第8話【猫の過去】
「ハイド、そろそろだにゃ。」
「わかってる。」
二人は目を見合わせて言う。
「失礼する。」
突然テントの中に一人の男が現れた。
眼鏡を掛けておりいかにも研究者という様な格好をしている。
「奴はラージ=サイストン。この研究施設の最高責任者だ。
っても裏で何をやっているかわからん怪しい奴だがな。」
ハイド将軍が近くで教えてくれた。
ルナは気のせいか少し震えていた。
「あんたがここに直接来るとは予想外だにゃ。」
「早いところ例の魔宝と彼女を受け取りたくてな。
さあ、早く渡して貰おうか。」
「ちょっと待つにゃ。
この後彼女はどうなるにゃ?
僕らにはそれを知る権利があるにゃ。」
「残念だがタイト将軍、貴方に教えられる事は一つもない。
これは軍上層部の決定なのでな。」
ラージはハイド将軍から箱と鍵を受け取る。
「そうかにゃ…。 とりあえず彼女を頼むにゃ。」
タイト将軍はそう怪訝な顔付きで言い返す。
「……はあ……。
ロイド…嫌だけど行かなきゃ…。
それじゃあね…。」
ルナは悲しげな表情でそう言うとラージの率いてきた兵に連れられてテントを出て行った。
「それでは私は研究施設に戻る。
新しい傭兵も手に入ったからな。」
ラージはそう言い残して去って行った。
「怪しい男ですね…。」
何か裏がありそうだ。
「ゲイツの野郎並に嫌な奴だな。」
「にゃはは。しょうがないにゃ。
軍上層部はラージ所長をかなり信頼してるにゃ。
所長という位だけじゃなく将軍としても活動してるらしいにゃ。」
「っと……そろそろ俺は戻るぜ。
また後でなロイド、タイト。」
ハイド将軍もそう言い残してテントから去って行く。
今はタイト将軍の雇われ傭兵なのでハイド将軍に着いて行く訳にはいかない。
「にゃははは。とりあえず再び自己紹介しとくにゃ。
僕はタイト=ネコマタ。よろしくにゃロイド。」
「よろしくお願いします、タイト将軍。」
しかし…改めて見ても、面白い人だ。
尻尾はゆらゆらと動いており、派手な帽子に全身をマントに包んでいる服装。
風来坊の様な格好だ。
「にゃはは。クロちゃんは寝ちゃったみたいだにゃ。」
「本当ですね。」
クロはいつの間にか寝ていた。
腹を露にして寝ている。
「にゃー…ところでロイド…あの時話したあの事は覚えているかにゃ?」
話した事。
あの時の問いかけだろう。
「ええ、覚えています。」
「にゃはは。 なら良いにゃ。
…君はルナちゃんについてどう思うにゃ?」
唐突な質問だ。
初めて合って話した時から感じていた事だが、意外と強気な性格をしている。
それに…昔会った事のあるような無いような…という懐かしい感覚に襲われる。
「ちょっと強気で…良い娘だと思いますよ。それに…少し気になりますし。」
正直に答える。
「にゃ。 何でルナちゃんがここまで護送されてきたか不思議に思わないかにゃ?」
言われてみれば確かに。
ロイドと同い年くらいの女の子が厳重な警護任務の対象にされている。
不可解極まりない。
「…確かに…。」
「にゃー…やはりゲイツ将軍から説明は無しかにゃ。
良いにゃ。僕から説明するにゃ。」
「……お願いします。」
「うにゃー…とりあえず、僕の昔話から始めるにゃ…。
僕が昔、軍直属隠密部隊に所属していたのは知ってるかにゃ?」
「ええ。」
ちょっと前にハイド将軍が言っていた。
「僕がその部隊に居た時の話だにゃ。
軍の上層部からとある任務が下されたにゃ。」
「とある任務?」
隠密部隊に下される命令などはきっと偵察や諜報作業なのだろう。
「その任務とは…誘拐任務だったにゃ…。」
「…はあ!?………失礼しました…。」
勢いで驚きの声を発してしまった。
大体暗殺などの任務かと想像していたが、誘拐とは…軍はいったい何を考えているのか。
「にゃ…。誘拐の対象は…ロードヘイム王の娘とガーデンプレイス王の息子…だったにゃ。」
「………え…?」
ハイド将軍が言っていた事件だ。
二国の娘と息子が誘拐された。
犯人はシャレオントの者だと噂されたらしいが…。
まさか犯人が目の前に…しかも新しい雇い主とは。
「…僕は計画通り二人を誘拐したにゃ。 この見た目のお陰で簡単に二人を連れだせたにゃ。」
幼い子供にとってタイト将軍は興味深い外見だろう。
「…その後、二人を軍部に引き渡したにゃ……。
僕は後悔したにゃ…。
二人の子供の未来をめちゃくちゃにした事をだにゃ…。」
タイト将軍は帽子を机の上に置き、うなだれている。
「その後隠密部隊を抜けて、何年も何年もかけて二人の所在を探したにゃ。
ただ…ガーデンプレイス王の息子は軍部の方でも行方不明として処理をされていたにゃ。
なんでも事故に巻き込まれていたらしかったにゃ。」
ガーデンプレイスの息子は行方不明…。
「…行方不明ですか…。」
「そうだにゃ…。
悔しかったにゃ…。もう少し権力があれば、ガーデンプレイスの息子も助けられたかもしれなかったにゃ…。
そして僕は残るロードヘイムの娘を探したにゃ。
そして…最近やっと見つけたにゃ…。」
タイト将軍の目が輝く。
そして帽子を深く被った。
「見つけたんですか?」
「にゃ。…ロイド…君はこれから先ルナちゃんを守り通す覚悟はあるかにゃ?」
守り通す覚悟?
まさか………。
「タイト将軍……まさか………。」
「…察しの通りだにゃ。
ルナちゃんが…そう…ロードヘイム王の娘だにゃ…!!!!」
…あの強気の女の子が?
まさか…いや…時たま見せる品の高さは確かに…。
「…確か…あの二国は…。」
「…ハイドから話は聞いたみたいだにゃ。
軍は二国の王家の特殊な能力に目をつけたらしかったにゃ。」
特殊な能力。
確か魔宝の力を爆発的に増やす力と魔宝を使わないで魔法を放つ力。
「その表情だと知ってるみたいだにゃ。」
これで全てのつじつまが合う。
ルナは特殊な能力を持っており、だから厳重な警護をつけて魔法研究施設があるオリオン砦に連れてこられた。
「…本当ですか?」
「残念ながら全て真実にゃ。
だからあの時ロイドに問いかけたにゃ。」
…あの時の問い。
なるほど。
偉い人はシャレオントを指す。
とある人とはロードヘイム王の事だろう。
大切な物は…ルナだ。
…そして偉い人を裏切るか裏切らないか…。
つまり…。
「タイト将軍…軍を…シャレオントを裏切るつもりですか…!」
「…気付いたかにゃ…。
実はあの時、君が言った言葉で裏切るかどうか決めたのにゃ。」
確かに言った。
どんなに遠く厳しい道になろうとも必ず返すべきだと。
自分の考え抜いた結論が、一つの国を揺らがせる事になろうとは。
自分が言い出した事だ。
それに…ルナを守りたい。
正直な気持ちだ。
覚悟を決めるか。タイト将軍も決めたように。
「自分は…一傭兵としてではなく、一人の人間としてタイト将軍に協力申し上げます。」
「………!にゃははは!
僕の目に狂いは無かったにゃ!
だが本当に遠く厳しい道になるにゃ。それでも良いかにゃ?」
今更だ。
「もちろんです。タイト将軍。」
「にゃにゃにゃ!わかったにゃ!
よろしくだにゃ!
とりあえずハイドを呼んでくるにゃ。」
「ハイド将軍は知ってるのですか?」
もしハイド将軍が敵に回るならかなりきつい事になる。
「ハイドはもう知ってるにゃ。
後は行動をするかしないか伝えれば大丈夫だにゃ。
ロイドは地図を頭に叩きこめにゃ。」
タイト将軍は地図を机に広げると、素早くテントから出て行った。
多分ハイド将軍に伝えに行ったのだろう。
「みゃあ。」
クロが起きたのか鳴いた。
「…これから大変になりそうだよ…クロ…。」
一人で呟く。
「みゃあ。」
クロは呑気にあくびをする。
…大変になりそうだ…本当に…。