9.レティシア・ノーランの勘違い
オズワルドが【チート・クラフト】を発動すると、いともたやすく馬車が現れた。
なんと馬までついている。
「な、なんで素材を消費してないんですか!?」
驚くレティにオズワルドは説明しようとして…やめた。
徹夜三日目で頭が働いていない。
とりあえずはぐらかしておくことにする。
「今回は運がよかったみたいだな」
「運って……。こんな【クラフト】聞いたことないですよ」
オズワルドはそろそろ限界だった。
どこまで説明し、どこまで説明するべきでないか考える余裕がない。
「いいから、早く馬をつなぎ直して荷物を積み込もうぜ。また盗賊に狙われたくはないだろ」
「そうでした!」
レティシアが足早に荷物に駆け寄り、どんどん馬車に積み込んでいく。
まったく先が思いやられるな。
「俺が荷をあげるから、レティは馬車の上で整理してくれ」
「えっ、あの。いいんですか?」
いいも何も。
「俺は今、あんたに雇われてるんだ。雇用主が気後れするんじゃない」
「そうでした…。それでは、お願いしますね。うんしょ」
オズワルドはレティと共に荷物を馬車に詰め込み、馬をつなぎなおすと荷台に横になる。
「じゃ、俺は寝るから」
「えっ、どこに行くかとか聞かないんですか?」
「いいよどこでも。こっちは三日徹夜でな。いい加減寝たいんだ……。おやすみ~」
レティが何か言っているがオズワルドには聞こえない。
このへんならどうせ行き先は城下町のラングスカあたりだろう。
間違っても絶賛戦争中の隣国グレイフォードへ向かうわけがない。
こっそり傭兵団を抜けてきたから、あそこだけは避けたいんだよな。
ダメだ。もう無理、限界。
おやすみ~。
といった具合である。
一方レティはと言うと。
眠りに落ちたオズワルドを背に、馬の手綱をとって目的地へ進む。
「知らない男のひとを乗せてしまった」
グレイフォードの荒廃しつつある街道を進みながらそんなことを呟いた。
力では絶対に敵わない。
襲われればひとたまりもないだろう。
それでも不思議とオズワルドのことを怖いとは思わなかった。
なぜだろう。
ラングスカの下卑た商人たちとまったく違う。
レティは考える。
オズワルドは三日徹夜していると言った。
モンスターが出る危険な外に三日徹夜した状態で出かける人間はいない。
つまり、あのダイアウルフの群れに襲われてから三日間もの間、オズワルドさんは私を守り続けてくれていたのだ。
――不眠不休で。
勘違いである。
実際にはレティがダイアウルフの群れに襲われてから、一日も経過していない。
暦を記すすべが限られたこの時代。
時間感覚は曖昧で、時に混乱を生むこともあった。
ボタンの掛け違いが掛け違いを生むように、勘違いは加速していく。
レティは傷一つない自分を抱きしめた。
私を辱めることも、商売道具を盗むこともできたのに。
守ってやったぞと上手に出ることもなく、これからどこに行くのかも聞かずに寝てしまった。
そんな彼をどうして嫌うことができるだろうか。
ふと、目がつく。
見たこともないタイプの馬車だ。
あのダイアウルフを消し飛ばした剣はどこへ行ったのだろう。
持ち歩いている様子もない。
あれほどの威力を発揮する剣だ。
さぞかし名のある魔剣の類いに違いない。
そんなものをぽいっとどこかへ捨てるわけもないのに。
発言も不可解だった。
私を一目見てこう言ったのだ。
『ああ? やめろやめろ。なんだその「わたしはお金しか取り柄がありませんよ」みたいな顔は。お前も商人なら毅然としろ。無意味に自分の価値を毀損するな』
なぜ、初めて会った私の弱さを見抜けたのか。
馬車に揺られながら考える。
不可解な点と点が結びついて、線を作っていく。
ごろんと寝転がりいびきをかいているオズワルドをちらと見た。
オズワルドさんのスキルは【クラフト】じゃない。
【クラフトスキル】は素材と引き換えにアイテムを作成するスキル。
無から有を生み出せるわけじゃない。
ていうか、無から魔剣を生み出せたとしたらもうめちゃくちゃだよ。
コストがないなんてありえない。
だって、そんなことができたなら無限に魔剣を作成して売れちゃうじゃん。
「となるともう、一つしかないよね……」
レティの脳裏にある可能性が浮上してきた。
そんなことができるスキルは私が知る限り一つだけ。
【アイテムボックス】
亜空間に物を出し入れする【商人】のスキルだ。
これならばあの魔剣の存在も馬車の存在も納得がいく。
オズワルドさんは【アイテムボックス】に入れていた魔剣や馬車をクラフトスキルだと言って取り出していだのだ。
ただ、馬車を取り出せる規模の【アイテムボックス】は例外中の例外だ。
私も【アイテムボックス】を使えるけど、せいぜい鞄一つ分が限界。主に食品の鮮度を保つために使っているし……。
もし、オズワルドさんが自分は商人だと名乗ってアイテムボックスから馬車を出されたら、私は商人としてタダで受け取るわけにはいかなかっただろう。
でも、壊れた馬車を直すという名目で【クラフトスキル】を使ったというていをとれば、与えるのではなく、直すのであれば……私の面目が立つ。
「なんて慈悲深いひとなんだ…」
勘違いが勘違いを生み、更なる勘違いへと連鎖していく。
もはやレティの勘違いは止まることを知らない。
そうだ。
思い返せば、オズワルドさんは「今回は運がよかったみたいだな」とも言っていた。
あれは私に言っていたんだ。
確かに私は幸運だ。
こんな高潔なひとと旅ができるなんて。
奇跡と言っていい。
ここまでくればあとは簡単だ。
私を一目見て私の弱さを見抜いたのは偶然じゃない。
彼自身が商人だからわかるのだ。
私の弱みが。
冴えてる! 冴えてるよ! 私!
きっとオズワルドという名前も偽名。
ブラックフォージ領のオズワルドといえば男爵家から追放された兄の名前だし。
ここまであらかさますぎると、偽名であることを隠す気もないのだろう。
名前を隠さなければならなくなるほどの、大商人……。
すごい…。
わ、私はすごいひとと一緒にいる!
こんなチャンスは二度とないだろう
父さん、母さん!
私…がんばる! がんばるよ!
晴れ渡る冬の終わり。
薄霧の中の……ただの勘違いであった。




