第15話【国へ】
突然扉が開く。
ハイド将軍とミセルさんが慌てた表情をして立っている。
「…どうしたのですか?」
ロイドはその異常な空気を読む。
何かヤバイ事が起きたに違いない。
「…シャレオントの追撃がまた確認された。
距離はまだまだ離れてはいるが、敵の将軍が厄介だ。」
ミセルさんが荷物を担ぎながら言う。
「『五月雨』と『十三神将』の一人『絶対正義』が攻めて来やがった。
タイトが鳥から仕入れた情報だ、間違いはない。
俺らは急いでロードヘイム国城へ向かう。
向こうは受け入れの準備は出来ているらしい。」
ハイド将軍も右手一杯に荷物を持つ。
「ルナ……行こう。」
ロイドはルナに言う。
ロードヘイム国城…ルナの本当の故郷であり、ルナの父母である国王と女王がいる場所。
「……うん…!」
ルナは強く頷く。
その右目には確かな輝きがあった。
「タイト将軍とランス将軍はもう準備は終えている。後は私達が戻ればすぐにこの砦を出る。
ロードヘイム国城までは休みを入れずに一気に行く。」
ルミネさんが部屋から出る。
「ほら、先に行ってくれ。」
ハイド将軍が顎で促す。
ロイドの後にルナが着いて行く形で部屋を出る。
クロはいつの間にかルナの肩に乗っていた。
建物から出て正門へ向かう。
正門では軍勢が馬に乗って待機していた。
少ない…。予想していたよりも軍勢が少ない。これでシャレオントからの追撃から逃げ切ろうと言うのか?
「こっちだ、そこのお二人さん急ぐにゃ。」
タイト将軍の姿を見付ける。
軍勢の中心に馬車が置いてあり、馬車前方の座席に座って馬の手綱を握っている。
その隣にはミセルさんが座っていた。
ロイドとルナは馬車に急ぐ。
「こっちだ、早く乗ってくれ。」
ミセルさんが促す。
二人は促されるままに馬車の扉を開ける。
中にはランス将軍が腕を組んで座っていた。
「来たか…ロイド君に姫さん…。
座ってくれ。」
ロイドとルナは隣合わせにランス将軍の向かい側に座る。
「ランスさん、急に出発ってどういう事よ?」
ルナが言う。
勝気な態度だ。
「その様子だと大丈夫そうだな。
…とりあえず我々は部隊を二つに分けてロードヘイム国城に向かう。」
「部隊を二つにですか?」
「ああ。片方は多く、片方は少なく分けた。我々がいる方は少ない方だ。」
「それで追撃を防げるの?」
ルナが眼帯をいじりながら聞く。
わざわざ軍勢を分けたのには理由がある筈だ。ランス将軍なりの。
「多い方は敵の引き付け役だ。
つまり多い方が敵を引き付け、時間稼ぎしている間に少ない方…つまり我々は姫さんをロードヘイムに送るって策だ。」
つまり多い軍勢を囮にして少ない軍勢はロードヘイムへ入るという作戦だ。確かにこれならルナを安全に送り届けられるだろう。
只、一つ心配な事がある。
早い段階で相手が策に気付いたら、確実に危険になる。
かなりリスクの高い策だ。
「…リスクが高い策ですね…。」
「だが成功すれば最も安全に護衛出来るだろう。」
すると突然静かに馬車の扉が開く。ハイド将軍だ。
「おう、話中に悪いがそろそろ俺らも発たないと敵に気付かれる。
ランスは軍勢を先導してくれ。
ロイド、お前は…馬車の警護だ。
ほら、早く配置につきな。」
ハイド将軍はそう言い残すと再び扉を閉めた。
「…だそうだ。私は配置につく。」
ランス将軍も立ち上がり馬車から出て行った。
「…それじゃ、俺は行くよ。…クロを頼んだよ。」
「はいはい任せなさいよ。あんたもしっかりと私を守りなさいよ。」
ルナはクロを撫でながら笑う。
「任せとけ。」
そう言い残し、ロイドは馬車から降りて扉を閉める。
一瞬ルナが心配そうな表情をしていたが、気のせいだろう。
馬車前方の座席にはタイト将軍の姿はなく、ミセルさんとハイド将軍が座っていた。
「うにゃ、ロイド馬を連れて来たにゃ。」
背後から声がしたので振り向く。タイト将軍が馬を二頭引き連れている。
「わざわざありがとうございますタイト将軍。」
「礼はいらんにゃ。」
タイト将軍はそう言うと身軽に馬に飛び乗る。
ロイドも馬に乗る。
「出発だ!!」
軍勢の前方からランス将軍の声が響く。
軍勢がゆっくりと動き始めた。
軍勢の先頭から砦の正門を抜けて行く。
「馬車から離れない様にしろよ。」
すぐ近くで馬車を引いている馬の手綱を握ったハイド将軍が言う。
「ハイドは居眠りしたら駄目にゃよ。」
タイト将軍がニヤリと笑いながら言う。
「危ないですからね。」
ロイドも同じ様に言う。
あの馬車にはルナが乗っているのだ。危険は避けたい。
「居眠り……?」
ミセルさんは不思議そうな表情をする。
「しないからな居眠りなんて。流石に自重するよ。」
ハイド将軍は一瞬手綱を離して右手で頭を掻く。
やりとりをしている間にも軍勢は、速度を速めて行く。
今の時刻は大体、正午だろう。広い広い草原を軍勢は一つの獣の様に進む。
「うにゃ…ロードヘイム王と会うのは…気が重くなるにゃ…。」
タイト将軍が帽子を手で抑えながら呟く。
「タイト将軍…でも…。」
「うにゃ…会って全てを伝えないといけないにゃ…。
それが僕に出来るせめてもの償いだにゃ…。
いや…それでも償いきれないにゃ…。」
「おいタイト、今はロードヘイムに向かう事だけ考えろ。
ロードヘイム王に会ってからの事はまだ考えるな。」
ハイド将軍が前を向いたまま強く言う。
「すまんだにゃ。」
タイト将軍は苦笑する。
「ところでロードヘイム王ってどんな人何ですか?」
ロイドはミセルに問いかける。
ルナの親が気になったからだ。
「王女様はとても綺麗で優しい方だ。ただ…王様は…。」
ミセルは困った表情をする。
「ただ?」
ミセルの隣にいるハイド将軍も気になるのか問いかける。
「頑固と言えば良いのか…優しい方なのだが…厳しくもある…悪いが説明しにくいんだ。」
ミセルはさらに気難しそうな表情をする。
「…つまり会ってからのお楽しみって事ですか。」
「って事だなロイド。ミセルも気難しそうな顔をすんな。」
ハイド将軍は右肘でミセルさんを小突く。
一瞬ミセルさんの顔が赤くなった様な気がしたが、まあ…大体の理由は分かる。
風景が流れる様に過ぎ去って行く。
軍勢はランス将軍配下の兵とハイド将軍配下の陽炎騎士団、それぞれ大体半々位の割合で構成されている。
ロイドは周りを見渡す。
知り合いの兵、仲間の兵、古株の兵様々な兵と目が合い、手を振ったりと合図をする。
陽炎騎士団の面々とは家族同然、いやそれ以上の付き合いをしてきた。
居心地の良い軍だ。
軍に居心地も糞も無いが。
ロイドは一人苦笑をする。
「何を笑ってるんだにゃ?」
タイト将軍はロイドの様子に気付き声をかける。
「いや…色々考えていてつい…。」
「にゃにゃ、変な事を想像してたのかにゃ?」
タイト将軍がニンマリとロイドを見つめる。
断じて変な事を想像などしていない。
「違いますよ将軍。
ところで、将軍は手甲に魔宝を着けているのですか?」
ロイドは話を変えようとする。
このままだと変な妄想癖があると思われかねないからだ。
「うにゃ。僕は水と土の魔宝を二つずつ着けているにゃ。
そうだにゃ僕ら『獣人族』に言い伝えられている、面白い神話を教えてあげるにゃ。」
「神話ですか?」
「まあ神話というか、単なる古い古い言い伝えだにゃ。
その言い伝えには、魔宝についての事が伝えられているにゃ。」
「魔宝についてですか。」
魔宝についての言い伝えは様々ある。
昔から存在してるだとか神からの恵みだとか、大地の力の結晶だとか本当の理由は今だ判明していない。
つまり魔宝は謎の物質と言う事だ。
「『獣人族』の言い伝えによると、魔宝は『精霊』の力が籠められた宝石って事らしいにゃ。」
タイト将軍は髭を触りながら言う。
精霊…胡散臭い話だ。
「『精霊』はそれぞれ動物の姿をしていて、今でもこの世界を巡っているらしいにゃ。」
「動物の姿ですか?」
「確か…火の精霊は犬の姿で、水は亀、風は猫、雷は獅子、土は蛇、光は鳥、闇は馬の姿で世界の何処かで今も生き続けているらしいにゃ。」
つまり生きる伝説と言う訳だ。面白そうな話だが、言い伝えなので信憑性が無いのが残念だ。
「神秘的な言い伝えですね。」
「胡散臭い話だけどにゃ。」
タイト将軍はそう言うと馬の頭を撫でる。
近くの馬車ではハイド将軍とミセルさんが談話している。
中々良い雰囲気だ。
流れる風景に目をやる。遠くに村が見える。畑仕事をしている村人が此方を眺めているのがわかる。
上空では鳥が弧を描いて飛んでいる。
「そう言えばタイト将軍、囮は大丈夫ですかね?」
「囮は徒歩で目立つ様に動いてもらっているにゃ。敵はあっちが本隊だと勘違いしてくれると良いけどにゃ。」
タイト将軍はあくびをしながら答える。
猫独特のあくびの仕方だ。失礼だがついつい可愛らしいと感じてにやけてしまう。
「囮がバレないと良いですけどね。」
必死でにやけを隠しながら言う。
「だにゃ。」
それからはしばらく二人は黙る。
日がどんどん傾いて行く。気付けば辺りが赤く染まっていた。気付かない内にかなり時が経ったようだ。
地図から予想するとロードヘイム国城には大体、夜に到着する筈だ。ちなみにアリアル砦とロードヘイム国城は結構離れている。
現に今も軍勢は馬をかなり速く走らせている。
馬はもつのだろうか?
馬の顔を覗き込む。
心配は杞憂だった様だ。馬はまだまだ余裕そうな顔付きをしている。頑張ってくれと願いながら馬の頭を撫でる。
前方にうっすらとだが山が見える。確かロードヘイム国城はゆるやかな山の傾斜を利用した城の筈だ。山の麓は城下町がとても広く広がっていて、山の中腹に城が立っていると噂に聞いた。
つまり前方のうっすらと見える山が目的地と言う訳だ。
その時だった。隣のタイト将軍が急に何かに反応する動きをする。
どうしたのだろうか?
「タイト将軍…?」
とりあえず声をかける。
「……雨の臭いがするにゃ…。
後数時間もしない内に雨が降るにゃ。」
タイト将軍は帽子を片手で抑えながら空を見上げる。
「雨……ですか?」
空には雲はあるが、雨が降りそうな気配は無い。
只、雨が降る前には独特の臭いがするのは知っている。
タイト将軍が獣人だから臭いを捕えられたのだろうか?
「いや…タイトが言っている事は本当だろう。」
横の馬車の上からハイド将軍が急に言う。
「雨は嫌いだにゃ…。」
タイト将軍はそう言うと帽子を深く被り、黙ってしまった。
「雨か…どうする?ハイド将軍。」
ミセルさんが顎に手を当てながら言う。
「厄介っちゃ厄介だな…。」
ハイド将軍が呟く。
確かに雨は厄介だ。もし敵軍が近付いて来ても、雨音で敵の足音や気配がかき消されてしまうからだ。
「数時間の内にロードヘイム国城に到着しますかね?」
「それは流石に無理だろうなロイド君。ロードヘイム国城に到着する予定が真夜中だからな…。」
つまり雨は避けられないって事だ。
「…とにかく今はロードヘイム国城へ向かうしかない…か…。」
ハイド将軍が呟く。
「ですね…。」
ロイドは呟く。
そうしてやりとりをしている間にも、軍勢は草原を駆け続ける…。