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3 : トゥル・ヤーン



「あんたって一体何者なの」


 遅くなった夕餉の席で汁椀を渡しながら、あたしはジェイスに尋ねた。

 今夜は、牛の乳を使った三色団子汁だ(じゃがいもと麦粉、すり潰した人参と麦粉、葉野菜と挽き肉をそれぞれ練って丸めたものが入っている)。いつもならば市場に出た日の夜は普段より豪華な献立となるのだが、今は贅沢など言っていられない。支出を抑えなければ微々たる蓄えなどあっという間に無くなってしまう。ましてや――あたしはもりもりと匙を動かす男を眺めて溜め息をついた――大食漢の居候がいるのだから、質より量となるのは当然だ。

 まあでも、何だかよくは分からないが警邏とのやり取りからして、おそらくジェイスは高位の役人ということなのだろう。もしそうであれば助けてもらったのは有り難いが、一刻も早くここから出ていってもらいもらい、借金を返してもらわねば。

 ジェイスはあっという間に椀を空にし、物足りなさそうにあたしを見た。そして、そこで初めて気付いたかのようにきょとんとした顔をして、


「あ、今の、俺にきいたの?」


 と尋ねてきた。


「他に誰がいるのよ」


「はは……。ん~、俺が何者か、かぁ。そうだなぁ、無職の文無し、厄介者の居候、ってところか」


「自虐的な冗談はいいから」


 あたしはジェイスから椀を受け取り、お代わりを注いでやりながら促した。


「さっき、警邏に何か言っていたでしょ。ほら、トゥ、トゥ……」


「トゥル・ヤーン?」


「そう、それよ。そのトゥル何とか。名前出しただけで警邏が慌てて態度変えたってことは、あんた本当はお偉い役人か何かなんでしょ。

 休暇がどうのこうのと言ってたけど、つまりあたし達に嘘ついてたってことよね」


「ああ、あれ。もちろん嘘だよ」


「やっぱり」


 あたしは口を尖らしかけ、慌てて引っ込めた。拗ねた口調に聞こえなかっただろうか。


「おっとぉチュリカ、何か勘違いしてないか。嘘ってのは、警邏に言ったことの方だぞ」


「はぁ?」


 どう説明すりゃあいいもんか――ぼりぼりと頭を掻きながら呟くと、ジェイスはさじを咥えて腕を組み、しばらく明後日の方角を見ながらギィコギィコと椅子を浮かすようにして揺らしていたが、


「……やっぱひ、はぎめから、へくめいひかほうが、いいかおなぁ」


 と呟くと匙を口から離し、唐突に、


「チュリカ、お前さん『月呼び名』は分かるよな」


 と話しかけてきた。


「学が無いと思って馬鹿にしてんの」


「いやぁ、これが少なからず関係してんの。まぁ、順に言ってみ」


「……ウィス、ペア、スゥ、ヌム、サー、ヤーン、メア、スィー、リツ、ハチ、ミィ、ロウ」


「御名答~」


「こんなの、言いえない人探す方が難しいでしょ」


 ムスッとしてあたしは言い、「まぁそうだがな」とジェイスも同意した。


 ダーナンには昔から、1月をウィス、2月はペア……といった具合に月毎の通り名があり、これらの総称を『月呼び名』という。

 月呼び名は時を表す刻盤にも使われており、また、刻盤の頂点に位置するロウを北として方位を表す際にも用いられたりもする。多国間でのやり取りの中で利用されることはほぼ無いが、国内のみに関していえばいまだにこれらが常用されているのが実態だ。

 月呼び名の由来は、その昔ダーナンの祖王に仕えたと言われている聖霊達の名よりきている。彼らはそれぞれに秀でた能力を持ち、その力を持って王を補佐し、建国の礎を築いたという。

 建国より五百年以上が経つというのに、今だこの呼び名が廃れないのには理由がある。

 聖霊名を日々口にすることは、即ち国を敬い己の徳を積むことへとつながり、ひいては死後の天上審判の際に高位階へと上がることができると信じられているためだ。

 また、それぞれの名が持つ意味を誰もが知っていることから、名付けに使用されたり慣用句に使われたりと、何かと使い勝手が良いことにも一因がある。


「さて、次にチュリカ、紙とペンを貸してくれないか。

 ここからはおそらくお前さんの知らない話になってくるだろうしなぁ」


 ジェイスはあたしが渡した帳簿代わりの紙束から一枚をむしり取ると、紙一杯に大きく円を描いた。

 そして頂点から右回りに12、1、2……と刻盤のように数字を入れ、それぞれの下に月呼び名も順にロウ、ウィス、ペア……と書き込んでいった。


「これはなぁ、『日輪環』ともいうんだが」


 そう言いながらジェイスは中央にポツッと点を入れ、今度はそこを起点にロウ(12)の左横とサー(5)の左横までそれぞれ線を引いた。

 円の中身が二つに分かれる。


「この二つに分けた月呼び名には、それぞれ正式な前称が付いているのは知ってるか。

 『ティ・グ』と『ダ・ラ』っていうんだが」


「刻に付けるやつのことでしょ」


 ダーナンでは、刻を表す際に前称を付けることがある。

 ティ・グ・ウィス(1時)、ダ・ラ・メア(7時)といった具合に。1~5時・12時にはティ・グ、6~11時にはダ・ラがそれぞれ付く。

 ちなみに、日の始まりから短針が二周目に入る際には、さらに付加する形で末尾にそれぞれ『ティ』『ダ』が付く。(例:ティ・グ・ウィス・ティ(13時)、ダ・ラ・メア・ダ(19時))

 ただし、実際に前称をつけて言う人は今ではほとんどいない。改まった場や書簡類、契約書等公的な場合に使用される程度である。


「おぅ、それだ。こいつはな、もともとは聖霊の性別を表す用語からきてるんだ。

 ティ・グは男性、ダ・ラは女性。

 でな、チュリカ。それぞれの対極する数字同士、すべてが男女で対となっているのが分かるか。

 男性のウィス(1)の対極に女性のメア(7)といった具合に」


「あ、ほんとだ。へぇ、まるで夫婦みたい」


「おっ、いいとこ突いてるぞチュリカ。

 さぁて、こっからが本題だ。

 『日輪環』という言葉にはな、頂点位置にいるロウが『あまたを照らす神と等しき位置』という意味合いも含まれているんだ。

 つまり、ロウは『ダーナン王』のことでもあるのさ」


「へえ」


「そして、ロウである国王以外に国を動かしている11人の最高官もまた、それぞれ月呼び名にちなんだ官職名がつけられているんだ。

 ダ・ラには男、メ・アには女の最高官が入り、対極にある月同士二人一組として各分野の政事に関わっている。まつりごと夫婦めおとで取り組めというのが、この国にある古くからの縛りなんだ。

 もちろん、一般的意味での夫婦である必要は無いんだが。

 さぁ、ここまでで何か気付いたことは無いか、チュリカ」


「……ジェイス、あなた何故こんなことに詳しいの」


「や、まぁそれは後でちゃんと話すから。ほらほら、今はこの図を見て気付いたこと言うのが先だ」


 にやにやしながらジェイスが促す。

 気付いたことって言われても……困惑しながらも紙に描かれた図をじっと見ているうちに、あたしはある月に目を留めた。


「ねえ……そう言えばすべてが対と言っていたわよね。

 じゃあ、ロウの対のヤーンってどういう存在なわけ?やっぱり王様の対の女性だから、お后様にあたるのかしら。

 ……あっ、でもさっき、最高官は11人いるって言っていたわよね。

 でも二人一組ってことは……」


 ぶつぶつ呟くあたしに、ジェイスは嬉しげに大きく頷いてみせた。


「そうなのよ~!そこなの、俺が言いたかったことの足がかりは。

 いやぁチュリカちゃんってば、やればできる子」


 あたしは大きな手でポンポンと、優しく頭を叩くようにして撫でられた。


「子供じゃないって言ってんでしょ!」


「まぁまぁ。んでは、核心に入っていこうか。

 ティ・グ・ロウである王にも、もちろん、対であるダ・ラ・ヤーンがいる。

 彼女の存在は、いわば王の影だ。

 国を広く見渡す王に対し、彼女の役目は小さなほころびを繕うことにある。滞りなく国政を行き届かせるために不正を取り締まるのが彼女の仕事だ。

 そしてその手段の一つに警邏台の抜き打ち監査もある。不穏な動きや横領等を見つけることがあれば、王の代わりにいかなる相手であろうとも即座に処分できる、唯一かつ絶対的な権限を持っているからなぁ。警邏がもっとも恐れる相手でもあるのさ。

 で、しごく簡単に言えば、その彼女の組織全体及び部下達のことを『トゥル・ヤーン』っていうわけだ」


 そして――、と言いながら、ジェイスは胸元に手を入れてごそごそと探り、中から銀色のプレートを取り出した。


「これがトゥル・ヤーンである証、王家の紋章を組み込んで作られた称号苻だ。

 実はなぁ、警邏がトゥル・ヤーンを恐れるもう一つの理由が『顔が無い』という特殊性にあるんだ。

 ダ・ラ・ヤーンを含めこの組織に属する者は今までほぼ全員、王や最高官達以外には顔も素姓も知られていない。

 逆にいえば、この称号苻をかざす時のみが、トゥル・ヤーンが権力を行使できる時であるともいえる。

 就任者は誰か、構成人数はどの程度か、何時如何様に動くのか。王への忠誠と頑なな結束により、その詳細は設立当時からほとんど漏らされていない。まあ、表立たない秘密裏な組織だからなぁ、ダーナンの一般市民にはその存在すらも知られていないだろうよ。

 だが、国政に関わる者やある程度の権力者ならば、誰もがその名を知っているはずだ。彼らが分かっているのは、『トゥル・ヤーンの裁きを拒否すれば、此即ち王への反逆罪と見なし、待つのは極刑のみ』ということだけだが」


 ひとしきり話し終えると、ジェイスは椅子ごと身体をずらして脇にあった水瓶から直接ひしゃくで水を飲んだ。


「……ふぅ。長々と説明するのは、性に合わんよ。他に言い忘れたことあったっけか……。

 ああそうだ、彼らの身元が割れない理由の一つに、動く時は常に仮面を着用しているっていう話もあったな。

 ダ・ラ・ヤーンですら、王と二人きりの場でしか仮面を取ることはないらしい。

 ちなみにヤーンは、日輪であるロゥとペアであることから、私生活で婚姻をすることは無いんだ。常に黒い装飾で身を固めていることから、『黒衣の尼将軍』とも呼ばれている。

 ――うん、俺がチュリカに説明できるのは、ざっとこんなところまでだな」


 少しの間、沈黙が流れた。キュウが無邪気に団子をいじる、カチャカチャという小さな音だけが響く。


「……なるほどね。言っていることは理解できたし、あの警邏が逃げて行った理由にも合点がいったわ」

 けれど、まだもう一つの説明が済んでいないわよね。

 これだけのことを知っていて、なおかつ称号苻を持つあなたが、一体何者なのか、ってことの説明が」


 あたしには、学歴が無い。

 いや、あたしに限らず一般国民で学舎で学ぶという金のかかる贅沢事を受けられる子供は、そうはいない。

 大抵は家業を継ぐため手伝いに明け暮れる日々を繰り返して大人になるため、読み書きもできない。ただ、有り難いことに、あたしは昔学師をしていたという父からある程度の読み書きや算術、学舎で得られる様々な知識を自宅に居ながらにして受け育つことができた。

 だから分かる。ジェイスが今あたしに話して聞かせたことが、片田舎の学舎で学び得る知識ではないということくらい。


「何者も何も、無職者でぇす、で、いいじゃないの。だめ?」


 少々面倒臭そうにジェイスが言った。


「俺……腹ふくれたし、長々話したし、もうオネム……」


「戯言は借金返してから言いなさいッ!」


 バンと食卓机を叩いて立ち上がりながら、あたしは凄んだ。


「あんたと関わってから本ッ当に散々な一日になったわ!

 今、うちには市場に出すチーズはひとっかけらも残っていないのよ!金も無い、品も無い、明日の生活も分からない!そこに勝手にのこのこと、借金持ちのタダ飯食らい!

 いい加減自分の立場分かんなさいよ!あんたがそのトゥル何とかだってやつなら、さっさとお金を工面して頂戴!それができるかどうかで、今後のあたし達の運命も大きく変わるんだからねッ!」


 けたたましく怒鳴り立てるあたしの剣幕に、すっかり圧倒されたらしく、ジェイスは頭を抱えて小さくなっていた――いや、なろうとしていたが、がっしりした体格のため大して縮こまれずにいた。


「わかりました……チュリカさん……お話ししますよ……」


 げっそりと疲れきった顔で、ジェイスは口を開いた。


「俺がトゥル・ヤーンじゃないのは、本当。

 逆なのよ……元警邏なの、俺」


「……は?」


「この称号苻はね、ニセモノなの。

 実際の称号苻がどんなもんか知らないと、意味ないでしょ。こうした精巧な模造品がいくつかあって、新人警邏の講釈に利用したりするわけ。

 ほら、見てみな」


 ひょいと渡された立派なそれをは、一見すると重たそうなのに、実際に手にしてみれば驚くほどに軽かった。彫り込まれた装飾は精巧であるが、はめ込まれている宝石類は――。


「あぁ、それは全部ガラス玉だ、よくできているだろう。一応きちんと本物を模して作られてあるんだけどね、本物を横に並べりゃあ、違いは歴然らしいぜ。

 大体本物なら、裏に隠し細工と担当者名、それに通し番号が入っているそうだし」


 肩をすくめながら決まり悪そうにジェイスは言い、あたしはへなへなと力無く椅子に座りこんだ。

 警邏だったなんて。よりによってうちにやってきたこのおっさん、あたしがこの世で一番嫌いな、警邏だったなんて――。


「あのさ……一応、元、だからね。

 元・警邏」


 さっきのあいつヤな奴だったしさぁ……、チュリカは警邏のこと嫌ってそうだったしさぁ……、だから言いたくなかったんだよ――。

 追い出されたらたまらないというように、ジェイスは食卓机の端をひしと掴んで、しおしおと弁解をしている。


「出ていって。今すぐ」


 冷たい声で、あたしは男に言った。





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