう。山を降りたらきっとすっかり暗くなるだろうから」
ふもとまで降りたときはもうすっかりあたりは暗くなっていました。あかあかと燃えているのは地下から出るガスに火をつけたもののようです。あたりに人はまるでいません。
ヘイミッシュはサンタンにつつまれるようにして野宿することにきめました。ヘイミッシュもサンタンも疲れからかぐっすり眠りにおちました。
ケティはなんとか木の枝まで飛びあがり、そこで眠りにつきました。
「お、目をさましたよー」
ヘイミッシュもサンタンもいつの間にか屋根のあるところに寝かされていました。
鎧をきこんだ男の子と、同じく鎧をきこんだおじいさんがヘイミッシュをのぞきこんでいました。
「旅の人だからしかたないとは思うがね。あんなところで寝てはいかんぞ。あれは大地が屁をしておるところでな。ふぇっふぇっふぇ」
「え?」
ヘイミッシュがとまどっていると先ほどの男の子が友だちをよんだのでしょう。たくさんの鎧姿の子たちが扉を開けて入ってきました。
ガシャガシャと鎧の音をさせながら、ものめずらしそうにヘイミッシュに質問をあびせかけました。
「どこの子?」
「なんであんなところでねてたの?」
「おなかへってたの?」
「けがしたの?」
「あのいきものさわっていい?」
「あのやまをこえてきたの?」
ヘイミッシュがさらにとまどっていると、おじいさんが大声を出して子どもたちをおいはらいました。
「ばかもーん! おぬしらはこれから遠泳修行じゃろうが。そんなことで<冬の将軍>殿においつけるものかー! ええい、鎖をまかんかー! 将軍殿は氷の海を<命の鎖>をまいてわたり、この国を守ったんじゃぞー」
「わかってらー!」
「おいらたちもくもをつくようなおおおとこになるー!」
「それはむりでしょ」
「きゃははははー」
「わかったらさっさと行かんか!」
どうやら彼らは修行の最中のようです。
「ぼくも修行のようすをみてもよいですか」
「みてもつまらんもんじゃが、かまわぬよ」
「これ、助けていただいたお礼に、どうぞ」
「おお、これは<塔のパン>というやつかい。若いころは山をこえて買いに行ったもんじゃわい。パンを焼いている娘さんがそれはそれはかわいくてなあ」
「それ、ひょっとしてうちの祖母ですか?」
「おお、おお、わしがこんな年じゃからそうなるわいなあ。お前さんをどこかで見た顔のように思ったら、パンの娘さんの若い頃ににておるんじゃな。ひょっひょっひょ。さあ、外に出よう」
目の前には雲の色をうつして銀色に輝く海が広がっていました。
先ほどの子どもたちが身体に鎖を巻き付けて、沖に浮かべた舟目指して泳いでいきます。浜では彼らの母親や姉妹たちがけんめいに声援を送っています。
「これは、どういういわれがある修行なんですか」
ヘイミッシュはおじいさんにききました。
「約千年の昔、この<試される冬の共和国>には雲をつくような巨人が住んでおったそうだ。<冬の将軍>殿はその一族の出で、この国を救った英雄なのじゃ。ある年のこと、この国の海は氷に閉ざされてしまった。作物はとれず人々は木の根を食ってくらすような日々だったが、このとき立ち上がったのが将軍殿よ。将軍殿は<命の鎖>を身体に巻いて凍った海を泳ぎ渡り、国をひいたんじゃ。ほれ、あの通り」
舟までたどりついた子どもたちが鎖を船に結びつけ、合図を出しました。鎖のはしは、浜に打った杭に結わえてありましたから、浜の女性たちは力を合わせて鎖を引きます。船がするすると、浜に近付いてきます。
「く、国を引いたんですか!? あの舟のように?」
「そうじゃよ。この国は氷山のようなものだと<春の博士>が言っておったわ。引きやすくはあるのじゃろうよ。口で言うほど簡単なことではあるまいがな。きっと<冬の将軍>殿にのみなし得ることだろう。だが我々はこうして英雄の威徳をしのび、少しでも近づこうと修行をするのじゃ。どうじゃ<塔のパン>の孫も一緒に」
「いえ、ぼくは」
ヘイミッシュは笑って断りました。
そのとき、頭の中にひょっとひらめきがあったヘイミッシュは、かばんの中からある本を取り出しました。<春王朝>で陰陽寮のお兄さんにもらった<天文地理年表>には日の出る時刻から足元に転がる石の名前まで様々な情報がのっています。
「燃える気体、氷、燃える氷。あった、水より軽い。メタ―――――ムギュ」
突然、ヘイミッシュの顔に何かがおそいかかりました。ケティです。
「うわ、ケティ、ちょっと! わかった、ぼくらを必死にさがしていたんだね。いてててて、ごめん、ごめん」
ケティはプンプンすねているようで、チュッチュッと鳴き続けています。
「わかった、わかった。ケティもお話に登場させるから許してよ」
むぎのつぶをたべさせながら、そんな約束をしているとケティはようやくおとなしくなりました。
「ねえ、おじいさん。ぼくは千年前の話を調べていて、<春の博士><夏の騎士><冬の将軍>が登場することはわかったんです。でも秋の女王国のことがまだよくわかりません。秋の女王国には博士か騎士がいたのですか?」
「秋の、ああ。<オオトヨアキツ国>には行ったかね」
「ええ、行きました」
「行くときに山は越えたかい」
「ええ。三つほど。どの山を越えても大きな木が見えたのが面白いと思いました」
「そうじゃ、そうじゃ。その切通しじゃ。数年かかるはずの工事を数日で完遂させたのが<秋の工匠>じゃな。その舟も工匠殿の末裔が作ったのじゃよ」
「そうなんですか。ありがとうございます!」
「ワシの知っていることならなんでも教えて進ぜよう。今日は泊まっていくといい。それじゃあ次の修行にうつるからな。夕方までは色んなところを見てまわってきなさい」
ヘイミッシュは嬉しそうに頭を下げました。
その夜は星が良く見えました。たくさんの人の話をメモ帳いっぱいになるまできいてからヘイミッシュは布団に入りました。
でも、なかなか眠りにつけませんでした。ヘイミッシュは、紡がれなかった物語の続きが書きたくってしかたがなかったからです。