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2 : 問い

 ジェイスが予約してくれた場所は、なかなか良い条件だった。

 周りが野菜や果物を売る店、パンを売る店、陶器を売る店、と落ち着いた店舗ばかりなのも嬉しい。支柱に布をかけただけの店舗の集合体の中では、いかに埃が立たたず匂いが移らない環境かも商売の大事な条件となるのだ。


「直接強い光が当たる場所でもないから、チーズも傷み難そうね。よかった」


 あたし達は管理庫から借りてきた木箱をひな壇になるように並べて布で覆い、数種のチーズを飾っていった。

 味見ができるよう、週末のかき入れ時のみ並べるクラッカーも皿に盛り付け、ついでにジュウムのジャムの瓶の蓋も一つ開けて傍に置いておく。酸味のあるジュウムジャムはさっぱりしたタイプのチーズとクラッカーに合わせると美味なのだ。本来ならば店に高く卸すつもりだったのだが、先週末訪れた店で悪質な詐欺にあいそうになってからというもの、しばらくは出店で安く売ろうとあたしは思っていた。

 後でジェイスに店番を頼み、大通りの薬師店までココバの種の買取交渉に行こう。ヤモップの店とベイルーサ、どちらが高く買い取ってくれるだろうか。

 しゃがみ込み、色紐付きのリースを目に留まりやすいよう一番前に並べていたあたしの頭上を誰かの影が重なったのが分かった。


「いらっしゃいま・・・・・・」


 客と思って顔を上げたあたしを見下ろしていたのは、逆光で顔こそよく分からなかったが、あの日アスクと名乗った若者の姿だった。


 癖のある赤毛を日に透かし、両拳を下衣ポケットに押し込んだ状態で彼は立っていた。


「アスク!」


 驚いてあたしが立ち上がると、図らずも間近で向かい合う形となってしまったため、思わず互いに後ずさってしまった。


「チーズを売ってるって聞いたからさ・・・・・・一つ買っていってもいいか」


 気まずそうに言いながら店の奥へと踏み込みかけ、アスクは奥の人影に気付いたようだった。


「いらっしゃい!兄ちゃん、チュリカの知り合いかい」


 ジェイスは呑気に声をかけ、キュウはジェイスの袖後ろにそっと隠れる。


「・・・・・・まあ。そんなところだ」


「おぉ、そいつぁサービスせんといかんな」


 そう言うと、ジェイスは穴開きナイフで数種のチーズの切れ端を削っていき、木皿に敷いたクラッカーの上にぽんぽんと乗せていった。


「さーぁ、食え食え」


 半ば強引に差し出されたその皿を受け取り、アスクはジェイスをちらと見た。そしてカナッペのうち一切れを持ち上げ、吟味するように匂いを嗅いだ。


「不思議な香りでしょ、それ香草が入ってるの。クセあるけどワインに合うわよ」


 あたしが説明するのを黙って聞きながら、アスクはカナッペを口に入れる。


「どう?」


 緊張しつつそっと訊ねると、


「・・・・・・うまい」


 ごくりと飲み込んでからそう答えてくれたので、あたしはホッとした。


「よかったぁ。香草入りはいくつかあるんだけど、それは新製品なの。

 ジェイスが考えてくれたんだけど・・・・・・あ、ジェイスっていうのはこの人。今うちで働いてくれているんだけど」


 どぉーも、と会釈するジェイスに対し、アスクは黙ったままだ。

 あれ、こんなに静かな人だっけ。

 あたしが不思議に思っていると、


「ちょっと時間、取れるか」


 アスクはあたしの方を向いてそう言った。答えに窮していると


「店番はまかしとき、俺とキュウでばっちりやるさ。な、キュウ」


 とジェイスが言ってくれたので、申し出を受けることにした。


「じゃあ、ちょっとだけ空けるわ。二人ともごめんね」


 あたしはアスクと共に店を出た。にこにこと手を振るジェイスと顔だけ出したキュウがあたし達を見送ってくれた。


「それにしても、よくあたしの店を見つけられたわね。驚いちゃった」


 人混みの中をどんどん進むアスクを追いかけるようにして話しかける。


「まあ、この辺りはよく歩いてるしな。散歩の途中で偶然見つけた」


 相変わらずぶっきらぼうな感じでアスクは答えた。そしてそのまま前を向いたままでどんどん先を急ぐ。そのあまりの速さに、終いにはあたしは小走りになってしまった。


「ね、ねえ、ちょっと、待って、早すぎるってば」


 かける声が思わず尖ってしまったため、それでようやくアスクは気付いたように振り返った。


「あ、あー・・・・・・悪ぃ」


「あんまりお店離れ過ぎると、戻るのにも時間かかっちゃうでしょ。

 ちょっと話すくらいならその辺でいいわ」


 あたしはきょろきょろと辺りを見回し、手ごろなベンチを見つけてそこへ誘った。


「や、そんなトコじゃなく、どっか店にでも入った方が」


「別にいいわ、そんなに長い間お店放ったらかしにできないし。ここで充分」


「そうか」


 あたしが先にベンチに座ると、アスクは「待ってろ」と言い残しどこかへと走っていった。

 しばらくして戻ってきた彼の両手にはゴブレットがあった。黙って差し出された片方のそれをあたしは受け取り、口をつけた。氷片混じりのさっぱりとした果汁が、埃で痛んだ喉を潤してくれる。


「おいしい」


 あたしの呟きに、アスクはホッとしたように微笑んだ。今日初めて見せる緩い表情だ。


「今日はわざわざありがとう。嬉しかった」


 素直な気持ちを口に出すと、


「あ、いや、別にぃ。たまたま暇だったからさ。ほんと、たまたま」


と、言い訳でもするかのようにアスクが答えたので、あたしの口元も緩んでしまった。ぶっきらぼうだけど気のいい人だ。


「あのさ。先にひとつ、聞いておいてもいいか」


 突如改まった口調でアスクが訊ねてきた。


「何?」


「あいつ。あの、一緒にいた男」


「へ、ジェイスのこと?」


「ああ。その・・・・・・何なわけ?」


「何って、さっき言ったでしょ。今うちで働いてる人って」


「いや、そーいうことじゃなくて、さ」


 もごもごと口篭り続ける相手に、あたしは少々じれったくなってきた。


「ごめん、わざわざ誘ってくれたけどそうのんびりもしていられないの。いつもジェイスにお店任せちゃってるから、週末くらいあたしが仕切らないといけないし」


「――そんなら聞くけどよ!」


 突如アスクが声を荒げた出ので、あたしは驚き、


「お前、あの男の事どう思ってんの?好きなのか?」


 という言葉に、文字通り、絶句してしまった。


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