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1 : 王宮にて

「……今日も欠席だったな」


 誰かに問うというよりも己に言い聞かせるようにして、王は呟いた。


「『ダ・ラ・ヤーン』のことですかな」


 書類をトントンと机上で端合わせしながらウィス・ガイストが答えた。

 ダーナン国の首都ローエンの街並みを見下ろすようにして高台にそびえ立つ王宮ルルドラ。広大な敷地内には名物12の塔が王宮を取り囲むようにして散らばっている。それぞれの塔に趣の異なる装飾が施してあり、各担当補佐官達が己の担当塔をめいめい好きなように活用(ただし国土貢献するための研究塔という名目範囲内で)できるという特権があった。

 ちょうど、宮廷内会議室の一つにて総官定期報告会が一段落したところだった。10人の補佐官のうちほとんどは退出し、男女官各総括を務める『ウィス(1)』と『メア(7)』である補佐官達二人、そして王が残るばかりとなっていた。


「あの方は国を飛び回るのが仕事ですから。まあ、出席ばかりされているようではこちらが困るというもの」


 生真面目なガイストは、言葉の端に含まれるものを汲み取ろうとはしない。

 彼には礼節と伝統を重んじるという東の国リュウシンの血が混じっている。祖父の代よりダーナンに政治での客技人として呼ばれ、以来、親子孫三代共に代々の国王を補佐しているのだ。

 政治・経済・文化各分野の優れた技術を持つ者を、客技人という名を使い法外額で他国から買収するはダーナンのお家芸だ。「淀み川の橋腐り」という言葉にあるように、頑なに閉鎖姿勢を取るばかりでなく他国のものでも旨味アリと踏めば少しずつ新風を取り入れるのが、ある種この国を長寿国と言わしめている理由の一つなのかもしれなかった。

 ガイストは中年の域も後半へとさしかかってはいたが、冠付きの複雑なリュウシンの衣装をいつも身に纏い、生真面目な面持ちに無駄の少ない動きで仕事をテキパキとこなすその機敏さは若かりし頃より衰えることはなかった。


「そもそも」


 僅かな苦渋を含ませガイストは続ける。


「まがりなりにもダ・ラ・ヤーンは王の影という形によって存在しておるのです。

 王が影を気にしてはなりませぬ。影こそが常に王を追うことで成り立つ故」


「もう。野暮なことしか言えないのねぇ、ガイストったら」


 ジョウコウカの香が放つ高貴な香り。緻密な透かし彫りが入ったその扇をひらひらとはためかせながら傍にいた貴婦人が口を挟む。

 ウィスであるガイストとペアを組んで国を動かす12人の補佐官の一人、メア・レティアその人である。

 豪奢ながら流行も忘れないドレス、十数年来衰えない落ち着いた美貌、崩すことなきその微笑みに、宮廷内でも男女問わずファンは多い。彼女は若くして夫に先立たれて以来、恋人は作っても再婚はすることなくガイストと共にペアを組んで政治を行っている。

 一見相反する二人のようにも見えるが、おおよそ言い争いというものが二者間で行われたことはなかった。


「そのような言い草は心外だが。私は王の言葉に答えただけだ」


「ふふ。まあ、その真面目さが貴方のイイトコなんだけど。

 よーく考えて御覧なさいな。陛下がどれだけヤーンに会っていないのかを」


「・・・・・・つい最近会ったばかりの筈」


「あらあら、これだから男はダメねぇ。

 もうざっとひと月半よ、ヤーンが陛下の拝顔を賜って以来。

 そりゃあもちろん、寂しいに決まっているじゃないの。ね、シノワ様」


 さらりと振られて思わず王は頷いた。そしてそんな自分に、若干13歳の若き王はほんのりと顔を赤らめてしまう。

 ロウ・シノワール・グルゼアスタ・ティ・グ・ダーナンは、29代目国王である。

 3年前に前王が突如崩御して以来、補佐を強化させる形で自身も国政に関わってきた。まだまだ成人前ながらその忍耐強さと努力ぶりには、周りの補佐官達も内心感心している。荒療治的に行政参加をさせているゆえに、実質的な能力開花とまではまだ到底いかないのだが。

 彼はその13歳という若さからくる、中性的な美しさを持っていた。その為城下町で出回る肖像画は、先王時に比べ数倍の売り上げを保っているという。いつかご拝顔賜りたい、それが噂を聞くダーナンの若い娘達の憧れでもあった。


「・・・・・・いつ、戻ってこられるのか」


 ためらいがちに王はレティアに訊ねた。本来特定臣下に思い入れをすることはあまり良きこととは言えなかった。ましてや、まがりなりにも一国の王が一人の異性に肩入れしているなどと噂が立とうものなら、それは重大な意味を持つこととなる。

 しかし今この場に居残るガイストとレティアだけには、シノワはシノワ個人としての気持ちを口にすることができた。彼らはシノワが幼き頃よりずっと守ってきてくれた、数少ない心許せる友でもあった。


「そうですわね。どちらかと言えば戻ってくるのを待つ、というよりも」


 ここで、いたずらっこのように扇を口元に当ててレティアは一旦言葉を切った。じっと待っていたシノワだったが一向にレティアが後を続けるそぶりを見せないので、これは自分への問いかけなのだと判り、鼻梁に微かな皺を寄せて考え始めた。

 待つのではない、ということであれば、動けということなのか。逡巡した後、シノワは素早く書類をめくり訪問行事予定表を探し当てた。数多く地訪問予定の地へざっと目を走らせた後、一つの地名を見つけて王は嬉しげに微笑んだ。


「そうか。ここか」


 9月下旬の収穫祭。ワインに使用する葡萄の収穫期の祭りだ。ダーナン国内でも有数のワイン蔵があるウィスプでの祭りに、今年も例年通り王は参加することとなっていた。


「確か、今ヤーンはここにいるのだったな」


「さすが、シノワ様は聡明であられますわね」


 レティアは魅惑的なウィンクをして見せた。しかし王はせっかくの美女のそれには気付かぬまま、嬉しそうに微笑んでその地の名を指でなぞった。


「会えるんだ、ウィスプで。どんな格好していこう」


「お待ち下さい陛下」


 驚いたようにガイストが止める。


「よもや陛下御自らダ・ラ・ヤーンの元へ向かわれるおつもりですか。

 そのような危険なお考えは何とぞお止め下され。どうしても会う御意向とあらば、このガイストを始め供八名も同伴いたします故」


「野暮過ぎ、ガイスト」


 呆れ顔でレティアが突っ込む。しかしガイストは必死だ。


「何を言うのだ、あの方と陛下を二人きりで会わせられるものか。

 それこそ獅子と子猫のようなものではないか」


「この場合の獅子は私か」


 のんびりと王が茶化したので、ガイストは冠の両端より垂らす白織紐を揺らし、


「陛下、調子に乗りなさるなッ」


と叱りつけたのだった。





 執務塔に移動する為回廊を歩いていたガイストとレティアは、前より歩いてくる人物に気付き立ち止まった。


「御無沙汰しております、ウィス、メア」


 にこやかに近づいてくるその人物を、二人はよく知っていた。金髪を香油で形良く撫でつけ、肩幅があるため粋な着こなしがよく生える彼は、滅多に登城することはなくとも女使用人達の間では伊達男として人気がある。


「これはまた、トライスト。随分と久方振りですわね」


 微笑みながら、レティアは扇を広げて口元を隠した。


「ローエンに帰省したのは昨夜のことですから。

 もうひと月以上も屋敷を空けたままでしたので、やることが追い付かきませぬ。

 低脳な自分では、執務よりもふらふら遊ぶのが症にあっております」


 物腰も柔らかに肩膝をつき、レティアの手を取り接吻しながら彼はそう答えた。

 受けるレティアの目が細まる。


「では当分はローエンに留まられますのね」


「はい、落ち着くまでは王宮と屋敷を往復し続けることになるかと」


 では、とトライストは片手を胸に当て廊下の端に背を向けて立ち、ガイスト達を見送る意を示した。王宮内では緊急時以外、地位の高い者を角曲がりまで見送る礼を取るのが正式だ。

 トライストの視線を背に受けて歩きながら、ガイストとレティアはその場を離れた。角を曲がった後も首を動かさず前を向いたまま、ガイストはレティアに問う。


「・・・・・・どう思う」


「・・・・・・少しだけ、引っかかるわ。意識的に姿を見せておきたかったという可能性もある」


 同じく前を向いて扇を口元に当てたまま、レティアも呟く。


「女の勘は鋭いというからな。・・・・・・一応、伝えておくか。

 あの方が疑ってあるのにはそれなりの理由がある筈」


 ガイストが『誰に』と言わなくともレティアには通じる。


 『トゥル・ヤーン』への情報通告義務は、最高官の一員である彼らにもあるのだ。


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