5.ワールドチェンジ
時は遡って2000年前。
「麦だぁー! 麦が生えてきたぞーー!!」
突然の黄金麦の出現にミュルカ村は歓喜に包まれていた。
20年続く戦争に終わりの見えない増税、失われつつある日々の糧に苦しんでいた矢先に季節外れの麦が生えてきたのだ。
それもたった一晩で。
「種も撒いていないのに」
「天に感謝を…今日という日を村の祭日にしよう」
最近、村にやってきて黄金麦の出現と同時に消息を絶った男が結びつけられないわけもなく、ある者は無礼を詫び、ある者は感謝を捧げた。
「ノーラ、あの方がなんと言ってたか本当に覚えていないのかい?」
「なんでもいい。なんでもいいんだ。何か思い出してくれ」
オズワルドをよそ者として遠ざけていた村人達は、自分たちが嫌われていないか心配で仕方なかった。
急に詰められたノーラは慌てて舌を噛んでしまう。
「あ、えっと。あぐっ」
「あぐ? アグとは……」
「アグとはなんだ! ノーラ! 教えてくれ!」
混乱するノーラを揺さぶる村人を制したのは、長いヒゲを蓄えた村長であった。
瞳に知性をたたえながら、村長が問う。
「豊穣神アグリオン……。確かにそう言われたのだな?」
「えっ、え?」
ノーラをよそに大人たちが話し合いを始める。
「豊穣神アグリオン…実在したのか」
「やはり、神の御業だ」
「おらたち祈っててよかったなぁ」
そう深く納得し、頷き合う村人たち。
「豊穣神アグリオンに感謝を……」
一斉に祈りだした大人達を前に、ノーラは訂正するタイミングを失った。
この秘密はお墓までもっていこう。と、思った。
「そうだ。神は。アグリオン神はどのようなお姿をされていたのですか!」
「い、言えません。そ、それは言っちゃダメって言われていたので!」
「おお……」
そんなことは言われていない。
ただ、幼いノーラは嘘がばれたくなかっただけ。
かくして歴史は決定され、この物語は後世に語り継がれることになる。
一方、何も知らないオズワルドはというと……。
「しかし、わからんな……どういうことなんだ」
オズワルドはどこまでも続くブラックフォージ領の街道を歩きながら、画面を眺めて唸る。
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル3
【文明の箱庭】がレベル2になりました
ワールドスキルが追加されます
【新たなワールドがアンロックされました】
・???
ワールドスキルが追加されます
――――――――――
履歴にはそう書かれていた。
書かれていたが、ワールドスキルが何なのかはわからない。
アンロックされたという新たなワールドについてもそうだ。
思えば、【文明の箱庭】の時はすぐにワールド名が表示されたのに、今回は名前もわからないままだ。
三徹明けだから思考力が落ちているんだろうか。
そんなことを考えながら、オズワルドは放置され獣道のようになりつつある街道を歩きながら、荒れ地に向かって手をかかげる。
あの巨大なツルハシが表示された。
【農地作成!】
ツルハシが落下。
ぞわぁと麦畑が生えてくる。
とりあえず手当たり次第に麦を生やしておけば、麦欲しさにミュルカ村が襲われることもないだろう…。
【農地作成!】【農地作成!】【農地作成!】
オズワルドはとりあえず左右に散らすように麦畑を生やしながら歩く。
上空を飛ぶ鳥の目には、まるで巨人の足跡のように映っていた。
【農地作成!】
ブブーッ!
「あれ、おかしいな」
何も起きない。
――――――――――
【雑木林】があるため農地を作成できません
――――――――――
空に浮く巨大なツルハシにも大きくバツがついていた。
どうやら【農地作成】はどこでも発動できるわけではないらしい。
「まぁ、何でも農地にできたらそりゃやばいよな。街とか滅ぼせそうだ」
かつてないほどに強力なスキル。
しかし、それを使用するには制限がある。
現象をひとつひとつ検証し解読する、地道な作業になるだろう。
オズワルドは楽しくなってきた。
これはいい暇つぶしになる。
「助けてくださーーーーーーーい!」
女の声。
オズワルドが後ろを振り向くと遙か後方から、馬車がこちらに走ってきた。
ダイアウルフに乗ったゴブリンライダーに追い立てられているようだ。
御者はうら若い長髪の少女――。
服装からして商人のようだ。
馬車のサイズは二頭立てで荷台も大きい。
しかし、牽引している馬は一頭だけ。
(どこかで馬を失ったか? ゴブリンライダーは一騎だけだな)
一瞥したオズワルドはゴブリンライダーと馬車の速度、距離、現在地までの到達時間を把握。
通路横の草むらに飛び込み、数を数える。
…5・4・3・2・1
(馬車通過! ここだ!)
俺は馬車を追っていたゴブリンライダーに側面から突貫し、ゴブリンをダイアウルフからたたき落とした。
「ゴヴァ!?」
陽光を背にゴブリンに馬乗りになったオズワルドは…ただ、ゴブリンを威圧した。
「ゴブ! ゴババ! ゴブゥ!!」
大の男に睨まれたゴブリンは一目散に逃げていく。
時に戦わずして勝つことも必要なのだと、オズワルドは知っていた。
「よし、だいぶ時間を節約できた。残りはダイアウルフだな……って。嘘だろ」
馬車が止まっている。
しかも、馬がダイアウルフに吠えられて怯えていた。
オズワルドは困惑する。
なぜだ、なぜ逃げない。
「だ、大丈夫ですかー!?」
大丈夫ですかじゃねえよ! 逃げろよ!
オズワルドはそう叫びたいきもちをぐっと堪えた。
声を出すとダイアウルフに気づかれるからだ。
好戦的なダイアウルフは放置すると仲間を呼び出して収集がつかなくなる。
馬車で縄張りの外まで走ればいいだけななのだが、あの女商人は知らないようだ。
しかたねぇ、助けに行くか。
その時、不思議なことが起きた。
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル3
【解放クエストクリア】はじめての討伐
【ワールドチェンジ】
・RPG『マルクト戦記』レベル1
ワールドスキルが追加されました
【通常攻撃】
【戦技】
【魔法】
【防御】
【換装】
【逃げる】
――――――――――
表示されたウインドウにオズワルドが突っ込む。
はじめての討伐? はじめてなわけあるか!
いや、【チートクラフト】がまともに使えるようになってからは…はじめてか。
「アオーーーーーーーン!」
ダイアウルフが仲間を呼び始める。
ぞろぞろとダイアウルフが集まって馬車を襲いだした。
ゴブリンは乗っていない。
あのゴブリンはたまたまダイアウルフに乗っていただけだったようだ。
「あ、やめて! 壊さないで! そんな…!」
オズワルドは三徹明けで落ちた体力、女商人を守りながらの多対一、ダイアウルフの群れとの戦力差を計算し…どうでもよくなった。
そんなことよりも守るべきものがあるからだ。
「おい! お前たちの相手は俺だ!」
ガキを見捨てちゃ男がすたる。
おっさんにはおっさんの意地があるのだ。
オズワルドは身を晒してダイアウルフの注意をこちらに向ける。
【騎士】スキルによる挑発ではないので魔法ほどの強制力はないが、身をさらすことである程度敵の注意を引きつけることはできる。
オズワルドは多対一が苦手だ。
範囲攻撃手段を持たないオズワルドは、一体ずつ対処している間に護衛対象を狙われてしまうからだ。
だが、それはもう過去の話。
今のオズワルドには【チート・クラフト】がある。
ならば、俺はこれに賭けよう。あの黄金麦並のチートが発現するなら、勝ち目はあるはずだ!
オズワルドがダイアウルフを睨むと20体ほどのダイアウルフの頭上に細長いバーが表示されていく。
HPバーである。
少ない奴はバーが赤く短い、多い奴は緑色で長かった。
オズワルドが持つ前世の記憶は限定的で、あのバーが何を意味しているかはわからない。
しかし、HPと書かれたバーが赤い奴はみんな後ろに下がって多い奴だけが前に出ていることはわかった。
なんとなくHPが少ない後ろのやつを狙った方がいい気がする。
オズワルドが後列のダイアウルフに攻撃の意思を固めた時、それは起きた。
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル3
【ワールド】
・RPG『マルクト戦記』レベル1
ワールドスキル
【通常攻撃】◀ ピッ
【戦技】
【魔法】
【防御】
【換装】
【逃げる】
――――――――――
オズワルドは急に5メートルほど跳躍して剣を振りかぶる。
「うおぁぁああ!?」
手には一振りの剣が握られていた。
「なんだ! どっからでてきたこの高そうな剣!」
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創世剣・エターナルブレイド
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「こんな時に文字なんて読めるか!」
そう突っ込みながらもオズワルドは後方のダイアウルフに攻撃。
HPがみるみるうちになくなり。
ダイアウルフは倒れた。
だが、そこはダイアウルフの群れの中。
本来、こんな場所に立っていること自体が自殺行為である。
「くっ、ここからどう立ち回れば……何!?」
今度は元いた場所にシュッと戻った。
ターン制RPGではキャラクターが敵に攻撃すると元の立ち位置に戻る。
その挙動が再現されているのだが、そんなことがわかるわけもない。
馬車の娘もダイアウルフも唖然としていた。
――――――――――
ダイアウルフたちは様子をみている!
――――――――――
「一瞬で彼我の距離を詰める超機動、一撃離脱の技か……」
勘違いである。
だが、そのようにしか見えないし。実際そういう動きであった。
ウインドウには【通常攻撃】と記されている。
「これが…通常攻撃だと。この戦技とかいうやつを使ったらどうなるんだ」
20年近くスキルなしで戦い続けてきたオズワルド。
ワクワクが止まるわけもなく。
オズワルドが戦技を使おうとすると、それは選択された。
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【チート・クラフト】:レベル3
【ワールド】
・RPG『マルクト戦記』レベル1
ワールドスキル
【通常攻撃】
【戦技】
・体当たり
・銭投げ
・黎明超次元斬(浄滅)◀ ピッ
【魔法】
【防御】
【換装】
【逃げる】
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