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2 : 処刑


 広間は静まりかえっていた。


 金の称号符を持ち、『ダ・ラ・ヤーン』と名乗る黒衣の男。

 王に対する権力を持つ人物であるならばそれ相応の身分であるはずだというのに、貴族達のほとんどがこの男の顔を見たことがなかった。


 ダ・ラ・ヤーンは女性ではなかったのか。


 そんな懸念をよぎらせつつも、広間の誰もが彼から目を離せずにいた。絶望的な状況の中、貴族達は震える身体を堪えながら首を伸ばし、救いを求めて男を見る。


 ジェライム・トライストは、靴音を響かせながら上座へと歩み寄った。

 三人の侍女達に支えられた王は、弱弱しい息を吐きながら微笑む。


「……ようやく……会えた」


「お待たせして申し訳ありません」


 ジェライムはひざまずくと、王の手を取り頭を下げた。


「今までよく我慢されました。もう、大丈夫です」


 シノワの瞳が涙で揺らぎかける。


 ――駄目、それ以上声をかけないで。

 シルヴィアに戻ってしまう。


「シノワール様、これをお飲みください。解毒剤です」


 後方からそっとレイアが声をかけ、小瓶をオランに渡す。シノワが頷いたのを確認し、オランは瓶の中身を口に含ませようとしたが、王の唇が震えているためなかなか定まらずにいた。


「――私がやろう」


 ジェライムは侍女達からシノワの身体をすくい、飲みやすい体勢に抱きなおした。


「お前達は症状の重い者から順に、解毒剤を飲ませて回れ」


 はい、と答えレイアから解毒薬の大瓶を受け取ると、オラン・アジュレー・マカロはそれぞれ貴族達の元へ中へ駆けていった。

 続けてジェライムは側近兵達に命じる。


「お前達は広間入り口に回れ。

 侵入者共を逃がすな、強行者は切り捨てて良い」


 側近兵達はジェライムと面識が無かった為、逡巡して顔を見合わせたが、有無を言わさぬ貫禄と王の男への信頼ぶりを見て黙ってそれに従った。



 一気に会場が賑々しくなった。あちこちから自分にも飲ませろと懇願する声が次々に起こる。


 暴徒役の男達はどう動くべきか迷っていたが、剥き出しのサーベルを手に扉に移動した近衛兵達を見てうろたえ出した。

 雇い主からは適当に演技をして適当に暴れ、何なら貴族達から金品や綺麗どころをさらっていってもいいと、それだけを聞いて喜んで参加したのだ。元々は下町のごろつき集団、多少腕には自信はあったが、ここでどう応変して良いのかは判断がつかなかった。下手に動いて切り殺された挙げ句、報酬がおじゃんになってしまったら困る。

 ごろつき共は雇い主であるワヤン・リィ・ギョンカの方を見た。だが、当の領主は脂ぎった醜い身体を四つん這いにしたまま、


「ワシに先に寄越せ!解毒剤を渡さんかぁッ!!」


 と、喚き散らしているだけであった。




 黒衣のマントの影で、シノワは静かに落涙していた。

 慣れ親しんでいた筈の香りと温もり。

 あんなに望んでいたはずなのに、今はとても遠かった。


(私は今、しがみつく事すら許されない……)


 ジェライムはシノワが飲みやすいよう体勢を整え、しっかりと抱き直した。


「飲めますか、陛下」


「ええ、ありがとう……ジェイス」


 シノワは震える声のまま、思い切って囁いた。ジェライムの瞳が僅かに開き、次いでふ…っと柔らかくなる。


「――いい子だ、ラジャ」


 シルヴィアは弱々しく微笑んだ。

 こんな時なのに、嬉しい、と思った。


(嗚呼、ロウの神よ。

 罪深き存在の私ではありますが、せめてもう少しだけ、このまま……)


 シルヴィアが少しずつ小瓶の中身を飲む間、ジェライムはじっとそれを見守っていた。やがて瓶が空になったのを確認すると、


「後は我々にお任せ下さい。

 目が覚める頃には、全てが終わっています」


 と、そっとと頭を撫で、そのまま瞳を閉じさせた。

 シルヴィアは頷き、微笑んだ。




 王の身体から力が抜けるのを確認してジェライムは立ち上がり、レイアにその身を任せた。

 彼が歩き出すとそれだけで広場の注目が再び集まる。

 その向かう視線の先には。

 ぎょろぎょろと目を血走らせていたギョンカは、近付いたジェライムの姿を見てヒィィと叫んだ。


「わ、わわわワシぁ何も知らんぞ!何もやっとらん!

 お願いじゃ、は、早うワシに解毒剤を回してくれ!早うせんと死んでしまう!」


「ウィスプ領主、ワヤン・リィ・ギョンカ」


 ジェライムの朗々とした声が広間に響く。


「お前が下劣な手段でロウを汚し国を滅しようとした大罪はこの目で見届けた。

 我が真名ヤーン・グルゼアスタ・ダ・ラ・ダーナンの名におき極刑を執行する」


「お、おま、おまお待ちくだされっ!先程から言うておるように、ワシは何も知らんのです!だ、騙されたんじゃ!あの男に!」


「では、その共謀者の名を述べよ」


「――――っ!!!!」


 ギョンカは必死で男の名を思い出そうとした。が、一度たりともその名が口から漏れたことが無かったことに気付く。

 毎回毎回甘い蜜のようなうまい話と金貨を土産に、何度も訪れてきた隻眼のあの男。


 そう、目の前の男とよく似た――。



「うおおおおおおおおおっ!!!!」


 突如、ギョンカは絶叫した。


「謀った、謀ったな!!!ワシを謀りおったあああああッ!!

 お前達二人でこのワシを、初めからこうするつもりじゃったんじゃ!!!

 許さん!!!許さん許さん許さん許さん許さん許」



 ザンッ!



 生首が宙を舞い、ゴトリ……と転がった。

 

 脂肪まみれの巨体が、四つん這いのままゆっくりと伏していく。

 


 誰も、声を出せなかった。


 

 黒衣の男は懐から拭き布を出すと、刀身に切先の無い斬首用の剣から張り付いた血と脂肪を拭いながら、朗々と告げた。



「首謀者、ワヤン・リィ・ギョンカ。

 これにて、極刑執行とする」


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