第5章 - 盗賊ギルド
カズキは屋根から優雅に飛び降り、追い詰められた人物のそばに着地した。 目を細めると、以前道で出会った同じ女性盗賊だと認識した。 暗い路地は、一本のランタンがぶら下がっているだけで照らされ、その光が周囲の石の壁に不気味な影を映していた。 カズキの前には、四人の武装した盗賊が暗いマントに包まれ、ゆっくりと進みながら、薄暗がりの中でその刃を脅威的に光らせていた。
カズキは状況を素早く見極めた。 盗賊たちは威圧的な構えを取り、フードで顔の一部を隠していたが、その目には明らかな悪意が宿っている。 隣の少女は決意に満ちた表情をしていたものの、長時間追われていたのか疲労の色が見えた。 それでも二本の短剣を握り、戦闘態勢を崩してはいなかった。
「あなたは誰?」
カズキの隣にいる少女が、驚きと警戒を入り混ぜた声で尋ねた。
「君を助けに来た!」
カズキは力強く言い、剣を巧みに構えた。
最後にもう一度だけ少女へ視線を送り、カズキは剣の柄を強く握りしめ、迫る脅威に備えた。
「一人につき二人だ」
カズキは敵をまっすぐ見据えながら、はっきりと言った。
二人は迫り来る戦いに備えて構える。 緊張に合わせて呼吸が自然と揃い、カズキは筋肉を張り詰めて姿勢を整える。 隣の少女も短剣の握りを調整し、決意を宿した目で近づいてくる残り二人の敵を見据えていた。
カズキは素早く状況を見極め、二人の剣士へ向かって踏み込んだ。 最初の一撃は巧みに防がれ、金属音が暗い路地に響く。 衝撃が腕に伝わったが、彼は姿勢を崩さなかった。 その間、少女は残る二人へ突進し、素早く正確な攻撃を繰り出していた。 その表情には強い決意が宿っていた。
戦闘は激しく展開していった。 カズキは敏捷かつ冷静に動き、剣を交えるたびに相手の癖を観察する。 回避、防御、反撃を正確に繰り返し、わずかな隙を待ち続けた。 狭い路地は剣戟の音を増幅し、まるで戦いの鐘のように響いていた。
対峙していた剣士の一人が、焦った様子で胸元へ斬りかかった。 カズキは横へ巧みにかわし、その一瞬、時間が緩んだかのように感じた。 相手の防御がわずかに下がる。 彼は迷わず踏み込み、滑らかな動作で男の胸を斬り裂いた。 くぐもった呻き声とともに男は倒れ、その目は驚きに見開かれていた。
もう一人が反応する前に、カズキは体を回転させ、無防備な背へ剣を叩き込む。 暗い血が噴き出し、男は膝をついてから地面へ崩れ落ちた。
その間、少女も同じ激しさで戦っていた。 動きは俊敏で無駄がなく、攻撃は速く正確だった。 カズキは彼女の戦い方に気づく。 効率的で、路地で鍛えられた経験がはっきり表れていた。
残った二人の男は仲間の敗北を見て怒りを強め、攻撃を激化させた。 カズキは計算された冷静さで応じ、防御を保ちながら次の隙を探る。 少女も隣で息を合わせるように戦い、まるで長年共に訓練してきたかのようだった。
やがて好機が訪れた。 二人が同時に挟み込もうと突進してくる。 重圧を感じながらも集中を切らさず、カズキは正確な一撃で一人の武器を弾き飛ばした。 剣が大きな音を立てて地面へ落ちる。 続けて素早く身を翻し、最後の敵の胸を斬り裂いた。 男は声もなく崩れ落ちた。
戦いの終わりとともに緊張した静けさが訪れる。 カズキと少女は並んで立ち、荒い呼吸を整えながら互いの力量を認め合った。 揺れるランタンの光が二人の瞳に映り、新たな敬意を浮かび上がらせる。
「すごい...」
少女は心からの感嘆を込めて呟いた。
カズキはようやく戦闘姿勢を解き、剣を下ろした。 少女へ目を向けると、理解を示す穏やかな笑みが一瞬浮かぶ。
「あなたは誰?」
彼女は再び問いかけ、声にはまだ警戒が混じっていた。
「中沢カズキだ」
カズキは仮面を外し、素顔を見せながら名乗った。
「あの日、私が盗もうとした少年…あなたなの?」
少女は驚きの表情で彼を見つめた。
「そうだ。君は?」
カズキはうなずき、問い返した。
「リリー…盗賊よ」
彼女はわずかな誇りと皮肉を込めて答えた。
「ここで何を? それに、あいつらは何を狙ってた?」
カズキは心配そうに尋ねた。
リリーは疲れたように息を吐いた。
「彼らのボスに大きな借金があるの。逃げようとしたら追われて…」
「かなり厄介な状況だな」
カズキは理解を示す声で言った。
「ええ、そうみたい」
彼女は皮肉な笑みを浮かべた。
「泊まる場所はあるのか?」
彼は気遣うように尋ねた。
リリーは一瞬視線を落とし、それから彼を見上げた。
「ない…でも施しを求めたいわけじゃない」
「分かってる」
カズキは静かにうなずいた。
「なら、今夜はうちに来るといい」
「迷惑じゃない?」
彼女は少し皮肉っぽく聞いた。
「全然」
カズキは軽く笑って答えた。
「ありがとう、カズキ…」
リリーは感謝を込めて言った。
「行こう」
彼は路地の出口へ歩き出した。
「この人たちはどうするの?」
リリーは倒れた盗賊たちを指した。
「そのままでいい。いずれ目を覚ますか、衛兵に見つかる」
カズキは肩をすくめた。
「分かった」
彼女は頷き、彼の後を追った。
カズキはリリーを夜の街路を通って自宅へ案内した。到着すると中へ招き入れ、静かに扉を閉める。
「質素な家ね」
リリーは中へ入りながら言った。
「給料で維持できるのはこれくらいだ」
カズキは答えた。
リリーは黒い仮面とマントを外して棚に置き、小柄な体格を露わにする。それを見てカズキは少し驚いた。
「何歳なんだ?」
彼は尋ねた。
「分からない…誕生日を覚えてないの。でも十四くらいだと思う」
彼女は少し寂しげに答えた。
カズキはその境遇に胸を痛めた。
「この生活から抜け出せるよう、俺が助ける」
彼は強い決意で言った。
リリーは驚いたが、すぐに首を振る。
「ありがとう。でも無理かもしれない…」
「大丈夫だ。必ず助ける」
カズキは優しく彼女の頭を撫でた。
「…ありがとう」
彼女は小さく呟いた。
「もう遅い。寝よう」
カズキが提案した。
「うん…」
リリーは控えめに答えた。
彼はベッドを彼女に譲り、自分は床にマットレスを敷く。
「私が床で寝てもいいのに…」
リリーは遠慮がちに言った。
「気にするな。君はしっかり休め」
カズキは譲らなかった。
「分かった…」
彼女は少し安心した様子で横になった。
二人は眠りにつく。旅の疲れからカズキはすぐに眠り、リリーはしばらく考え込んだ。どうしてここまで助けようとするのか、自分に義理などないはずだと。やがて彼女も眠りへ落ちた。
突然カズキは、灰色の空の下の荒れた大地に立っていた。周囲は暗く、不穏な気配が漂う。背後に邪悪な存在を感じ振り向くと、顔のない異形の存在が歪んだ大剣を構えていた。恐怖で体が動かない。怪物が剣を振り下ろそうとした瞬間、彼は跳ね起きた。
荒い呼吸と速い鼓動。嫌な夢の余韻が残る。窓を見ると朝日が差し込み、柔らかな光が部屋を照らしていた。リリーを起こさないよう静かに起き上がる。
「寝顔は穏やかだな…」
彼は小さく呟き、台所へ向かった。
食べ物を探して戸棚を開けるが空だった。
「そうか…旅に全部持って行ったんだ。買い足さないと」
部屋へ戻って鞄を取ると、リリーが少し身じろぎした。彼は優しく肩を揺らす。
「おはよう、リリー。よく眠れた?」
彼は静かに声をかけた。
リリーはあくびをして目を開く。
「ん…おはよう。こんな早くどうしたの?」
「妙な夢で目が覚めてさ」
カズキは答えながら鞄を背負う。
「どんな夢?」
彼女は起き上がりながら尋ねた。
「たいしたことじゃない。悪魔みたいなのを見ただけだ」
「そう…で、どこ行くの?」
「朝食を買いに」
「私も行く」
少し考えた後、カズキはうなずいた。
「分かった。準備して」
「うん!」
リリーはマントと仮面を整え、二人はニクスヘイヴンの通りを抜けて市場へ向かった。カズキは有名なパン屋ニクス・オーブンへ彼女を連れていく。
「コーヒーでも飲もう」
「いいね!」
店へ入ると、ゲイルがいつもの調子で迎えた。
「あれ、カズキじゃないか。その隣の素敵なお嬢さんは? ついに彼女か?」
「違うよ。助けてる友達だ」
「リリーです。はじめまして、ゲイル」
「好きなの選びな、今日は俺のおごりだ!」
「やった!」
二人は窓際の席へ座り、ゲイルが甘いパンとコーヒーを運んできた。
「それで、借金の相手は誰なんだ?」
カズキは真剣な表情で聞いた。
リリーは視線を落とした。
「ダリウス…」
「指名手配のあのダリウス? 金額は?」
「ここで話す?」
彼女は周囲を警戒した。
「大丈夫、ゲイルは信用できる」
彼女は小さく息を吐いた。
「金貨四十七オーリン…」
カズキはコーヒーを噴きそうになる。
「どうやってそんな額に?!」
「…話したくない」
カズキは少し考え込む。自分なら複数の任務かアメジスト級の依頼が必要だろうと。
「でも助ける。必ず」
「どうやって?」
「俺を彼のところへ連れて行ってくれ」
「正気? 傭兵だって知られたら殺されるよ!」
「君を助けたい。信じてほしい」
リリーはしばらく迷い、やがて頷いた。
「…分かった。でもマントが必要」
二人は衣料店へ向かい、変装用のマントを用意した。その後、リリーは借金の経緯を語った。戦争で家族を失い、絶望の中で差し伸べられたダリウスの貸し付け。希望だと思ったそれは、今では逃れられない鎖になっていた。
カズキは静かに聞き、危険を避けながら解決策を見つけると心に決めた。
「必ず守る」
彼は真っ直ぐ彼女の目を見て言った。
「ありがとう。一緒なら進める気がする」
覚悟を固め、二人はダリウスの元へ向かう準備を整えた。
盗賊のアジト
人通りの少ない道を抜け、街外れの森へ入る。木々が光を遮り、空気は湿って静かだった。カズキは緊張した様子のリリーの肩に手を置いた。
「大丈夫、きっとうまくいく」
「保証なんてできないでしょ」
「できない。でもそう感じるんだ」
二人は森を進み、洞窟の入口へ向かった。そこから地下トンネルへ続いているという。落ち葉の音と遠い鳥の声だけが響く。
「どうして森なんだ?」
「盗賊のアジトの入口がここにあるから」
「盗賊ギルド?」
「そう」
「ニクスヘイヴンにそんなのが?」
「昔から。場所は秘密よ」
やがて洞窟へ到着。
「洞窟って安全なのか?」
「信じて。ここから行ける」
カズキは少し眉をひそめつつも従った。暗い洞窟を進むと、巨大な地下トンネルに出る。
「これは“帝国戦争”で使われたトンネルの一つだ…」
「そう。逃亡者が見つけて、やがて盗賊の拠点になったの」
行き止まりの壁へ進み、リリーが一部を押すと隠し扉が開いた。松明に照らされた通路が現れる。
「なるほど…」
カズキは感心して入った。
扉が閉じられ、二人は奥へ進む。
「どうしてそんなに自信があるの?」
「うまくいくって信じてる」
やがて騒がしい闇市に出る。怒号、値切り声、危険な空気。盗品や密輸品、違法薬物、鎖につながれた奴隷まで並んでいた。
「想像以上だ…」
「ここでは懸賞金が地位よ」
カズキは胸を締め付けられる思いだった。彼女がこの環境で生きてきたことを受け止めきれない。
近くでは見知らぬ男が菓子を食べながら二人を観察していたが、やがて視線を外した。
「こっち」
リリーは市場から外れた通路へ案内する。
「どこへ?」
「ダリウスの縄張り」
暗い通路を進むにつれ空気は重くなる。やがて広い空間へ出た。強い光の中、盗賊たちの嘲るような視線が集まる。中央には玉座に座る大柄な男。長い黒髪、挑戦的な眼差し、黄金の鎧をまとった姿。
「あれが…ダリウス。密輸王よ」
その頃――
ポールと巴は洞窟の入口へと辿り着いた。 その影は不気味に彼らの前へ伸びていた。
「ここで間違いないの?」
巴は洞窟の入口を見つめながら、不信感を滲ませて尋ねた。
ポールは受け取っていた情報を頭の中で確認しながら、静かに頷いた。
「うん、ここで間違いない。 」
「じゃあ行こう!」
巴はそう叫ぶと、そのまま洞窟の中へ足を踏み入れた。
決意のこもった視線を交わし、二人も後に続く。 闇が徐々に彼らを飲み込み、やがて目の前には細く不気味な通路だけが広がっていた。




