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2:王宮病棟

 サジリウス・ウェンバードは宮殿敷地内にある病棟にいた。

 ここでは貴族か金持ちであれば手厚い看護と高水準の手術を受ける事ができる。曲がりなりにも貴族である上、ヤーンの意向によりサウスは特別個室にて療養をしていた。

 積み上げられた書類の一つを引き抜きながらも、サウスは羽根ペンを走らせ続ける。今回の件について記録しておくべき事項は山ほどあった。


 カチャリ、と遠慮がちに扉が開いた。

 そろそろ看護師の見回りだと知っていたので、サウスは顔を上げることなく記録をし続けていた。キリの良いところまでまとめておかないと文の流れが悪くなる。


「――随分と集中しているようだね」


 コツコツというヒール音、柔らかな鈴のようでありながらも凛々しい声。

 慌ててサウスは顔を上げるとベッドから降りようと身をずらしたが、それをレイアスト・ウィンスラーは手で制した。


「調子はどうだい?」

「おかげさまで随分と良好です。あの時副長が医師を連れて来てくれたおかげです」

「いや、私は何もしていない。呼んだのはあの少女のおかげなんだ」


 レイアは寂しそうに微笑んだ。今日の彼女は簡素なドレスに身を包んでいた。サイドに低くまとめた髪に大きな帽子を目深に被っており、さながら貴族の娘のお忍びスタイルといった格好だ。


「そろそろ次の地方へ立つ準備をしなければならなくてね。

 時間があるうちに君の見舞いをしておきたくて」


 格好にそぐわないハキハキとした物言いでレイアは告げた。


「――どちらへ行かれるのですか」

「さあてね。行き先は私もまだ知らないよ。

 何しろ、またこそこそと隊長一人で立とうとされてあるからね」

「またですか……」


 サウスは呆れた声を出した。あの上司は油断をしているとさっさと一人で旅立ってしまうのだ。これまで幾度となく行方知れずになった彼を、毎回レイアやサウス達は必死になって探し回っている。


「追う身にもなってほしいものだが、まあ、アスクも付いているから大丈夫だろう。彼は野生のカンがズバ抜けているからね」

「アイツだから心配なんですよ……今回のようにいつも余計な事にまで首を突っ込む」


 ため息をつきながらサウスは眉間を押さえた。


「出立までに完治させるつもりだったのですが、間に合わず申し訳ありません」

「何を言う。アスクは役に立つ子だよ。あの時の悪ガキをよくあそこまで育てきったものだと君には感心している。

 大体私はあの方の影なのだから、そうまでして身を案じなくとも――」

「貴女は、」


 サウスはレイアの言葉を遮るようにして声を張り上げた。


「貴女はいつもそうして隊長のことばかり気にして、自身を大切にされようとしない。

 そんな調子で行かれてしまっては、心労の余り私の治りが遅くなってしまう!」

「――善処するよ」


 レイアは椅子を取ってくるとサウスの脇に座り、その手を取って微笑んだ。


「君がそう言ってくれると力が湧いてくるね。必要とされるのは有難いことだ。

 ホントの事を言うと、自身が消えることも大切な人を失うことも、どちらも不安でたまらないんだ。

 昔はいつ死んでも構わないと思っていたのに、欲が出てしまったものだ」

「その『大切な人』の中には――私も入っているのでしょうか」

「当たり前だろう!」


 何を今更と言った様子でにレイアは答えた。


「君が傷ついたと知ってどれだけ心凍りそうだったか、この胸さらけ出して見せようか!」

「そういう冗談は止めてくださいよ」


 ぶっきらぼうにサウスは呟くと、じっとレイアの顔を見つめた。


「副長。最後に一つ、教えていただきたいことがあります」

「何だ、あらたまって」


 サウスが辺りを気にする素振りを見せたので、大丈夫だとレイアは頷いた。看護師には「恋人に会いに来た」と言って引かせているし、部屋周りに人の気配も感じられない。


「――隊長が現ダ・ラ・ヤーンであるのは、幼王の補佐を強化する為の一時的なものだと我々は教わりました。

 しかし、今回隊長の正体を貴族達の前で公にしたのは何故なのですか。夫婦めおとことわりを破ることは、そもそも禁忌として秘すべきことではなかったのですか」


 レイアの瞳が僅かに細まった。


「これでは、現ロウが――」


 その先を、サウスは続けて良いものか迷っているふうだった。


「――『実は女性だと勘違いされるやもしれぬ』。

 君はそう訊きたいのだね、サジリウス」


 サウスは黙ったままだったが、それは肯定を意味していた。


「そうだね。国民の大多数はともかく、貴族間でのロウとヤーンの相互関係は教養の範囲内だ。

 あれだけ大勢の有力者が集まる中で面を取ってしまっては、現ロウが美しい方なだけにそういう懸念が起こり得る可能性はある。

 だが、隊長はそのような芽を許しはしないよ。そもそも絶対権威であるロウを敬っている者であれば、そのような噂自体立ててはならないのだ。芽吹く前にその元凶を摘み取る、その為の種まきでもあるのだよ。

 第一、大多数の貴族間では今最もセンセーショナルな話題はダ・ラ・ヤーンの正体だからね。ロウに等しい権限を持つ彼は誰なのか、あちらこちらで噂が囁かれているはずだ」


「それで良いのですか」


「これはある種の賭けなんだ。

 だが、勝機の無い賭けはしていないつもりだよ。

 底知れぬ相手というのは、力が測れぬし、掌握できない。ましてや本気で凄んだあの方の迫力は、君も知っての通りだろう?そんな人物が現ロウの裏にいるのだよ。浮ついていた者達も、今回の件を含め暫くは大人しくしてくれることだろう。

 唯一の肉親であった弟君もあの方自身の手で処刑された。もう正体は掴めないだろうし、万が一掴まったとしても」


 そこでレイアは一層声を潜め、サウスの耳に口を近付けた。


「彼らは却って畏怖するだけだろうよ。

 ――あの方の血は、最も尊い位置にあるのだから」


 サウスの瞳孔が開き、レイアの蒼玉の瞳を見返す。


「何故……私にそれを……」

「薄々感づいていたのだろう」


 君は聡いから。


 レイアは呟くと、そっと顔を離した。


「私が教えてあげられる事は、以上だ」


 回復した頃にまた会おう。


 そう言い残し、彼の上司は去っていった。




 

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