6 : 対刃
「貴方がいらっしゃることは、分かっていました」
サウスは無表情のまま淡々と話す。
相対しているのはもう一人の黒衣の男。彼の向かう先にあるのは件の大広間だ。
「成程。見越していたか」
さして動揺するそぶりもなく、もう一人のトライストは呟く。
ヤーンの直隊が絡んでくるのは計算外ではあったが、勝機はまだ十分にあった。広間にいる王の息の根さえ止めればいいだけのことだ。それだけでトライストが望んでいた通りに事は進む。
「この先へは行かせません」
突専用の細身剣を抜きながらサウスは言った。
「ヤーンは貴方の御立場も目論見も、全て御存知です。
ですから」
トライストが背にしていた大剣を回すのを見て、サウスは右手の肘を上げ構えながらゆっくりと続けた。
「貴方に、ヤーンは渡さない」
「それは……、こっちの台詞だ」
言葉と共に一気に放たれた風をサウスは飛び退さって避ける。両手剣は重く分動きが鈍くなるのが常だが、トライストの力を差し引いても軽く造られた特殊剣であるのに違いなかった――想像していたよりずっと早い。
だが、早さだけならこちらに利がある。サウスは空いた左手で短剣を追加抜きしながら気を探った。体力では負けだ、長丁場では勝てない。ならば多少のリスクを負ってでもフェイント交じりで連続先制し、隙に生じて一気に決める。
サウスの強みはその剣技の多さにあった。多種の剣を扱う技量がある為、細身の突剣でも短剣のように、両手剣でも突技のように応用を利かせることができる。最も、本来の使い方とはかけ離れる為どうしても本来の威力を発揮するまではいかないが、目くらましとして相手を困惑させる効果は充分にあった。また、サウスの見た目から受け取られがちな生真面目さ振りが、常人がやる以上のフェイク効果をもたらせる。
トライストが再び放った強い横切りを、サウスは短剣で受け止めた。その一撃の重さに手が痺れたが、空き手を使い細身剣で一気に突く。横腹をえぐるつもりだったが、ガチリと何かに当たって流れてしまった。保身板を入れているのだろうが、それはサウスも想定の内だ。すかさず足先を捻り思い切り脛に突きを入れる。ぐっ、と相手が漏らすのが聞こえた。
「仕込みか」
「卑怯も技の内」
多少息を乱しつつも無表情に答えるサウスの靴先には、鋭い錐刃が跳び出ていた。
「セオリーだけでは生き残れませぬ」
「――同感だ」
羽根付き帽を放り仮面を取り外しながら、もう一人の黒衣の男――イェズステル・トライストは呟いた。
ヤーンであるジェライム・トライストと同じ造りの、端正な顔に冷たい瞳。ただ違うのは、その左目が眼帯で覆われていることだ。
「予定調和な清流は、いずれ毒が回り腐るもの。それは俺が一番よく知っている」
もしかしたら、とサウスは痺れの残る手を振りながら考えていた。自分がここできるのは時間稼ぎ止まりとなるかもしれない。
予想していた以上に相手に力があった。サウスの知っていたこの男はのらりくらりとした伊達男として有名だったため、とても武に通じているとは思っていなかったのだ。だから、自分一人でいけると踏んでしまった。先刃に毒を仕込まなかったのは失態だった。相手はもう油断しないだろう。
生地の破れ目からの出血を見る限り、うまく横滑りせずに深突きできたらしい。これで、多少なりとも動きに鈍りが出れば良いのだが。
先が欠けたであろう突技剣を捨て、短剣を鞘に仕舞うと同時に帯刀していた両刃剣を抜き取りながら、サウスは己が次にどう動くべきかを考えていた。
「――きろ、おい、チュリカ起きろ!時間が無いんだ」
頬を叩かれる感触に、チュリカはやっと我に返った。
「あ……あた、し……」
「やっと気がついたか」
ホッとしたような声の主をぼうっとした顔で見やったチュリカの顔が、一気にこわばる。
彼女を見ていたのは覆面布に額の紋様を持つ若者だったからだ。
「あ、あああ……」
かちかちと歯を鳴らしながら逃げようと腰を引いたその腕を、慌てて相手ががっしり掴んだため、思わずチュリカは悲鳴を上げた。
「お、おい、俺だ!よく見ろって」
焦った声で叫ぶと若者は覆面布を顎まで引き、その顔をグッと前に突き出す。
「……あ、アスク?」
呆然と答えるチュリカの声に
「そう、そうだ、俺だよ」
頷いたアスクはすぐさままた固い表情に戻り、少女の両肩を掴んで真剣な声で言った。
「いいか、もう本当に時間が無い。
チュリカ、今から俺が言う事をよく聞け。
お前がおやじさんから預かったものは、もう何処にも残って無い。お前は何も知らない、見ていない、持っていなかった。これを絶対に貫け。
お前の家も小屋ももう放火されちまった後だ。既に家畜一匹すら残っちゃいない。
ギョンカはウィスプ中の警邏を使って今回の事を動かしている。キュウもお前も見つかり次第、殺されて広場に死体を吊られるのは間違いない。
今から俺がキュウの所まで連れていくから、合流次第そのまま国外に逃げ延びろ。境界付近まではここから近いから俺が付くが、そっから先はお前達二人で何とか抜け出るんだ。
そしていいか、俺のこともたいちょ……おっさんのことも、これっきり全部忘れろ。
何も考えるな、知るな、探るな。
これはお願いなんかじゃねえ」
そこで一旦言葉を切ると、アスクは銀色の称号符のプレートを出し、チュリカに見せながら真面目な声で強く言った。
「ヤーンの名において。国家命令だ」