第9話【殺し合いと覚悟】
「んあ……?」
「目が覚めたか、ロイド。」
目の前ではハイド将軍とタイト将軍が話し合いをしていた。
「あれ?たしか…」
地図を見た後、すぐそばにあった椅子に座って……そこから記憶が無い。
寝てしまった様だ。
「にゃにゃにゃ。よく寝てたにゃ。
ロイドもクロもにゃ。」
タイト将軍は帽子を外している。
「すいませんタイト将軍。」
「別に良いにゃ。 それよりこれから一働きしてもらうにゃ。」
タイト将軍の両腕には鉄の爪が三本ついた手甲が装備されていた。
多分あれがタイト将軍の武器なのだろう。
「ああ。頑張ってもらうぜ。」
ハイド将軍も戦の準備をしている。
「あれ?ハイド将軍、ロックは?」
騒がしく無いと思ったらあの馬鹿がいない。
「ああ、あの馬鹿なら別の将軍と契約したらしいからいないぜ。」
「はい?」
…予想外だ。
挨拶無しとは、まあロックらしいと言えばロックらしいが。
お互いこの仕事を続けるならまたいつか再会もするだろう。
「にゃにゃにゃ。とりあえず、今は夜だにゃ。
善は急げと言うにゃ。
もう時間は無いにゃ。強行策でルナちゃんを助けるにゃ。」
タイト将軍は帽子を深く被る。
「とりあえず俺もお前らと一緒に行動する。
この砦には俺ら以外に『白銀』将軍が駐屯している。
『陽炎騎士団』と俺は『白銀』の注意を引き付ける。
その間にお前とタイトは研究施設に突入、ルナちゃんを救出だ。」
「了解しました。時間が無いとは?」
「後で詳しく説明するにゃ。
ちなみに僕の軍団は置いて行くにゃ。
あいつらは巻き込みたく無いにゃ。」
タイト将軍は地図を片付ける。
「クロ君、起きるにゃ。
君はあっちの所にある、逃走用の馬車に待機している馬の所で待機していろにゃ。」
クロはロイドの膝から飛び下りると、すっと夜の闇の中に消えていった。
黒猫だから見付かる心配は無いだろう。
「さあて…いっちょシャレオントに喧嘩を売るか…!!!」
ハイド将軍は大剣に手を掛けてテントから出ていく。
「にゃははは。 さあロイド、姫さまを助けに行くにゃ!!」
二人はテントから出る。
既に『陽炎騎士団』は行動を開始していた。
ハイド将軍が片っ端からテントを破壊している。
やるときは派手にやるのが、あの人の考えだ。
「相変わらずだにゃ…。」
タイト将軍はそう呟くと音も無く駆け出す。
それを追う。
速い。
流石…としか言いようがない。
「にゃはははは!行動は素早くだにゃ!!」
必死でタイト将軍を追う。
夜の闇の中タイト将軍を追うのは大変だ。
風の如く駆け抜ける。
「おっと……!」
目の前を走っていたタイト将軍が急に立ち止まった。
危うく激突してしまいそうだったので声を漏らしてしまった。
「静かにだにゃ。…あれが研究施設にゃ。」
タイト将軍が姿勢を低くしながら言う。
鉄の爪が指す先にはあの巨大な建物があった。
しかも厳重な警備が敷かれていた。
「あれはまさか…ラージ所長の私兵ですか?」
「だにゃ。あれをどうにかすり抜けて建物に突入するにゃ。」
「でも、どうやってですか?」
施設の警備は見た感じでもかなり厳重だ。
「時間も無いから、ハイド将軍風に行くにゃ。」
「ちょっと…それってまさか…。」
あの人がこの状況を突破する方法。そんなの決まっている。
あれしかない。
「にゃはははは!!!! 強行突破だにゃああ!!!」
タイト将軍は鉄の爪がついた手甲を構え、駆け出す。
「…はあ…とことん頑張りますか…。」
タイト将軍の横に並び、駆ける。
刀を腰に携えてある鞘から引き抜く。
月明かりを浴びて、刀身が鈍く光る。
警備兵がこちらに気付いた様だ。
兵が数人、剣を構えた。
「にゃああああ!!!」
タイト将軍が可愛らしい雄叫びを上げる。
だが可愛らしい雄叫びとは裏腹に、敵を一人、二人と手に着けた鉄の爪で引き裂いていく。
「……正に虎…か…。」
目の前から斬りかかってきた敵を斬り倒しながら呟く。
『暁の虎』の呼び名の通りだ。
虎の如く駆け、切り裂き、仕留める。
伊達ではないという事だ。
「にゃらああああ!!」
しかし…本当に可愛い雄叫びだ。
「うおっ…!!」
焦った。
余計な事を考えていたから、敵からの攻撃に反応が少し遅れた。
敵の剣先が腕をかすめた。
仕返しとばかりに油断した敵を斬り裂く。
返り血が酷いが気にしない。
「…あそこだにゃ!!! ロイド!突っ込むにゃよ!!」
タイト将軍が指差す方向には大きめの扉があった。
だが扉までの道のりには、敵が沢山待ち構えている。
「……!!ちょっと無理がありますよ…!」
「無理な事は無いにゃ!!!
道は僕が切り開くにゃ!!!」
タイト将軍はそう強く言うと右の手甲を着けた腕を上げる。
手甲に小さな光る粒が四つ見えた。
…魔宝だ。色までは確認出来ないが。
しかも四つ。
更に直接武器に埋め込まれている。
これを使いこなすには、かなりの努力と精神力が必要だ。
「うにゃあ! ロイド、下がってろにゃ!」
素直に従い、タイト将軍の後ろに回る。
タイト将軍の右手から水蒸気が沸き上がる。
これは…水の魔法だ…。
水の魔法は色々な補助効果を持つ場合がある。
更にタイト将軍は、水蒸気を発している右手を手甲ごと地面にかざす。
今度は地響き。
…今度は土の魔法だ…。
恐るべき力だ。
二つの魔法を操るだなんて。
地響きに敵が怯む。
「うにゃあああああ!!!」
地面から水が噴き出す。
水が空気中で無数の矢の形になる。
水の矢が雨の如く敵に降り注ぐ。
更に地面から次々と岩で出来た刺が突きだし、敵を貫く。
一種の地獄画図だ。
「うにゃあ…。終わったかにゃ…。」
タイト将軍が息を切らしながら言う。あれだけの魔法を使ったのだ。
無理もない。
「将軍…大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れたけど大丈夫だにゃ。
さあ、ハイドが時間稼ぎしているにゃ。
早く突入するにゃ。」
タイト将軍は扉を蹴り破る。
タイト将軍に続いて建物内に入る。
明かりに一瞬目がくらむ。
明るく綺麗な室内だ。
「うにゃ…誰もいないにゃ…怪しいにゃ…。
注意しながら進むにゃよ。」
「はい…わかりました。」
タイト将軍を追い、建物の奥に進む。
すると、ホール状の広い空間に行き着く。
空間の奥には扉がある。
「……あそこだにゃ。気を抜くなだにゃ。」
タイト将軍と一緒に周りに注意を配りながら進む。
ちょうどホールの半分くらい進だ時だ。
背後から大量の足音が響く。
「ヤバいですよタイト将軍!!」
「わかってるにゃ!!早くあの扉の奥に進むにゃ!!」
目の前の扉に突き進む…が。
突然、扉が開く。
目を疑う。
なぜあいつが…あの馬鹿があそこに立っているのか…。
「ロック!?」
「ロイド!?」
何度も共に修羅場をくぐり抜けた、戦友であり最大の友人。
隈の出来たロックの顔は正に驚愕という表情だ。
再会するのは早かったが、最悪の状況だ。
「増援に追い付かれたにゃロイド。
そいつとは知り合いかにゃ?」
「ええ…ハイド将軍に雇われていた仲間です…。」
「……酷かもしれんがにゃ…僕らが先に進むには、友人を倒さないといけないにゃ。
多分ラージ所長に雇われたのにゃ。」
「……お互い、その覚悟はいつも出来ています…。」
二、三歩前に進む。
背後ではタイト将軍が増援の敵と戦っているのだろう、歓声が聞こえる。
「…腐れ縁って奴かね。」
ロックが槍を構えながら言う。
「お前、ラージ所長に雇われていたとはな。」
「お前こそ、面白そうな将軍に雇われているよな。」
「…行くか…。」
刀を鞘から抜く。
高く澄み渡った金属音が響く。
「殺されても恨むな!!」
ロックが言う。
「殺しても後悔するな!!!」
負けじと言い返す。
これは昔二人で決めた言葉だ。
この戦乱の世界、いつお互いが殺し合うかわからない。
もしその時が来たら、覚悟を決める為の合言葉みたいな物だ。
ロックが槍を構えて突っ込んでくる。
先手必勝。
ロックの性格通りの戦い方だ。
「うらあっ!!!」
槍を振り回してくる。
嵐のようだ。
「甘いっての。」
振り下ろされた槍の切っ先を避ける。
「まだまだ!!」
正確で強烈な突きを繰り出してきた。
喰らえば即死は免れないだろう。
思い切り身を捻り、避ける。
「お互いの戦法は知り尽しているんだからな!!」
いつまでも防戦はまずい。
後手後手だが、これが自分の戦い方だ。
攻撃を避け、柔軟に戦法を変える。ロックとは正反対だ。
反撃。
一歩踏み出し、縦一線に斬る。
「うおおっ!?」
ロックは槍で防ごうとしたが、槍はちょうど真ん中から真っ二つに切断されたのだ。
「ロック…退いてくれよ…。」
思わず言ってしまった。
「…覚悟したんじゃねえのかよ。」
ロックは二つに切断された槍を投げ捨て、腰から剣を引き抜く。
「………わかったよ…。」
もう後戻り出来ない。
殺し合うしかない。
背後ではタイト将軍が必死に敵を食い止めている。
更に、外ではハイド将軍が『白銀』将軍と戦っている。
そして…ロックの背後の扉の奥には…彼女が…ルナがいる。
こんな所で躊躇する訳にはいかない。
自分に言い聞かせる。
「……ほらよ、行くぜえ!」
ロックが剣で斬りかかる。
刀で防ぐ。金属音が響く。
目にも止まらぬ攻防を二人は繰り広げる。
次々と剣と刀がぶつかり火花が散る。
実力は拮抗していた。
勝負を決めるのは、覚悟の強さだけだ。
「もらったあああ!!!」
「まだまだああ!!」
二人は雄叫びを上げる。
好敵手として、次で勝負が決まる。
そう二人は直感的に感じていたに違いない。
だが…邪魔が入る。
「止めろ、傭兵。」
二人は動きを止める。
背後のタイト将軍も動きを止めた。
「……ラージ所長かにゃ。」
ロックの背後の扉からあの男…ラージが現れる。
「…そうだ、タイト将軍。まさか君がこんな愚かな事をするとは…。
君を少々買い被り過ぎたようだ。」
ラージはロックを押し退け前に出る。
「…自分の気持ちに正直になっただけにゃ。
後悔はしてないにゃ。」
「…だが、少し遅かったな…。
もう作業は終わった。
後は覚醒を待つだけだ。」
ラージはニヤリと不気味に笑う。
「……!!! それでも彼女を返してもらうにゃ…!!」
「だが、この状況をどうくぐり抜けるつもりだ?諦めろ。」
背後には沢山の敵。
正面にはロックとラージ所長。
こちらは、傭兵と先程までの戦いで疲れがでているタイト将軍の二人。いずれ二人共に殺られるだろう。
「にゃはははは!!! 僕らだけじゃないにゃ。
希望がある限り諦めはしないにゃ。」
タイト将軍の目は諦めてはいない。
「馬鹿な奴だ…。」
「馬鹿で結構だにゃ。
実際僕より馬鹿な奴もいるけどにゃ。」
「……お喋りはここまでだ…。
死んでもらう。」
ラージが指を鳴らす。
背後にいた敵がタイト将軍とロイドを取り囲む。
二人はちょうど背を合わせた格好になった。
ロックの姿は見えなくなった。
安心する。
覚悟はしたとはいえ、友人と殺し合うのは嫌だったからだ。
しかし、状況は尚更悪化した。
「タイト将軍…ヤバいですよ…。」
「そんな事百も承知にゃ。
まだ希望があるにゃ。
『朧火』はまだ燃えているにゃ。」
『朧火』はまだ燃えている?
敵が一斉に突っ込んでくる。
刀を構える。
だが、次の瞬間。
二人を包囲していた敵の一部が爆音と共に、吹き飛ぶ。
紅い炎。
間違いない。
『朧火』、ハイド将軍だ。
「『朧火』、『陽炎騎士団』只今参上だ。…建物ブチ破ってここまで来るのは大変だったぜ。」
「遅いにゃ。 ちょーっと焦ったにゃ。」
「意外と『白銀』に時間がかかってな。
とりあえずルナちゃんは?」
「すまんにゃ…。 作業は終わったらしいにゃ…。間に合わなかったにゃ…。」
タイト将軍はうつ向く。
「…まだだ。 とにかくルナちゃんを助けるぞ…!
ロイド、タイト!! ここは俺と騎士団に任せろ。」
ハイド将軍はタイト将軍の肩を叩きながら言う。
周りの敵は騎士団の面々が次々と葬っている。
「…わかったにゃ…ロイド、行くにゃ。」
「わかりました…!」
扉を開けて更に奥に進む。
視界の端でラージ所長とロックが建物の裏口から退いて行く姿を捕えた。
しかし気にしている暇は無い。
敵味方入り乱れるホールを抜けると、一つの大きな部屋に辿り着く。
その大きな部屋の中には本棚がずらりと並べられており、更に研究者の机と思われる物が一つ置いてあるだけだった。
「うにゃ…多分ルナちゃんはこの先だにゃ。
僕は少しこの部屋を調べるにゃ。」
タイト将軍は指差しながら言う。
確にその方向には頑丈そうな扉が一つ。
タイト将軍は本棚や机をいじり始める。
「……行ってきます。」
「…後で話したい事があるにゃ。」
「…わかりました。」
扉の前に立つ。
この先に彼女…ルナが…。
扉を片手で押す。
鈍く低い音が響く。
小さな部屋だ。
暗くてわかりにくいが、部屋の中央に机の様な物があるのははっきりとわかった。
その机の様な物に近付く。
「………ルナ…!?」
目を凝らす。
間違いない。
ルナは目の前の台の上に横たわっていた。
「おい…!ルナ!?」
返事が無い。
嫌な予感しかしない。
とりあえず暗くて状況を把握出来ないので、ルナをゆっくり抱き上げてタイト将軍のいる部屋へ戻る。
「うにゃ!!!ロイド、ルナちゃんは大丈夫かにゃ?とりあえずここに寝かせるにゃ。」
タイト将軍に促されて、側の台に寝かせる。
「……っ!! 将軍…!!」
改めてルナの顔を見たとき、愕然とした。
先程までは暗かったので気が付かなかったが、ルナの顔は血にまみれていた。
しかも…彼女の左目には白い眼帯が掛けられていた。
「………遅かったにゃ……!」
タイト将軍は机を拳で叩く。
「詳しく説明して下さい!将軍!
遅かったとは!?
それにルナの左目は!?」
「落ち着くにゃロイド。
今大切なのは、ルナちゃんを早く安全な場所に移す事にゃ。
…詳しい事は後で必ず説明するにゃ…。」
タイト将軍の強い眼光に圧される。
「わかりました…将軍…ただし必ず説明して下さい…。」
ロイドは再びルナを抱き上げる。
この先に何が待つのか…。