第10話【シャレオント軍の裏】
ホール。
ホールではハイド将軍が一人、帰りを待っていてくれた。
「来たか…。話は後だ、ここから退くぞ。」
ハイド将軍はホールに空いた巨大な穴から外に出る。
多分ハイド将軍が魔法で空けた穴だろう。
建物の外に出る。
陽炎騎士団の面々は全員馬に乗っていた。
「…僕とハイドは馬車を操るにゃ。ロイドはルナちゃんを馬車に乗せて、そのまま一緒にいろにゃ。」
「わかりました。」
馬車に乗り込む。
先客がいた。
クロだ。
尻尾を振りながら待っていてくれた。
とりあえずルナを座席に寝かせる。
意識は無いようだが、生きている。それだけで良い。
とりあえず座る。
ぐらりと馬車が揺れる。
動き始めたようだ。
「うにゃ。 さて何処から話を始めればだにゃ。」
「うわ!? いつの間に…。」
いつの間にかタイト将軍が隣に座っていた。
思わず座席から滑り落ちそうになる。
「猫は気配を消すのが得意だにゃ。そうだよにゃ、クロ。」
「みゃおん。」
クロはタイト将軍の肩に飛び乗り、鳴く。
「それで…将軍…。」
「わかってるにゃ。少し落ち着くにゃ。」
落ち着いてはいられない。
ルナの左目に何が起こったのか、遅かったとは何か。
「大丈夫ですよ。」
平静を装う。
「うにゃ。とりあえずロイドは『ラグラムサイト』と言う国を知ってるかにゃ?」
「ええ…話だけなら。」
『ラグラムサイト』。
東に位置する栄えた大国だった。
シャレオントとは敵対関係だった国だ。
だが…ある日突然消えた。
正確にはよくわからない。
本当に消えたのだと聞いた。
その国の城が削られた様に大地ごと消え去ったらしい。
「知ってるようだにゃ。
その原因は…ガーデンプレイスの息子にゃ。」
「息子って…行方不明になってるんじゃ…。」
「行方不明になった原因が『ラグラムサイト』が消え去った事と関係してるのにゃ。」
関係している?
「どういう事ですか?」
「二国の王家には特殊な力があるって事は知ってるよにゃ。
ガーデンプレイスの息子は、その能力をシャレオントの軍部に利用されたんだにゃ。」
「それがルナと、どういう関係なんですか?」
「まずこれを見て欲しいにゃ。」
タイト将軍が懐から一枚の紙を取り出し、手渡してくれた。
多分、あの時の部屋にあった書類の一部だろう。
内容に目を通す。
何かの報告書のようだ。
魔宝について…研究結果…実験台、『ファースト』『セカンド』…『ラグラムサイト』の消滅…そして、一番怪しく感じられた一文があった。
『魔宝の効果的な位置。』
「これは……?」
「『ファースト』はガーデンプレイスの息子の事だにゃ…。
そして………」
「『セカンド』はルナの事ですか…。」
ルナ=セカンド。
セカンドとはこの事だったのか。
「うにゃ。 単刀直入に言うにゃ。
ガーデンプレイスの息子はシャレオント軍部によって『魔導兵器』として、『ラグラムサイト』に投入されたにゃ。
…そして…『ラグラムサイト』と共に消滅したとなっているにゃ…。」
タイト将軍は悲しげに呟く。
ガーデンプレイスの息子が『魔導兵器』として…。
いったいシャレオント軍部は何を考えているのか。
「ガーデンプレイスの息子が…って事は…。」
「そうだにゃ。 ルナちゃんも『魔導兵器』になる運命だったにゃ。
…でももう遅かったにゃ…。
その作業は終わってしまったにゃ…。」
タイト将軍は帽子を深く被る。
「…どういう事ですか?」
「ルナちゃんに特殊な力があるのは知ってるにゃ?
ルナちゃんを『魔導兵器』と呼ばれる程の魔力を持たせる方法…それは…最も脳に近く…視力を司る体の一部と、強力な魔宝を入れ替える事にゃ……。」
「………つまり…目って事ですか…。」
これでルナの左目の眼帯の意味がわかった。
つまりルナと一緒に護送したあの魔宝を埋め込む…。
「いくら国の勝手とは言え、女の子の人生を壊し、更に片目の光を奪うなんて…。」
思わず手に持っている紙を握り潰す。
「落ち着くにゃロイド。
光は失ってないにゃ。
ガーデンプレイスの息子も目を片方、魔宝に入れ替えられたが視力は失ってないと書いてある報告書を見つけたにゃ。」
つまり魔宝が目の代わりになった…。
未だ魔宝については詳しく解明されていない、謎が多いだとはしてもかなり不思議な事だ。
「…とりあえずルナは…。」
「今のところは大丈夫だにゃ。まあしばらくは眼帯のままだがにゃ。
とは言っても僕は、魔宝について詳しく無いからよくわからんがにゃ。」
大丈夫。
ロイドはその一言を聞いて安心した。
誰よりもルナを心配していたからだ。
「それで、『ラグラムサイト』が消えた原因は?」
ルナについての話は終わったが、『ラグラムサイト』消滅の話は詳しく説明されていない。
「それは…魔力の爆発だにゃ。
『ラグラムサイト』が消える寸前、巨大な竜巻を見た人が沢山いるにゃ。
ガーデンプレイスの息子だにゃ。
彼に埋め込まれた魔宝は風の魔宝らしいにゃ。」
「魔力の暴走…国が消えるなんて…。」
小さな石ころ一つと特殊な力で、一つの国が…何万もの命が消え去るなんて。
「最初その事実を掴んだ時、僕も驚いたにゃ。
いったい軍は何を考えているのか…その時から僕は軍に不信感を持ち始めたにゃ。
無論ハイドもだにゃ。」
話を聞く限りハイド将軍とタイト将軍はかなり古い仲らしい。
「…安全な場所なんてあるのですかね…。」
ルナにとってこの大陸、『セントラル』に安全な場所など無いだろう。
「とりあえず、僕らは『ロードヘイム』に姫さんを送り届けるにゃ。
今僕らは『セントラル』の比較的端にいるにゃ。
とりあえず『ロードヘイム』の砦、アリアルに向かうにゃ。
あそこにはハイドと僕の知人が駐屯してるにゃ。
さっさとこんな危険な大陸とおさらばするにゃ。」
アリアル砦は『セントラル』と陸続きになっている陸地、『バルトス』にある。
今ロイド達がいる場所からは近い。
それが唯一の救いだろう。
「知人とは?」
「うにゃ。『十三神将』に数えられる、『道化師』のランス=レイブン将軍だにゃ。
奴とはかなり昔からの知り合いだにゃ。
奴ならこの状況を突破するのに、協力してくれるにゃ。」
ランス=レイブン。
姿は知らないが、彼の話なら聞いた事がある。
巨大な鎌を振るい、奇抜な戦術、その性格から『道化師』と呼ばれる。
「ロードヘイムの国王と王姫はどうしているのですか?」
「にゃー…誘拐の事件で心を痛め、子供を産めない様になってしまったらしいにゃ…。
本当にすまない事をしたにゃ…。」
タイト将軍はまたうつ向く。
「…将軍…そんなに落ち込まないで下さいよ。」
タイト将軍の肩を叩く。
今はこれくらいしか出来ない。
「…すまんにゃ…とりあえず僕はハイドの所に戻るにゃ。
ルナちゃんは任せたにゃよ。」
タイト将軍はそう言うなり馬車の扉を開ける。
流れる風景が馬車の速さを物語っていた。
外では陽炎騎士団の面々が馬を疾走させていた。
タイト将軍は器用に馬車の前部分にある座席に戻って行った。
「本当に器用な…。」
扉を閉めながら呟く。
流石、獣人。
猫は身軽だと思い知らされた。
「みゃああお。」
クロがロイドの肩に飛び乗る。
「なんだよ、クロ。」
クロはゴロゴロと喉を鳴らしながら顔をロイドに近付かせる。
ルナは相変わらず意識を失っままだ。
心配なので顔を上から覗き込む。
……寝息だ。
寝ているようだ。
心配して損をした。
…しかし…今更だが思う事がある。
綺麗な青髪に、綺麗な顔立ち。
このような女の子を俗に美人と呼ぶのだろう。
「……って何を考えてんだか…。」
ロイドは頭を掻く。
とりあえず、彼女の顔は血にまみれていたので、布でゆっくりと血を拭き取る。
だが悲劇がロイドを襲う。
急にルナが目を見開く。しばしの沈黙。
「な……何してんのよ!?」
ルナが言うよりも早く拳を突き出す。
「…がほっ!!」
ルナが思い切り放った一撃がロイドの顔を捕えた。
不意に喰らった一撃に、ロイドは思わず後ろに崩れる。
クロはロイドの肩からルナの足へと飛び移った。
「あ……大丈夫?」
「…全然…大丈夫じゃ…無い…。」
恐ろしい程良い一撃だ。
揺れる意識の中、無理矢理体を起き上がらせ後ろの座席に座る。
「……あれ私…左目が…。」
ルナは眼帯に手を伸ばす。
「あー…目は大丈夫だよ。当分眼帯を外すなってさ。」
嘘も方便。
事実を伝えるのは酷だろう。
今は嘘で誤魔化す。
目は魔宝と入れ替えられた、だなんて口が裂けても言えない。
「…わかった…。」
しばしの沈黙。
「なあ、昔の事を覚えてる?」
ロイドが先に喋る。
「え? んーと…親の顔とかは覚えて無い…。
思い出せるのは暗い部屋にいた事だけ…。」
ルナが暗い顔で言う。
しまった…地雷を踏んでしまったようだ。
再び気まずい空気が流れる。
「私が言ったんだから、あんたも言いなさいよ。」
不意にルナが口を開く。
その顔は少し明るくなっていた。
「俺の?…わかったよ。
俺も親の顔とかは覚えて無いんだ。
草原を歩いていたのを傭兵団に拾われたんだ。」
事実を伝える。
一瞬ルナは驚いたような表情をするが、再びいつもの表情に戻る。
「私に同情して…作り話なんて…嬉しくも無いんだから…。」
ルナが先程よりも、もっと暗い表情で呟く。
「いやいや、事実だからな。」
これは紛れも無い事実だ。
「……本当? なら信じてあげるわ。」
ルナは再び明るい表情になる。
…本当に強気な性格だ。
嫌いではないが。
窓から空をみる。
夜空には、丸い水晶の様な月が浮かんでいる。
周りには赤や青、大小様々な星屑が輝いている。
今頃あいつ…ロックはどうしているだろうか?
考えても仕方ない。
それぞれ進む道が違えば、運命も違う。
いずれまた出会う事…無論、戦場での再会は避けたいが、いつかまた会う事を信じて歩んで行くしかない。
馬車は進む。
様々な想いを乗せて。
二人は他愛のない話をする。
軍勢はアリアル砦を目指す…。