第7話【縁があれば】
「ロイド…お前大丈夫か?」
馬車を警護しながらロックが言う。
『陽炎騎士団』は行商団キャンプから出発し、一時間程進んでいた。結局猫の彼と別れた後に買った荷物を抱え、ルナと一緒にハイド将軍のところに急いだが結局一発頭を叩かれた。
ルナは馬車の中でクロと遊んでいる。
猫の彼と会った事は一応ルナとロイドだけの内緒事という形になっている。
「今更何を…。」
もう既に痛みはひいていた。
「いやぁ…でもあの将軍は恐ろしいぜ。」
「本人の近くで大きな声で言うなよ…。」
ハイド将軍はすぐ横の馬車の上の座席部分で馬の手綱を操っている。
「悪い悪い。つってもまた将軍寝てるけどな。」
確かに。
将軍の鼻からは鼻提灯が出ていた。
「まあ…大丈夫か。」
「…それよりロイドさっき気付いたんだが…『傭兵の誓い』の期限切れは今日だぜ。」
「もう一年か……。」
『傭兵の誓い』。
傭兵は軍と契約する際に誓いをする。
昔からの全世界共通の決まりだ。
契約は一年。
期限切れになった後は再び同じ将軍と契約しようが別の国の将軍と契約しようが自由になる。
「俺はハイド将軍と契約しようと思ってるんだけどさ。」
なんだかんだ言ってロックはハイド将軍の事を気に入っている。
「俺は…………。」
正直どうしようか決めていない。
「とりあえずオリオンに着いたら決めれば良いさ。
あそこなら将軍が沢山いるし。」
「そうするか。」
まあこのままだとハイド将軍と再契約すると思うが。
「しかしねえ…ガストロダムとタイムラントの戦はどうなったんだか。」
「迂回したからな…俺ら。確か『閃光』と『赤鮫』が殺り合っているんだよな?」
「攻めに定評のある『閃光』と先鋒に出て自ら戦う『赤鮫』…。
互角ってとこだな。」
ロックは興味無さそうに言う。
「…まあどうでも良いか。
とりあえずオリオンまでは後少しみたいだし。」
「だなあ。」
〜三十分後〜
「将軍!!!!起きて下さいよ!!!
オリオンが見えましたよ!!。」
一人の兵がハイド将軍の近くに行き大声で報告する。
「んあ!?……ああ悪い悪い。
後少しでオリオンだ!!!!頑張るぞ!」
ハイド将軍はあくびをしてから大声で言う。
「よしゃー!!!後少しだってよロイド!」
ロックは大袈裟に喜ぶ。
「ほらほら気を抜くなよな。」
最後まで気を抜かない。
ハイド将軍の口癖が移ってしまったようだ。
「へいへい。」
前方にオリオン砦が見える。
巨大な壁に囲まれていて、正に堅牢のようだ。
正門は巨大で、壁の上には砲台がずらりと並べられている。
「ほへー……でけえ……。」
ロックが壁を見上げながら呟く。
「当たり前だろ。
ここにはシャレオント有数の魔宝研究施設があるんだからな。」
そういえば今回の任務はルナをオリオンの『暁の虎』将軍に受け渡す事だ。
ルナと別れるのは悲しいがしょうがない。
正門に『陽炎騎士団』が到着する。
中はいろいろな建物やテントが張られており、更に奥の方には一際巨大な建物があった。
多分あれが研究施設なのだろう。
「お疲れ様でした『朧火』将軍。
『暁の虎』将軍が彼方のテントでお待ちです。
『例の物と彼女』を連れて来て下さい。
………あとそこの緑髪の彼も。
『陽炎騎士団』の皆さんは私が誘導します。」
『暁の虎』配下らしき兵がこちらに近付き、挨拶をしたあと『陽炎騎士団』を誘導し始める。
「ロイド……お前なんかした?」
「…ロックよう…何にもしてないぜ。」
自分も呼ばれた事に少なからず驚いた。
「まあ良いさ。また後でな。」
ロックは『陽炎騎士団』の面々と共に誘導されて行った。
残ったのはハイド将軍、ロイド、ルナとクロが乗った馬車だけだ。
「理由は知らんが、ともかく将軍のところに行くぞ。
って事でルナちゃんを呼んでくれ。」
ハイド将軍は馬車から飛び下りながら言う。
馬車の扉をノックする。
「おーい………がっ…!!!」
二度ある事は三度ある。
正にそれだ。
またまたまた馬車の扉が勢い良く開き、頭をぶつけてしまった。しかもまた派手に倒れてしまった。
「ちょっと…ロイドあんた大丈夫?」
ルナが心配そうに言う。
クロがルナの肩からロイドの腹に飛び下りてきた。
視界の端ではハイド将軍が笑い転げている。
「大丈夫大丈夫…。」
ヒリヒリと痛む頭を擦りながら立ち上がる。
クロは肩にしがみついている。
「ったく…ほら行くぞ。」
ハイド将軍はいつの間にかあの箱を抱え、鍵を指でクルクルと回していた。
「ロイド、ほら荷物よろしく。」
こき使われている。
とりあえず不満は無いが。
ルナの荷物を担ぐ。
ハイド将軍は一つのテントに入って行く。
「ちょっ…クロちゃんまた!?」
ルナが慌てて言う。
肩にしがみついていた筈のクロがいない。
テントを見る。
クロが素早くテントの中に入り込んだ。
「ぎにゃにゃにゃにゃああ!!!!」
……?
ぎにゃにゃにゃにゃああ?
まさか………。
「ロイド……。」
ルナも気付いた様だ。
二人はテントの中に入る。
中央には大きな長机があり、机の向かい側には此方に背を向けた人物がクロを抱えていた。
「にゃにゃにゃ。ようこそオリオン砦へにゃ。
ルナちゃんにロイド、歓迎するにゃ。」
「ん?お前ら知り合いか?
こいつが『暁の虎』…タイト=ネコマタ将軍だ。」
彼が…タイト将軍が振り向く。
あのキャンプで出会った…獣人族の猫…。
「あの時の猫!!!どうして!?」
ルナが驚きながら言う。
「にゃはは。暇だったから行商団キャンプまで遊びに行ってたんだにゃ。」
クロを机の上に座らせながらタイト将軍は言う。
「またお前ふらっと出掛けたのか。」
ハイド将軍が机の上に箱を置きながら言う。
「猫は気まぐれにゃ。
クロ君そうだよにゃ?」
「みゃあお。」
返事をするように一鳴きした。
「ったく…相変わらずだな。
話は変わるが、これで俺の任務は…。」
「そうだにゃハイド。
とりあえずこれとルナちゃんをこっちに引き渡せば終了にゃ。」
「引き渡せばですか…。」
これでルナとはお別れとなる。
隣のルナはうつ向いていた。
「にゃにゃにゃ。そんな悲しい顔したら駄目にゃ。
二、三日はハイド将軍の軍に滞在してもらうにゃ。」
タイト将軍は帽子をクルクルと回しながら言う。
「本当!?」
一瞬でルナの顔が明るくなる。
まあ自分にとってもうれしいが。
「了解した。……ところでロイド…お前、ちょうど今日で『傭兵の誓い』の期限切れじゃねえか。」
ハイド将軍は言う。
「あー…まだどうするか決めて無いです。」
そう言い返すとハイド将軍とタイト将軍は目を見合わせて笑う。
「ちょうど良い。」
ハイド将軍が懐から紙を一枚取り出す。
その紙は契約用紙だ。
「ロイド…君は僕と契約する気はないかにゃ?」
はい?
契約する気?
つまりタイト将軍は自分と契約しようと持ち掛けてくれたということだ。
「別に俺は良いぜ。
むしろタイトならおすすめするくらいだ。」
「にゃにゃにゃ。君と話した時から気に入ってしまったにゃ。」
「それにタイトと契約したら護送任務継続って形になるぜ。」
多分これからタイト将軍の軍勢はハイド将軍から護送任務を受け継ぐって事になるのだろう。
つまりルナとまだ別れずに済む。
「契約しなさいよロイド。」
ルナはその事に気付いたのか契約を促してきた。
ただこの契約はこれからを決める大切な分岐点だ。
「………契約します。」
ルナの事も気になるしタイト将軍もハイド将軍が推薦する程の人…もとい猫だ。
賭けてみるだけの何かはあるだろう。
「決まりだにゃ。
これからよろしくにゃ。」
タイト将軍と握手をする。
やはり肉球が柔らかい。
「また一緒だねロイド!」
ルナも嬉しそうだ。
「よし、今からお前はタイト将軍率いる『黒鉄兵団』の一員だな。
これからはタイトの命令で動けよ。」
ハイド将軍は言う。
この選択が凶と出るか吉と出るか…。