6.黎明超次元斬(浄滅)
ブラックフォージ男爵家領内、訓練場にて。
現領主、カルドが兵を相手に剣を振るっていた。
「ふん! はァ!」
兵士達が見守る中、カルドが優勢に見えるが素人目に見てもカルドの剣は隙だらけであった。
「どうだ! 私の剣は!」
「手も足も出ません!」
「そうだろうそうだろう! ハッハッッハ!」
傲慢なカルドに剣で勝つなどもってのほか。
劣勢になると今日は調子が悪いと言って機嫌が悪くなり、周囲に当たり散らすので、いつしか兵が気を利かせて下手に出るようになった。
その結果、カルドはすっかり増長してしまった。
ある新米兵士がぼやく。
(いやぁ、でも。これでいいのかなぁ。あんなんじゃ戦場に出ても死ぬだけですよ。せっかく剣聖の才能があるのに)
(バカ、余計なこと言うなよ。カルド様がやる気になったらどうするんだ)
隣領のグレイフォード男爵家との戦争が始まってから20年。
もはや、ブラックフォージ男爵家の財力にかつての勢いはない。
兵士の給料も渋られるようになっては、戦場で怪我をしても特別手当など期待できないだろう。
20年も硬直している戦線が自分たちに動かせるとも思わない。
より安い金で雇った傭兵たちに戦場を任せ続けていた方が兵たちにとって得なのだ。
「おい、聞こえているぞ」
「ひっ!」
カルドが領主となってから15年。
領主になってしばらくは剣聖の力で戦況を変えてくれると望まれたものの、今となっては役立たずのお飾り領主と噂されて久しい。
くだらない理由で戦争を始め、くだらない理由で戦争を続ける。
しかも、毎年増税を続けるとあれば民に喜ばれるはずもなかった。
オズワルド様が領主だったらこんなことには。
そんな噂が流れることも一度や二度ではない。
(愚民どもめ。何も知らないくせに…)
カルドに言わせれば、戦争の始まりは父ドラザールの責任であり。カルドがしているのはその尻拭いである。
逃げ出したドラザールの行方はわからないままだ。
剣聖の才能だと?
笑わせてくれる。
領主を最前線に立たせるアホがどこにいるのだ。
私が死んだら誰が領地をまとめる?
それに兵士のカスどもは私に気を遣ってロクな稽古をしない。
まぁ、稽古中に私に傷をつけるようなことをされては権威が揺らぐので、調子に乗らせるわけにもいかないが。もう少しうまくやれないのだろうか。
まともに実戦経験を積めない以上、領主が剣聖のスキルを持て余すのは当然ではないか。
ああ、この力が剣聖ではなく賢者。
いや…せめて魔法使いであったならば!
カルドはそう考える。
だが――。
もし、魔法使いのスキル持ちだったなら、もし剣聖だったならその武勇で周囲が言うことを聞くはずだと言うだろう。
結局の所、カルドは自分の無能を才能のせいにしているだけなのだ。
「おい、そこの二人。そこに立て」
「えっ?」
「いいから立て! 剣聖の技を見せてやる!」
先ほどヒソヒソ話をしていた兵士二人が訓練場の中央に立たされる。
カルドはそこから離れた位置で剣を抜いた。
「そんな、これじゃただの的…」
【ライトニング・スラッシュ!】
ザシュゥ!
カルドの輝く斬撃が飛び、兵士の一人を切りつける。
兵士達は沈痛な表情で事が終わるのをただ待っていた。
「最後にいいものを見れてよかったな。ブラックフォージ家の兵であることを誇って死ね」
「ひぃぃ! ブランが、ブランが死んで!」
僕のせいだ。僕のせいだ。
僕が余計なことを言ったから!
残された兵士が怯える中、カルドは再び剣を振り上げる。
入隊したばかりの彼は知らなかったが、これはいつもの公開処刑なのだ。
【ライトニング……】
その時である。
大地が鳴動し、極光が地平を奔ったのは。
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル3
【ワールド】
・RPG『マルクト戦記』レベル1
ワールドスキル
【通常攻撃】
【戦技】
・体当たり
・銭投げ
・黎明超次元斬(浄滅)◀ ピッ
【魔法】
【防御】
【換装】
【逃げる】
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ブラックフォージ男爵家領地、古びた街道にて。
少女の乗った馬車がダイアウルフたちに足止めされている。
数メートル先のダイアウルフの群れに向かって、オズワルドは剣を振りかざす。
こんな距離で俺が剣を振ったところで届くわけがない。
だが、夢見たことはあった。
弟、カルドの輝かしい剣技のように、俺もあんなスキルを使えたらと。
【黎明超次元斬(浄滅)!】
キィーーン…。
シュガガガガガガガガガ!!
デュガアアアアアアアアン!!
一筋の極光が奔り、その軌跡は波濤となってダイアウルフの群れを一瞬で消し飛ばした。
空を引き裂いたのか。
冬の終わりの厚いベールのような雲に、大穴が開いている。
かつて見たカルドの飛ぶ斬撃と比べるべくもなかった。
ダイアウルフたちからすれば何をされたかもわからなかっただろう。
具体的に言うなら、それは極太レーザーであった。
オズワルドの前世は世界を作った神である。
そして神が作った世界は……一つではない。
ゲームクリエイターが複数のタイトルに関わることは、けして珍しいことではないからだ。
しかし、オズワルドが知るよしもなく。
「ま、まずい! おい! 無事か!」
黎明超次元斬の射線には少女の馬車もあった。
荒れ果てた街道はまっさらな整地となって輝いている。
(まさか、ここまで広範囲攻撃になるとは)
馬車は崩壊し、積載されていた荷物が散らばっていた。
――こんなの耐えられるわけが
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【クエストクリア】ダイアウルフの群れを倒した
【チート・クラフト】がレベル4になりました
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【チート・クラフト】:レベル4
・SLG『文明の箱庭』がレベル3になりました
・RPG『マルクト戦記』がレベル2になりました
検索機能が追加されました
【新たなワールドがアンロックされました】
・???
ワールドスキルが追加されます
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そんなことはどうでもいい!
レベルアップ表示を無視して俺は馬車の残骸をかき分ける。
頼む、無事でいてくれ!
その心配は杞憂だ。
【黎明超次元斬(浄滅)】は邪悪な存在だけを粉砕する。
そのように設定された戦技だからだ。
馬車の残骸に埋もれていたのは無傷の。
しかし、なぜか服が一部消し飛んだ少女であった。
【黎明超次元斬(浄滅)】
RPG『マルクト戦記』に登場するエンドコンテンツ(二週目)用魔物特攻スキル。
劇中に登場する888柱の神すべての祝福を受けたこの剣閃は邪悪な存在だけを粉砕する。
当初は魔物以外には何の効果ももたらさないスキルだったが、強力なスキルなのにプレイヤーが威力を感じにくいという理由からオブジェクト破壊効果も追加実装された。
この実装のためにすべてのオブジェクトに破壊モーションの追加指示が出された。当時、すでにスケジュールギチギチだった開発者は限界を超えて血反吐を吐き、その苦しみは魂に刻み込まれた。【黎明超次元斬(浄滅)】が『マルクト戦記』レベル1から使用可能なのはそのせいである。




