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1:金剛血審石

 ダーナン国中央にあるルルドラ王宮。その広大な敷地内には城を中心として時計周りに12の塔がある。

 その中の6時の方角にある『ヤーン』の敷地内に誰かが入ることはほとんどない。敷地のほとんどは森でできており、中央の空き地には巨木が一本突き出ていた。森を抜けたその先に6番塔はある。

 その塔の中の階段を登ってゆく男が一人いた。螺旋状の階段を暫く登り続け、とある扉の前で立ち止まるとノックをする。


「はい」


 小さな声で中から返答があった。


「――失礼する」


 男は外鍵を開錠し、扉を開いて中に入った。


「……処分が決まったのね」


 窓辺の椅子に座っていたおさげの少女は彼の姿を見て呟いた。男は黒い正装服に腰に処刑用の剣を帯刀していた。


 少女のいる室内は居心地良く過ごせるように作られていた。光の差す窓辺には黄色いマリベラの花が飾ってあり、中央の白木のテーブルにはノートとつけペン、インク壺、それに小さな菓子の入った籠が置いてある。壁際の小さな本棚には書物が並び、ベッドは柔らかく整えられていた。

 まさに彼女の理想を具現化したような部屋だった――窓の鉄格子と扉の施錠を除けば。


 チュリカ・ベガレットが6番塔に幽閉されて、数日がたっていた。


「まずは、礼を言う」


 男――ジェライム・トライストは言った。


「お前が早々に医者を呼んでくれたお蔭でサジリウス・ウェンバードは左足切断を免れた。銃創を放っておけば確実に危険な状態になっていただろう。

 彼より伝言だ。『会う度に不快な思いをさせてしまい、すまなかった』」

「え……?」


 チュリカは困惑した。彼、サウスとは銃で撃たれたあの日に初めて顔を合わせたはずだ。


「お前は三度、サジリウスに会っている。

 一度目は初日に俺と会った際、チーズを収集しに来た残飯屋。そのまま全てのチーズを回収し、成分分析に回していた。

 二度目はバザールの管理塔で対応していた職員。臨時職員として潜入し、店を販売に有利な位置にあて、同時に不正処理が無いかの調査も行なっていた。

 そして三度目が決行の日だ」

「え、ええっ!?」


 驚愕しているチュリカに向かって、


「変装はあいつの得意技だ」


 言いながら、ジェライムは羽付き帽を取った。


「俺からも礼を言わねばならない」


 チュリカは立ち上がって近付くと、初めて『ジェイス』ではない彼の顔を見上げた。

 後方に流した金髪から飛び出た毛など一房も無い。無精髭も無くなったため、その顔に残るのは威厳のある落ち着きと端正さだけだ。髪に香油を使っているのだろう、香煙草と共に深みのある不思議な香りが混じって鼻腔に届く。

 そのたたずまいを魅力的だと感じる女性は多いのだろう。


 けれど馬鹿笑いをしながら共に生活していた、あのボサボサ頭に無精髭の『ジェイス』はもう何処にも居なかった。


「今だけ『ダ・ラ・ヤーン』ではなく『ジェライム・トライスト』として話をする」


 ジェライムは帽子をテーブルに置くとチュリカに向き直って言った。


「お前が銃を押さえたおかげでイェズステルに制裁を与えることができた。

 代わりに撃とうとしたおかげで兄として最期を看取る決意ができた。

 礼を言う――ありがとう」


 チュリカは何も言わずにその顔を見上げていた。

 互いの視線が絡み、暫しの沈黙が部屋に流れる。

 ジェライムは目を逸らし、懐から革袋を出すと中身を左掌に転がした。


「あの夜、俺がお前の部屋から盗んだ物だ。

 これが何なのか、お前はもう知っているのだな」

「ええ」


 チュリカは答えた。燦然と輝くそれは、金・銀・ルビーで飾られた巨大な金剛石だった。


「お前がこの事を知る限り外へ出る事は生涯叶わぬだろう。

 死を選ぶか、囚われでも生き抜くことを選ぶか。選択せよ」


 死罪一択でないところがぎりぎりの温情なのだろうと分かった。


「キュウはどうなるの」

「彼は聡い少年だ。学舎に入らせ、自立するまで面倒を見ると約束しよう」

「――そう。ならよかった」


 気がかりが無くなり、チュリカはホッとした。


「じゃあ、最後に二つ、お願いを聞いてもらってもいいかしら」

「内容による」

「一つ目は、あなたが付けている手袋が欲しいの」


 ジェライムは黙って黒手袋を外すとチュリカに手渡した。チュリカはそれを机上に置くと、右手を上げてひらひらと掌を振った。


「二つ目。最後くらい一発痛い思いをしてもらわなきゃあ、割に合わないでしょ」

「――受け入れよう」

「じゃあ椅子に座って、目を閉じて」


 言われるがままジェライムは椅子に座り、素直に目を閉じた。


「――じゃ、いくわよ!」


 かけ声と共に鋭い痛みが走ったのは、頬ではなく指先だった。


 ジェライムが目を開くと、チュリカが手にしていたのは机上にあった付けペンだった。ペン先で突かれたジェライムの指からぷくりと血が盛り上がる。チュリカはそれを指先で救うとジェライムが持つ金剛石に素早く擦りつけた。


 拭う間も無かった。血の付着した場所を中心に、みるみるうちに金剛石が変色していく。二人が見守る中、金剛石は瞬く間に血の滴るような色合いの石へと変化した。


「『聖石である金剛血審石の変色は、ロウ直系男子の体液のみである。

 シノワール殿下が崩御しシルヴィア姫が秘密裏にロウと成り変わった今、成人式の儀で審判が行われてはならない。

 依ってこの石は然るべき時がくるまで盗難に遭った事とするよう、私は指令を受けた。全てが終わるその時までこの地で待つように、と。

 チュリカ、お前がこの手紙を読む頃には私はこの世にいない。私は石を盗んだ大罪人として疑われる事となった。捕まれば死罪は免れないだろう。

 いつの日か長い年月が経ちほとぼりが冷めた頃、お前がこの手紙を読むことを願う。その時にはこの手紙に入れているもう一つの封書、そして金剛血審石をどうにかしてルルドラ王宮敷地の6番塔にいるダ・ラ・ヤーンまで届けて欲しい』」


 すらすらとチュリカは言った。


「手紙に書いてあった言葉よ。

 あたしの父、ロイス・ベガレットはダ・ラ・ヤーンに指令を受けてこの石を持ち出した。

 つまり、あなたが父に指令を出したのね」


「――そうだ」


 ジェライムは肯定した。


「そして、あなたにはロウの血が流れている」


 沈黙が流れる。目の前の煌々と光る証拠を見られてしまっては、最早言い逃れは不可能だった。


 このダーナン国の最も秘すべき部分を一市民の少女に知られてしまった。


「ジェイス。選択するわ」


 チュリカは目の前に座る男の手を取り、彼女ができる最も真剣な顔で相手を見つめながら言った。


「あなたが何者なんて関係ないし、気にしない。あたしはあなたを信じるわ。

 だからお願い。

 どんな形でもいいから――あたしは生きていたい」

 


 こうしてチュリカ・ベガレットは、ルルドラ王宮の門の外へ一生出られぬ身となった。


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