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1 : 銃

 無駄な動きは早い消耗をもたらす。

 だがサウスはイェズステル・トライストに決決定的な一打を与えることができずにいた。

 彼がダ・ラ・ヤーンであるジェライムに与えられた命はイェズステルの足止め及び捕獲であり、多少の傷は負わせても致命傷を与えてはならなかった。


「舐められたものだな」


 イェズステルがせせら笑いながらサウスの両刃剣を簡易盾で流し、そのまま回廊の先へと進もうとするのをサウスはさせじと押し止める。素早いステップを踏みながら相手の四肢に狙いを定め、素早く切り込むこととを繰り返す。力こそ相手に及ばずとも彼の突き型はくるくると変わり続け、その執拗さはイェズステルを苛立たせていった。


「どけ!」


「行かせません」


 無表情な顔に乱れは無くともサウスのこめかみには汗が光る。

 荒く息を乱せば集中できない。

 細く、深く、一定の長さで呼吸を。舞のように無駄なく優雅に、そして鋭く。


「お前は知らんのだ」


 イェズステルは煩そうに大剣で打ち返しながらサウスに言った。


「ジェライムの真の姿も、ここで俺を阻めばどうなるのかもお前は分かっていない。

 王を消さなければ、いずれ消えるのはあいつの方だ」


 サウスは無表情のまま一気に切り結んだ。

 強く打ち込むのと同時に足を蹴り上げ靴先の刃で股に突きを入れようとしたのを、すんでのところでイェズステルは身を捻って凌いだ。サウスは素早く飛びずさりながら両手剣を捨て腰に仕込んでいた投石器と鉛玉を掴み、体勢を立て直すより早く引き絞ると、相手の右目に検討をつけて一気に放つ。即座に首をのけぞらせたが、ビチッと音を立てて鉛玉はイェズステルの右頬をえぐった。


「……下衆技ばかり使いおって」


 鮮血を手袋のまま甲で拭いながらイェズステルは呟いた。右目、もしくはこめかみに入っていれば危ないところだった。血は頬を伝い口腔内に錆びた味が滲む。


「貴方とは個人的にもお相手したいと思っておりました」


 サウスは間合いをとったまま投石器を懐に戻し、最後に残った片手剣を引き抜きぬいた。


「私はダ・ラ・ヤーンより貴方への捕獲令を受けておりますまが、五体満足で差し出せとは言われておりません」


 そう言うと、薄く口角を上げる。


「ですから、瞳か手足のひとつふたつ、失う覚悟でお挑み下さいませ」


「ほざくな!」


 怒声と共にイェズステルは凄まじい勢いで切り込んできた。


「小物風情が!」


 疾風の如く刃を合わせながらイェズステルは吼える。あまりの力に自然とサウスの顔も歪んでくる。

 隻眼でバランスが取り難いだろうに、敵ながら優れた剣技の持ち主だ。体力の消耗に差が出てきている中、帯刀が片手剣のみの状態でも挑発したのは、慢心した相手に隙がでるのを狙ったサウスの賭けであった。

 狙うは右腕。

 根元から切り落とすのは難しいが、脇に仕込んだ十字短剣で内肘の筋を突き切るか金槌で外肘の骨を打ち砕けば決着がつくだろう。


(――あの人より、強い痛みと苦しみを)


 動きの激しさに疲労も溜まってきてはいたが、サウスは冷静にその時を窺っていた。次に打ちが引く寸前に、空き手を作り一気に仕留める。


「限界だな」


 不意にイェズステルは呟くと、喉元からマントをむしり取りサウスに向かって広げた。

 即座にサウスは剣で叩き落とし、追撃から逃れるために後方へ――。


「無駄だ」


 とんぼ返りで一気に飛びずさったサウスは、相手を見て瞠目した。




 ドォン……




「何?今の音」


 ギョンカ邸の壁を乗り越えていたチュリカは、思わず息を呑んだ。

 一瞬、空気がぴりっと震えた気がした。

 アスクはチュリカの手を引いて壁から降ろすと、簡易梯子を巻きながら眉をひそめた。


「発砲音か……?まあ、ヤーン側がやったんじゃねえな。

 銃は時間かかって面倒だ、距離もいるから邸宅なんかじゃ使わねえ。

 だがあっちから音がしたってことは、何かしら面倒が起こっているんだろ」


 アスクの言葉にチュリカの動きは思わず止まる。 

 銃。

 チュリカが幼い頃、新しい武器の技術が他大陸より輸入され始めたことは、父ロイスから学んで知っていた。

 殺傷能力のある火薬武器であり、大砲とは違い持ち運びができる。皿から火薬が縄を伝って入り込み、着火した衝撃で仕込んだ弾を一気に発射させるのだという。弾を受ければ人間の肉は簡単に弾け飛ぶ。


『これから戦争は大きく変わってくるだろう』


 ロイスはチュリカに話して聞かせた。

 まだまだ銃の製作技術は未熟で難点も高いが、弓よりもずっと殺傷能力が高い上に相手と距離があるうちに攻撃できる。すなわち、安全な位置からはっきり成果が出るため、銃を保有する数で勝敗率が変わる、ということ。

 この先ダーナンを初めとする大陸各国が、この新たな技術の為にこぞって財を投じ銃をかき集めるであろうということ。


『欲求は新たな進化を生み出す。

 いずれ近い将来、より強力な銃が出てくるだろう。

 今よりもずっと手軽で、操作も容易なものが』


(――今、あたしが聞いた音は)


「どうする?」


 アスクがチュリカに手を差出しながら訊ねた。


「行くわ」 


 握り返して、チュリカは即答した。


「乗り込んだところで何の役にも立たないけど。

 もうこうなったら、最後までやりたいことをやってやるわ。

 どうせ死刑になるんなら、最後にジェイスの頬も引っ叩いておきたいし」


 アスクは意外そうな顔でチュリカを見た。そうしたきり動かなかったので、決まりが悪くなったチュリカは「なによ」と頬を膨らませた。


「いや……やっぱつえーわ、お前」


「違うわよ」


 チュリカは何処かにかくまわれているであろう弟の顔を思い浮かべながら答えた。


「もう何も守る必要が無くなっただけなの」


 二人は手を取り合って庭園の中を駆け出した。

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