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シルヴィア(1)

 王宮ルルドラの敷地内にある1番塔。その長い螺旋階段を降りシノワールとシルヴィアは扉を開けた。

 目に差し込む光に眉をしかめつつ、先ほどやったいたずらに互いに顔を見合わせてくすくすと笑いあう。


「ガイスト、冠に付けた花やリボンにいつ気付くかなあ」


「きっとだれかに言われるまでそのままよ」


 王子シノワールに王女シルヴィア。幼い双子は毎日12の塔のうち6番と12番を除いたいずれかを回り、高官達から学舎以外で教わるべき教育を受けていた。大抵は共に授業を受けていたが、時折それぞれ違う塔に向かわされる日もあった。


「ガイストの王政学はむずかしすぎる。だいたい教え方が悪い。だらだらと長すぎる」


 つま先で小石を蹴り飛ばすシノワールの横で、シルヴィアが微笑む。


「でも私、ガイストって好きよ。時々こわかったりもするけれど、本当はやさしいもの」


 まあな、と存外すんなりとシノワールも同意する。何だかんだ言って懐の深いガイストは二人がいたずらや悪ふざけをしても根に持つことなく毎度同じ生真面目な態度で接してくれるので、王族の二人が気楽に付き合える数少ない相手の一人であった。

 シルヴィア様、とはるか頭上より声が聞こえた。二人が顔を上げると、途中階の窓からガイストが顔を出し、円錐型に丸めた教本を口に当てていた。


「言い忘れておりました!シルヴィア様は、これより6番塔にて、授業が入っております!」


 双子は目を丸くして顔を見合わせた。6番塔、それは今まで二人が入ったことのないヤーンの塔だ。黒衣に仮面をつけたダ・ラ・ヤーンは謁見時や報告会等でしか姿を表さず、しかもそれすらも欠席がちであったため、子ども達は彼女に興味津々だった。


「なぜシルヴィだけ6番に行けるのだろう。私も行ってみたい」


 好奇心をあらわにしてシノワールが目を輝かせる。


「父上からダ・ラ・ヤーンはそれは美しい方だと聞いている。授業ならば面を外しているかもしれないぞ。行こう、シルヴィ」


 駆け出そうとしたシノワールの襟首をぐいっと掴んだのはガイストだった。急ぎ降りてきたらしく、取り繕ってはいるが多少息が乱れている。


「シノワ様は、行ってはなりませぬ」


「何故だ!私もダ・ラ・ヤーンに会ってみたい!興味あるならばどんな学でも受けろと説いたのは、お前だぞガイスト!」


「時と場合、という言葉がございます」


 淡々とガイストは返した――冠に花とリボンを突き刺したまま。


「いずれシノワ様もヤーンにお会いになる時がきましょう。ですが、本日より暫くの間はシルヴィア様お一人で行ってもらわなければなりませぬ。王女であられるシルヴィア様のみに必要のある学だからでございます。

 尚、その間は私自らシノワ様の補習をいします故、ご安心を」


 はなせ、とわめくシノワールの襟首を掴んだままガイストはシルヴィアに会釈をし、1番塔にずるずると幼王子を引きずっていった。

 塔の扉が閉まる音を聞き届けると、シルヴィアは勢いよく走りだした。ひだの多いワンピースで足にもつれるのがもどかしい。広大な敷地の中で12の塔は丁度時計の文字盤のような位置関係にあるため、6番塔は1番塔からかなり離れた場所にあった。


(授業が終わったらシノワに報告してあげよう。

 ヤーンのお顔がどうだったかくらい、お話ししたって平気よね)


 普段は何事においても王子であるシノワールが優先されることが多いため、自然とシルヴィアの顔はほころび、跳ねるような足取りになっていた。



 6番塔は、小さな森に埋もれるようにして建っている。

 森は庭師達により程良く手入れされているため視界も明るく安全だが、ここを訪れる者はあまりいない。いくら不在がちとはいえ、『日輪環』上では王であるロウに対し相対的位置にいるヤーンの領域に、誰もがおいそれと気軽に入れるものではないからだ。

 木漏れ日が差し込み鳥が歌うその中をシルヴィアは歩いていた。浮き足立った気持ちは森の静かな空気によっていつの間にか落ち着いてしまい、今はただこの心地良い道をゆっくりと楽しむことに専念していた。

 名も知らぬ草花が、僅かばかりの花弁を広げている様は微笑ましい。

 お城で飾られている花々より私はこちらの方が好きだわ、とシルヴィアは思った。小さいけれど、儚くも逞しい美しさがある。


 ふいに視界が開けた。

 まるでハサミで切り抜いたかのように丸い形の広場がシルヴィアの眼前に広がっていた。

 中央にはどっしりとした巨木がその根を大地から今にも引き抜かんばかりの形で生えている。周りの木々の形と見比べるに、この木だけは全く手入れがされていないようだ――もっとも、この高さでは枝切りバサミは到底葉先までは届かぬだろうが。

 森が一箇所だけ突き出ているように見えていたのはこれだったのね、とシルヴィアは納得した。 いつも塔から見えていたものが、まさか一本の木だとは思いもしなかった。

 興味津々で近付くにつれ、シルヴィアはその枝の一番低い所から何かが垂れ下がっていることに気付き、足を止めた。

 腕が一本、ふらふらと揺れている。獣のように毛が生えているわけではない。どうも人の手のようだ。

 真下まで行く勇気がなかったため、シルヴィアはその場からおそるおそる呼びかけてみた。


「――あの、どなたかそこにいらっしゃるの?」


 少し間が空いた後、葉擦れの音と共に何かが枝からにょきっと生えてきたのでシルヴィアは思わず小さな悲鳴をあげた。


「――これはこれは、小さなお姫さん」


 楽しそうな口調の持ち主は、金色のたてがみを持った男だった。いや、たてがみに見えたのは彼が逆さまに顔を覗かせていたためで、正しくは金髪の男だ。


「お、お前……この木のようせいなの?」


 震える唇で訊ねたシルヴィアの問いに、男は一瞬きょとんとした顔をした後、ぶっと噴き出し破顔した。


「あっはっは!妖精!これまた可愛らしいのと間違われたもんだ!」


 彼はゆさゆさと逆さ頭のまま暫く笑い続けた為、頭に血が溜まりはしないかとシルヴィアは心配になった。


「あ、あの、かんちがいをしたみたいで、ごめんなさい。けれどお前、一体そこで何をしているの?」


「ん、俺?」


 男は楽しそうに聞き返すと、突き出していたその手をそのまま招くようにしてシルヴィアを呼んだ。慎重に近付いたつもりのシルヴィアだったが、さっと手首を掴まれて再び悲鳴をあげた。


「ああ、すまない。このまま上まで引っ張ろうかと思ったんだが」


「え?」


「いや、この枝は太くて安定感があるからな、昼寝にはもってこいなんだ。

 まあ、ちびっ子相手に怖がらせてまで登らせないさ」


 朗らかに話すその顔を見ているうちに、いつの間にかシルヴィアは口に出していた。


「……たい」


「ん?」


「……登って、みたい」


「そっか。登ってみるか」


 笑顔で男はもう片方の手を差し伸べた。そっとシルヴィアは手を重ねる。


「いいか。引くぞ」


「はい」


 ぐっと強く引かれると同時に一気に視界が変わり、怯えてシルヴィアは目を瞑る。やがておそるおそる薄く瞼を開いた彼女は、その光景に目を見開いた。

 見渡す限り緑の海だった。薄く透き通った無数の大葉が日差しを取り入れ優しい緑の光を放つ。なんだか暖かな温もりまで感じる。いや、温もりは本物だった。シルヴィアの身体は落ちないようにしっかりと男に抱き抱えられていた。

 見上げた彼女に男は笑いかける。たてがみのようだった金髪は緑の光の中でも太陽のよう。底抜けに明るい瞳で優しく見つめながら、男は笑った。

 きれいだわ、とシルヴィアは思った。男の人をきれいだなんて、おかしな感想かもしれないけれど。もっと、ずっと、ながめていたい。


「――お前の名は、何というの」


「俺……?ああ!そういや、まだ言ってなかったっけ」


 男は慌てて、シルヴィアを抱いたその格好から向き合う形に体制を整え、かしこまった顔と口調で自己紹介をした。


「俺の名は、ジェライム・トライストといいます。

 ダ・ラ・ヤーンの代理講師として、暫くの間シルヴィア姫の御相手を務めさせていただきます。

 以後、お見知りおきを」



 これが、後のティ・グ・ロウとダ・ラ・ヤーンの初めての出会いとなった。


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