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終末の英雄  作者: leon02d2
英雄の誕生
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第4章 — 帰路

吹雪の中を、和樹は歩いていた。 沈みかけた夕日が雪原を淡く照らしている。

一歩進むたびに、体が震えた。


「今が何時かは分からないが、まだ明るい……。 暗くなる前に急がないと」


白い雪を踏みしめながら進むと、不自然に大きな足跡が視界に入った。

すぐに、それがオーガのものだと気づく。


「…… ここを通ったのか」


まだ新しい。 吹雪にも完全には埋もれていない。

和樹は迷わず、その跡を追うことにした。


風は容赦なく吹きつけ、視界は数メートル先すら白くかすむ。

降り続く雪は壁のように立ちはだかり、頬を切る冷気が衣服の奥まで侵食してくる。

山は静まり返り、聞こえるのは自分の足音と、ときおり岩肌に反響する風の唸りだけだった。


やがて――


視界の先に、異様な光景が現れる。


雪原に横たわる、引き裂かれた三つの遺体。

白一色だったはずの地面は、血によって赤黒く染まっていた。


和樹はゆっくりと近づく。


母親と、三人の娘たち。


だが――父親の姿がない。


胸がわずかに締めつけられる。

もっと早く辿り着いていれば、救えたのではないか。


そんな思いが脳裏をよぎる。


だが、表情は変わらない。

まるで、こうした光景に慣れているかのように。


「…… もう分かった」


和樹は冷静に状況を整理し始めた。


「オーガは自分の縄張りの獲物を狩り尽くした。 巣に大量の死骸があったのはその証拠だ。 周囲の動物も逃げた…… 俺が狩りの最中に一匹も見なかった理由も説明できる」


淡々と、事実を積み重ねていく。


「獲物が尽きたオーガは、狩場を広げた。 山頂の平原へ…… そこで、この家族の小屋を見つけた」


視線を血痕へ落とす。


「正面が破壊されていた。 奇襲だ。 父親は足止めをした…… 家族を裏口から逃がすために。 だから小屋に血があった」


そして、父の遺体がない理由。


「…… 食われた」


吹雪が、遠くで唸る。


「だが、それでも空腹は満たされなかった。母親と娘たちを追い……ここで追いついた」


小屋からはかなり距離がある。

必死に走ったのだろう。


「オーガは相当速い」


和樹は足元の雪を見る。


「……彼女たちの足跡は見つからなかった。吹雪に消されたのかもしれない」


一瞬、思考が止まる。


「だが……なぜ、あいつは俺と遭遇した後、小屋へ戻った?」


偶然か。それとも、何かを探していたのか。


「……分からない。これは、俺の推測に過ぎない」


真実を知る術はない。


やがて太陽が地平線に沈みかける。


帰らなければならない。


和樹は周囲の枯れ枝を集め、即席の十字を作った。

それを遺体の間に立てる。


永遠の安息を願う、ささやかな祈り。


彼は膝をついた。


「……助けられなくて、すまない。安らかに眠ってくれ」


静かに頭を下げ、立ち上がる。


「日が落ちる。戻らないと」


背を向け、山を下り始めた。


標高が下がるにつれ、吹雪は弱まり、雪も徐々に細くなる。

やがて視界が開け、下界の風景が少しずつ姿を現した。


心は重い。


見た光景が、頭から離れない。


夜が深まり、星が空を埋め始めたころ――

遠くに、村の灯りが見えた。


小さな、温かな光。


安堵が胸を満たす。


歩調を速め、村へと入った。


人々が和樹に気づき、すぐに集まってくる。


「ママ、お兄ちゃんが戻ってきたよ!」


以前の少女だ。


村の老人が前に出る。


「どうだった、若者よ」


「……オーガは倒しました」


声は低い。


老人は彼の表情を見て、何かを察した。


「今日は休ませてやれ。きっと、辛いものを見たのだろう」


そう言って、空き小屋へ案内する。


「今夜はここを使うといい」


「……ありがとうございます」


「ゆっくり休め。話は明日でいい」


「……はい」


小屋に入ると、簡素だが温もりのある部屋だった。


装備を外し、軽装になる。

ベッドに横たわった瞬間、疲労が一気に押し寄せる。


瞼を閉じる。


「あの光景が……離れない」


それでも、無理やり意識を沈めた。


やがて、重たい眠りに落ちる。


翌朝。


和樹は気だるさを残したまま目を覚ました。

窓の外を見ると、すでに日は高い。


「……寝過ぎたか」


外に出ると、村人たちは普段通りに働いていた。

行き交う声、穏やかな日常。


和樹はそれを眺める。


「……静かな村だ」


挿絵(By みてみん)


「よく眠れたかい、坊や?」


老人が近づきながら声をかける。


「……はい。眠れました」


和樹は少し元気のない声で答えた。


「話せそうか? 何があったのか」


「……はい。大丈夫です」


村人たちは大きな机を囲むように集まり、和樹の言葉を待った。

彼は狩りで見たことをすべて話し、そして自分なりの推測を静かに語る。


語るほどに、空気は重く沈んでいく。


やがて、村人たちの目に涙が滲み始めた。


「……渡辺家だ……」


若い男が震える声で言う。


「渡辺家の人たちなんだ……」


彼は顔を覆い、肩を震わせた。


和樹はその様子を見て、胸の奥が締めつけられる。


罪悪感が、さらに重くのしかかる。


老人が深く息をついた。


「……辛い知らせだ。今日はもう、それぞれ部屋に戻ろう。心を休める時間が必要だ」


誰も異論はなかった。

村は静かな喪に包まれる。


和樹も荷物をまとめ、小屋を出る準備を始めた。


すると、老人が再び声をかける。


「もう出立するのか?」


「……はい」


背中に見えない重みを感じながら、和樹は答える。


「もう少し滞在してもいいのだぞ」


「いえ……早く家に戻った方がいいので」


「そうか。決めるのはお前だ」


少しの沈黙のあと、和樹が口を開く。


「一つ、聞きたいことがあります。さっき泣いていた男の人……あの家族と関係が?」


「ああ。ズーゴだ。渡辺家の長女、ミコに想いを寄せていた」


和樹は目を伏せる。


「……そうですか」


老人は和樹をじっと見つめる。


「坊や。お前の胸に重いものがあるのは分かる。だがな、あれはお前のせいではない。救えなかったことを背負う必要はない」


和樹は小さく首を振る。


「……でも、もし俺がもっと早く着いていれば。移動を急いでいれば。あのパン屋に寄らなければ……」


言葉が震える。


「彼らは死ななかったかもしれない」


老人は静かに首を横に振った。


「お前は神ではない。すべての命を背負うことはできぬ。死は生の一部だ。誰にも止められぬこともある。そしてな……時に、失うことが人を形作る」


和樹はゆっくりと息を吐いた。


「……ありがとうございます」


「忘れるなよ、若者」


「……はい。忘れません。でも、もう行きます。お世話になりました」


「気をつけてな」


「……はい」


村を出ると、空はまだ高く明るい。


「……今出れば、夜にはニクスヘイヴンに着けるはずだ」


山霧村を振り返ることなく、和樹は歩き出した。


森の中を進みながら、昨日の出来事が頭を巡る。


「……もう少し寝るべきだったか」


目をこすりながら苦笑する。


やがて空腹を覚える。


「パンはもうないか……狩るしかないな」


槍を手に、音を立てぬよう森を進む。


茂みの奥で、小さな野ウサギが跳ねた。


躊躇なく槍を投げる。


しかし、紙一重でかわされた。


舌打ちし、落ちた槍を拾い、追いかける。


距離を詰め、再び投擲。


今度は――命中。


「……これで十分だ」


手際よく解体し、火を起こす。

焼ける肉の匂いが森に広がる。


腹を満たし、残りは包んでおく。


数時間後、和樹はあえてヒカニ村を避け、森を抜ける別の道を選んだ。


気候は温暖で、鳥のさえずりと川のせせらぎが響く。

巨大な緑樹が立ち並び、生命の息吹が満ちている。


「……綺麗だな」


深く息を吸う。


「シルヴァリア……アヴァロンで最も美しい森、だったか」


甘い森の香りが胸を満たす。

ほんの一瞬だけ、重苦しい記憶が薄れた。


やがて日が沈み、森は闇に包まれる。


そして――


遠くに、城壁を照らす灯りが見えた。


ニクスヘイヴン。


「……やっとだ」


疲労を滲ませながら門をくぐる。

衛兵に軽く会釈を交わし、街へ入る。


「……ギルドに寄って依頼を終わらせる。それから帰るか」


人通りの少ない夜道を歩く。

筋肉は重く、脚は軋む。それでも止まらない。


やがて、ギルドの扉を押し開ける。


中は傭兵たちで賑わっていた。


その瞬間――


「カズキ!」


カレンが駆け寄り、勢いよく抱きつく。


「お帰り!」


「……ただいま、カレン」


和樹は小さく微笑み、抱き返す。


「心配したんだから! 何も言わずに出ていくなんて!」


「ごめん。でも、もう大丈夫だ」


「本当に?」


「ああ」


そのとき、別の明るい声が響く。


「久しぶりね、坊や!」


和樹が振り向く。


長い白髪を編み込んだ女性。

茶色の瞳と、柔らかな笑み。


彼女の姿を見た瞬間――


和樹の表情が、わずかに揺れた。


挿絵(By みてみん)


「母さん!」


和樹は思わず駆け出し、彼女に抱きついた。


「おかえり、和樹……」


母は優しく微笑みながら、その背中を抱きしめ返す。


その温もりに触れた瞬間、和樹の張りつめていた心がわずかに緩んだ。


「母さんがここにいるってことは……父さんは?」


周囲を見渡しながら尋ねる。


母はくすりと笑い、ある方向を指さした。


「ほら、あそこよ。他の傭兵たちと飲んでるわ」


視線の先には、金髪に褐色の肌、茶色の瞳をした男がいた。

片手にビールの入ったジョッキを持ち、豪快に笑っている。


その姿は、周囲の傭兵たちの中心にいた。


挿絵(By みてみん)


和樹はその男に近づき、嬉しそうな表情を浮かべる。


「こんにちは、父さん!」


男は振り向いて和樹を見る。


「よう、坊主」


「久しぶり!」

和樹は二人をまとめて抱きしめ、笑顔を見せた。


和樹は養父母であるポールと巴と再会した。

二人は任務で街を離れていた、ルビーランクの熟練傭兵夫婦だ。


「元気にしていたかい、和樹?」

巴が優しい声で尋ねる。


「うん、元気だよ、母さん!」

和樹は明るく答え、抱きしめ続ける。


「それは良かった」

巴は微笑んだ。


「二人とも、どうしてここに?」

和樹は驚いた様子で尋ねる。


「極秘任務で来たのよ」


「ああ、そうなんだ……」

和樹の声が少し沈む。


「そんな顔をするな、坊主。時間は作るさ」

ポールが励ます。


「そうよ、和樹。きっと一緒に過ごす時間はできるわ。約束する」

巴も続ける。


「……ううん、母さん。たぶん、その時間はない」


巴は驚いて和樹を見る。


「どうして?」


「俺、王国軍に志願したんだ。今は承認を待っているところで……」


巴は一瞬言葉を失う。

だが、すぐに穏やかな表情に戻る。


「……そう。和樹、あなたが選んだ道なら、きっとそれが正しいわ」


「そうだ、坊主。きっと強くなる」

ポールも言う。


「止めないの?」


「もちろん止めないさ。お前が決めたことなら、俺たちは応援する。それが親ってものだ」


「そうよ。きっと誇りに思える存在になるわ」


和樹は目に涙を浮かべ、もう一度二人を抱きしめた。


「ありがとう、父さん、母さん。本当にありがとう!」


「どういたしまして、和樹……」

巴が優しく答える。


その様子を見て、カレンは微笑んでいた。


(ニクスヘイヴンに来たばかりの頃、俺には誰もいなかった。孤児院で暮らしていて、よく街に抜け出して遊んでいた。ある日、逃げ出して走り回っているときに、ポールと巴にぶつかった。傭兵の夫婦だった二人は、俺を養子にしてくれた。それからずっと、本当の親のように思っている。仕事でいつも一緒にいられるわけじゃない。それでも、俺たちは家族だった。でも……軍に入れば、それも変わる)


「せっかくだ、今を楽しもうじゃないか!」

ポールがビール瓶を手に叫ぶ。


「うん……そうだね」

和樹は答える。


ギルドのホールでささやかな宴が始まった。

和樹は気持ちを隠し、皆と過ごす時間に集中する。


やがて夜が更け、宴も終わりに近づく。


和樹はポールと巴に別れを告げ、ギルドに残った。


カレンが近づく。


「どうしたの?」


「どうしたって?」


「私に分からないと思った?」

彼女は真っ直ぐに見る。


和樹は黙る。


「何があったの、和樹」


和樹は任務で起きたこと、そして軍に入る決意への迷いを話した。


カレンは優しく抱きしめる。

彼の頭を胸に寄せ、髪を撫でる。


「全部、あなたのせいじゃない。 それに軍のことも…… 私は賛成じゃないけど、それでも応援する。 あなたは私の一番の友達だから」


和樹は少しずつ楽になる。


「ありがとう、カレン……」


二人はホールへ戻る。


和樹はオーガの心臓を彼女に渡した。


カレンはそれを受け取り、倉庫へ保管する。

代わりに金のアウリン八枚を渡す。


「気をつけてね、和樹」


「うん、約束する」


和樹はギルドを後にした。


カレンはその背を見つめ、不安を感じる。


(傭兵の生活は、彼には向いていなかった。 でも、他に道がなかった…… )


夜の街を歩く。

この時間の外出は危険だと知っている。

警戒しながら進む。


そのとき――


遠くから、鋭い刃の衝突音が響く。


何かが起きている。


迷う。


再び、金属音。


和樹は音の方へ向かう。

屋根を伝い、暗い路地へ辿り着く。


上から様子を窺う。


黒いマントの四人が、誰か一人を壁際に追い詰めている。


(何だ……? 四対一だと? 喧嘩か…… それとも処刑か? どちらにせよ、放ってはおけない)


和樹は素早く黒い仮面を取り出し、顔に装着する。


そして――


路地へ飛び降りた。



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