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終末の英雄  作者: leon02d2
影の攻撃
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第28章 - 消えた漁師

サフィラの中央広場は、いつものように活気に満ちていた。行商人や住民たちがそれぞれの日常を行き交い、絶えず動いている。カズキとニラ、そして第七師団の仲間たちは、その人混みに紛れながら、行方不明となった漁師についての情報を集めていた。強い日差しが広場を照りつけ、まるで空気そのものが煮え立っているかのように息苦しかった。


カズキは、果物の荷車を押している年配の男に近づいた。


— すみません。この街の北の航路をよく使っていた漁師をご存じですか?最近、姿を消したんです。


彼は落ち着いた声で尋ねた。


男は無表情でカズキを見つめ、ゆっくりと首を横に振った。


— 漁師か?この辺にはいくらでもいる。誰が消えたかなんて知らねえな。


そう言って、再び荷車を押し始めた。


カズキは少し離れた場所にいるニラへ視線を向けた。彼女も女性に話を聞いていたが、うまくいっている様子はなかった。時間だけが過ぎていき、どの質問も空振りに終わっている。それでも彼は諦めず、人々に声をかけ続けた。


— この漁師、ここ最近この街で見かけませんでしたか?


彼は手描きの似顔絵を見せながら、次々と尋ねていった。


しかし返ってくるのは、不審そうな視線や無関心な態度ばかりだった。「何も見ていない」という曖昧な答えが続き、漁師の存在はまるで人々の記憶から消えかけているかのようだった。


— 消えたって?


帽子を直しながら、年配の男が口を開いた。


— ああ…その話なら聞いたことはある。でもな、助けにはなれねえ。あいつが船を出して漁に出た後、誰も見てねえんだ。


— 何か変わったことを見た人はいないか?


リアムがカズキの隣に立ちながら問いかけた。


約一時間にわたる聞き込みの後、第七師団の面々は中央広場の噴水付近に再び集まり始めていた。カズキが最初に戻り、ポケットに手を入れたまま疲れた表情を浮かべる。その後ろからリアムとニラが並んで歩いてきた。二人とも、いつも通りの厳しい表情だった。アユミとリャはゆっくりと近づき、アユミは出来事よりも鳥を眺める方に興味がある様子だった。最後にエレナが到着し、小さな段差につまずいて、年配の女性が持っていた果物籠を落としかけた。


— ご、ごめんなさい!


エレナは慌てて謝り、これ以上目立たないようにした。


— それで?何か分かったか?


ニラが腕を組みながら、全員を見渡した。


— 何も。誰も知らないみたいだ。


カズキはため息をつきながら答えた。


— もしかすると、その漁師はかなり人付き合いが少なかったのかもしれないな。


リアムが眉をひそめる。


— 誰も何も言わないなら、そもそも失踪に気づかれなかった理由も説明がつく。


— それか、私たちが聞く相手を間違えてるのかも。


リャが少し苛立ちを含んだ声で言ったが、前向きさを失ってはいなかった。


その時、エレナが急いで駆け寄ってきた。乱れた髪を整えながら、息を切らしつつ、後ろを指さす。その表情には興奮とわずかな安堵が混ざっていた。


— みんな、待って!


彼女は息を整えながら言った。


— 漁師のことを知ってる人を見つけたの!他の漁師とは違うルートを使ってたって言ってたわ。競争を避けてたみたい。たぶん、ここにいる誰よりも詳しいと思う!


その言葉に、全員の視線が一斉に彼女へ向けられた。カズキが最初に口を開く。疲労の色は消え、代わりにわずかな希望が宿っていた。


— 本当に?その人、漁師を知ってたのか?


エレナは力強く頷き、嬉しそうに笑った。


— うん!あそこの魚の屋台の近くにいた人よ。少し話しただけだけど、航路のことを教えてくれたの。みんなで話を聞いた方がいいと思う。きっと手がかりになる!


リアムはニラと一瞬視線を交わし、ニラは小さく頷いた。


— 行こう。


リアムはわずかに口元を緩めながら言った。


リャはほっと息をついた。


— やっと、ちゃんとした手がかりだね!


カズキは前を見据え、気持ちを切り替えた。これまでの苛立ちは消え、新たな緊張感が体を満たしていく。


— 話を聞きに行こう。


そう言って、エレナが指し示した方向へと歩き出した。


第七師団が漁師の家へと向かう中、空気にはどこか張り詰めた緊張が漂っていた。任務に集中している彼らだったが、周囲では何かがおかしくなり始めていた――まだ気づいてはいない、しかし確かに“何か”が。


その上方、暗い屋根の上では、二人の正体不明の人物が静かに様子を窺っていた。風が瓦を揺らす音が彼らの声をかき消していたが、その声色に潜む焦りは隠しきれなかった。


— おい、あれは第七師団だ。


一人目が低く、警戒した声で言った。


— ああ…どうやら、あの漁師の失踪を調べに来たらしいな。


二人目は影の中に身を潜めたまま、視線を下の一団に固定していた。


— 何か手を打たないと…奴らに気づかれるぞ!


一人目は不安を隠せずに言った。


— 馬鹿な真似はするな。軽率に動くわけにはいかない…


二人目は囁きながら、その腕を掴んだ。


— もっと慎重になるべきだ。奴らは近くまで来ているが、まだ何も知らない。今は様子を見るだけだ。焦れば、こちらが危険にさらされる。


— で、でも…


一人目は声を震わせた。


— 奴らが真実に近づいたらどうする?あそこまで辿り着かせるわけにはいかない!


— 落ち着け。


二人目の声は冷たく、強い威圧を帯びていた。


— 奴らはまだ手探りの状態だ。今動けば、持っていない情報まで与えることになる。観察する、それだけだ。


一人目はしばらく迷っていたが、やがて小さく頷いた。二人はその場を動かず、下の通りを進む第七師団をじっと見つめ続けた。街は穏やかに見えたが、空気の奥には、何かが起ころうとしているような圧力が潜んでいた。


— これ以上進ませるわけにはいかない…


一人目が再び囁いたが、すぐに遮られた。


— 起こるべきことは起こる。


二人目は陰の中で暗い表情を浮かべた。


— だが今は、ただ見ていろ。それより重要なのは…見つからないことだ。もう二度とな。


しばし沈黙が流れた。風が木々の葉を揺らし、二人の姿はそのまま闇に溶け込むように消えていく。彼らは動かず、ただ第七師団が広場を離れていくのを見送った。


一方その頃、漁師の家はすぐ目の前にあった。


一行はゆっくりと歩を進める。足取りは落ち着いていたが、その静かな住宅街の空気と同調するかのようだった。小さく質素な家々、木造の外壁、控えめな庭――そこには、時間がゆっくり流れているような穏やかさがあった。


やがて漁師の家の前に辿り着くと、カズキが扉を軽く叩いた。その動作は丁寧でありながら、確かな意志を感じさせるものだった。仲間たちは周囲にさりげなく配置し、警戒を怠らない。


ノックの音が、午後の静けさの中に小さく響いた。


しばらくして、扉が開いた。現れたのは中年の男だった。疲れが滲んだ顔つき、休む間もなく日々を過ごしてきたことが一目で分かる。彼は一行を見渡し、不信の色を隠さなかったが、カズキの佇まいに何かを感じたのか、すぐに扉を閉めることはなかった。


— 何の用だ。


低く掠れた声で男は尋ねた。


カズキは一瞬間を置き、真っ直ぐに男を見据えた。相手が警戒心の強い人物であることは理解していた。


— 行方不明になった漁師について調べています。


彼は静かに言った。


— 他の者とは違う航路を使っていたと聞いています。あなたは彼を知っているはずだ。何か教えてもらえませんか?


男は目を細め、しばらく無言で彼らを見つめた。その視線には迷いがあった――話すべきかどうかを見極めているようだった。やがて深く息を吐き、口を開いた。


— ああ…話せることはある。


そう言って、扉をさらに開け、中へと招き入れた。


予想外の反応に、一同は一瞬視線を交わす。カズキは小さく頷き、他のメンバーに合図を送った。


家の中は質素だったが、どこか温もりがあった。木の匂いと魚の香りが混ざり合い、壁には潮風による白い跡が残っている。男は彼らを奥へと案内し、古びた椅子が並ぶ木製のテーブルへと導いた。


— 座ってくれ。


男は自らも椅子に腰を下ろしながら言った。


— 私が知っていることは、すべて話そう…。


エレナが最初に席に着き、興味深そうな表情を浮かべた。一方でカズキと他のメンバーたちはテーブルの横に立ったまま、漁師の男をじっと見つめていた。空気には緊張が満ちており、どんな些細な情報でも見逃せない雰囲気だった。


— さて…ウー老人は昔から少し…寡黙な人だったが、心の優しい男だった。彼は私の友人でな。週末になると、いつも何時間も話をして、互いの話を分かち合っていた。腕のいい漁師でもあったが、あまり人の多い場所は好まなかった。他の漁師と競い合うよりも、静かな場所を選ぶタイプでな。


男はそう言いながら椅子に座り直した。


彼は少しの間黙り込み、記憶の中に沈むように目を伏せた。


— だからこそ、自分専用の航路を作ったんだ。東の浜辺のあたりで出航して、同じ場所に戻ってくる。港なんてない場所なのに、どうやっていたのかは分からんが…いつもあそこに船を停めていた。あそこは、彼だけの場所だった。


男は深くため息をつき、顔に手を当てた。続けるのをためらっている様子だった。


— 彼は決して有名でもなければ、特別腕が立つわけでもなかった。慎ましい生活を送っていたよ。それでも、多くの人にとって大切な存在だった。見返りなんて求めずに人を助ける、そんな男だった…。


声が少し重くなる。


— それなのに、今は何の手がかりもない。いつも通り漁に出たんだ。朝に出て、夜に戻り、船を停めた…だが、その夜、家に帰る姿を誰も見ていない…。


カズキは眉をひそめ、言葉の一つ一つを噛みしめるように聞いていた。エレナは身を乗り出し、その表情には明らかな関心が浮かんでいた。


— 警備隊も捜索したが、何も見つからなかった。足跡も、痕跡も、手がかりもない。夜も遅く、目撃者もいなかった。争った形跡も、異常も何もなかった…。


男は苦しそうに言った。


— まるで…最初から存在しなかったかのように、消えたんだ…。


エレナは一瞬カズキと視線を交わした。腕を組んだまま立っているカズキは、黙って話を聞き続けていた。その“何もない”という事実こそが、状況をより不気味なものにしていた。


男はもう一度深く息を吸い、覚悟を決めるように続けた。


— もし調査を進めるつもりなら…東の浜辺に行くといい。あそこが、彼がいつも船を停めていた場所だ。もしかしたら…誰も気づかなかった何かが見つかるかもしれん。


カズキは小さく頷き、情報を整理した。男の語り口と失踪の状況は、場の空気に重苦しい不安を残していた。


ニラが立ち上がり、ローブの皺を軽く整えながらカズキを見た。


— 東へ向かう。


彼女ははっきりとした決意を込めて言った。


リアムは腕を組んだまま、男を鋭く見つめた。まだ何か隠しているのではないかと探るような視線だった。


— 本当に、それで全部か?


彼は落ち着いた声で尋ねた。


男は一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。


— ああ…知っていることはすべて話した。どうか…あんたたちが、俺たちよりも運がいいことを祈るよ…。


それまで黙っていたリャが、男に向けて優しく微笑んだ。


— 手伝ってくれてありがとう。あとは私たちに任せて。


全員が立ち上がり、外へ出ようとしたその時、アユミが小さくあくびをした。その仕草が、張り詰めていた空気をわずかに和らげる。


— その“東の浜辺”とやらに、何か面白いものがあるといいけどね…今のところ、ただ無駄足を踏んでる気しかしないし。


彼女は少し気だるげに、だが軽く皮肉を込めて言った。


カズキは一瞬彼女を見たが、すぐに口元をわずかに緩めた。


— 確かめよう。


一行は扉へと向かい、先ほど聞いた話の余韻が重く空気に残っていた。漁師の男は入口までついてきて、彼らが通りを去っていくのを見守った。


— あそこへ行くなら…海と、それから…風の囁きに気をつけろ…。


彼はほとんど独り言のように呟いた。


その最後の言葉を聞き、カズキは一瞬振り返ったが、あえて問いただすことはしなかった。答えは、東の浜辺に辿り着けば分かる――そう感じていた。


一行は静かに歩き続けた。石畳に響く足音だけが、わずかにその存在を示している。やがて村の最後の家々を抜けると、東へ続く道は細く曲がりくねり、小さな起伏と密集した草木の間を縫うように続いていた。


風は次第に強くなり、潮の香りを運んでくる。遠くから、岩に砕ける波の音が微かに聞こえていた。


先頭を歩くカズキは、周囲の細かな変化に注意を払っていた。沈黙は、足元で枝が折れる音と、時折緊張を和らげようとするリャの言葉だけで破られる。


— あんまり“楽しみで来る場所”って感じじゃないね。


リャは軽く冗談めかして言ったが、その目はしっかり周囲を警戒していた。


— それが狙いだろう。


隣を歩くニラが答える。


— ここを使っていたのは、人目を避けるためだ。誰も気軽に近づかない場所だからこそ、都合が良かったはずだ。


長く感じられる道のりの末、彼らはようやく丘の頂上に辿り着いた。


そして――初めて東の浜辺を見下ろす。


そこに広がっていたのは、まるで自然が隠し続けてきた秘密のような光景だった。


急峻な山々に囲まれたその浜辺は、ほぼ完全な円形を描いており、まるで石の壁に守られた隔絶の地のようだった。時をかけて削られた巨大な岩の障壁が砂浜を取り囲み、海へと繋がるのはわずかな隙間だけ。その隙間から、波が静かに囁くように入り込んでいた。


砂は一般的な浜辺とは異なり、粗くざらついている。砕けた貝殻や小石が混ざり合い、太陽の光を受けて淡く輝いていた。それはまるで、長い年月と潮の記憶を宿しているかのようだった。


苔や地衣類に覆われた岩は、深い海の青と、淡い金色の砂との間に強いコントラストを生み出している。


だが――


一行の目を引いたのは、その景色ではなかった。


浜辺に停泊している一隻の船。


それはわずかに傾き、まるで急いで打ち捨てられたかのように見えた。中型の木造船で、頑丈な造りではあるが、潮と年月による摩耗がはっきりと残っている。船を繋ぐ縄は無事で、風に揺れているだけだったが――その光景には、どこか異様な違和感があった。


— あの船だ…。


カズキが静寂を破るように言った。


— つまり、彼は海から戻ってきた…それなのに、その後の姿を誰も見ていない。


この場所には、明確な孤立感があった。波の音が岩壁に反響し、独特の響きを生み出している。それは、そこに立つ者の心にまで染み込むようだった。


まるで世界から切り離された場所。


自然だけが静かに支配する、手つかずの領域。風には、魅力と同時に畏れを呼び起こすような、不思議な気配が含まれていた。


— すごい…。


エレナが小さく呟いた。


— 綺麗だけど…ちょっと怖いね。


リアムは腕を組み、景色を見渡しながら言った。


— 何か、あるいは誰かから身を隠すには、これ以上ない場所だな。


カズキは数歩前へ進み、浜辺を見下ろしたまま周囲を観察する。


— 手分けして痕跡を探そう。


彼は落ち着いたが鋭い声で言った。


— 少しでも異常を見つけたら、すぐ知らせてくれ。


全員が頷き、それぞれ散っていく。


隔絶された浜辺の上には、目に見えない影のように、確かな“何か”が漂っていた。


それは静かに、しかし確実に――彼らを見つめているかのようだった。


カズキは砂浜を歩きながら、周囲のあらゆる細部に注意を払っていた。潮が残した痕跡や岩の形状、どんな些細なものでも手がかりになり得る。だが、その最中、胸の奥にじわりとした圧迫感が強まっていくのを感じた。それは無視できない感覚だった。目に見えない波のように押し寄せる、不吉な予感だった。


彼は一度足を止め、深く息を吸い込む。その不快な感覚を振り払おうとしたが、うまくいかなかった。確かな証拠があるわけではない。それでも、この場所がただ奇妙なだけではない――何かが“間違っている”と、直感が叫んでいた。彼の視線は地平線へと彷徨い、岩に砕ける波の音や、遠くから囁くような風の中に答えを探した。


浜辺は静まり返っていた。自然の音以外は何もないはずなのに、その静寂は異様に重く、まるで暗い秘密を抱えているかのようだった。カズキは目を細め、そしてある一点に気づく。


岩の間にほとんど隠れるように、小さな洞窟があった。入口は海に向かって開いており、注意して見なければ気づけないほど目立たない。


彼はその場に立ち尽くし、暗い入口を見つめたまま動かなかった。胸の圧迫感はさらに強まり、背筋に冷たいものが走る。それはまるで洞窟そのものが彼を呼んでいるかのようだった――だが、それは決して歓迎の呼びかけではない。謎と危険に満ちた誘いだった。


カズキは本能的に剣の柄を握りしめ、躊躇いながら一歩を踏み出す。この場所で何が起きたのかはまだ分からない。だが一つだけ確信していた――ここには、明らかに何かがおかしいものが潜んでいる。


さらに一歩近づこうとしたその瞬間、強烈な悪寒が体を貫いた。それはこれまでに感じたことのない感覚で、冷たい衝撃のように全身を走り抜ける。息が詰まるほどの、差し迫った危険の気配。


考えるよりも早く、カズキは剣を抜いた。刃が雲間から差し込む淡い光を受けて輝く。彼はわずかに体をひねり、鋭い視線で周囲を見渡した。


浜辺を囲む岩の丘へと目を向ける。視線が追われているような感覚が、秒ごとに強まっていく。見えない何者かが、自分の動きを観察している――そんな錯覚では済まされない確信があった。今にも襲いかかってくるのを待っているかのようだった。


カズキは深く息を吐き、膨れ上がる不安を押し殺す。景色は一見静止している。だがその静けさは、今や無数の脅威を孕んでいるように感じられた。この感覚を無視することはできない。ここには確かに、自然とは異なる“何か”が存在している。


警戒を解かないまま、彼は一歩後ろに下がり、洞窟を視界の端に捉え続けながら、声を張り上げた。


「みんな!こっちに来てくれ、早く!」


その声は浜辺に響き渡り、押しつぶすような静寂を切り裂いた。カズキは構えを崩さず、岩の丘と洞窟の周囲を鋭く見据え続ける。何が現れるのかは分からない。だが、一人で対処するつもりはなかった。


風が一気に強まる。まるでこの場の空気そのものが警告しているかのように、激しく吹き荒れる。カズキは岩の丘から目を離さない。浜辺に響くあらゆる音が、今は異様に増幅されていた。


“何かがいる”。


見えないが、確かにそこに潜んでいる存在が、時を待っている。


やがて、カズキの声に呼ばれて仲間たちが駆け寄ってきた。しかし彼は視線を逸らさない。洞窟と周囲の岩から意識を外すことができなかった。


ここにあるのは、ただの自然ではない。自分たちは“何か”に狙われている――そんな確信が彼を支配していた。


「どうした?」とニラが問う。その表情は真剣で、状況を素早く見極めようとしている。


「ここ…何かがおかしい」カズキは低く答えた。ほとんど囁きのような声だった。


再び洞窟へと視線を向ける。中の闇は、まるで生きているかのように深まっているように見えた。


少し後ろにいたエレナが、不安げに地平線を見つめる。


「…あなたも感じてるよね?この場所……呪われてるみたい」


カズキの隣に並んだリアムも、岩と海を慎重に観察していた。何かの規則性を探るように。


「俺も感じる」彼はゆっくり頷く。「誰かに見られているような感覚だ」


カズキはようやく仲間たちへと向き直る。その目には決意が宿っていたが、わずかな緊張も滲んでいた。


「洞窟を調べる。何かがある。全員、警戒を怠るな。何が出てくるか分からない」


一同は息を合わせて動き出す。洞窟へと近づくにつれ、空気はさらに張り詰めていった。


波の音が耳の奥で大きく響く。まるで海そのものが、あの闇の中へ誘っているかのようだった。


一歩ごとに足取りが重くなる。空気は濃く、何かが起ころうとしている気配で満ちていた。


やがて彼らは洞窟の入口を取り囲むように立ち止まる。中へ踏み込む準備はできている――だが、その先に何が待っているのかは誰にも分からない。


カズキは最後に振り返り、岩の丘と海を見渡した。その瞬間の重みが、胸に深くのしかかる。


ここから先は、もう後戻りできない。


これまでのすべてが、今まさに“何か”へと繋がろうとしている。


すべてを変える、何かへ――。


カズキは静かに息を吐き、合図を送った。


そして、彼らは闇の中へと足を踏み入れた…。

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