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シルヴィア(3)

 一日の終わりに室内履きの留め具を外す瞬間が、シルヴィアは好きだ。


 ――寝台にもぐり込めば、朝まで誰も気にしなくていいから。


 そうシノワールに言ったことがあるが、鼻で笑われてしまった。


「誰に気づかう必要がある。我々こそ気づかわれるべき存在だろう」


 至極当然といったシノワールの台詞に、双子とはいえこうも違うものかとシルヴィアは思った。

 おそらく王族としてはシノワールのような気質こそ妥当なのであろう。独りでいるのが楽で、内心いつもそればかりを願う彼女はむしろ異端なのだ。

 なめらかな敷布に身を滑らせながら、


(私もああいうふうに、ふつうの子として生まれたかった……)


 と、シルヴィアは昼間出会った少女達の事を思い返していた。





 オラン、アジュレー、マカロ。

 ジェライム――いや、街の中ではジェイスが通り名だ――が軽食屋で紹介してくれた三人は、皆とても気さくで可愛らしかった。


「ラジャ。良い名を付けられましたね」


 オランが少年に扮したシルヴィアの両手を取りにっこりと微笑みかける横で、


「んま~ぁ、ジェイスったらセンス無さ過ぎぃ。ここまでみすぼらしい服を着せなくてもぉ」


 アジュレーは服をあちこち摘んでは大袈裟に溜め息をつき、


「小さい。すぐ迷子になる。玉虫色の羽飾りでも付けたら良い」


 マカロはその頭をぐりぐりと撫で回し続けた。


 シルヴィアは硬直していた。

 彼女達の口ぶりやジェイスが苦笑いしている様子からして、どうやらこの三人は自分が誰であるかを知っているようだ。

 だが知っていてこんなにも親しげな態度を取られたことなどなかったため、シルヴィアはどう返すべきか考えあぐねて三人の娘にされるがままになっていた。今まで姫としての自分に近付いてきた少女達は、皆シルヴィアに失礼が無いように重々注意しながら話しかけてくる貴族ばかりだったから。


「ラジャ、これから街に下りる時は私達とも遊びましょう。

 せっかく友達になったんだから」


 そう言って三人がにっこり微笑むのを見て、身体をかちこちにさせたままシルヴィアはゆっくり頷いたのだった。





「――と も だ ち」


 窓辺からこぼれる月明かりを眺めつつ呟くと、シルヴィアはそっと目を閉じた。

 羽毛がよく干されて膨らんだのだろうか、ふかふかの布団がいつもより一層気持ち良く感じる。

 なんだか今夜はぐっすり眠れそうだった。いつも6番塔授業のあった日は延々と反芻してしまう為、なかなか寝付けないのだ。

 だって、ジェライムとの課外授業は初めてのことばかりで、一日が終わるとまた次の週までが遠く感じてしまうのだもの……。


「あ」


 シルヴィアは思わず声を漏らし、目を開いた。

 もしかして、これから課外授業で街へ下りる際は毎回皆と過ごすことになるのかしら。

 いや、それはそれで楽しみなのだけれど、でもジェライムと二人で散策ができなくなるのは少し……いや、とても、寂しい。


(いけないわ、こんな身勝手な考え方は失礼よ、ジェライムにもオラン達にも)


 わざと大きく頷くと、シルヴィアはぎゅっと目を閉じ懸命に就寝に務めた。







 「姫に紹介したい者を連れてきております」


 ジェライムの言葉にシルヴィアは目を丸くした。

 6番塔内及びその周辺で、今までジェライム以外に人の姿を見たことはなかった。

 ジェライムがヤーンの代理講師だという事は、ウィス・ガイストとメア・レティアのみが知っていると聞いていたが、それ以外にも誰か関係者がいるということなのだろうか。そうであるならば、余程重要な人物なのに違いない。

 私が知らない、ガイストやレティアに匹敵する位を持つ人物とは一体誰なのだろう。

 ジェイスの口ぶりから、まさか本物のダ・ラ・ヤーンでは無かろうと頭では判っているのだが、ついほんのり期待してどきどきしてしまう。

 シルヴィアが固唾を呑んで入り口を見守っていると、トト・トン、というジェライムのノックを合図にゆっくりと扉が開いた。


「失礼いたします」


 そう言って入ってきたのがほっそりした少年だったので、シルヴィアは拍子抜けしてしまった。全体的に地味な格好をしているが、目深にかぶった帽子の下の遮光眼鏡が珍しい。


「今日から時折コイツも共に学ばせてやってください」


 挨拶を、とジェライムが促し少年は帽子と遮光眼鏡を取り去ると、きびきびと挨拶をした。


「初めましてシルヴィア様。

 私の名はレイアスト・ウィンスラーと申します。お目にかかれて光栄です」


 シルヴィアはぽかんとして目の前の少年を見つめた。

 美の神ヴォルテの使いなのかしら、と一瞬思った。

 その位レイアストは美しかったのだ。

 無造作に切り揃えられた肩までの髪はとろけた蜂蜜のように顔を装飾し、蒼玉の瞳は紅い唇と共に魅惑的に潤んでいる。花で例えるならばほころびかけた薔薇の蕾であろうか。

 そんな魅力的な少年から涼やかな声で、


「お噂は、かねがねジェライム様より伺っております。

 やはり想像通り非常に可愛らしいお方ですね」


 と顔を間近に囁かれたものだからたまらない。


「あ、あの、もうしわけありませんが、私、年の近い男性と近付くには父上に許可をいただいてからでないといけないのです。

 ですから、あの、その、もう少しはなれていただけないでしょうか」


 あたふたと顔を真っ赤にして両手を突き出すシルヴィアを見て、レイアストは驚いたような顔をした。

 次いでジェライムを見やり、くっくっと声を押し殺すその姿を見て溜め息をつくと、シルヴィアを安心させるため数歩下がり優しく了解のジェスチャーをした。


「不用意な態度をとってしまい、失礼いたししましたシルヴィア様。

 これからは不必要に近付いたり致しませんから、ご安心下さい」


「あ、はい。あの……ごめんなさい」


 多少後ろめたい思いでシルヴィアが詫びると、レイアストは驚いた顔をした。王族は基本侘びる必要などないのだ。


「もったいないお言葉、痛み入ります。

 私は貴女の第一の影となるべく学を得、修行をしている身なのです。

 貴女がいつの日か次期のダ・ラ・ヤーンとなるその際には、私が貴女の手足の代わりに動きます。

 ですから、どうか今暫く、共に学を受けることを辛抱されて下さい」


 そう言ってレイアストは微笑むと、講義室の円卓の斜め向こうに着席した。

 少年の紳士的な態度にシルヴィアはもじもじしてしまい、そんな彼女を見てジェライムは笑いを堪える為にエヘンエヘンと咳払いをし、そんな上司をレイアストはじろりと横目で睨むのだった。


 シルヴィアがレイアストのことを少女だと気付くまで、優にふた月はかかった。

 気付いた瞬間のシルヴィアの動揺といったらなかった。

 真っ赤になって「ひ、ひどいひどい~ッ」と叫びながらジェライムの胸を両拳で叩き、そんな彼女にジェライムとレイアは平謝りでなだめた。


 子どもっぽい怒りを一旦見せてしまったことで、それからシルヴィアは何処か吹っ切れたようにジェライム達に接するようになった。

 ジェライムやレイアにはもちろん、オラン、アジュレー、マカロに対して、今までガイストやレティア、シノワールまでにしか出せなかった繕わない気持ちを伝え、思ったことは誤解を恐れず素直に発言するように務めた。

 また、甘えるようなことも少しずつではあるが口にするようになり、彼らはそれらを喜んで受け入れたのだった。

 

 週に一度の6番塔の日。

 それはシルヴィアにとって本当の自分がのびのびと出せる唯一の楽しいひとときであり、ジェライムを初めとする友人達は何物にも代え難い宝物となっていた。







 ――そうして、数年の時が流れる。



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