第一話 秋の女王が住んでいたところ
シャルロッカはいつものように床に座って、ひざの上に絵本をおいて読んでいます。
「この本だいすき」
兄のヘイミッシュはいつものように机に座って、図鑑を読みながら妹をからかいます。
「そんなお話のどこがおもしろいのさ」
そしていつものようにシャルロッカは、わからずやのお兄ちゃんにお話を語って聞かせるのです。
「あるところに、春、夏、秋、冬、それぞれの季節をつかさどる女王様がおりました。女王はきめられた期間、交替で塔にすむことになっています。そうすることで、その国にその女王の季節がおとずれるのです」
「全然おもしろくない」
「まって! シャルロッカがよむのじゃましないで」
兄のヘイミッシュはシャルロッカが怒り出してもすずしい顔をしています。だって図鑑の方がおもしろくてわくわくするのですから。
「ところがあるとき、いつまでたっても冬が終わらなくなりました。冬の女王が塔に入ったままなのです。辺り一面雪におおわれ、このままではいずれ食べ物もつきてしまいます。こまった王様はおふれを出しました」
「ふうん」
「冬の女王を春の女王と交替させた者には褒美をとらせよう。ただし、冬の女王が次に廻ってこられなくなる方法はみとめない。季節を廻ることをさまたげてはならない」
シャルロッカが王様のような声をいっしょうけんめい出しても、お兄ちゃんはいつも「ふうん」。「ちゃんときいて」とおねがいしてもいつも「ふうん」。シャルロッカはそれでも最後までちゃんと読みます。
「なぜ、冬の女王は塔をはなれないのでしょうか。なぜ、春の女王は塔におとずれないのでしょうか」
そこで絵本は終わるので、ヘイミッシュはいつものように「ちゅうとはんぱ!」と声をあげます。
シャルロッカはそれでいつも「そのおまじないなあに?」とききます。
そこからヘイミッシュとシャルロッカはお話の続きをはなしあいます。だからシャルロッカはこの絵本がだいすきなのです。
「わかったよ、シャルロッカ! 今日のは自信がある。冬の女王は冬の間にたくさんたっくさん食べ物を食べたんだ。そして大きくふくらんじゃった女王は塔から出られなくなっちゃった。だから冬の女王は塔から出られないし、春の女王も塔にやってこないんだよ」
「お兄ちゃんすごーい! おばあちゃあああん」
シャルロッカはさっそくタカタカと足音を鳴らしておばあちゃんのところへかけていきます。
その間にヘイミッシュはパタンと図鑑を閉じ、でかける用意をしました。
「サンタン、ケティ、行くよー」
ヘイミッシュがリュックににもつをつめて声をかけると、にょっきりと二本のキバをのばしたミニサーベルタイガーのサンタンと、にじいろの羽根をもったケツァールミノバトのケティがとなりの部屋からあらわれました。
「ヘイミッシュ、今日もお出かけかい?」
おばあちゃんがシャルロッカにひっぱられてやってきました。
「お兄ちゃん、またはずれだったー」
「うん、ぼくもそうだと思った」
シャルロッカは、んーっと声をあげて床をふみならします。なぐさめるようにサンタンがシャルロッカにすりよります。これもいつものことです。
「今日はどこまで行くんだい?」
「こっちの道をいけるところまでずうっとずうっと行くよ。なあ、サンタン」
かしこいサンタンはうなずきます。ヘイミッシュはごほうびにサンタンのだいすきなくだものを食べさせてあげました。
「気をつけてお行き。おとまりさせてもらうときはどうするんだったかい?」
おばあちゃんはお出かけのきまりをたしかめます。
「ケティに手紙をゆわえてとばします。な、ケティ」
かしこいケティは羽をひろげます。ヘイミッシュはごほうびにケティのだいすきなむぎのつぶを手にとってあげました。
「お世話になるところにはこれをおあげ。そして、あなたの分も。ハイ」
「ありがとう、おばあちゃん」
おばあちゃんのパンはとても人気なので、どこに行ってもよろこばれます。それはそれはおいしいパンなのです。ヘイミッシュは、それもリュックにつめました。
サンタンにまたがって、リュックを背負って、ケティを肩に乗せてヘイミッシュは出発します。シャルロッカはヘイミッシュのおみやげ話がだいすきなのでいっしょうけんめい手をふりました。
城郭の橋を渡って門番さんにあいさつをします。
「今日はどこまで行くんだい」
「白の道をいけるところまでいってみます」
「この国はこわい生き物が全くいないから安心だ。そこのサンタンがいちばん強いくらいだな。でも、けがばかりはどうしようもない。気をつけて行ってきたまえ」
門番さんはまるで王様になったかのような口ぶりではげまします。
ヘイミッシュはサンタンにまたがって白の道をすすんでいきます。門番さんが小さく小さく見える頃、ヘイミッシュは振り返って門番さんに大きく手をふりました。門番さんはとても目がよいのでちゃんと手を振り返してくれました。この国はとても平和な国なのです。
門番さんのいる城郭の向こうにはシャルロッカやおばあちゃんたちが住む町があります。その真ん中には大きな大きな塔が立っています。
ヘイミッシュはそれを見るたびに、シャルロッカの読んでいた絵本のようだなと思うのです。
塔の一番上に小さな窓があります。その窓から見る景色はどんなだろうと想像します。ヘイミッシュの住む街の屋根でしょうか。
「いやいや、窓はそんなに低いところにはついてない。もっと遠くの景色しか見えないんじゃないだろうか」
城郭でしょうか。
「いやいや、もっと上。やっぱりあの<エターナルグレイスの木>と空ばかり見えるのじゃないかな」
ヘイミッシュの左手の方向には、それは大きな、塔よりも何倍も大きいのではないかというような古い巨木がそびえ立っているのです。
それはそれは大きな木なので国中どこにいても見えるのではないかと思えるほどです。
ヘイミッシュが山をふたつこえる間ずっと見えていました。三つ目の山では、ふたつの山の切通しがきれいにならんでいるのがわかります。切り開いた道の向こうにこの木は見えるのです。
「面白いねえ、ケティ。この道は、まっすぐあの木を向くように切り開いているみたいだね」
田園地帯へとヘイミッシュはやってきました。田園の周りは堀があり、堀の向こうには先を尖らせた丸太が組んであります。その先に珍しい生き物がとまっています。
ヘイミッシュはサンタンから降りると、リュックから図鑑を取り出し調べはじめました。
「やっぱり! タイリクアカネだ、すごいよサンタン。こんな生き物がこの国で見られるなんて」
「そんなに珍しいものかい?」
「おじさんはだれ?」
ひげのおじさんは珍しい服をきていました。
「おじさんは船乗りさ。もう数年、この<オオトヨアキツ国>で世話になっているんだ」
「おじさん、この国そんな名前じゃないよ。<フォーシーズンズ>っていうんだよ」
「はっはっは。ここは百人程度の村のように見えるが、りっぱに女王がいる国なんだ」
「ぼくはよその国まできちゃったの!」
「坊ずは<城郭の街>からきたんだろう? じゃあ同じ国さ。ここの女王さまは収穫の季節になると感謝の祈りをあの大きな塔に捧げに行くのだ。大昔からそうしていたらしいからな。つまり中央政府から、<秋の祈りを捧げる女王国>だって認められてるわけさ」
「中央政府?」
「坊ずには難しい話かな。おっと、夕暮れの時間になるぜ。坊ずもそろそろ帰らないといけないんじゃあないのかい?」
稲穂を金色に染めながら、燃えるような色合いで地平線を目指して太陽は下りてきています。
「おじさん、今日は泊めてもらえますか。よかったら、おばあちゃんのパンをどうぞ」
「おじさんの生まれたところじゃ、それは家出って言ってしかられたもんだがなあ。なかなかこっちの風習になれないな。パンありがとよ。じゃあ新米食ってけよ」
ヘイミッシュはケティの足にこれまでの道のりとこれからの予定を書いた紙を結わえつけてとばしました。
「さあ出来たぞ」
おじさんの作る料理をごちそうになりながらヘイミッシュはいろんな話をしました。塔に勤めるお父さんやお母さんのこと、おばあちゃんのことや妹のこと、サンタンやケティの話もしました。
「坊ずはなんで色んなところにでかけているんだ」
「ぼくの夢は物語の紡ぎ手。そのための取材だよ」
「じゃあこんなものはみたことがあるか」
おじさんは板の上で動く針のようなものを見せてくれました。
「こいつは、コンパスっていうんだ。おじさんは船乗りだからな。これさえあればどんなところにだっていけるんだ」
「おじさんすごいや。はじめてみたよ」
「だがなあ、この国だと上手くいかない。コンパスは思った通りに動かないし、太陽も決まった方から昇らない。あげくのはては北極星まで動いちまう。だからおじさんはなかなか旅に出られないんだ」
「それはこまったね」
「だがこうして不思議な話をおまえさんにしてやれる。それも悪くないだろう? ところでおまえさんはどんな話が書きたいんだ」
「妹が話すお話があるんだけれど、その続きを書きたいんだ」
ヘイミッシュはシャルロッカの読む絵本の話をおじさんに聞かせました。
「そいつは変わった話だなあ。変わった話ならこの<オオトヨアキツ国>にもあるらしいぞ」
「おじさん、その話、聞かせて!」
「まあ待て、まあ待て」
おじさんはお茶を飲んでひと息ついてから話しはじめました。
「なんでもある年、二度、秋がやってきたそうだ。これは女王さまの感謝の祈りが通じたのだろうと喜んだんだがな。その後が大変だったそうだ。その年の冬が長くて長くて、せっかくとれたものも足りなくなってしまいそうなほどだったらしい」
「それは大変だねえ。どうなったの」
「さあ、なんとかなったんだろ。とれすぎもよくないねって話さ」
「大事なところなのに、おじさんいい加減だなあ」
「おじさんが来るずうっとずうっと昔の話なんだ。おじさんだってくわしくはしらないさ」
「ちぇ、つまんないな」
「まあ、そういうな。そうだ、外に出て月でも見よう」
おじさんに連れられて外に出ると、稲穂を銀色に染める美しい月が出ていました。
「ここは素敵な国だね」
その夜、ヘイミッシュは美しい夢を見て眠りにつきました。