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井の中の蛙の世襲

作者: 渋川貴昭

     


    あらすじ

 岡山県の田舎にある小学校に、裕美という名の、女の子の名前の男の子がいた。裕美は悪ガキだが、友達には優しくて、そして誰よりも喧嘩が強く、クラスの男の子から慕われるガキ大将であった。

そのガキ大将の裕美は、いつも何人かのクラスの男の子達を引き連れて、悪さをしては担任のえつこ先生を困らせてばかりいるのであった。そんなある日の事、裕美のクラスに二人の転校生がやって来る。

名前は隆弘と弘明、しかしこの転校生をめぐって、些細な事からクラスの女子を仕切る、恵美という女の子と裕美が、クラス全員を巻き込んでの大喧嘩をはじめる。

そこへ教頭先生が通り掛かり、喧嘩を止めに入るが、収拾が付かずにいると、担任のえつこ先生が騒ぎを聞き付け教頭先生と一緒に止めに入って、やっと喧嘩は収まる。

勿論その後、騒ぎの主犯達の裕美、俊彦、やっちんに幹雄、そして恵美に美佐江、美香、智子が校長室に呼び出され、校長先生にキツク絞られて、なんとか反省したかのように見えたが、その後、隆弘と弘明の転校生を仲間に入れた裕美達六人は、この後も悪ガキ振りを続けていく。そんな中で、初めて自分達の身近な人達の死ということに直面する。そこで永遠の別れという深い悲しみを経験するが、その悲しみをなんとか乗り越えて、少しずつ悪ガキ達六人は成長し大人になっていく。







    井の中の蛙達の世襲

 

「起立、礼、着席」と規則正しい号令が教室に響き、一日が始まる。

元気良く毎日号令をかける男の子は、男なのに何故か裕美と言う名前で「何で?」と皆に不思議に思われているが、クラスの男の子には人気があり、非常に男らしく喧嘩が強いガキ大将である。

何時も学校だろうが、校外だろうがみんなの先頭に立ち、皆を引き連れ「いくでぇ」と歩いている。

裕美は、村の小学生の中では、チョットした有名人で、何時も帰る時は誰かしらと一緒に家へと帰るのであるが、ある日の帰り道の事、裕美の名前が前からずっと気になっていた親友の俊彦が、その日はちょうど珍しく、二人きりだった事もあって、おもいきって名前の事について聞いてみた。

「なぁー裕美君、なんで裕美君の名前は男なのに裕美て言うんでぇー」というと、いきなり名前の事を聞かれた裕美は、俯いたまま、小声で何やらブツブツ呟いたかと思うと、急に大きな声で「知るかーそんなもん、おとーと、おかーに聞けーやぁ、ワシだってこの名前恥ずかしいんじゃー、おめぇー、そんな事ぐれぇわかろうがー、聞くなやー、そりゃーおめぇはええわのー、普通に俊彦じゃもんのー、足はみじけーけど」と言い返された俊彦は「それを言うなっちゃ、それはワシも気にしとんじゃけー、何でこんなに足がみじけーんかのう、サッパリ判らんわー、お陰で女どもにゃー、馬鹿にされるし、サッパリおえりゃーせんで」というと俊彦の方が逆にしゅんとして下を向いてしまった。

そんな俊彦を見た裕美は、言い過ぎたと思ったのか「わりーわりー、きにすんなや、わしが悪かった、あやまるけんゆるしてくれーや」と俊彦に声を掛けると、スーッと俊彦の肩に手を回し「卒業までの~♫半年で~答えを出すと~♫言うけれどー」と歌いながら俊彦の肩を揺すり、元気づけるのであった。だが裕美も何故、『青春時代』を歌っているのかは、裕美自身が分からなかったが、俊彦も釣られて大きな声で歌い出したので、裕美は俊彦はこの曲が好きなんだと思い込み止める事無く歌い続けた。

そんな仲の良い二人のクラスに、ある日の事、年子の男の転校生が二人やって来た。

それも名古屋の都会から岡山のド田舎に転校生が来たのだ。

そうなると裕美と俊彦が黙っていられる筈がなく、ましてや自分達と同じクラスとくれば尚更である。

即休憩時間に裕美は転校生の処へ行き、二人いる中の、体の大きい方の子に話しかけた。

「このクラスでおめぇらぁー二人がおらんかったら、ワシが喧嘩一番つえーんで、おめーらぁ、喧嘩つえーんか」と左手で右手の指をポキポキいわせながら威圧する様に話しかけると転校生は、なまりの無い言葉使いで

「ねー、君名前なんて言うの?友達になってくれる?」と聞かれて裕美はその言葉使いに、拍子抜けした様な顔をして「・・・・・・ええでぇー友達になっちゃらー・・・・・・」と顔を真っ赤に染めて、俯き加減で答えるのであった。

そこえクラス一お調子者の幹雄が近くに寄って来て「おめ―、名前何言うんじゃー」と聞くと裕美は「チョット待てっちゃー、そういう事はワシが聞くんじゃけー幹雄は黙っとけーちゃ」と言うと裕美は二人にあらたまって名前を聞いた。

「おめーら、名前まだ聞いてねかったけど、なにゆーんで」と聞き返す。

すると二人は「僕は隆弘って言うんだ。こいつは弟の弘明、よろしくね!」と挨拶をした。

その聞き慣れない標準語の言葉を聞いた裕美は、なぜか得意げに、それでいて少し照れながら「よろしくね、っとか言われた事ねーけーよワシ!照れるけー、なぁー俊彦」と少し俯き加減で言うと「おー、ホンマなー何かこそばゆ―なるのう」と二人は照れて互いの顔を見合わせると頬を赤くした。

隣に居た幹雄も同じで、転校生の二人に何と返事してイイか分からなくてなり、モジモジしながら裕美の手を握ると、頬を緩ませ目を細くしながらすり寄って行った。

すると裕美は慌てた様に「幹雄、おめー、きしょくわりぃーんじゃ、見てみー、この腕、鳥肌がたっとるじゃろーが、やめーっちゃ!」と幹雄に鳥肌の立った腕を見せながら、真っ赤な顔をして大声で怒り、幹雄の手を振り払った。

すると周りで話を聞いていた男子達からも「幹雄、おめー裕美君の事が好きなんじゃろーが、オカマかー」と皆に冷やかされる。

すると顔を赤くして照れながら幹雄は「あほぅか、ちがわぁー、わしゃーのぅ、ちゃんと好きなもんがおらぁー」と苦しさ紛れに言い訳をした。

それを聞いたクラス一のお喋り小僧のやっちんがここぞと言わんばかりにしゃしゃり出て「ほんなら誰が好きなんかゆうてみーや」と言われ、幹雄は更に顔を赤らめて答えた。

「あほぉ、言える訳無かろうがそげーなこと」と俯きながら首を振り、幹雄は必死にイイ逃れた。

そこへ担任の赤坂えつこ先生が教室に入って来ると教壇に立ち、手を叩きながら「はい、授業始めるよぉー」と子供達に大きな声で言い効かせる。

それを聞いた裕美はやっちんに小声で「おい、やっちんおめぇー転校生の隣の席なんじゃけー何処からきとんか聞いとけや」「なんでぇでー」「もし帰る方が一緒じゃたら帰りに竹内の家の前の川で魚取り教えちゃろうやぁー」「おーそうじゃのう、そりゃーええ考えじゃわー、たぶんあいつらー魚取りなんかやった事無かろうなぁー、よっしわかったー、ワシが責任もってゆうとくけん」とやっちんは胸を叩いて見せた。

それを聞いて居た幹雄と俊彦は「ワシらぁーも行くけんのう」と裕美の意見に賛同して裕美に訴えた。

それを聞いた裕美は、口を尖らせながら「おめーらぁー着いて来たかったら、今日の給食の牛乳ワシに出せやー」と言った。そう言われた幹雄は眉間にしわを寄せ、口を尖らせ言い返す「あほうかぁーそげん事したらパンが喉に痞えて、たべれりゃーせまーが」「ほんならどーするんじゃー」と裕美が聞き直すと幹雄は、顔半分を歪ませて渋々「一口じゃったら、のまっしゃらぁー」と裕美に返事を返すと裕美は「まぁ今日の処は特別にせぇーで堪えといちゃらー」と勝ち誇った顔をした。すると其処で、えつこ先生に無駄話をしているのを見つかり「あんたらぁー何時まで話ししょんでぇ、ホンマ!いっつも授業中に話しばぁーしてから、人の話を聞かん子らーじゃなー、二人とも廊下にたっとれー」と大目玉を食らった。裕美は、納得行かない表情で幹雄を睨み付け「見てみー、オメーのせいで怒られたろうがぁー」と幹雄に言うと幹雄は「裕美君が牛乳出せ言うからじゃろうがぁ」と二人が小声で言い合っていると、その様を見て居た俊彦とやっちんが、必死で笑いを堪えながら、二人を指差して声には出さずに「アホウ」と口だけ動かして二人をからかった。

それを見逃さなかったえつこ先生は「俊彦、やっちん、アンタらぁも一緒に廊下にたっとれー」と大声で一喝入れた。

すると裕美と幹雄はやっちんと俊彦に指を差し「アホウ」と二人揃って同じように声には出さず言い返した。

その四人の様子を見ていたえつこ先生は「まだちばけよーんかなー、ええ加減にせにゃーこらえりゃーせんよー」と鬼の表層で目を剥き出しにして怒って見せた。

すると四人は俯き、何やらブツブツ言いながら、一列に並んで廊下に向かって歩いていった。

それを見て居た転校生の二人は可笑しくてしょうがなかったのか、下を向いて、溢れ出て来る声を必死で殺して笑った。

するとえつこ先生はすぐさま「德長くん、二人とも前に出て来て横に並びなさい」と言われ、二人はそろって肩をビックつかすと、顔を見合わせ転校初日から怒られるのかと、ゾッとした神妙な面持ちで教壇の前に並んだ。

するとえつこ先生は二人に「自己紹介してください」と澄まして言ったかと思うと、二人の顔を見て、優しく目を細めた。

それを見て二人はホッとしたのか、体の大きい男の子の方から大きな声で「德長隆弘です。名古屋の宝小学校から転校して来ました。宜しくお願いします」と自己紹介を済ませた。

その後、体の小さい方の年子の弟も同じように「德長弘明です。宝小学校から転校してきました。宜しくお願いします」と元気良く自己紹介すると、二人は自分達の席にもどっていった。

そしてあっという間に一時間目の授業が終わり、隆弘と弘明の周りには男子生徒と女子生徒が集まって、物珍しそうに色んな質問を二人にしていた。

そこへ廊下に立たされていた裕美がやって来て、何が面白くなかったのか「おめーらー転校生と話すんならワシを通せや、ワシが一つずつ聞いちゃるけー、みんなでわぁわぁーゆうたら転校生達が困ろうが」と二人をきずかう優しさを見せる。

するとそこへ、その話を聞いた女子の中でも一番喧嘩の強い、リーダー格の恵美が出張って来て「裕美、何でオメ―に聞いてから話しせんとおえんのんならー、ゆーてみーや!」と強い口調で言い放つと、裕美はすぐさま「恵美、おめーだけなんじゃー、ワシの名前を呼び捨てにするのは、ナメとんかぁーこの雌ゴリラがー」といい返す、するとしばしの間、お互に睨みあい、今にも喧嘩が始めそうな雰囲気になる。実はこの二人は何時もこの調子で小学校に入学してから、しょっちゅう喧嘩をするので、担任のえつこ先生の大きな悩みの一つになっていたのだった。

すると様子を見ていた女子達が、恵美の周りを囲むように並ぶと、裕美達を睨み付け、横にいた美佐江が「あんたらぁー、恵美ちゃんに手ぇー上げたらえつこ先生にゆうちゃるけんなー」と大声で言い放った。するとやっちんが「ゆやーええがーな、なぁ幹雄!」と幹雄に同意を求める、すると幹雄は「ほんまじゃー、ゆうてみいやー、オメ―ら女子は何時も何かあったら、先生、先生ゆうて、先生がおらんかったら何にも出来んのじゃろうがー」と幹雄が言い返した。

その瞬間、驚く速さで恵美の拳が幹雄のほうだまを一瞬にして捉えた。

幹雄は左手で殴られた左頬を抑えながら「恵美、やりやがったなー」と勢い良く恵美に掴み掛ろうとした瞬間、今度は横にいた美佐江が幹雄の金玉をおもいっきり蹴りあげる。

金玉を蹴られた幹雄は、前かがみになり、今度は股間に両手を当てて苦しそうにすると、戦意を喪失した顔で、裕美の手を掴み「裕美君やっちゃろうやー」と裕美に泣きを入れ縋った。その様を見た恵美が「幹雄、オメ―は裕美がおらんかったら何にも出来んのんじゃのぅー、チンチンついとんかぁー、どねぇーなんなら、ついとんなら見してみぃーや」と男子達が一歩引いてしまう程の勢いで捲し立てた。

それを聞いた裕美は恵美に負けじと勢い良く「おっどりゃぁー」と気勢を上げて恵美に掴み掛った。

恵美は一言「やるんじゃのぅー」と大声で怒鳴り返すと、裕美の襟首を左手で掴み、余った右手でほうだまをビンタした。

それを見た他の男子達はみんな一斉に大声を出しながら女子達に掴みかかっていった。

すると教室内は男子と女子全員を巻き込んでの大喧嘩になってしまった。

大きな声で怒鳴り声を上げる者も居れば、騒ぎの端で泣いている女子生徒もいた。金玉を蹴られた幹雄は、美佐江と容赦なしの取っ組み合いの大立ち回りをしていた。美佐江は見た感じ無傷だが、幹雄の方は恐らく美佐江にビンタされて唇を切ったのだろう。唇から血が滲んでいた。やっちんは智子と美香ふたりに、ほうきで叩かれながら逃げ回る有り様でとても普通には見て居られない状況だった。そして教室内は机は倒され、教室の隅っこに置いてあった、ごみ箱は倒れて中からゴミが飛び出し、散らばっている。裕美と恵美の方も、完全に互角の殴り合いで、二人の顔は赤くはれて、特に裕美の顔は恵美に引かっかれた引かっ気傷が、痛々しい程にまゆ毛の上から、ほぺったまで、赤い三本線がクッキリと縦に入っていた。

とても小学生の喧嘩とは思えないほどの激しさだった。

その様を見て居た隆弘と弘明は鳩が豆鉄砲を食らった様にポカーンと口を開け目の前の大騒ぎに圧倒されていた。「おにいちゃん、凄い喧嘩だね」

「うん、凄いクラスに転校して来ちゃったな、大丈夫かな・・・・・・」というと二人は顔を見合わせた。

其処へ騒ぎを聞き付けた校長先生が「こらぁーおめーら何しょんならぁ―」と怒鳴り声を上げて喧嘩をしている生徒の真ん中に入り、喧嘩を止めに入った。すると担任のえつこ先生も騒ぎを聞き付け慌てて走って来ると校長先生に続いて一緒に喧嘩を止めてまわった。

またしても裕美達四人と恵美に美佐江に何時も一緒の美香そして智子が騒ぎの主犯とみなされ、今度は校長室に呼ばれて大説教をうける事にる。

校長室では呼び出された八人が一列に横並びになり、下を向いたまま、一様は反省して居るそぶりを見せているが、怒り収まらぬ校長先生は顔を真っ赤にして、口を尖らせると、学校中に響き渡る程の大声で「おめーら、何時も何時も喧嘩ばーしてから、ええ加減にせーよ」と怒鳴り散らすと、校長先生は一人一人にくどくどと説教をしだした。

それを聞いて居た八人は、またかと言わんばかりの表情で、話を聞いているのだった。

それもその筈、八人はしょっちゅう何かしら問題を起こし、校長室で今迄にも何度もお説教をされていたからであった。

そのたびに大きな怒鳴り声で怒る校長先生が、顔を真っ赤にして口を尖らせ「大体のゥーオメ―らはのう」と言って怒り始める事から、生徒の間で「タコちゅう」というあだ名で呼ばれていた。

そのタコちゅうから散々絞られて教室に返った八人は、授業は既に四時間目に入っていて、残り時間は二十分を切っていた。

思わずやっちんが時計を見るなり、「ラッキー」と喜ぶと、それをえつこ先生に聞かれて「やっちん、あんただきゃーホンマに分からん奴じゃのー、くらっとけー」とえつこ先生のゲンコツが見事にやっちんの坊主頭に決まり、やっちんは目から火が出るような痛さに耐えきれず、思わず涙ぐんだ。

それを見た裕美に幹雄と俊彦は教科書で顔を隠しながら必死に声を殺して笑いを堪えていた。

そして授業が終わり、待ちに待った給食の時間になると、たまたまその日の給食当番だった俊彦が、今日のメニューのカレーライスを自分の器にてんこ盛りにし、他の男子達に「よかろうがー、わしが今日は給食当番じゃけんのー、オメ―ら―も大盛りにしてほしい奴はワシにお願いしますとゆーてけーや」と偉そうにいうと裕美は俊彦に「ワシもオメ―にお願いします言わんとおえんのんかー」と言いながら睨み付けると俊彦は「裕美君はOKじゃー」と返す。

すると他の皆もワイワイ騒ぎながら「俊彦、さっさと大盛りにつげーっちゃ、給食の時間が終わってしまおうが」と逆に皆にやり込められるはめになった。

それを見て居たえつこ先生は呆れ顔で「ほんまあんたらーわ、何時も賑やかじゃなー、先生呆れて言葉も出んわ!」と好きに遣ってろと言わんばかりにカレーライスを先に食べようとした。

すると裕美が「先生、まだ頂きます、ゆーとらんよー」といわれ口に運びかけたカレーライスを口に入れるのをやめて一言「給食当番、さっさと準備せーや、おそいでー」といら立ちをぶつけた。

そのいら立ったえつこ先生の声を聞いた俊彦はビックリして一瞬手が止まったがビビリ顔で作業の手を早めるのだった。


      2


そんな楽しい給食時間も無事終わると、この日は四時間授業だったので掃除を済ませると帰り支度を始めた。

この時、裕美はランドセルを背負いながらやっちんに「どうじゃったんならー、転校生の帰る方向は」と聞くとやっちんは「ワシらーと同じ方向じゃったけん、帰りに魚取りに行こうやと、さっそといたでー」とかえした。

それを聞いた裕美は興奮して「ほんまかー、ほんならはよう行こうや」というと二人は急いで下駄箱へ行くと、慌てて靴を履き学校の正門まで走った。

すると其処には幹雄と俊彦、そして転校生の二人が先に来て待っていた。

「おい、おせーがな、二人とも」と幹雄が言うと裕美がすかさず「わりー、わりー」と言いながら先に待っていた四人の背中を押す様にして先に行けと進めた。

学校を出て5分位の処にその川は流れていた。

川に着くと同時に隆弘と弘明以外はランドセルを畦道に下ろすと、靴と靴下を脱ぎ、そのまま川の中へと入って行った。

川と言っても農業用水で深さは二十センチから三十センチ位で川の中を泳いでいる魚をまじかに見る事が出来た。四人を見守るかたちで隆弘と弘明は何が始まるのだろうと見つめて居ると、川の中を泳ぐフナの群れを見て驚いた。

「ねぇー裕美君そこ海なの?」隆弘が裕美に声を掛けると裕美は「隆弘、ここは川じゃけー、海じゃねーぞ。オメ―川も知らんのかぁ」と裕美は不思議そうに隆弘に聞くと、隆弘は不思議そうに答える。

「裕美君、魚って海にしか居ないんじゃないの?どうして川に居るの?それから何でこの川はこんなに綺麗なの?僕が前に住んでいた名古屋の川は、ヘ泥だらけで魚は勿論居ないし、蛙だっていなかったよ。それなのにどうしてここにはこんなに魚が泳いでるの」と聞く隆弘をみて、弘明も「そうそう」と一緒に相鎚を打っている。

それを聞いたやっちんが「ほうかー名古屋にはこげんな綺麗な川が無いんかー、そりゃーおえんのう」それに続き幹雄が「オメーらーも、ゴチャゴチャ言わんと準備してはよーはいってけーや、魚の取り方を教えちゃるけー」と二人を誘った。

二人は顔を見合わせてニッコリ笑うと、ランドセルを畦道に下ろし靴と靴下を脱ぎすてると、川の中へと恐る恐る入って来た。

「わぁー冷たい。でも気持ちいいなー、わぁ、魚が泳いでるよ。兄ちゃん」

「うん、本当だ。お、そっちへ行ったぞ!弘明」

それを見た裕美は「ええかーおよいどる魚は捕まえれんけー、こうしてコンクリートのはげ落ち取る処か、流れのようぇー処におる魚を、手掴みにして捕まえるんじゃでぇ」と言うと上手い事コンクリートのはげ落ちた穴に手を突っ込むと裕美は軽々とフナを一匹捕まえて見せた。

隆弘と弘明は「うわぁー凄いねー裕美君」と声を上げると、やっちんと幹雄も「ほれ見てみいーや」と競う様に隆弘と弘明に魚を捕まえて見せた。

そこえ俊彦が何やらバッシャバッシャ言わせながら両手で四十センチはあろう大きなコイを抱え「ほれぇー隆弘、弘明見てみいやー、ワシの腕前をこげんなコイはワシにしか取れりゃせんでー」と鯉を抱えながら、大声で自慢した。

すると裕美と幹雄にやっちんが「なによんならーまぐれじゃろうがー見とれよー隆弘、弘明、ワシらーがもっとでかいの捕ってみっしゃるけー」と言うと三人は意地になって川の中の魚を追いかけだした。

するとやっちんが「おりゃー、見てみいや―これを」と両手で捕まえたのは三十センチ程の大きなウシ蛙だった。

それを見た幹雄は「やっちん、そりゃーおめー魚じゃなかろうがー蛙じゃがなー」とウシ蛙を抱えるやっちんを見て大声で笑った。するとそこへ裕美がこれならどうだと言わんばかりに、大きな魚を抱えて来て「ワシのはオメーらーとはちょっと違うでぇー」と五十センチはゆうにあるナマズを手掴みで掴み上げ、隆弘の顔の前に差し出すと隆弘は「うわぁーデカイ、これ何ていう魚?」と裕美に聞くと、裕美は鼻息を荒くしながら自慢げに「これはのう、ぬるぬる滑って捕まえるのがスゲー難しいナマズいうんじゃー、まぁこれが捕まえられる様になったら一人前じゃけーよ」と自信満々に胸を張った。

そのころ弘明は必死になって見よう見まねで、魚を追っかけていた。それを見た俊彦が弘明に「ええかー弘明、よう見とれよ、左手で魚の尻尾おおて、右手で頭を押さえる様にするんじゃー、やってみいやー、最初から大きいの狙うなよ、こめ―魚で練習せーよ」と優しく教えた。

それを見て居た隆弘も弘明に負けじと、魚を追いかけだした。気が付くと六人とも魚捕りに夢中になり、半ズボンのお尻の部分が水で濡れて、ビチョビチョになっていた。

これはまずいと思った裕美が「オイ、オメーら尻がビチョビチョじゃけーこのまま帰ったらまたおっとーやおっかー怒られるけん、アスファルトの上に座れーや、尻乾かしてから帰るでー」と言って指示すると、六人は並んで日差しで熱くなっているアスファルトの上に腰を下ろし、濡れたお尻を乾かすのであった。

その様子を見て居た竹内のオバサンが「あんたらーまた道草して魚とっとたんかー、ええ加減にして帰らんとおとーやおかーに怒られるでー」と子供達に注意した。するとやっちんが「ズボンが乾いたら帰るけー心配せんでもええて」と竹内のおばさんに言い返す。

それを聞いた竹内のオバサンはニッコリ笑うと、踵を返し家の中へ入っていた。

十分か十五分位で半分位ズボンが乾き「そろそろ帰るかー」と裕美が言うと「そうじゃのぅー」と幹雄にやっちん、そして俊彦が答えると、隆弘と弘明も後に続いた。六人は横並びになり歩きながら、自分の今日の出来具合を自慢し合った。

すると隆弘と弘明が「僕達の家、この先だからここでバイバイするね」というと、細い路地へと進んで行った。裕美達は「またあしたなー」と大きな声で別れを言った。すると残りの三人も「明日な!」と声を掛けた。

すると幹雄が「あいつら二人、この辺にすんどるんじゃのぅ」というと裕美が「おい、どんな処にすんどるか、家まで見に行ってみるかー」と聞くと三人は「おーいってみようやー」と口々に答えた。

四人は隆弘と弘明が帰って行った方向へ歩き出した。五十メートル程歩いた処に二人の家は有った。

そこは予想外にも大きなお屋敷で、高い塀に囲まれていて、入口は大きな門構えで観音開きに開いていた。そして門札には何十年も前から掛けられていて歴史を感じさせる文字で、德長と書かれてあった。中を覗くと大きな庭に池が在りその中を錦鯉が泳いでいるのが見えた。

そして大きな岩の様な石がいくつも置いてあり、そして庭の隅には太くて背の高い木が三本あって、その木の葉が日差しを遮り、庭は外に比べると少し薄暗くなる程であった。

それを見た四人は「オイ、スゲー家じゃのう」「ワシもこんな家にすんでみてぇーのう」「お手伝いさんとかおるんじゃろうか」「ホンマのう、明日、隆弘と弘明に聞いてみようやー」と口々に疑問をぶつけあうと、その日はそのまま退散した。


     3


次の日、学校で裕美達は朝一番に隆弘と弘明に会うなり聞いた。「オメーらーの家、でけかったのー、昨日後を追っかけて行ったら、德長いう名前の家が在ったけー覗いたんじゃーけど、びっくりしたでー」「おめーらーのおとぅーは何しょうる人なら」と裕美が興味心身に聞くと、弘明の方が「何にもしてないよ。家でずっと本読んでるだけだよ!」という。すると隆弘も「そうなんだよ、岡山に引っ越して来てからは、会社にも行かずに、家でずっと一日中、本を読んでるだけなんだよ」と説明すると幹雄が「ほりゃー宝くじでも当たったんじゃねーか」と言うとやっちんが「アホーゥ、宝くじ当たったくれーで、あげんな大きな家が建つわけなかろーが、ありゃーぜってー先祖代々からの大金持ちなんじゃって」続いて裕美が「そうじゃろうのー古い家じゃけど、おおきゅうて庭はひれ―し、池もあったでーまるで殿様が住む様な家じゃったで」とあれやこれやと言って居ると、隆弘が「今日学校の帰りに遊びにおいでよ」と四人を誘った。

すると裕美が「ワシらーみてーのが行ってもええんかー?怖ぇー人が出て来て、叱ったりすりゃーせまーのう」と不安そうに聞くと弘明が「全然大丈夫だよ。昨日帰ってみんなの事話したら、父さんも母さんも一度お友達連れて来たら」と言ってたから遊びにおいでよ。

するとやっちんが待ってましたと言わんばかりに「何時いきゃのー」というと裕美は意外と冷静に答える「隆弘、ホンマにええんか―、ワシらーみたいなモンが行ってもー、お前が恥かくだけでぇ―」というと幹雄も「そうじゃのうー、ワシも多分恥ずかしゅうて何にもしゃべれんよーになると思うで―」「そうじゃ、ワシらー礼儀作法とか全然知らんけんのう」と俊彦が付け足すと隆弘は「うちそんな家じゃないよ。お父さんもお母さんも両方とも面白いし、爺ちゃん婆ちゃんもこの村の事なら何でも知ってる楽しい人だよ。

気にしなくてイイから、今日学校が終わったら遊びにおいでよ」と言うと四人を無理やりにでも連れて行こうとした。

その結果、遠慮しながらも四人はお邪魔する事になった。そして学校が終わり六人は元気良く学校を後にすると、田んぼの中の一本道を横に並んで歩くのだった。

そして今日は何処へも道草する事無く、直ぐに德長家へ向かった。家の近くへ来ると、弘明が一人で走り出し家へ入るなり母親に「友達イッパイ連れて来たよー」と大きな声で叫びながら、家の中へと入っていてしまった。

隆弘は皆を自分達の部屋へと案内する。大きな玄関口を入り、裕美達は靴を脱ぐと、隆弘に続いて家の中へと入る。先ずは長い廊下を通り、幾つもの部屋を通り過ぎる、するとお屋敷の奥に中庭があり、その脇にある離れの部屋へと案内された。

「ここが僕達の子供部屋なんだ」というと、後を追う様に母親とお婆ちゃんがケーキにお菓子、それに紅茶を入れて持って来てくれた。

そしてお婆ちゃんが裕美に向かって「あんたは、よっちゃんとこの裕美君じゃろーが」と顔を見るなりいきなり聞いた。すると裕美は「何でワシの事しっとんでー」と聞き返すと「そりゃーしっとらーや、お婆ちゃん家のカズちゃんと、裕美君のお父さんのよっちゃんはこめー頃から仲のえー友達でのう、仲が良すぎて二人でしょっちゅう悪さするもんじゃけー、そのたんびに、お婆ちゃんとよっちゃん処のお婆ーちゃんとで、近所の家へよーう謝りに行ったもんじゃ、思い出すのー」と笑いながら昔話をすると裕美は「家のおとーと隆弘んちのおと―は友達じゃったんかー」「そうじゃよ、今でも仲のエー友達でぇ、そういやぁー確か明日の晩は皆、家に集まって同窓会するゆーてカズちゃんと葉子ちゃんが楽しみにはなしょったでぇ」というと母親の葉子が「そうなんよー明日はなー、よっちゃんや他のみんなも集まって大宴会するケー、皆もくりゃーええが―、明日は土曜日じゃけー、おそーなったら泊っていきゃーええぞなもし」と岡山弁丸出しで話した。

それを聞いた隆弘と弘明は初めて自分の母親が岡山弁を話す処を見て「お母さん岡山弁話せるんだね」と不思議そうに言うと、お婆ちゃんが「なによんでー、此処は岡山なんじゃけ―岡山弁つこうて何がわり―ンなら、のう裕美君よー」というと大きな声で笑い出した。すると他のみんなも訳も分からず大声でわらいだしたが、隆弘と弘明だけはポカーンと口を開け、皆の顔をみているのだった。

すると葉子が思い出したように「アー、いけんいけん忘れとたー、紅茶が冷めるけん、早よう飲みんさい」と裕美達を気遣って岡山弁で話した。

それを聞いて安心したのか、裕美はケーキに一番先に手を伸ばし「うん、うめーぇこりゃーうめーは、癖になりそうじゃ」と大人ぶっていうと、やっちんと幹雄はクッキーの方へ手を伸ばし、俊彦は紅茶を一口啜った「うーん大人の味じゃのう―」と感想を言うとやっちんが「アホう、紅茶ぐれぇ飲んだ事あろうが、そんな事より早うこのクッキー食べてみいや、めちゃくちゃうめーぞ」と言って俊彦にすすめた。俊彦は言われるがままにクッキーを一つ口に入れると「うーん、おばちゃん、これおばちゃんが作ったんかー、めちゃくちゃうめーで」と生意気に言いながら、二つ目を口に入れた。クッキーもケーキも全部手作りだった。葉子は、自分の作ったおやつを一つ残らずたいらげる子供達を、ニコニコと微笑みながら眺めて、遠い昔を思い出していた。

次の日の昼頃、德長家ではお爺ちゃんが一生懸命マキを割っていた。

それを見た隆弘と弘明は「お爺ちゃん、何でマキ割りしてるの」と聞くと

「今日は大勢お客さんが見えるけーのう、門の横へ火をくべにゃーおえんけん、その準備をしょ―んじゃがー」というと訳が判らぬままに二人は合槌をうった。そして夕方になると、竹内のおばさんがやってきた。

「こんばんは」「あー、きみこちゃんよう来てくれたなー、こっちじゃけんはようあがってー」と葉子が迎えると「葉子ちゃん大変そうじゃなー何か手伝おうかー」ときみこが聞く「ほんまー、ほんなら台所の奥に今日使う食器が用意してあるけん、それをテーブルの上に出して貰えんじゃろうか―」

「よーし判った。まかしときー」と威勢良く手伝いだした。

その後、どんどんお客さんが集まりだして宴会場は賑やかになってきた。

隆弘と弘明は何をしてイイのか判らず、立ち尽して居ると、そこへ裕美とやっちんが叔父さんに連れられてやって来た。

そして幹雄に俊彦も知らない人の後に連なって宴会場へ入って行くのが見えた。二人は後を追って宴会場へ行ってみると、宴会場の奥には、恵美に美香、美佐江と智子までもが来ていた。隆弘は一体どういう事だろうと首を捻った。

「確か同窓会って言ってたのに・・・・・・判らない!でもまさか!それはないだろう・・・・・・」だが時間が経つに連れて真相は明らかになった。「おーカズちゃん久しぶりじゃのうー」「よっちゃん久しぶりじゃのう。

この村にまた帰って来たけーよろしゅーたのむわー」と隆弘の父親がいうと

「カズちゃんみずくせー事をゆーなっちゃ、ツレじゃろーが」と返し目を細めた。

そして裕美の父親のよっちゃんが「研ちゃん、久しぶりじゃのう、研ちゃんちの子と家の子同級生じゃったのう確か」「おう、そうじゃー家の子は女の子じゃけどなー、恵美言うんじゃー」「そうか隆弘から聞いたでー、恵美ちゃんは、研ちゃんに似て喧嘩がツエーらしいのう」というと研ちゃんは、顔を歪めて苦笑いすると、頭を掻きながら「そうらしいんじゃー、わしゃー女の子なんじゃけん、女らしゅうーせいゆうて言うんじゃけどのう。言う事サッパリききゃーせんわー、やっぱりワシに似てしもうたんじゃろうかのう」というと、よっちゃんが「そりゃーそうじゃって、恵美ちゃんは研ちゃんにそっくりじゃけーよ、」と話していると別の叔父さんが話にはいって来た。

すると恵美のお父さんが「たっちゃん久しぶりじゃのう」「おう、ひさしぶり家の子も女の子じゃけど恵美ちゃんと何時っもつるんで男の子を虐めとるらしいで、まったく血は争えんのう」と笑いながら横に居る美佐江の頭を撫ぜながらいった。

すると直ぐ傍に居た、さっちゃんと呼ばれる女の人が、葉子と一緒に仲良くお酒を飲みながらいった。「ホンマホンマ、最近の女の子はつえーけんなー大人になったら、どげんなるんじゃろうーなー」というとたっちゃんが「さっちゃんのこめー頃もやんちゃじゃったでー、わっしゃーなんどか泣かされた記憶があるけんのう」というとさっちゃんは赤い顔をして頬を緩ませながら「もうーたっちゃん、ゆーたらいけんよー、せっかくいい気分で酔っぱらってきたのにからー、一気に酔いがさめっしまうがー」と大声で笑いながら答えるとこう付け加えた。「まさか自分らーの子供達が、また同級生になるとは思わなんだわー」と話しているさっちゃんが、どうも美香の母親らしくその横で大声で喋る竹内のオバサンこと、きみちゃんと呼ばれているのが、智子の母親なのは、前に裕美達に聞いて隆俊はしっていた。

そしてこの三人も昔からつるんでいるメンバーらしい。これを見てると全て昔の同級生で、しかも同じ年に子供を出産したという奇跡に近い確率で起こった現象に隆弘は驚いた。

そこえ大声で「葉子ちゃん」と遅れて来たのが幹雄の母親で「ごめんなーおそうーなって、幹雄だけ先に行かせたんじゃけど、私は晩御飯の支度だけして来んと、うちのがウルサイけん」と言いと葉子がグラスに注いだビールをイッキに飲み干したのが、正子ちゃんで幹雄の母親だ。

それを見て居た裕美が「幹雄、お前ンとこの母ちゃん、なかなかスゲーのう」というと幹雄が下を向いて膝を抱えながら、小さな声で「勘弁してほしいわー堪えてくれーよ」と裕美の顔を横眼で見た。すると近くにいた他の子供達も、次々と親の醜態を見て溜息をつきながら、何故か裕美達の周りに集まって来て、げんなりとした顔を見合わせた。

やっちんに俊彦、隆弘に弘明そして恵美に美佐江、そして智子に美香までも流石にこの日はみんな、喧嘩どころではなく、親達の形振り構わぬ醜態に呆れながら口をそろえて「ああー勘弁してくれーよ。恥ずかしいけんよー」と仲良く並ぶと、大声で話しながら酒を飲んで居る親達を眺めて居た。

それを見て居たお婆ちゃんが「あんたらー退屈そうじゃなー」と問いかけて来た。

隆弘も弘明も、そして裕美達もみんなお婆ちゃんの顔を見ながら小さく頷いた。

それを見るや否や「やっぱりジュースじゃー酔えんわのう」というと、尖った顎を台所の方へ振ると、そそくさと台所の方へ歩いて行った。っと思うと奥から子供達に呼びかけるのであった。「おい、オメーら、こっちへきんさい」と子供達を呼ぶと作業台の上に大きなガラスの甕が置いてあった。

その中には何時頃漬けたのかは分からないが梅酒が漬かっていた。

その封をお婆ちゃんはおもむろに開けだすと「ちょっと女の子はこけーきんさい」と声を掛けると恵美達はお婆ちゃんを囲むように集まった。

するとお婆ちゃんは恵美達に食器棚からコップを人数分持って来るように言うと、お玉を手にすると、甕の中をかき混ぜ始め、恵美達が用意したコップに、梅酒をお玉に一杯ずつ注ぐと、コップ中へ氷を入れるように言った。すると恵美が冷凍庫から氷を取り出し、みんなのコップに四角い氷を三つずつ入れた。

するとお婆ちゃんは、その中へ水を入れてかき混ぜる様に美佐江に伝えた。

そして全ての作業が終了すると、お婆ちゃんは子供達に「この梅酒のんでみいやー」と勧めた。

子供達は梅酒がどんな物かは判っていたが、実際には飲んだ事の有る子は隆弘と弘明位だけだった。

まぁ何処の親もまだ小学校三年生に梅酒とはいえ、酒を進める親は居ない様だった。

「のんでみー」と勧められた子供達は、梅酒を恐る恐る飲んだ。するとまずはやっちんが「お、この梅酒、うめーのう」いうと裕美が「やっちん、シャレゆーなや!じゃぁけどホンマにうめーのう」と笑いながらかえすと、恵美達も口々に「お婆ちゃんほんまにうめーわ、この梅酒」と、とても嬉しそうに返すのであった。

それを聞いたお婆ちゃんは「なんぼ、うもーても、これ以上は飲んだらおえんでー」と皺くちゃだらけの顔を緩ませながら梅酒の蓋をすると、それを抱えて台所の奥へとスタスタと行ってしまった。

お婆ちゃんが行ってしまった後で隆弘が「美味しいでしょう梅酒、僕たちは小学校一年の頃から風呂上がりに良く氷を入れて、水で割って飲んでたんだ」と話すと裕美が「オメ―んちはええのう、ワシん処は梅酒漬けとんじゃーけど、おかあーが子供の飲むもんじゃねーゆうて飲ましてくれんけんのう」というと追いかける様に幹雄が「ホンマじゃーて、大人ばーええ思いしてのうワシらは何時もガキ扱いじゃけんのう」「そうじゃ、そうじゃー」と他のみんなも口々に言いだした。すると弘明がそんなに美味しかったんなら、もう少し飲んでみる」と悪戯顔を浮かべながらニッコリ笑う。それに倣うように隆弘も薄笑いを浮かべて「飲んでみる?」とみんなの好奇心を誘う様に言い出した。

すると恵美が「せーでも、お婆ちゃんが梅酒どっかへもってってしもうたがー」というと隆弘が「じつは僕達、梅酒の隠し場所知ってるんだ」と人差し指で鼻の下を擦りながら言うと。それを聞いた他の八人は、頬を緩ませ目を細め、隆弘と弘明の方を見た。すると隆弘と弘明は声には出さず「つ・い・て・き・て」というと踵を返し足音をたてない様にして、台所の奥へと静かに進んで行った。

そして台所脇のお婆ちゃん達がくつろいでいる部屋の横を気付かれない様にすり足で静かに通り過ぎると、台所の一番奥のつきあたりに、一つ部屋が在り、其処の戸を開けると、そこには沢山の梅酒が、ガラスの甕に漬けられて並んでいた。そして甕には漬け始めた年だと思われる数字が書いてあった。それを見て隆弘が甕の一つを指さすと「この梅酒は五年物だね。こっちのは八年物だ」というと、甕を手にとって品定めを始めた。

すると皆に「ねぇ、どれ飲みたい。ちなみにさっき飲んだのは、たぶん三年物だよ」と皆に小声で説明した。

すると俊彦が「隆弘、何年物の梅酒がうめーんなら、教えてくれーや」と聞くと隆弘は顔を顰めて「僕らは三年物以外は子供だからって、飲ませて貰えないんだ。だからそれより長く漬かってる梅酒は、飲んだ事無いから判らないんだよ」と説明すると、美佐江と美香が「五年物と八年物を飲み比べてみりゃええがー」と声を揃えて言う。智子もそれに頷き、なにやら下心ありありにニッタリと笑って見せた。

すると弘明が声には出さず「オッケー」と右手の親指と人差し指で丸い円を作って見せた。

あとは裕美と隆弘が五年物の梅酒と八年物の梅酒を棚からゆっくりと下ろすと、俊彦と弘明が封を開けた。

そして今度はコップではなく、お玉ですくって生地のまま水で薄めずに交代交代に回し飲みした。

すると全員声に出さずに「う・ま・い」と顔を見合わせて言うと、何度も飲み比べた。

そして気が付くとみんな真っ赤な顔をして、うとうとし出すと一人、二人とみんな眠り始めた。

その後、何やら物音がして、お婆ちゃんが台所の奥の部屋を覗いてみると「うわぁー、お爺さん、ちょっと来てみてー、えれーこっちゃでー」とお爺さんを呼びに行った。

するとその様子を見たお爺さんは頬を緩ませ「おーおー、こりゃーえれーこっちゃー、お婆さんよー、とりえーず、奥の部屋に布団しけーちゃ、こりゃーどえれーこっちゃー、ひさしぶりじゃのうーこげん事!」といいながら宴会場へ、酒を飲んで酔っぱらって、騒いでいる親達を呼びに行った。

すると宴会を楽しむ親達は、台所の奥の部屋の前に集まると、みんな赤い顔でニコニコ笑いだすと、葉子ちゃんが「どんだけ飲んだんじゃろーのう、こげんなってしもーて」と言うと研ちゃんが「血は争えんのう・・・・・・」とボソっという、その横からよっちゃんが「これじゃーワシらーのコメー頃と全く同じじゃーで」と話すと、それを聞いたきみちゃんは「昔を思い出すなー」と大きな声で笑いだすと、他の親達もみんな大笑いし出した。

そこへ布団を敷き終わったお婆ちゃんが、その様子を見るなり「あんたらーわろうとらんで、早く奥の部屋へはこびんさい!」と少し怒っていわれるて「おおーそうじゃそうじゃ、忘れとった」とみんな肩を竦めながら、各自めいめいが、自分の子供を抱きかかえて奥の部屋へと行くと、布団の上に子供達を寝かせた。

勿論、その後も宴会は朝方まで続き、大人も子供もその日は德長家に全員泊まった。

明くる日のお昼近くにお婆ちゃんは、昨夜の宴会の片付けを済ませ、朝ごはんの準備を終えると、大広間へ行き、みんなを叩き起こすと、「はよー朝ごはん食べにゃぁー」とお婆ちゃんに叱られ、お婆ちゃんの作った、少し遅めの朝ごはんを、ねむい目を擦りながら美味しそうに、みんな一緒に食べた。

そして朝ごはんを食べ終わると、みんな自分の家へとかえっていった。

次の日の月曜日、学校で顔を合わせた皆は、お互いの顔を見るなり、何か考え込む様な感じで話し掛けるのを躊躇っているように思えた。

その雰囲気を感じ取ったやっちんが「土曜日はメチャクチャじゃったのう」と俯き加減でボソというと恵美が「うーん、梅酒うめかったけど、えれー事になったのう。頭がクラクラして、びびたけー」すると裕美は「恵美はええがなー梅酒の味覚えとるだけ、わしゃー次の日の昼に、隆弘んちのお婆ちゃんに起こされた時には、なーにも覚えとりゃーせんかったわ」すると幹雄と俊彦も「ほんまじゃーのう」「梅酒ゆうもんはきょうてぇーのう、あった事みな忘れてしまうけん。裕美君と一緒でワシも何にも覚えとりゃーせんけーよ」と俊彦が言うと美佐江に美香に智子までが口を揃えて「ホンマきょうてぇーのう、梅酒ゆうもんわ」とみんな頷くのであった。

そこへ隆弘と弘明がやってきて「みんな土曜日は楽しかったねー」と言うと弘明が「梅酒飲まなかったら、もう少し色々遊べたのにね。残念だったね」と話すと隆弘が「そう言えば家のお母さんが夏休みになったら、またみんなで泊まりにおいでって言ってたよ」と話すと裕美が「ほんまかー、また行くわー、せーじゃーけど梅酒はもうえーけーよー訳判らんようになるけん」というと他のみんなも笑いながら「じゃーじゃー」と相鎚をうった。

それを聞いた隆弘と弘明もニッコリ笑うと弘明が「そうだね、直ぐに眠くなるもんね」と相鎚をうって笑った。

そこで一時間目の始まるベルがなるのを聞いて各自自分の席へと散って居た。


    4


 「こらー幹雄!何処へ行くんでー、勉強もせずに、遊びー行ったら、こらえりゃせんでー」と母親に怒鳴られて捕まってしまう幹雄であった。

今日は裕美達とみんなで山の学校へ遊びに行く約束をしていたのだが、家を出て行く処を正子に見つかってしまい、今日は表には出して貰えそうにない様だった。

それもその筈、ここ最近の幹雄の成績の悪さを、えつこ先生に先週あった懇談会でキツク指摘され、日頃の悪ガキ振りもプラスされて、正子は幹雄に対してのイライラが爆発しそうになっていたのだ。

「幹雄!今度のテストで百点取らんかったら、あんたおもいっきり、ほうだま張り回して、裏の納屋に閉じ込めて、表へだしゃーせんからのう。わかっとんかー、幹雄ー」とかなりの御立腹の様子であった。

それを見た幹雄は坊主頭をかきながら「たまらんのう、ホンマええ加減にしてほしいわ、遊びー行けりゃーせんがな」と一人でブツブツ呟いた。

幹雄を待っていた五人は、余りにも幹雄の来るのが遅いため幹雄の家まで迎えに行った。

幹雄の家は塀に囲まれて大きな藁ぶき屋根が特長の歴史を感じさせる佇まいである。

入口に着いた五人は幹雄の名前を呼ぼうとした時、俊彦が「あ、やばい!見てみーや」と言うと他の四人は俊彦の指さす方をそーと、塀から半分位顔を覗かせ隠れるように見た。

それは幹雄が丁度、正子から坊主頭にゲンコツを入れられるとこであった。

それを見たやっちんが「いったー、今のはいたかろーのう、おもいっきりはいったでー、こりゃ幹雄は今日は出てこれそうにねーのう」というと裕美が「ホンマじゃーのう、どうすりゃー五人で行くかー」と話している時、五人は背中にイヤァーな気配を感じた。

すると其処へ「裕美君じゃがー、こげんな処で何しょんでー」といわれて振り返ると、そこには仁王立ちになって自分達を見下ろす正子の姿があった。

それに気付いた俊彦が、肩をすくめる様に言った「いやぁ、ぼくらーは幹雄と遊ぶ約束しとったけん、待ちよったんじゃけーど、時間過ぎても幹雄がこんもんじゃけー、迎えに来たんじゃー」というと正子は直ぐに切り返し「ごめんなー、今日は幹雄は勉強の日なんよー遊び―は行けんのんじゃわー」というと裕美がわざと淋しそうに「ホンマー幹雄は今日は遊び―行けんのンかー」と上目遣いで正子に訴えると、正子の眼が一瞬裕美達を睨むように見えた直ぐ後「そうじゃ、ええ考えがあるわー」と正子が思わせぶりに言った時、裕美は嫌な予感がした。

そして悲しい事に、その予感が的中した。

「あんたらーも幹雄と一緒に勉強して遣ってくれるかのうー、そうしてくれたら幹雄もちゃんと勉強するじゃろーから」というと五人は正子に背中を押されて、あれよあれよと言う間に家の中へと押し込まれて行った。

それを見た幹雄は、上目ずかいで五人を見るなり、すまなさそうに両手を合わせて顔を歪めた。

そして幹雄が勉強をしている大きなテーブルに五人は座らされると、正子に「シッカリ勉強せんとおえんでー、それから今日は家で晩御飯も食べていきんさい。

皆の家には私から連絡しとくけん、気を使わずにイッパイ勉強しんさいよ」とダメを押された。

隆弘と弘明はいきなりの展開に呆気に取られて何も言えずにいた。

やっちんと俊彦は幹雄の顔を睨みながら声には出さず「あほう」と口を動かした。

裕美は何やら考えている様だった。

テーブルに並んだ六人に正子は「取り合えず漢字練習からやろうかのう」というと白い紙と鉛筆をみんなに配り漢字ドリルを、皆の前に見えるように置き「がんばってなー」と言い残して台所の奥に消えて行った。

六人はげんなりした顔で正子に渡された紙きれを見つめながら、黙り込んで居ると「ありゃー、みんな、どげんしたんよー、ひとぉーつも漢字練習しとりゃせんがー、はよーやらにゃー、おわりゃ―せんでー」とワザと正子は急かして来た。

裕美は堪らず正子に言った。「あ、おばちゃんワシ今日はおとーと約束があったのを忘れとったけん、この辺で先に帰るわー」と一人だけ逃げようとした。

すると他の五人が口を尖らせ、裕美を睨みながら「ズリーで」と小声で呟いた。

それを聞いた裕美は、聞こえない振りをして席を立とうとした時、正子は「裕美君心配せんでもええけー、私が今さっき家に電話しといたけー、ほんならお母さんが電話に出て、よろしく頼むわーゆうて、ゆーとったけん、時間の事は気にせんとがんばりーや」と逃がすものかと正子にダメを押されてしまい、裕美はイッキに元気を失くしてしまった。

それを見た五人はホッとした様子を一度は見せたが、直ぐにまた白い紙きれを睨みながら、泣く泣く漢字練習を始めた。

「ホンマかなわんのうー幹雄には、オメ―とつるむとロクな事にならんけんのう」とやっちんが言う。それにつられて俊彦も「何でこげん事にならにゃーおえんのんならー」と口を歪めると裕美は「はぁー今日は山の学校でアケビ取りして、おやつにアケビを食べるつもりじゃったのにのう」とまだ諦めがつかないようすだった。

するとそこへ幹雄の家の前を何処からの帰りかは分からないが、恵美と美佐江が通りかかった。

ふすまを全開にしていた事もあって、幹雄達の勉強している姿は、外から丸見えになって居た。

庭先では正子が洗濯物を取り込みながら、幹雄達が真面目に勉強しているかどうかを見張っていた。

そこえ恵美と美佐江が通りかかり正子に声を掛けた。

「正子おばちゃん、幹雄君達はどげんしたん?また何かわりー事でもしたん」とワザと幹雄達に聞こえるように話した。

勿論、正子はそんな恵美達の想いを察知して「いやいや珍しゅうこの子らーが勉強するゆうて、ゆうもんじゃけん、ほんなら頑張ってやられーよ、ゆうて勉強させとんじゃがー」と言う正子の話に「ほんまー珍しいなー、いっつも学校じゃーえつこ先生に注意ばーされよんのになー」と言い付けると、それは聞き捨てならぬとやっちんが、正子が自分達に背中を見せている事をいい事に、右手にゲンコツを作ると、息を吹きかけ、「げんこつを入れるぞ!」と威圧したカッコウをした。

それにつづいて残りの五人も、同じような素振をした。

それを見た美佐江が全く気にしていない様子で「まぁ、正子おばちゃんがついとったら大丈夫じゃわー、シッカリあんたらー勉強せられーよ」と投げ捨てる様に言い放った。

すると幹雄が我慢ならんとばかりに声を上げた。

「うるせーわ、大きな世話じゃー、黙っとけー」というとやっちんも負けじと「おめーらよけーなことばーゆーとらんと、ちゃんと前見てあるかにゃー、肥え溜めにハマっておーじょーするでー」と言い返した。

すると正子は鬼の表層で振り返り「あんたらー、勉強中じゃろうがー」と六人を睨みつけた。

それを見た恵美と美佐江は人差し指で赤目を作ると舌を出した後、声に出さず「アホウ」と口を動かし正子に「シッカリ勉強させちゃってんよー」と捨て台詞を残すと正子が返事をするまえに、その場を立ち去っていった。

またしても恵美達に一本取られる形になった裕美達であった。


       5


そんな毎日が続き、冬が終わり春の訪れを迎ると同時に、今年は先生の異動があり、去年まで裕美達の担任だったえつこ先生が隣町の小学校へ移動となり、代わりに亀山先生という定年まじかのお婆ちゃんの先生がやって来た。

亀山先生はもう既に腰が曲がり掛かっていて、始業式の時にみんなの前で挨拶をした時も腰を叩きながら背中を伸ばし「よっこいしょ」と一声掛けてから「皆さん、初めまして亀山です。どうぞ宜しくお願いします」と挨拶をした。

そして新学期がスタートした。四年生は相変わらず元気が良く、クラスの中は大きな声で話す生徒達の話声で賑っていた。

「は~い、静かにしてください」と亀山先生が声を掛けると、何処からともなく「おい、静かにせーや。亀山先生が来られたでー」と裕美が他の皆の話を征した。

「お、裕美君かーぁ、おおきゅうなったのー」と亀山先生が声を掛けると

不思議な顔をして裕美が「先生、なんでワシの名前しっとんでー、まだワシ先生に名前ゆうとらんでー」と聞き返すと亀山先生は「そりゃーのう先生はのう、昔し裕美君のお父さんのよっちゃんの担任じゃたんじゃもん。

せーじゃーけん、先生の処には毎年お正月になると、よっちゃんから年賀状が届いとるんよぅ、そこに写っとる写真に裕美君も写っとたけん、裕美君の事しっとんじゃがー」と裕美に説明した後に「他にもまだおるみたいじゃのう」と付け加えた。

「えーっと、この中では隆弘君と弘明君はカズちゃんところの子じゃろう、それからけんちゃん処の子は恵美ちゃんで正子ちゃん処が幹雄君、きみこちゃん処が智子ちゃんか、せーからー・・・・・・」と言う具合に何時もの十人の両親の名前を上げて「全部私が昔、昔に教えた、教え子達じゃけんのう、他にもおるけどこのクラスじゃないみたいじゃのう。」と言うと裕美達は半信半疑で聞いていた。

すると亀山先生は「みんな信じられんようじゃのう、嘘じゃと思うんなら帰って、お父さんとお母さんに聞いてみんさい」と話した。

それを聞いた皆は驚き加減で亀山先生に感心すると、同時に自分の親達の子供の頃の事を興味深く質問していた。

亀山先生もめんどくさがらずに、一人一人に丁寧に昔を懐かしむ様に答えていた。

     6


 秋になり食べ物が美味しい季節になり、裕美達もあっちやこっちの木に生る柿や栗、ゆすらにアケビなどなど、他にも沢山生る木の実を目当てにあちらこちらの近所の庭先に忍び込んでは黙って頂いてはお腹一杯になるまで食べ尽くすそんな毎日をおくっていたある日の事、何時ものメンバー六人は裕美の家の裏庭にある熟し柿をこっそり頂こうと納屋の陰に隠れてチャンスを伺っていた。

「おい、やっちん竹の棒の準備はええかー、柿の木の下に行ったら熟れとる柿を揺すって落とすんで、みんなは落ちて来た柿をうめーこと落とさんように捕るんでー、わかったかー」と裕美が言うと俊彦が「まかしとけーちゃベテランのワシに、おめーらーはじゃますなよ。ワシが木の下で全部受けちゃるけのう」と自慢げに言うと幹雄が「はよーくいてーのう。あのトロトロのあまーい熟し柿は何べんくーても止められんわー」と言ったところで裕美が小声で「いくでーおめーらー」というと先に飛び出して行った。

それに続いて五人も後に続いた。

柿の木の下に着くと同時にやっちんが、竹の棒で狙った熟し柿の実が生っている枝を揺すった。

すると意外と簡単に柿の実が落ちて来る、それを俊彦が上手い事両手でキャッチして見せた。「みてみーうまかろうがー、おめーらーにはちょっとむりじゃでー」と自慢げに鼻の下を人差し指で撫でて見せた。

それを見た幹雄が「ワシにも出来らー」というとやっちんに目で合図すると人差し指で狙った柿を指さした。

やっちんはそれを見て幹雄の狙った柿の実のなる枝を竹の棒で揺すった。

すると今度も簡単に柿の実は落ちてきた。

それを両手で取ろうとした幹雄は、何を想ったか自分の頭でキャッチする。

それを見た五人は小声で「あほう」と声を殺して笑い転げた。

幹雄はと言うと頭の上でぐちゃぐちゃに潰れた熟し柿を手で掴み口へと運び「うめー、やっぱり熟し柿が最高じゃのう、止めれんのう」と相鎚をうった。それを見た五人はどれどれと幹雄の頭にへばり付いた熟し柿を手になしり付けると口に運び「うーん、ホンマじゃーのう」と顔を合わせて合槌を打った。

そして六人は味見を終えると、せっせと次々に熟し柿を落とし今度は俊彦が確実にキャッチしてある程度捕り終えると裕美が着ていた上着を脱ぐとその上着に包みその場を立ち去ろうとした。

その時、裕美を姉のよしえが呼び止める声が聞こえて来た。

「裕美、なにしょんでー、あんたらーまさか熟し柿とっちゃーおるまーなー」と六人を睨み付けながら近くに走り寄って来た。

五人は裕美の後ろに隠れるようにして「やべー、裕美君やべーでみつかったでー」と小声でいうと裕美が持っている熟し柿を包んだ上着を俊彦が奪い取り背中の後ろに隠した。それを見たよしえは「俊彦、今何隠したんでーだされー」というと俊彦の隠した上着を捕りあげると中身を見るなり怒鳴り散らした。「あんたらー、こりゃー泥棒じゃけ―よー警察へつきだっしゃろーかー」と言うと裕美が「堪えてくれー、オネー全部返すけー」とよしえの顔を伺った。

するとよしえは裕美の顎を掴むと頬にいきなりビンタを何発も浴びせた。

それを見たやっちんが「よしえちゃん堪えてくれー、もう二度とせんけー、堪えてー」と泣きながらよしえの太い腕に捕まった。

よしえにビンタされた裕美は鼻血をだしながら「やりゃーがったなー」と怒りを剥き出しにして掛かって行くが中学ニ年生のよしえには流石に敵う筈もなく、更に往復ビンタを喰らい、地面に倒れ込む。すると隆弘と弘明が「裕美君もう辞めた方がいいよ。勝てないよ」と二人で止めた。

そこえタイミング良く裕美の母親がやってきて「どうしたんでーあんたらーまた喧嘩しょーんかなー」と二人の間に割って入り喧嘩を止めた。

するとよしえは母親に、裕美達の捕った熟し柿を見せて「こいつらーが泥棒するけー説教しよったところじゃがーええ加減にせられーよ裕美!」と顔を真っ赤にして怒って言った。

すると母親はよしえの肩に手を置くと「裕美、昨日おとーに熟し柿を捕るなよ、ゆーて言われたばーじゃろーがー、あほうじゃのうあんたは」というと何故か優しく微笑みながら裕美の坊主頭を撫ぜた。

そして一言、他の子供たちにも「泥棒はおえんことじゃーから、やっちゃーおえのんで」というと母親は上着に包んであった熟し柿を手に取ると、皆に一つづつ手渡すと「もうするなよー」とみんなに言うと花柄のエプロンのポケットから、ちり紙を取り出し、裕美の鼻血を拭き取ると「さぁーあそびー行っておいでー」と背中を押した。

優しく諭してくれた母親の顔を見た裕美は、頬を緩ませ目を細めながら「行ってくらーおかー」というと、熟し柿を片手にみんなを引き連れて遊びに出かけた。

その後ろ姿を見送りながら母親はよしえに「よしえちゃんあんたも女の子なんじゃけー、もっと女の子らしゅー言わにゃーおえんでー、暴力はおえんよ!」と一言よしえに優しくくぎをさした。

よしえは唇を尖らせながら俯きブツブツと小声で言っていたが、最後は「わかったわー」というと母親と二人で家の中へと入っていった。

一方裕美達は「あぶねかったなー裕美君、わっしゃー上着で包んだ熟し柿をよしえちゃんに見つかって捕られた時はどうなるんかーおもーたでー」

「あほうかー俊彦わしゃーおねーにほうだまビンタされて、目ん玉が飛び出るくれー痛かったんじゃけんのう」というとやっちんが「でもよしえちゃんはつえーのう、裕美君の顎掴んだおもーたら、いきなりほうだまにビンタじゃもんなー、あれ見た時きゃー、わっしゃーオシッコちびりそうじゃったけんよー」と言うと他の皆が大きな声で笑いながら「ホンマじゃのー」と口々に答えた。

「だけど裕美君のお姉さんってホント怖かったなー」と隆弘が独り言の様に言う。すると隣にいた弘明も「う~んあんな怖い女の人初めて見たよ」と返す、すると隆弘が「だけど家の母さんの怒った時もあんな感じだろう」と返すと弘明が「あーそうか、良く似てるね。思い出すだけで怖くて夜、眠れなくなるよ」と答えた。二人の会話を聞いていた幹雄が「おめーんとこのおかーもか、家のおかーも怒るとこーえで、頭に角が生えたヤマンバみてーじゃけんよー」というとヤマンバの怒った顔をしながら、手ぶり素振のかっこをしてみんなを笑わせた。

すると裕美が「ホンマ女は怒らすとこえーけ、気を付けた方がええでー」と言った後、俊彦が「じゃーけど、よしえちゃんの怒った顔を見た時、わしゃー恵美の顔が頭の中に浮かんだがぁ、恵美も同じ顔して怒るけーのう」「おう、そうじゃそじゃー」と口々にみんな頷きながら、手に持っていた熟し柿をほうばった。

口に熟し柿をほうばったままやっちんが「恵美も大きゅうなったら、よしえちゃんみてーになるんじゃろうのう。こえーこえー」と肩をすくめて口の中の柿を飲み込み口を歪めて顔を左右に振るのだった。


      7


 「いずみ方面に帰るガキ大将六人組は、帰る前に先生の処へ来る事!」と帰り間際に亀山先生に呼び止められて、何だろうと思い裕美達は亀山先生の処へ行ってみると、亀山先生は六人を前にしてこう言った。

「あんなーあんたらなー、今日は安養寺のぎんなん取りを手伝って貰うことになっとるけー学校の帰りに安養寺へよって手伝ってちょうでーよう」といきなり言われ六人はポカーンと口を開けて、不思議な顔をして立って居た。

すると亀山先生が「実はなー、アンタらーの家は安養寺の檀家なんようー、ほんでなー毎年この時期になると安養寺の掃除を兼ねてぎんなん取りをやってもろーとんじゃーけど、今年はあんたらーのお父さんとお母さんがな、忙しいゆーてな、でてこれんよーになったんじゃー、そこで今年はあんたらー六人がお父さんとお母さんの代わりに安養寺の掃除とぎんなん取りをやってもらう事になったんよー。頼んだでー」というと亀山先生はニッコリと笑うと「ほんなら安養寺でまっとるでー」と一言うと行ってしまった。

安養寺は亀山先生の実家で先生の御主人が和尚さんを勤めているのだった。

しばらく六人は訳が判らずじっと立ったままだったが、幹雄が「どうゆーことじゃー、なんで安養寺で掃除とぎんなん取りせにゃーおえんのんでー」というと直ぐ俊彦が「ほんでも何で亀山先生が一緒にやるんかのうー」と六人は顔を見合わせると、揃って首を傾げた。

裕美が「分からんはー何でじゃろうー、それにしてもぎんなん取りやこー、くそーてできんでー」と皆の顔を見て言うと隆弘が「ぎんなんって何なの?臭いの?どんな匂い?教えて・・・・・・」横で弘明もみんなの顔を見ながら頷いている。

それを見たやっちんが「隆弘、おめーぎんなんも知らんのかーおえんのうー」と返すと裕美が「イチョウの木はしっとんかー」と聞くと隆弘が「してるよ黄色い葉っぱがいっぱい生る木でしょう」というと裕美は「そうじゃーそのイチョウの木の実なんじゃーけど、これが臭いんじゃー、堪らんけんよー、手で触ったら、くせ―匂いが手に着いて三日は抜けんでー」と顔を歪めながらはなすと幹雄が「とんずらするかー」とみんなの顔を見ながら言うと、俊彦が「あほうか幹雄、ホンマにええんかーおめーんちの正子おばちゃん、めちゃくちゃこえーのに、ばれたらえれーめにあわされるでー」と真顔で俊彦は幹雄に聞き直すと、幹雄は一瞬動きを止めて想像したのか、顔を歪めて俯いた。それを見た五人も、自分達の怒った両親の顔を頭に浮かべながら同じように顔を歪めて「ふー」と一つため息をついた。

結局、六人は亀山先生のいい付け道理に、学校が終わると渋々安養寺へ向かった。

安養寺に着くと一足早く亀山先生がエプロンすがたでほうき片手に六人の来るのを持っていた。

「おーおー来てくれたんじゃなー、ありがとーな。ほんならはじめようか、というと裕美君と隆弘君ほうきでイチョウの葉っぱを掃き集めて一処に集めてくれりゃーええわー。後の四人はぎんなんを先生と一緒に拾うて、この籠に入れてくれる」と作業を振り分けた。

すると俊彦とやっちんが「ずりーで、裕美君と隆弘だけ、ぎんなん取りせんでから、ワシらーだけくせぇーぎんなん取りするんやこー不公平じゃわー」と二人の顔を睨みながら訴えた。

それを見た亀山先生は「フー」と一息つくなり「判った判った。ぎんなん取りはみんなでしょうやー、ほんならええじゃろうが」と言い直す。すると今度は裕美がげんなりした顔して「俊彦、余計な事ゆーなや、ホンマにー」と睨み返し、渋々軍手に手を通した。

その様子を見た亀山先生は「まァまァそう言わずに、あんたらーにまだゆーとらんかったけーど、お仕事終わったら何時もあまーいおしるこが振舞われるじゃー、おいしーで、じゃーからはよう終わらせて、おやつにしよーや」というと、六人はおしること聞いて、居ても立っても居られない様子で生唾を飲み込むと、慌てて手の臭くなるのを忘れ、ぎんなん拾いを始めるのであった。

その様子を眺めながら亀山先生は頬を緩ませ目を細めた。

すると一時間程でぎんなんを籠いっぱい拾い集め、周りにはイチョウの葉っぱを残すだけとなった。

今度はみんなほうきを持つと急いでイチョウの葉っぱを掃き集め、三十分ほどでイチョウの木の下には、葉っぱの山が出来上がった。

そこへ亀山先生がやってきて「みんな御苦労さん、休憩所にあったかーい、おしるこの用意が出来とるよー、井戸水くみあげて、手あろうたら、おやつにしよーかのう」と言った。

それを聞いた六人は居ても立っても居られず、一目散に井戸の方へと走り出し、井戸水をくみ上げると、六人は急いで手を洗った。

手を洗い終えた六人は、今度は休憩所へ走って行き、中へ入ると、何とも言えない、おしるこのあまーい匂いに、先程洗った手にまだ残っている、ぎんなんの匂いを忘れて、みんなは目を瞑り、あまーい匂いを胸一杯に吸い込むと首を左右に振って「早くたべーてーのう」と呟いた。

そこへ亀山先生が、お椀に入ったおしるこを人数分お盆に載せて運んで来るとみんなに配り「どうぞ、たべてちょーでぇー」と優しく微笑んだ。

そして「おかわりもあるけー、いっぱい食べんさいよ」と六人の顔を見ながら頬を緩ませ目を細めた。

すると六人は慌てて手を合わせ大きな声で「いただきまーす」というと箸を手に取りアツアツのお餅を口の中へと運んだ。するとみんな口を揃えて「うめーぇ、ぎんなん取り、頑張ってよかったのう」とやっちんが言うと裕美が「ホンマじゃーのう、こんなうめーおしるこ食べれるなら、毎日でもぎんなん取りするでーワシ」と餅を頬張りながら答えた。幹雄がそれを聞き「わしもじゃー」と裕美の顔を見ていうと隆弘と弘明も「本当に美味しいね。おかわりしてもイイのかなー」というと他のみんなも「そうじゃー、おかわりせにゃーおえんかった」と口々に言いながら、挙っておしるこをおかわりした。亀山先生は子供達のおかわりを注ぎに、裏の台所へ入って行くと、直ぐに帰って来て「ハイ、おかわり持って来たよ」と満面の笑顔でみんなにおしるこを配って回った。そして大喜びでおしるこを食べる子供達を見ながら、亀山先生は優しく微笑み「うんうん」と頷いていた。

おしるこを食べ終わり、一息ついて帰ろうとした頃には既に日が暮れて辺りは暗くなっていた。

すると其処へ「ごめんください」と玄関の方から女の人の声が聞こえてくるのだった。

それを聞いた亀山先生は「ありゃーだれじゃろーか、こんな時間に」と玄関の方へと歩いて行った。

亀山先生は横開きの入口を「ガラガラ」と開けると、するとそこには葉子が立っていた。

少し驚いた様に先生は「あら葉子ちゃん、ひさしぶりじゃーなー」と頬を緩ませながら葉子を迎えると「先生、ご無沙汰してます。何時も子供達がお世話になっているのに、なかなか挨拶にも来れなくて申し訳ありません」と葉子は先生に丁寧に詫びた。

すると亀山先生は「なによーんで、気にする事なんか、なーにもありゃーせんがー。私もええ年になってしもうたけど、こうして教え子達の子供の担任が出来るなんて、夢の様じゃーけん。毎日うれしゅーてうれしゅーて、朝起きるのが楽しみなんよーありがとうなー」と礼を言う。

葉子は久しぶりに亀山先生の優しさに触れ、葉子の先生を見つめる瞳は、遠い昔を懐かしむ様な眼差しになっていた。

すると玄関の先から「ごめんください」とまた聞こえて来た。

亀山先生は声の聞こえた方へ眼を遣ると、ちょうど格子戸を抜けて、こちらに向かって来る人影が見えた。

先生は「ありゃー次はだれかなー」と言いながら葉子の後ろの人影に目を遣ると、そこには正子が立っていた。

「ありゃー、正子ちゃんかー元気そうじゃのう」と亀山先生が言うと、葉子も振り向きざまに「ありゃ!ひさしぶりじゃなー正子ちゃん」「ひさしぶり葉子ちゃん、元気にしょーんかなー」「元気にしょーるよ」と話しかけ、先生を交えての立ち話となり、まるで三人だけの同窓会の様な雰囲気になって来た時、葉子は思い出したように亀山先生にいった。

「あ、先生すいません。私すっかり忘れとったがー、昔を懐かしんでばーおってから、私、隆弘と弘明の迎えに来たんじゃったー」というと、亀山先生も「あっ」と口の動きを止めると、額に手を当てながら、皺だらけの顔に、さらに皺をよせると

「おーおー、そうじゃったなー先生も忘れとったわーあの子らーのこと」と言って「おーい、あんたらーこっちへ来てごらん」と休憩所に居る子供達に声を掛けた。

すると奥からぞろぞろと子供達が現れると、隆弘が「あーお母さん、迎えに来てくれたの、これから皆で帰る処だったんだ」と葉子の顔を見た。

すると葉子は「お母さん車で来たから、みんなを送ってくわ!先生にちゃんと挨拶をいって帰ろうか。みんなも」すると正子が「葉子ちゃん、ほんなら私も車じゃけん、やっちんは家の近所じゃけん、私が送るわー裕美君と俊彦は葉子ちゃん家への帰り道じゃけん、送っちゃってくれる」といった。

葉子は「ホンマ、ほんなら二人で手分けして送ろうかー」というと「先生、それじゃー今日の処はこの辺で帰ります。

お世話になりました。今後とも宜しくお願いします」と亀山先生に挨拶を済ませると安養寺を後にした。


      8


 「おーい、隆弘、帰ろうやー、疲れたろーが、わしゃーくたくたじゃー、明日は試合じゃーけー、はよー帰って、飯食って寝ようやー」と裕美が隆弘に話す。

隆弘は「おー判った。はよーかえらんと、おふくろにまた、ブツブツ怒られるしなー」と岡山弁がすっかりいたについて来た隆弘だった。

それもその筈、岡山に越して来て七年が経っていた。彼らは既に中学三年生になり、野球部に入部し最期の年を迎えていた。

裕美はチームのキャプテンで、やはり中学に上がっても、リーダー的存在で

野球部みんなの人気者であった。

一方の隆弘はチームのエースとしてチームを引っ張り、中学生最期の夏は県大会出場を決めていた。

幹雄に俊彦はサッカー部で俊彦がキャプテンで、幹雄が副キャプテンを務めチームのリーダーとしてサッカー部をまとめていた。

やっちんと弘明は、何故か二人揃って吹奏楽部で、とても小学校の頃のわんぱく振りからすると、想像できなかったのだが、どうも中学に上がった時に、吹奏楽部の美人の顧問の先生に魅かれて、入部したらしい。動機は不純だったが、こちらの二人もなんとか、これまで無事に続けて来ていた。

それなりに六人は楽しく中学生活を過ごし、最後に残る高校受験を迎えようとしていた。

そんな中、裕美は部活を終えて家に帰ると、お風呂へ入り、その日の汗を綺麗に流し、サッパリしてから机の前に座った。

ここの処、この生活パターンで一日一日を過ごしながら、間もなくやって来る高校受験に備えて受験勉強に精を出しているのだった。

そんな三年生の一学期が終わろうとしていたある日の事、台所に置いてある電話のベルが鳴った。何回か鳴っているが、いっこうに誰も電話に出る気配がない。しかたなく裕美は勉強を中断し、自分の部屋を出て、台所の電話の置いてある処へいった。

すると、さっきまで居たはずの母親は、何処かへ出掛けている様子だった。しかたなく裕美は、鳴り続ける受話器を取った。

すると一瞬、間を置いて女性の声で「仲原さんのお宅でしょうか?裕美君いらっしゃいますか」と少し強張った声で聞かれて、裕美は何か嫌な予感を感じながら「はい、僕ですが・・・・・・」と答えると暗い声で「あ、裕美君、私、美佐江じゃけど・・・・・・」「おぅ、どねーしたん、電話なんかしてきて、なんかあったんかー」「うん、亀山先生が、亡くなったんよぅ、それで今晩、安養寺でお通夜じゃーけー、家の人達にもゆーといてー」「美佐江、そりゃーホンマの事かー、冗談じゃったらゆるめりゃーせんでー」「アホウ、ゆうてええ冗談とわりー冗談ぐれーわかっとらー、ホンマあんたは何時まで経っても、アホウのまんまじゃのう」と怒る様にいわれ、言い返したくは有ったが、自分でも納得行く部分があったので、止めておいた。

「わかった。ゆーとくは」と言うと受話器を置いた。

そこへ母親が帰って来た。

裕美は母親の顔を見るなり、鼻水をすすりながら、力ない表情で「おかー、亀山先生が、死んでしもーたー・・・・・・今晩お通夜じゃーけ安養寺へきてくれーゆーて、電話があったわー」というとそれを聞いた母親はまるで時間が止まってしまった様に、口を開けたまま何も言わず、コックリと頷いた。母親の淋しそうに俯く顔を見た裕美は、同じように俯き加減で踵を返すと、自分の部屋へと向かっていった。

    9


 裕美は両親と一緒に安養寺へと向かった。お寺では既にお通夜に来て頂いた方々を迎える準備は整っており、そして先生に何時か、ぎんなん取りの後、おしるこを御馳走になった休憩所に向かったが、数多くの教え子を持つ亀山先生の突然の訃報を聞いて、最後の別れに訪れた多くの人達が、長い列を作っていた。

その後一時間近く待って、ようやく裕美達親子は、どうにかこうにか静かに眠る亀山先生の枕元に落ち着く事が出来た。

裕美達親子は、亀山先生の余りにも変わり果てた姿を見て、何も話す事が出来ず、癌と戦ったが高齢だった事から、あっという間に亡くなってしまった先生の姿を、ただただ見つめる事しか出来なかった。

すると横に居た親族の方から「先生、静かに眠っとるじゃろう」と裕美は声を掛けられたが、裕美はあまりにも変わり果てた先生の顔を見ると、何も言葉が出てこず、頷くのがやっとだった。

その姿を見た裕美の父親のよっちゃんは、俯き加減で眉間に皺を寄せながら「先生」と口を歪めて小さく呟き嗚咽を漏らした。

母親は肩を落とし、沸々と込上げて来る思いを、周りに悟られまいと、静かに俯いたままであった。

よっちゃんは少しの間、俯いたままだったが、部屋の外の廊下に並ぶ、先生とのお別れに来ている人達を見て、フッと我に返り、裕美と母親の肩を叩くと次の方々に席を譲った。

表にはまだ多くの人達が次から次へと通夜に駆けつけていた。

その余りの人の多さに、裕美もよっちゃんも、他の同級生の姿を見つける事は出来なかった。

この分だと明日の葬儀は、かなりの人が参列する事だろうと、裕美は予想した。

明くる日、やはり予想した通り安養寺の周りには、黒い喪服を着た人達で溢れかえっていた。

ただ誰もがみんな、俯き、多く言葉を交わす事無く、足を引きずるように歩き、すれ違う時に軽く頭を下げ合うだけであった。

その姿は、お世話になった先生を失くし、大きな悲しみで生気を失い、蝉の抜け殻のように、居ると言うよりも、有るといった感じに思えた。

その様子をぼーっと眺めながら、裕美もそんな人達の中を抜け殻の様に漂うだけだった。

そして裕美達親子は、葬式が終わるまでの間、無言で涙を流す事無く、ただ立ち尽して居た。お葬式も無事終わり、家へ帰ろうとしていた時、そこへ隆弘と弘明が両親と共に現れた。裕美と隆弘達の両親は見つめ合い、立ち止まった。

すると両親たちの顔は歪み、大粒の涙が頬を伝った。そして今迄、堪えていたものを吐き出すかのように唸り声をあげた。

その姿を見ていた裕美達は、同じように俯くと、自然に肩が揺れはじめ、止め処なく溢れる涙が、ポツリポツリと地面に向け落ち続けるのだった。

いままでに一度も味わった事のない、息苦しく重たい想いが、体中を包み込むのだった。

裕美は、隆弘と弘明に途切れ途切れに鼻水をすすりながら「ふぅ、人は―、みんな―、ふぅ―、何時かは死ぬんじゃのうー。淋しいのう・・・・・・」と互いの顔を見つめあった。その時裕美達は、初めて大切な人を失う悲しみを知ったのだった。

そして、同じようにこの悲しみに塞ぎ込んでしまっていた人達は、次々と頬を濡らし安養寺を後にして行くのだった。

そして、次の日学校で顔を合わせても裕美達は、元気なく挨拶するだけで、何時もの様には振舞えなかった。

そんな悲しい想いが続いた、ある日の事、更に裕美達をどん底に落とす様な出来事が起きた。

その日の授業が終わり、校内の掃除を終わらせて、クラブ活動へ向かおうとしいていた、ある日の午後の事、「たっ、大変じゃー、とっ、俊彦が、体育館の窓から下へ落ちたー」と幹雄が顔色を変えて教室に走り込んで来た。

それを聞いた担任の先生と、教室にいた裕美達は、慌てて幹雄の案内する方へと走っていった。

すると其処には、仰向けになって白目を剥き、動かなくなった俊彦が横たわっていた。

それを見た担任の先生は、真っ青になって、急いで救急車を呼びに職員室に走って行った。

それから俊彦の周りには、話しを聞いて駆け付けた先生達が取り囲み、俊彦に必死になって声を掛け、意識の無い俊彦に声をかけ続けた。

そこへ10分程して、救急車は到着し、俊彦は救急車に乗せられて、担任の先生の付き添いで近くの病院へと運ばれていった。

それを見ていた裕美は幹雄に、どういう状況だったのかが知りたくて話しを聞いた。

「俊彦どねーしたんなら幹雄、俊彦は、何であんな所から落ちたんならー」すると幹雄が返した。

「それがワシも、よー分からんのじゃー、俊彦が窓を拭きをやっとった事は知っとったんじゃーけど、そろそろ終わりにしようやーゆーて、声をかけようと思って窓を見たら、さっきまでおった俊彦が、急におらんようになるけん、あれ、と思うて、俊彦の掃除し取った窓まで見に行ったんよー、ほんでなにげなく窓の下を見たら、俊彦が下で倒れとったけん、ビックリして先生に伝えにいったんよー」

「ほんなら俊彦は、窓の拭き掃除をしょーて、窓のレールに跨るように座って拭いとって、バランスを崩して窓の外側に落ちてしもーた、言う事か」と聞き直すと幹雄はこっくりと頷いた。

体育館の内側なら一メートル程度の高さなので、バランスを崩して倒れたとしても、直ぐに足が付くので何も無かったのだが、窓の外側は体育館が駐車場の上に建てられている事から、十メートル位下に地面がある為、頭から落ちれば、かなりの強い衝撃を受ける事は、一目瞭然だった。

少し経って警察も駆け付けて、事の状況を確認するため近くに居た生徒達に話を聞いて廻っていた。

そして第一発見者の幹雄は、警察からの事情聴取の為、校長室に呼ばれて、校長先生と一緒に、事の経緯を聞かれていた。

その時、隆弘、弘明、やっちん、は裕美と共に、教室で俊彦の事が心配で部活動を休み、オロオロとしなんがら、病院からの連絡が来るのを待っていた。

すると其処へ幹雄が帰って来て、顔を歪めながら「大丈夫じゃろーか俊彦、わしゃー心配で心配で、どーしたらええか分からんのんじゃー」としどろもどろに話したが、裕美が「しんぺーすな、俊彦は大丈夫じゃって、死ぬわけなかろーが」というと、幹雄が「え、俊彦死ぬんかー、死んだらどうしよう、ワシのせーかのう」と心配しながらいい返すと、今度はやっちんが「何で幹雄の責任なんならー、おめーは発見しただけで、関係なかろーが」「じゃーけど警察が、さっき校長室で、ワシが突き落したんじゃねーんか、みたいに聞いてくるけん、そんな事絶対にしてねー、ゆーて答えたんじゃーけど、なんかワシの事うたごーとるみてーでのう、なんか心配になってのう、ワシの責任の様な気がしてきたんじゃー・・・・・・」と話していると、恵美達も心配そうに裕美達の話に加わって来るのだった。

「なぁ、裕美、俊彦大丈夫じゃろうかー、窓から落ちた時は白目剥いて動かんかったんじゃろー、家のばーちゃんが交通事故におおた時、やっぱり白目剥いて動かんかったらしいでー、私、俊彦が死ぬなんて信じられんけん―」「アホウ、恵美、縁起でもねー事ゆーなや、俊彦はぜってー死なん、死ぬもんかー」というとそれを聞いていた、美佐江と美香が同じように、何度も合槌をうった。

そこへ教頭先生が教室にやって来て、裕美達の様子を見て「おめらー、部活動休んだんなら、はよー帰れ、俊彦はここへは帰って来んでー、心配なんは分かるけど、家へ帰って連絡が入るのを待とけー」と説得されて、渋々学校を後にするのだった。

それぞれ自宅へと帰てみたものの、連絡待ちの状態に、俊彦の事が心配でいても立っても居られなくなり、ひたすら電話の前を行ったり来たりしながら、連絡が来るのを待つのだった。

夜八時を回った処で一本の電話が静まり返った家の中に鳴り響いた。

その音は、裕美の心を強く締め付ける様な音で、何度も何度も鳴り響いている。しかしベルの音は聞こえているのだが、何故か体が動かず、電話に出れずにいると、姉のよしえが受話器を取ると、途切れそうな声で「ハイ、ハイ」と繰り返すだけだった。そして受話器を置くと、よしえは蚊の泣く様な声で「裕美、俊彦おえんかったはー・・・・・・」と、話すと同時に俯きながら、自分の部屋へと帰って行った。それを聞いていた母親は持っていた手拭いで鼻水を啜るようにした後、エプロンを取ると「裕美、俊彦に会いに行こうや・・・・・・」というと裕美を見つめた。裕美はどうしても信じられないという表情で、首を何度も降った。そして呻き声と同時に大粒の光が裕美の頬を伝った。

その様子を見て母親は、裕美の肩に手を遣ると「裕美、男が泣くな、しっかりせい!俊彦に笑われるでー、涙を見せるな!」と強い口調で裕美に言い聞かせるのであった。すると裕美は立ち上がり、袖で涙を拭くと「うん、行こう」と俊彦の家へと向かった。

俊彦の家に着くと、早速、葬儀屋とみられる人達が無言のまま、手際よく準備を始めていた。そんな中、裕美達は玄関の横に有る、呼びベルを鳴らすと、台所の奥で何やら準備をしていた、俊彦の母親が、悲しみのあまり目を腫らし、次々とこぼれ落ちる涙を堪えるようにて迎えてくれた。そして俊彦の眠る部屋へと案内するのだった。案内された部屋には、まだ頭に包帯を巻いた状態の俊彦が静かに眠かされていた。

それを見た瞬間、裕美は「俊彦、嘘じゃろー、死んじゃーおるめーが、ううう・・・・・・」と余りにも大きなショックと悲しみが、裕美の次の言葉を遮った。するとそこへ幹雄とやっちんが気の抜けた表情で現れ、裕美の泣き崩れる様子に、今迄、半信半疑だった俊彦の死を自覚したかのように、裕美の横に膝をつくと同時に、二人の肩も上下し、口を大きく歪め、大粒の光るしずくが頬を伝い始めた。

同時に、それまで静まり返っていた部屋の中は、予期せぬ俊彦の死を悲しみ、啜り泣く声で埋め尽くされた。

少し遅れて隆弘と弘明がやって来たが、裕美達と同様に俊彦の亡骸を見た瞬間に、その場にしゃがみ込むと膝を抱え込み、顔をうずめて泣きだした。

その後、恵美達も俊彦に会いに来たが、やはり直ぐに泣き崩れ、端で見ている大人達も俊彦の死も当然の事ながら、大事な友を失くし、悲しみの余り、泣きやまぬ子供達を見て、言葉を失くしていた。

そんな中、裕美が涙が溢れて止まらない状態で俊彦も好きで一緒によく歌った『青春時代』を小さな声で詰まりながら、俊彦の亡骸に話し掛けるように歌いだした。「卒業までの~・・・・・・半年で―答えを出すと言うけれど・・・・・・俊彦―、こんな答えなかろうがー、わしゃーこんなのやじゃでー」と大声を出し泣き叫ぶ声は家中に響き渡った。

普段人前で絶対に泣く事の無かった、裕美の姿を見た人達は皆、嗚咽を漏らし泣きだすのであった。

この時裕美は、次々と自分の前から、去って行ってしまう大切な人達の面影を想い浮かべながら、大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。



       10


 「恵美ちゃーん、隆弘おこさにゃーまた遅刻するでー」

「あ、いけん弁当を作るのに夢中になって忘れとったー」

「隆弘、おきてよー、仕事おくれるでー」

「う~ん、わぁ!、もうこんな時間、やべーがー、恵美、もっと早よう起こしてくれーや、まにあやーせんがー」

「なによんでー、じゃーから昨日の夜、はよう寝にゃーおきれりゃーせんで、ゆーたろーが」

「今日着ていく服どこなー、恵美ー」と、大学卒業後、県庁勤めていた恵美と隆俊二人は、この春めでたく結婚し、德長家の後継ぎとして、相変わらずのドタバタ生活を始めていた。

やっちんは高校卒業と同時に家業の酪農を継ぎ、毎朝、朝早く起きて、牛たちの世話に開けくれる毎日を送っていた。

そして幹雄は何故か美佐江と・・・・・・

「みきおー、あんたホンマどんくせーな、ええ加減にせられーよ、はよー準備せにゃー、まにあやーせんがー、患者さん来られるよー」

「わかっとらー、おい、美佐江、入口の鍵あけといてくれー、竹内のおばさん、表でまっとりゃ―せんか!」

「もう、なんでもかんでも私にいやーえーと思われなよ。私の体は一つしかありゃ―せんで」意外な組み合わせだが夫婦となり、二人で整骨院を開業し、こちらも毎日ドタバタしながらも、美佐江が幹雄をひっぱり、なんとか開業したばかりの整骨院を切り盛りしていた。

「おーい、いって来るよ」

「はーい、あんた、忘れものねーんかー」

「大丈夫、準備万端だよ」

「わすれとるよ、いって来ますチュー」

「お、わすれてたー、チュウ!」

「ありがとう!ほんなら気を付けてな、弘明!」

「うん、行って来るよ美香!」とこちらはラブラブな毎日を送る中、弘明は村の農協で働く職員となり、そして美香のお腹には来月出産予定の子供が宿っていて、両家の両親から、、孫の顔を一日でも早く見たいらしく、まだかまだかと急かされる日々を送っていた。

そしてもう一人のガキ大将は「オーイ、コラー!廊下走るなー、智昭、何回ゆーたら分かるんならー、ええ加減にせーよ」

「きっこえませーん、悔しかったらつかまえてみーや、べーだ!」

「おっどりゃー、智昭ーっ!まてーぇ、」

「お尻ペンペン、鬼さんこちらーじゃ!誰が待つかー、悔しかったら捕まえてみーや!」

「まったくー、最近のくそガキどもはー、腹立つのう!」

「何をよーんでー、アンタのこめー頃は、あんなもんじゃなかったでー、わたしゃー教師になりたてじゃったのにから、あんたらーの担任にされて、酷い目にあわされたでー、まさか忘れたんじゃなかろうなー」と自分が小学校の頃の担任の、えつこ先生に睨まれて、顔を赤らめ、頭を掻きながら俯く裕美の姿があった。

裕美は大学卒業と同時に教員免許を取り、地元の小学校の教師となっていた。慌ただしい毎日の中、大先輩のえつこ先生にしぼられながら、こちらも悪戦苦闘の日々を送りながら、一日一日を大切に送るのだった。

                          

                          完


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