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4 : フリントロック

「――初めは暗殺が失敗したのかと思っていた。出した者は皆帰って来なかったからね。

 だがシルヴィア姫が病魔に侵され亡くなったと聞き、王の存在を疑うようになった」


 イェズステルは眼帯で覆われた左目を撫でた。


「私は貴方に命を捧げる証として、幼き頃にこの目をえぐった。

 だが、貴方は一向に表に出ようとしない。

 故に決意したのだ。その気がないのであれば、この手で即位させるしかあるまいと」


 イェズステルは背に手を回すと大剣の柄を持ち引き構えた。ジェライムの手も太腿に動き、腰から吊るされた長剣の柄に添う。


「幼王と共にダーナンが朽ちる日をじっと待つより、たとえ憎まれようとも私は貴方を王に立てる。

 それが貴方の為であり、ひいてはこの国の為だ」


「――愚か者め」


 ジェライムの呟いた言葉を受け、イェズステルの大剣が舞う。


「ああそうだ、愛は人を愚かにさせる」


 屈み姿勢から抜いた剣刃でジェライムはそれを受けた。ぶつかり弾ける金属音が豪奢な廊下に響き渡る。続けざまに放たれる刃をジェライムは最小限の動きで弾き続けた。


「金剛血石を隠しているのだろう!」


 立て続けにガン!ガン!と打ち込みながらイェズステルが問う。


「シルヴィア姫の血では反応すまいからな。

 ロウ直系男性の血で変色する宝玉だ、成人戴冠の儀には出せまい!」


 ジェライムは無言で刃を受け続ける。イェズステルの剣からは明確な殺意が伝わらない。こうして打ち込んでくるのには何か理由がある筈だった。


「殺さずに様子見とは随分とお人好しだ。だが、その情の厚さと共に非常な冷酷さを併せ持つ顔も私は知っている。だから惹かれて止まないのだよ。

 例え多少壊してでも玉座に縛り付けてみせよう――部下と同じ目に合いたいかい?」


 鋭く見返すジェライムの目に、


「そう、それだ」


 イェズステルはうわずった声をあげた。


「その瞳を、もっとこちらに向けてもらわねば」


 そうして飛び退くと同時に懐から銃を取り出すと、イェズステルはジェライムの膝に向けて発砲した。




 再び続いた銃声は、今度はとても近くに聞こえた。

 続いて、二発、三発目と発砲音が響き渡り、その後辺りは静かになった。


「は、やく……け、構……な」


 サウスは呻き、立ち上がろうとした。


「うるせぇ!黙れバカ!じっとしてろ!」


 アスクは力まかせにサウスを押さえつけた。

 血塗ちまみれで廊下に倒れているサウスを最初に発見したのはアスクだった。

 名を呼び銃で撃たれた事が分かると、どくどくと血が溢れ出ている場所が左太腿であり内蔵の破損が無いことを確認し、急ぎ応急措置に取り掛かった。

 引き裂いた白布を数本使い棒を使ってギリギリと締め上げ、太腿の付け根を圧迫する。次いで布袋からカップを出して水を注ぐと、そこへ白い粉末を溶かして傷口を洗い流した。ぐうっと漏れる声にも気遣う素振りは見せず、そのまま処置を続けながらアスクは呟いた。


「場所が良かったなサウス。血の気の多い所はえぐれてねぇみてぇだ。すぐ治るぜ」


 だが楽観的な言葉とは裏腹にアスクの声は震えていた。こめかみを流れる汗を袖で拭いながら振り返らずに、


「――チュリカ、頼みがある」


 とアスクは言った。


「件の大広間にゃ王宮のお抱え医師がいる。今頃仲間が解毒剤を飲ませていて痺れも抜けている頃だ。 

 騒ぎも隊長達がある程度は処理してくれているだろう。

 悪いが、先にそいつを呼びにいっててくれねぇか」


「分かったわ」


 チュリカは即答した。


「一人で行けるか」


「大丈夫」


「途中でめんどくさいヤツがいても、絶対に関わるな。そん時ゃ逃げろ。俺はこっちが終わったら追いかける。

 本当は一緒に行きてぇが、早いことどうにかしねぇと――」


 それ以上アスクは言葉を続けなかった。

 銃創の上から白布をあてるその姿を後にし、チュリカは駆け出した。

 銃創は恐ろしいものだとは父から学んで知っていた。ただ当たった場所がえぐれるだけではなく、潜り込んだ肉の周辺を破壊し、時には他の器官にも強い損傷を与える場合もある。弾が残っている場合、そこから肉が腐り出すことも多いらしい。

 早く、早く!

 気持ちばかりが先走りして時折足がもつれそうになる。


 建物内の廊下を延々と曲がり広間に近付くと、何やら声が聞こえてきた。慌てて足を止めると、チュリカはそっと忍ぶようにして曲がり角よりそちらを覗いた。

 対面していたのは、どちらも背格好が良く似た黒づくめの服装の男達だった。

 そのうちの一人の顔を、チュリカはよく知っていた。どんな格好をしていても見間違う筈が無かった。


 どくん、と一際強く鼓動が高まる。


 会うだろうと覚悟はしていた。だが、そこにいたのは無精髭にぼさぼさ頭のよく知った男ではなく、正装姿で威風堂々と立つ、まごうことなき貴人だった。

 いつのもように頭を叩き、喧嘩腰で怒鳴りつける――そんな日々が夢物語だったのではないかという錯覚に陥りそうになる。

 もう一人の碧眼の男の格好にもチュリカには見覚えがあった。馬車で乗り入れる際に中に入れてもらった貴族だ。あの時はジェイスではないかと疑いもしたが、こうして二人並ぶのを見るとその違いははっきりしていた。

 ジェイスの存在感は圧倒的だった。何もしていなくとも不思議と目を奪われそうになる。

 二人の関係がどのようなものかは知らないが、場はピリピリとした異常な緊張感に包まれていた。とても入り込める雰囲気ではないと思ったチュリカは、次の瞬間碧眼の男の手に握られているものが銃だと気付き瞠目した。


(アスクの仲間の彼は、あの人にやられたの!?)


「いや、全く凄いね」


 くつくつとイェズステルは笑った。


「まさか三発ともかわすとは。まあ、まだ未完成な造りだからぶれやすいのが難点だが。

 あまり敏捷なのも問題だよ兄上。さっさと膝板に当たってもらわないと打つ毎に火打石のアタリが悪くなる。これじゃあ、なかなか姫の元へ行けやしないじゃないか」


 イェズステルは素早く後ずさりしながらジェライムに銃身を見せた。


「こいつは他国が開発したものをいち早く仕入れた。

 火縄など使わず火打石で点火できる。おまけにこうして片手で運べる大きさだ。

 この国は確かに広大で歴史もある。だが、もう新しい時代が来ようとしている。西のフェーンに隣のウェラー。こいつら二国が最近裏で手を組み始めているのは、この国が弱体していると踏んで狙っているからだ。

 傾いてしまってはもう遅い。

 諦めろ兄上、もう現王ではこの国は保たない」


「ならん」


 ジェライムが放ったのは、その一言だけだった。


「ならば仕方ない」


 廊下の端まで間合いを取ったイェズステルは、片手を探ると火打銃に火薬と弾を詰め込んだ。



 ――その瞬間、チュリカは飛び出した。


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