第7章 - 再出発
洞窟は重苦しい静寂に包まれていた。 遠くで滴る水の音だけが、その沈黙をかろうじて破っている。 武装を解かれ、拘束されたダリウスは、憎悪と痛みに満ちた表情のまま地面に横たわっていた。 敗北して散り散りになった手下たちは、ためらいながらその様子を見守っている。 ポールと巴が頑丈な縄で彼を縛る中、ポールは戦いでまだ疲れの残る和樹に近づいた。
「ここで何をしているんだ、和樹?」
ポールはリリーへ視線を向けながら尋ねる。
「それと、彼女と一緒に何をしている?」
さらに問いかける。
「彼女はダリウスに借金があったんだ。 それで助けるって決めて、彼女がここまで案内してくれた。 ダリウスに会うために」
彼は説明する。 リリーは長い束縛から解放されたばかりで、何も言わず静かにしていた。
「何だって!?盗賊ギルドに来て、国内でも有数の密輸業者と戦ったのか!?和樹、気でも狂ったの!?」
巴は声を張り上げる。
和樹はその叱責に驚き、心臓が早鐘を打つのを感じ、慌てて話題を変えた。
「そ、それより二人は何をしてたの?」
「これは俺たちの極秘任務だ、坊主」
ポールはまだ笑みを浮かべたまま答える。
「数週間前、ミッドガルドで市民警備隊が盗賊を捕らえた。 そいつはダリウスの手下だった。 居場所を吐かせて捜索が始まり、隠れ家が見つかった頃にはダリウスはもういなかった。 でも同じ手下の情報で、ニクスヘイヴンの盗賊ギルドに向かったと分かったの。 そこで私たちはギルドを見つけてダリウスを捕らえる任務を受けたの。 奇襲にするため極秘だったけど… どうやらあなたが先に来ていたみたいね、息子」
巴が説明する。
「相変わらず大したもんだな、坊主」
和樹は笑い返した。
「ありがとう、父さん。 でもこれからどうする?このままギルドを放置はできないよね?」
ポールと巴は視線を交わした。
「そうだな。完全にこの犯罪組織を解体する」
ポールは和樹に同意して答える。
その直後、巴はリリーに目を向け、表情を引き締めた。
「彼女はどうするの?」
巴はリリーを指して尋ねる。
緊張を察した和樹は一歩前へ出た。
「リリーは僕と一緒だ。彼女も被害者なんだ。僕が保証する」
ポールと巴はためらったが、和樹の強い眼差しに押され、ひとまず納得した。
決断が下されると、彼らは闇市の屋台や設備の破壊に取り掛かった。和樹、ポール、巴は協力してテントを倒し、記録を焼き、奴隷たちを解放した。その一つひとつが犯罪と密輸への確かな一歩だった。
日が暮れる頃、かつて恐怖と苦しみの市場だった場所は廃墟と化していた。満足感と同時に、戦いがまだ終わっていないことを理解しながら、彼らはその場を離れた。和樹は地平線を見つめ、これからどんな試練が来ても備えると自分に誓った。
一行が森を抜け街へ向かう頃、少し離れた場所で一人の男が彼らを見ていた。以前、和樹とリリーがギルドへ入るのを見ていた男だ。彼は菓子をかじりながら、鎖につながれたダリウスを連れていく彼らをじっと観察していた。
「こうして終わるのか…あの大物ダリウスが腕を失い、ただの傭兵に連れていかれるとは。しかもニクスヘイヴンのギルドまで壊滅か。いい隠れ家だったのにな…。だが…妙な胸騒ぎがする。時代が動き始めている。今日が“終わりの始まり”かもしれないな…ボスに報告しないと」
男は誰にも気づかれぬまま立ち去り、痕跡も残さなかった。
その一方で、ポール、巴、和樹、リリーがダリウスの拘束を進める中、街の当局も動き出していた。ギルドで見つかった奴隷たちは保護され、支援を受けて新たな生活を始める準備が整えられた。他の盗賊や闇商人の多くは混乱の中で捕らえられ、残りは逃亡し、不確かな未来へ散っていった。
「どうして当局が来てるの?極秘任務じゃなかったの?」
リリーが尋ねる。
「極秘ではあったけど、王国警備隊には知らせてあったの」
巴が説明する。
「なるほど…」
リリーはうなずく。
「父さんと母さんはすごい戦士なんだ、リリー」
和樹は軽く笑って言う。
「あら和樹、そこまでじゃないわよ」
巴は少し照れながら答えた。
その間もダリウスは憎悪のこもった視線を向け続けていた。長年築いた財産、名声、権力――すべてが失われたのだ。
リリーはここまでの出来事を振り返った。借金から解放され、本当に自由になった。和樹の言葉どおり、すべてがうまくいった。そのことが彼女を不思議にさせていた。
「約束どおり、全部うまくいったね…どうして分かったの?」
「分かったんじゃない。ただ…きっとうまくいくって感じたんだ」
「感じた?」
「うん、心でそう思えたんだ」
「変わってるね、あなた…」
街に近づくにつれ、夕焼けが空を黄金と紅に染めていた。和樹は先頭を歩き、思考に沈んでいた。リリーは黙って隣を歩き、ポールと巴はダリウスを監視しながら後ろに続く。
門が近づくにつれ、和樹はこれからを考え始めた。ダリウスの捕縛は終わりではなく、むしろ長い道の始まりに過ぎない。だが彼は覚悟していた。どんな困難があっても前へ進むと。
やがて彼らは兵舎へ向かった。ダリウスは復讐の炎を宿した目をしていた。リリーは落ち着かず周囲を見回し、ポールと巴は逃亡の可能性に警戒している。
「リリー、君も拘束する必要がある。自分の行いの責任を取らなきゃならない」
巴が言う。
「逃げることはできない。向き合うしかない」
ポールも続けた。
和樹は彼女のそばで落ち着かせようとした。
「リリー、少し話そう」
和樹は小声で言う。
リリーは緊張した表情でうなずき、少し離れた。
「怖いのは分かる。でも向き合わないと前に進めない」
「やっと借金から解放されたのに…今さら牢屋なんて嫌よ。無理だよ…」
和樹は彼女の手をそっと握った。
「逃げても解決しない。乗り越えれば、本当に自由になれる」
リリーは彼を見つめた。決意と不安が入り混じった瞳だった。
「できるかな…私に」
「できるよ。君は思ってるより強い。一人じゃない」
二人は短く視線を交わし、再び合流した。
兵舎では警備兵が疑いの目で迎えた。ポールと巴はダリウスを牢へ連行し、和樹はリリーのそばに立った。
「これはまだ終わらないぞ、和樹…」
牢に入るダリウスが言う。
「心配するな。奴はヒョウガ・ノ・サンコへ送られる」
兵士が説明した。
和樹はその名に息をのむ。
“ヒョウガ・ノ・サンコ…国内最強の監獄。極寒地の氷山内部に築かれ、危険な犯罪者ほど深部に収容されると言われている…”
噂を思い出していた。
警備兵はリリーを指名手配犯として認識した。和樹の表情を見た巴は、彼がどれほど彼女を気にかけているかを理解した。彼女の中で何かが変わった。
巴はポールに向き直った。
「ポール、彼女にやり直す機会を与えたい。誰だって更生できるわ」
ポールはしばらく考えた後、任務報酬で保釈金を払うことを検討した。
「そうだな…その方がいいかもしれない」
保釈金が支払われ、リリーは正式に自由の身となった。
「本当に自由だね、リリー。幸せになれるといい」
和樹が笑う。
「ありがとう、和樹。本当に感謝してる。絶対にこの機会を無駄にしない」
「じゃあ祝勝会だ。傭兵ギルドへ行こう」
ポールが提案する。
「賛成。休む時間も必要ね」
巴も笑った。
彼らは街の通りを進み、空気は軽くなっていた。和樹は自然と笑顔になり、リリーも心の重荷が消えていくのを感じていた。
ギルドに入ると、普段通り静かだった。受付のカレンが驚いて迎える。
「いらっしゃい、どうしたの?そんなに嬉しそうで」
「ダリウスを捕まえて、盗賊ギルドも壊滅させたんだ!」
和樹が興奮気味に答える。
「えっ!?本当に!?」
カレンは言葉を失った。
事情を聞き終えると、彼女は驚きを隠せなかった。
「すごいわ…そんなギルドが近くにあったなんて知らなかった」
「長い冒険だったよ!」
リリーが笑う。
カレンは彼女を見て思い出す。
「ちょっと、あなた指名手配の泥棒じゃない!?」
「大丈夫、今は仲間だよ」
和樹が苦笑する。
「本当に?」
カレンは腕を組む。
「まあまあ、祝おうじゃないか」
ポールが場を和ませる。
やがて大きなテーブルで祝宴が始まった。カレンも飲み物と軽食を運んできた。
「勝利と未来に乾杯!」
和樹が掲げる。
全員が杯を合わせ、笑い声が広がった。リリーも次第に打ち解けていった。
しばらくして、ポールが和樹の杯に気づく。
「16歳だろ?もう大人だ。飲め飲め」
「うーん…」
和樹は迷う。
「お祝いよ、大丈夫」
カレンが背中を叩く。
リリーの笑顔に後押しされ、和樹は一口飲んだ。歓声が上がる。
「大人の仲間入りだな!」
「はいはい... 乾杯!」
少し赤くなりながら笑う。
祝宴は夜遅くまで続き、仲間の絆をさらに深めた。
その最中、カレンが一通の手紙を持ってくる。
「これ、今日届いたの。 ストームホールド駐屯地から」
場が静まり、和樹は封を切った。
内容を読んだ瞬間、喜びと誇り、そしてわずかな不安が胸に広がる。 夢だった戦士への第一歩だった。
仲間たちの視線が彼に集まる。 彼は感謝を感じながら顔を上げた。
「合格した… ストームホールド駐屯地に入隊する!」
――続く。




