第16話【正義って何?】
「…天気は気まぐれだにゃ…猫以上ににゃ…。」
不意にタイト将軍が口を開く。
「………さっき将軍雨が降るって言いましたよね?」
ロイドは眉をひそめながら言う。
「軽く降るだけかと思っていたけど、まさかこんなに降るとはにゃ…。」
タイト将軍はそう呟く。
先程、少し暗くなってから雨が降り出した。
結構勢いが強い。しかも周りが暗闇なので余計に雨が強く感じる。
「ランスが松明で灯りをつけてくれたお陰で、はぐれずに進めるにゃ。」
ロイドがいる位置から少し先頭の方では松明の光が揺れている。
暗くなってきた時にランス将軍が後続の為に火をともしてくれたのだろう。
あれが目印になり、はぐれずに進める。
敵に気付かれやすくはなるが。
「ロードヘイムまであと少しですかね?」
「んー…多分あと少しだと思うけどにゃ。」
タイト将軍は首を傾げながら言う。
その時、隣を走っている馬車の上からハイド将軍の声が響く。
「城が確認出来たぞ!」
ロイドは目を凝らしてハイド将軍が見ている方向を見る。
うっすらとだが山の麓に城壁の様な物が灯りと共に浮かび上がって来た。
山の中腹には立派な城がそびえたっている。
あれがロードヘイム国城か。
「……!」
突然、タイト将軍が周りを気にする。
「ハイド、周りを確認したいにゃ。」
「周りを?…わかった。ミセル頼んでも良いか?」
「了解だ。ちょっと眩しいが、勘弁してくれ。」
ミセルさんは背負っていた弓を上に構える。
すると弦を引いている手が紫色に光始めた。
雷の魔法か…。
その光は矢の形になる。
そしてミセルさんは矢を放つ。
残像を残しながら矢は天高く飛び、そして炸裂。
辺りは一瞬昼間の様に明るくなった。
その時ロイドは見た。
何と無く後ろを振り返った時に、そう遠くもない距離から何か黒い塊が此方に向けて進んで来ているのを。
タイト将軍とハイド将軍も気付いたようだ。
「『絶対正義』…、あの野郎…!」
ハイド将軍は背中の長剣に手をかける。
「待つにゃハイド、このままロードヘイム国城に入るにゃ。
奴らも馬鹿じゃないにゃ。国を相手にあの数で追撃はしてこないにゃ!」
「その逆だタイト。奴ら馬鹿じゃない。国へ入る前に追い付くつもりで、追撃してきてやがる。
俺が時間稼ぎをする。その間にロードヘイム国城に入れ。
入ったら門を閉めろよ。」
「ちょっと待って下さいハイド将軍、あれはまさか…。」
ロイドは困惑しながらもハイド将軍に問いかける。
「『絶対正義』の追撃部隊だ。多分奴は最初から策を見破り『五月雨』を囮にぶつけて、その間にこっちを追い続けていたのだろう。」
そう言うとハイド将軍は座席から立ち上がる。
「駄目だハイド将軍、貴方はまだ傷が…!」
ミセルさんが立ち上がりかけたハイド将軍の右手を掴む。
まだまだハイド将軍の左腕の切断部分の傷は癒えていない。今また戦闘でもしたらやっと血が止まったのに、また激しく出血してしまうだろう。
「それにハイド、お前左腕無しで戦えるのかにゃ?」
タイト将軍が雨音に負けないように大声で言う。
「…自分が援護します。」
ロイドは大声で言う。
一瞬の沈黙。
「駄目だにゃ、ロイドにハイド。ここは僕が食い止めるにゃ。」
「何でですか?」
「もし君が帰って来なかったらルナちゃんに何と言えばいいにゃ?」
「でも…このままだと追い付かれますよ…!」
ロイドは噛みつくように言い返す。
「口論している場合か!」
ハイド将軍が痺を切らしたのか、立ったまま怒鳴る。
「タイトはこのまま馬車の護衛だ。敵の別動隊がいるかもしれないからな。ロイド、お前もだ。
俺一人で時間稼ぎをする…!」
ハイドはそう言うと長剣の柄に手を掛ける。
「待てハイド将軍……」
ミセルがハイドの手を掴もうとしたが、遅かった。
ハイドは走行中の馬車の上から跳躍する。
ミセルの手が空を掴む。
「馬鹿だにゃ………!」
タイトは素早く馬の向きを変えて後ろを駆けるハイドの後を追う。
「ミセルさん、ルナにはよろしく言っておいて下さい!!」
「っ……ちょっとロイド君待ちなさい!」
ロイドはミセルの制止を振り切り、タイトと同じ様にハイドの後を追う。
その様子に気付いたのか、陽炎騎士団の面々も次々とロイドの後を追い始める。
「ロイド、どうした?」
一騎が、ロイドの隣を並走し始める。
「バロンさん…、ハイド将軍がまた。」
ロイドとは顔見知りの兵…バロンはまたかと言いたそうな表情をする。
バロンは陽炎騎士団の古株の兵でハイド将軍からの信頼も厚い。
軍勢はもう既にかなり先にまで進軍してしまった。
このままロードヘイム国城に無事に入ってくれれば良いが。
「無茶な上司を持つと苦労するよ…まあ、そこに惚れたんだがな。」
バロンは苦笑をする。
ハイドの元にロイドとバロン、陽炎騎士団の面々が追い付く。
ハイドはタイトと口論を繰り広げていた。
敵の追撃が燃やしている松明がどんどん近付いて来ているのに、気楽な事だ。
「何で来たんだよタイト!」
「お前が勝手に行ったからだにゃ!少しは自重しろにゃ!」
延々と口論が続く。
陽炎騎士団の面々はそんな二人を尻目に交戦準備をする。
「ロイド、お前は絶対生き残れよ。」
バロンは剣を構えながら言う。
「バロンさんこそ。」
「ああ…!」
視界の端では今だにハイド、タイト両将軍が口論している。
その時だった。
口論をしている二人の足下に矢が何本か突き立つ。
二人の将軍は素早く散開して各々の武器を構える。
「ってお前らいつの間に!?」
ハイドは陽炎騎士団に気付く。
「自分達はハイド将軍の部下です。死ぬときも貴方に着いて行きます。」
バロンが言う。
陽炎騎士団からは賛同の声が上がる。
「…わかった…。
お前ら、敵をここで食い止めるぞ!!!」
ハイドが大声で全員に聞こえる様に言う。
陽炎騎士団から歓声が上がる。
「敵将は『絶対正義』か…。」
バロンが呟く。
「おかしな点でも?」
「奴は義を重んじる将軍だ。通り名のまんまだがな。そんな将軍が今回の真相を知っていて、追撃をするのはおかしい。」
「って事は…。」
「多分奴は真実を知らないのだろうな。」
バロンはため息混じりに呟く。
その時だった。前方から歓声が聞こえてくる。
敵軍だ。はっきりと見える距離まで来たようだ。
…多い。多勢に無勢とはこの事だろう。
ハイドが先陣を切って突っ込む。
長剣を右手だけで枝の様に軽々と操り、敵を落馬させて行くのが見える。
逆側ではタイトが跳躍をしながら、次々と鉄の爪や蹴りで敵を崩していく。
バロンもいつの間にかロイドの側から離れ、他の味方兵と連携をとっている。
敵の騎馬がロイドに迫る。
敵兵が槍をロイド目がけて突き出す。
それをかいくぐり、馬の懐へ入り馬を斬る。
騎馬への攻撃で有効なのが馬への攻撃だ。可哀想だとは思うがこうするしかない。
馬を斬られた敵兵は体勢を崩して落馬する。
ロイドはそれを見逃さずに刀を振り下ろす。
手応えの後に敵兵は動かなくなった。
亡骸から素早く目を背けて、次の敵騎馬に駆け寄り再び斬りつける。
圧倒的不利、そうとしか言えなかった。
敵は広く広がっていて、敵軍勢の両翼がこちらの軍勢を包み込む様な形で迫って来ている。
時間稼ぎは出来そうだが、下手すれば全滅。
周りの陽炎騎士団の面々も徐々に押され始めている。
何人かは手傷を、もう何人かは倒れて動かない。
(死んだのか…………。)
例えようの無い悲しみが沸き上がる。だがその感情を無理矢理押し止める。
左手から水の柱が上がる。
タイト将軍の魔法だろう。
ロイドは敵の軍勢の奥に斬り込む。
(……『絶対正義』は何処だ?)
ロイドは目の前の敵兵を斬り伏せながら辺りを見回す。
その時だった。とてつもない大きな声が響く。
「無謀と勇敢は違うぞ青年!!!」
敵の兵の中から将軍らしき男が現れた。
背中には馬鹿でかい槍を背負っている。
「あんたは?」
周りの敵兵の攻撃が止まる。
「我輩は『絶対正義』ゴードン=アルベルト。
今回はお前らに略奪された、人物を連れ戻せと言う任務を受けた!」
ゴードンは頭に兜を着けているので、良く顔付きはわからない。
「略奪ってそれはシャレオントがやった事だ!」
「黙れ坊主、義は此方にありだ!!」
ゴードンは槍を掴むと頭上で振り回す。
「あんたは真実を知らないだけだ!」
「真実?貴様ら『朧火』と『暁の虎』がシャレオントを裏切り、重要人物を連れ去りその上ロードヘイムに寝返った。これが真実だろう!」
ゴードンは槍を構える。
…物凄い殺気と威圧感。流石『十三神将』と言ったところだろう。
「違う、それには訳が…!!!」
「問答無用!我が義で悪を砕いて見せよう!!!」
ゴードンが突進する。
槍を水平に振るう。
ロイドはそれを後ろに跳躍をして避ける。
「どっちが義か悪か見定めてから正義を語れ!」
ロイドは跳躍した体勢のままで刀を振る。
切っ先から風の刃が無数に放たれゴードンを襲う。
「悪は貴様らだろう?」
ゴードンは槍で風の刃を残らず打ち消す。
「話を聞く気なしかよ…!」
二人は一旦距離をとり、睨み合う。だが確実にゴードンの方が優勢だ。その時ロイドは気付く。周りの味方が少なくなっている事に。
このままでは全滅だ。しかしルナがロードヘイムに入れば此方の勝ちだ。
徐々に降っていた雨が止み始める。
「ふん…坊主、行くぞ。」
ゴードンが動き出す。
素早く間合いを詰めると共に槍を突き出す。
(速い……!!)
ロイドは少し焦るが、上半身を捻りかわす。
「甘い……!!!」
突然ゴードンは叫ぶ。
「しまっ……………!」
ロイドが理解した時には遅かった。
ゴードンは体を軸にして槍ごと回転する。
勢いをつけた槍の柄がロイドの脇腹を直撃した。
何かが砕けた音がロイドに伝わる。
そしてロイドはそのまま吹き飛ばされた。
(肋骨がいかれたか…。)
ロイドは立ち上がろうとするが、あまりの痛みによろめく。
刀は手からこぼれ落ちてしまった。ちょっと離れた位置の地面に突き刺さっている。
「…大丈夫か、ロイド?」
不意に後ろから声が聞こえた。
ロイドは振り向く。
バロンだ。至る所に傷は受けているものの、大丈夫そうだ。
「バロンさん気を付けてください、『絶対正義』がいます…。」
呼吸をするだけで激痛が走る。
「坊主…生きていたか、柄では流石に仕留められんか。」
ゴードンが悠々と歩きながら姿を現した。
ロイドは慌てて立ち上がろうとするが、バロンはそれを手で止める。
「バロンさん?」
「お前は下がってろ。」
バロンは剣を握り締めながらゴードンの前に立ち塞がる。
「ぬ?貴様、我輩の義の邪魔をするのか?」
「手負いの坊主を殺ることが貴方の義か?」
バロンは剣を構えながら言う。
「…ふはははは!上等上等、先ずは貴様から血祭りにしてやろう。」
ゴードンは高らかに笑う。
ゴードンが槍を構える。
バロンが先に動く。次々と踏み込みながら剣を振るう。
ゴードンは槍の柄で後退しながら防いでいる。次々と鈍い金属音が響く。
押している。バロンの怒涛の攻撃で押している様に見える。
(行けるか…?)
ロイドは痛みに顔を歪めながらも二人の動きに目をやる。
「一兵にしては中々やるな……だが…。」
ゴードンは二、三歩後退する。
「喰らえ…!」
バロンが追撃をしようと更に深く踏み込む。
「考えが浅い!!!」
ゴードンが吠える。ゴードンはバロンの一撃を打ち払う。
バロンの体勢が崩れる。
ロイドはその光景に痛みを忘れて立ち上がる。
崩れたバロンに向けてゴードンが桁違いの速さの突きを繰り出す。
「ロイド…ハイド将軍を任せたぞ…!!!」
ロイドの耳にバロンの力強い声が響き渡る。
「バロンさん!!!」
ゴードンの放った一撃はバロンの顔面を捕え…バロンの頭は千切れ飛んだ…。