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5 : ダ・ラ・ヤーン

 少女を軽々と抱き上げると、男はそのまま広間の出口に向かって歩き出した。

 扉前にいた一人の若者がその前に立ちはだかる。鼻より下に張られた簡素な覆面、額部の文様、覆面集団の仲間だ。


「――我々でチュリカ様を守る。身柄を渡してもらおう」


 男はさして抵抗もせず相手に少女を渡した。若者は少女の身体を背負うと、そのままスッと扉の外に姿を消した。


「なっ……!」


 四つん這いのまま、ギョンカはこの予想外の展開に動揺していた。

 予定ではこの後、待機させていた警邏隊に突入させ、少女と反逆集団(として雇ったごろつき達)を逮捕、有無を言わさず即刻処刑して罪のすべてを被せて終わる筈だった。

 王や貴族達に摂取させた毒は極めて致死率が高いため、壊滅状態に陥るだろうとギョンカは踏んでいた。そこを一気に反逆集団に襲わせて生き残りも始末させ、後は新体制擁立運動と称して自分もこの国を率いる一人となり、その経済を牛耳る算段だったのだ。

 『反逆を制した英雄』、そのポジションにさえ就けば国中の民が自分を称えて祭り上げ、湧き出る金にまみれた余生を送れるであろうことをギョンカは信じて疑っていなかった。

 全ては少女を抱上げた、あの黒衣の男自身が持ちかけてきた話だったのに。


「お、おのれぇっ、チーズに毒を盛りおって!

 国賊め、許さぬ!警邏、警邏を呼べ!」


 とりあえず、ギョンカは必死で辺りに聞こえるように叫びつつも、苦しそうに毒に悶える姿を演じることに徹した。 

 だが、警邏!警邏!といくらギョンカが呼びつけても、一向に警邏隊がその姿を見せることは無かった。

 そんな筈は、と焦るギョンカの耳元にコツ、コツと靴音が近寄ってくる。


「――飲め」


 頭上より降った低い声に顔を上げ、男が持っているのがワインの銀杯だと判ると、みるみるうちにギョンカの顔は真っ青になった。


「なっ、何を……」


「飲め」


 片膝をつくと男はぐい、と杯をギョンカの唇に押し当てた。

 ギョンカは慌てて唇を引き結ぼうとしたが、男はむりやりその弛んだ顎を掴んでこじ開けて中身を注いだ。ごぶっ、ごぼっ、と音を立てて口元からワインが溢れ返り、ギョンカは必死で飲み込むまいとした。だが男は決してそれを許さなかった。片手で鼻を口を手袋ごと覆うと、じっと待つ。ギョンカが逃れようといくら身体をよじらせても、男が押さえつける力は圧倒的に彼を凌駕していた。

 やがてついに、限界のきたギョンカは、ぐっ……ご……と潰れたような音をたてて喉を動かした。

 男が手を離した瞬間、文字通り転げながらギョンカは壁際まで走った。目を剥き口に指を入れてゲエゲエ吐こうと必死なその姿は、とても毒に侵されていたものとは思えなかった。


「い、嫌、じゃあっ!」


 どろどろとよだれをこぼし、ゼェハァと息を切らしながらギョンカは喚く。


「し、死にとうない!死にとうない!

 な、何故じゃッ、何故ワシにこのような事をするんじゃッ!

 あ、アンタがやれと言うから、ワシはっ!」


 血走った目とその指先は、件の男に向けられた。

 黒いマントを身にまとい、羽根付き帽子の仮面の男は、再びギョンカに向かって歩み寄る。

 ひぃ、と小さく叫びながら尻餅をついて後ずさるギョンカの前まで来ると、男はゆっくりと仮面を取りながら呟いた。


「――お前は、私を誰と勘違いしているのだ」


 端正な顔立ちが持つ冷たい氷のようなその目は、確かに同じものだった。

 しかし、数が違っていた。ギョンカが知る男の左目は眼帯の筈だった。


「あ……あ……」


 言葉を失ったギョンカの前で、男が胸元から取り出したのは称号符のプレート。

 それを目にした瞬間、ギョンカの顔はいよいよ真っ白になり、ガクガクとおこり病にかかったかのように震え出した。

 この国に一つしかない、金色の称号符。

 それを頭上に掲げると、朗々と辺りに響き渡る声で彼は言った。


「我が真名、ヤーン・グルゼアスタ・ダ・ラ・ダーナンの名におき、この場を制す。

 ロウを汚し国を滅する大罪、見届けたり」




 王は三人の侍女に支えられたまま、この光景を見ていた。

 毒のせいで視界がぼやけてきたのを感じていたが、見えなくなるその最期まで逃すまいと懸命に目を凝らしていた。

 恋い焦がれていた相手が、目の前にいたから。


「ヤーン……」


 ずっと、ずっと、会いたかった。

 三年前のあの日と同じように、抱き締めて欲しかった。

 王だから、自分が、王という存在だから、助けに来てくれる。


 ロウ・シノワール・グルゼアスタ・ティ・グ・ダーナン。


 それが自分に枷された、終わることの無い大罪。


「……ジェイス」


 小さな小さな呟きは、涙と一緒にこぼれ落ちた。

 ぼやけた視界は毒の為だけでは無かったことを、13歳の王はその時初めて知った。


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