~音のない世界~
私は耳が聞こえない。
そのことを、時々不便に思う。
だけども、便利なことも沢山ある。
まず、私の悪口が聞こえてこない。
手話や身振り手振りで伝えようとする私を見て、
“この人は耳が聞こえない人なんだ”と思って、
何かこそこそと話をする人は沢山いる。
むしろ、「嫌だな」って思うこともなく、
「またか」と慣れてしまうほど多いけれども、
それも、私を異形なモノだと話しているのではなく、
「あの子喋れないけど、顔とかかわいいよね~」って、
そんな私の他の特徴を話してくれてると思えば、
気分を害することはない。そんな必要はない。
だけども、眉間にシワを寄せられることだってある。
さすがにこれは傷つく……そう言いたいとこだけれども、
別の発想をすればいい。 発想の転換だ☆彡
「なんて綺麗な顔立ち!」
「スタイルも抜群だし……」
「足もクビレも半端ないんだけど!?」
って、言われてると思えばいい。
「私よりも綺麗だなんて、なんて女なの!?」
って、そうやって苛立ってるんだって思えばいい。
そうすれば、私はまた違う意味で、
他の人とは違う存在になる。
だけど、そう思うためには、
それだけ美しさを意識しなくてはならない。
人よりも化粧を研究して、
今年の流行りはなんなのか?
私に似合うファッションとは何か?
研究に研究を重ねる必要はある。
太らないように意識したり、
足がむくまないようにマッサージしたり、
色々と大変な部分は沢山ある。
けれども、そんな少しの努力をするだけで、
私は人気者になれる。そう自分に言い聞かせることができる。
けれども、耳が聞こえないっていうのは、
それだけの話じゃない。 そんな簡単じゃない。
例えば、大学で好きな人ができても、
普通の人なら目の前に立ちふさがって、
話しかけて気を引けばいい。
後は、話術があるかないかだけの話。
だけども、私は違う。
話しかけようにも、
自分が発している音が正しいのかが分からない。
相手に自分の気持ちをちゃんと伝えるためには、
相手も手話をわかっているか、紙などに書くしかない。
第一、私みたいなのに「好き」と言われたところで、
普通の男の子なら、「耳が聞こえないとか不便すぎw」
って、そういう風になるに決まってる。それが世の中。
だから、私は恋がまともにできない。
唯一と言っていいほどの、私の苦手分野。
私は、恋の足音を聞くことができないから……。
自ら一歩を踏み出そうにも、
アクションを起こすきっかけが分からない。
パッと見をよくしたところで、
深く付き合おうと思ってくれる子がなかなかいない。
みんな、私を手伝ってあげなきゃとか、
耳が聞こえないから一緒にいてあげなきゃとか、
そんな使命感みたいなので一緒にいてくれるだけ。
本当の私の心の声を聞いてくれる人なんて誰もいない。
私は何度、恋を諦めただろうか。
もしかしたら、こんな私でも、
好きと思ってくれている人はいるのかもしれない。
だけども、口じゃなくて、声にじゃなくて、
紙や手話とかで伝えてくれないと、私にはわからない。
私に近付く足音は、どんな足音でも、いつだって無音。
私は耳が聞こえない。
その不便さを、貴方は理解していますか?