35.孤独を癒やす者
「来たか…」
グレイフォード砦前、オズワルドが作った石橋の上にカルド・ブラックフォージが立っていた。
背後にはカルドの私兵とブラックフォージ境界警備隊の面々、メルとルシアンの姿もある。
オズワルドとレティが砦の入り口から現れ、カルドと視線が合った。
オズワルドはレティに何度目かの忠告をする。
「レティ、本当についてくるつもりなのか? 危険だぞ」
「オズワルドさん。私はあなたの雇い主です。オズワルドさんが何て言おうが、絶対についていきます。もう、あなたを一人にしたくない」
オズワルドはなぜレティがここまで頑ななのかわからなかったが、もう時間が無い。
石橋の上で三人が対面する。
「久しぶりですね。オズワルド兄さん」
「そうだな。カルド」
短いやりとりに空気がヒリつく。
オズワルドは過去のことはすべて水に流したつもりでいた。
信託の儀でカルドに刃を向けられたことも、ブラックフォージ家を追放されたことも。
その後の放浪生活で何度も死にかけたことも。
それはもう、取り返しのつかないことだからだ。
「彼女は?」
「雇い主だ。今の俺はしがない傭兵でね。……今更何の用だ?」
だからこそ、自分の声が低く、固くなっていることに驚いた。
それでもオズワルドは取り繕う。
「すまなかった、何の用だは不躾だったな。今やお前は男爵家の当主。俺はただの傭兵なんだから…」
下手に出て、穏便に事を済ませようとする。
それが追放された彼の処世術だった。
怒っても仕方ないのだ。
相手を立て、頭を下げ、事が過ぎ去るのを待つ。
たとえ見下され、バカにされても構わない。
くすぶる怒りを握りつぶして、平穏が守られるのならそれでいいのだから。
「ただの傭兵? ダイアウルフの群れを一撃で消し飛ばし、石の雨を降らせ、大いなる光の守りを展開するあんたが?」
「何……?」
それはカルドが知るはずのないこと。
知られるはずのないことだった。
「勇者たちと肩を並べ、世界を五度も救ったお前が…ただの傭兵だって? ブラックフォージ境界警備隊を無力化し、グレイフォードに情報を流し、戦争を遅滞させ…敵味方を問わず多くの命を救ったあんたがか?」
情報が正確すぎて、しらを切りようがない。
しかし、オズワルドを動揺させたのは情報の正確さではなかった。
なんだ……。
俺は…褒められているのか?
「兄さん。あんたがやってきたことはすべて、メルたちに伝えたよ。ずっと一人だったんだな…これまで本当によくやった。兄さんは私の誇りだ」
オズワルドは違和感を覚えていたが、頭をハンマーで殴られたかのような甘い衝撃に心がかき乱される。
彼方にて、悪魔の声が囁く。
「人の心が最も無防備になるのは――救われた時だ」
一体いかなる魔法によるものか。
遙か上空から悪魔アステリアが見下ろしていた。
「長き旅路の果て、苦しみの終着において、その労苦が報われた時。人は…何もできない。特に長く敵対した肉親から情をかけられでもすれば最高だァ! なぜなら! 幸福の最中にある人間はァ、この地上で最も弱い生き物に成り下がるんだからなァ!」
石橋の上でカルドが続ける。
「これまでのすべてを謝罪する。……戻ってきてくれないか? たった二人の兄弟じゃないか。私たちの家に帰ろう」
オズワルドはこれが何者かの攻撃だと勘づいていた。
何らかの力の影響を受けているからか。
ひどく甘ったるい多幸感に胸焼けがした。
だが、オズワルドは苦痛に耐える訓練は積んでいても、幸福に耐える訓練などしたことがない。
心が…持っていかれる…!
その時。
「ふざけないでください!」
そう叫んだのはレティだった。
レティシア・ノーラン。
ただの駆け出し商人が続ける。
「自分で追放しておいて、ひどい思いをさせておいて、今更戻ってきてですって!? 自分が何を言ってるかわかってるの!?」
オズワルド・ブラックフォージが追放された話は20年経過した今でも有名だった。
男爵家の長男として生まれたオズワルドは信託の儀で【チートスキル】を授かったことで、無能の烙印を押されて追放された。
弱いから、役に立たないから。
見下されて、追放された。
それはレティも似たようなものだった。
足元を見られ、バカにされ、ありとあらゆる意地悪をされて。
故郷ラングスカから出て行った。
いつか商人として大成して見返してやると、家財をまとめて馬車を駆り、オズワルドに出会ったのだ。
「弱いからって捨てたくせに! 強くなったら手のひらを返すんですね! へ~え! そうですか! 最低! たった二人の兄弟じゃないか? なら、最初からひどいことなんてしなければよかったのよ! 行こ! オズ!」
オズワルドは自分の百倍くらいブチ切れたレティに面食らった。
胸の奥に充満した気味の悪い多幸感が薄れていく。
レティの横槍によって、戯神ロキの権能【物語】による強制ハッピーエンドが無効化されたのだ。
「おい! ロキィ! どうしたんだよ! ハッピーエンドはどうしたんだハッピーエンドはァ!」
遙か上空で悪魔が神に抗議する。
「ア、アタシのせいだっていうのかよぉ! あのモブ、ずっと大人しいキャラだったじゃん! なんでこのタイミングでいきなりブチ切れてるんだよ! わかるわけないだろ!」
「あーーーーくそ! オズ、正気に戻ってるしィー! 殺すタイミング見失ったー! 一番幸せな瞬間に殺してやるつもりだったのにィー! お前のせいお前のせいお前のせィーーーー!」
一方、地上にて。
ガルガルしているレティにカルドが笑いかける。
「確かに彼女の言うとおりだ。兄さんはいい雇い主を持ったな」
「ああ、本当にな。ま、そういうことだから俺は傭兵を続けるよ。実際に会って気づいたが、俺は案外追放されたことを根に持っているらしい」
「そうですか。それでは、仕方ありませんね」
そう言って、カルドは剣を抜く。
「カルド…何のつもりだ」
「確かに私は人として最低だ。だが、恥を忍んで言わせてもらう。戻ってきてくれないか?」
意味がわからない。
レティが困惑する一方で、オズワルドはその意図を理解していた。
「まぁ、そうなるよな」
オズワルドがレティをかばうように前に出る。
「ちょっと、人として最低だってわかってるなら止めるべきじゃないですか!?」
オズワルドの腕から身を乗り出してガルガルしているレティに、カルドは申し訳なさそうに言った。
「残念ながら、私は人である前にブラックフォージ男爵家の当主なのだ。世界を揺るがす力を持った兄に敵対されては、いつ領地が滅ぶかわからない。何をしてでも味方にしておきたくてね」
「そういうことをするから敵対されるのだと、学ぶべきだと思うがな」
「今更ですよ。勝った方が言うことを聞く…そういうことにしませんか? それとも負けるのが怖いのかな? 兄さんは」
そう挑発するカルドに悪意は感じられなかった。
やれやれと、オズワルドはため息をつく。
「レティ、砦に戻ってくれ」
「いやです」
「ダメだ。巻き込まれるからな」
「どうしてもダメですか? 私、雇い主なんですけど」
「ダメだ」
「う~。わかりました。……死なないでくださいね」
「安心しろ、ただの兄弟喧嘩だ。それと…怒ってくれてありがとうな。あれは嬉しかった…」
「今それ言います? ずるいですよ?」
いくらかのやりとりをして、レティが砦に戻る。
オズワルドがカルドを見る。
レティが砦に戻るまで、ずっと待っていてくれたのだ。
話に聞くカルドは【剣聖】としての才能を無駄にしていると聞いていたが、なかなかどうして、よい立ち姿だった。
カルド、お前もお前で大変だったのかもな。
「いつでもいいのか?」
「当然です。私は【剣聖】ですよ?」
「じゃあ、本気でいくぞ」
――――――――――
【チート・クラフト】:レベル23
【ワールドチェンジ】
・SLG『文明の箱庭』レベル19
【作成オブジェクトを破壊します】
検索…
【石橋】◀ピッ
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二人が立っていた石橋が崩壊した。
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