34.オズワルドがやってきた日
グレイフォード砦の訓練場にて、オズワルドが三人の兵士に追い詰められていく。
剣や弓を当てるというより、オズワルドの退路を塞ぎ、壁際に寄せ続けるような戦い方だった。
「いい連携だ! 降参!」
「ええ~! オズワルドさんならこれくらい切り抜けられるんじゃないですか?」
口では降参と言ったものの、オズワルドはまだ余裕がありそうだった。
「連携訓練なんだから連携がうまくいったらそれでお前たちの勝ちなんだよ。はい次~!」
兵士が交代し、再び連携訓練が開始される。
剣士、弓兵、魔法使いの三人だ。
踏み込みすぎた前衛の剣をオズワルドが叩き落とし、連携が崩れる。
弓兵の弓を躱し、魔法使いの火炎魔法を回避して後衛の二人に距離を詰めると、オズワルドはあっさりと後衛を制圧した。
「だから当てにいくなって言ってるだろうが、攻撃は相手の進行先を塞ぐように置きにいけ。その方がやりにくい」
「は、はい!」
オズワルドは連携に成功しているうちは距離を詰めないが、連携に失敗すると鬼のように襲いかかってくる。
すると自然、兵士たちは殺すためではなく、敵の進行を塞ぐような戦い方になっていった。
「お茶はいかがですか?」
戦闘訓練を眺めるレティにミレイユがお茶を差し出す。
「ありがとう。いただきます」
レティは受け取ったお茶を口につけた。
これは戦線が硬直するわけだ。
おそらくオズワルドはここグレイフォードだけでなく、ブラックフォージ側にも同じ訓練を施しているのだろう。
「オズに訓練してもらうようになってから、死傷者が激減しました。ブラックフォージ側も本気で殺されるわけじゃないと思い始めたのか、昔ほど攻撃してこなくなりましたしね」
うまくいっている。
確かにうまくいっているが、レティは疑問を感じる。
今はともかく、最初はどうしていたのだろう。
オズワルドはブラックフォージ出身だ。
いくら傭兵とはいえ、敵側であるグレイフォードにいきなり信用されるわけがない。
一体、何があったのか。
「ああ、恥ずかしながら普通に警戒していましたよ。当時はまだ乱戦も多く、撤収時に敵の傭兵がそのままこちらの兵に紛れて来ることもあって、オズワルドはそれでグレイフォードに来たんです」
「そんなに雑な感じだったんですか!?」
レティが驚くのも無理はない。
しかし、考えてみて欲しい。
どこの誰ともわからない、服装もまちまちな傭兵が入り乱れて戦う中、敵味方を識別する手段が果たしてあるだろうか?
「それは…確かにそうですけど」
「裏切りも日常茶飯事だったので、傭兵の扱いは悪かったですし。オズは…ふふっ。オズは自分でオズワルド・ブラックフォージだって名乗っちゃったから。男爵家の長男が傭兵なんてしてるわけないから冗談なんでしょうけど。みんな困惑してました。どう考えても敵だろって」
ミレイユは笑いながら語る。
オズワルドさん、あんまり深く考えてなかったんだろうなぁ。
と、レティは思った。
「そんなある日、哨戒していた兵士がはぐれグリフォンに掠われたんです。グリフォンはそのままどこかへ飛んでいって、兵士は行方不明。私は兵たちに司令官として、ブラックフォージの次の襲撃に備えるよう指示を出しました。つまり、捜索を放棄したんです」
戦争をしているのだ。
昨日はあいつが死んだ。今日はあいつが死んだ。明日も誰か死ぬだろう。
湯水のように命が消費される中、死体が一人増えたからってなんだというのか。
それにグリフォンはどこかへ飛んで行ったまま、どこにいるかもわからない。
助かるかもわからない兵のために人員を割く理由はどこにもなかった。
また明日もブラックフォージの連中が攻めてくるかもしれないのだ。
「そんな中、オズが助けるべきだとか言い出して。しかも、私に直訴してきたんだ。司令官の私にだぞ。助ける方法があるのかと聞いてもわからないと言うし。でも、みんなで協力すれば助けられるかもしれないって力説してくる。当時はブラックフォージの攪乱かと思ったよ」
「それで、どうやってミレイユさんを説得したんですか?」
「どうもこうもないよ。オズは私を説得できなかった。ただ、その後オズは兵士一人一人に話しかけて、グリフィンに連れ去られた兵の友達を見つけ、魔法学校の落ちこぼれだが魔物の生態に詳しい奴を見つけ、勝手に捜索隊を結成した」
そして三日後、オズワルドはグリフィンに連れ去られた兵を見つけて戻ってきた。
戻ってきた捜索隊と助かった兵の姿を見て、ミレイユは戦慄した。
たった三日でオズワルドはグレイフォードの兵たちと完全に打ち解けていたのだ。
立場が悪くなったのはミレイユの方だった。
かたや敵でありながら命を救おうとした傭兵と、兵を見殺しにしようとした司令官。
どちらが人望を集めるかなど自明である。
兵たちの憎悪が向けられたその時、オズワルドは頭を下げて言った。
「ミレイユ。許可を出してくれてありがとう。おかげで助かったよ」
なんだ。
見捨てるとかなんとか言っておいて、実はミレイユ司令官の差し金だったのか。
確かに助からないこともありえたものな。
俺たちを心配させないためにあんなことを言っていたんだな。
一瞬で憎悪が引いていく。
ミレイユはオズワルドの嘘に救われたのだ。
「もう一つ、重要なことがあった。兵の捜索が始まってから一週間の間、ブラックフォージの攻撃が停止していたんだ。これまで毎日のように攻勢に出ていたブラックフォージが突然な。私には…オズが何かしたとしか思えない」
そこからゆっくりと、しかし確実に戦争は停滞していった。
ブラックフォージが突発的な作戦行動に出る前に、どこからともなく情報が手に入る。
逆にグレイフォードが電撃作戦を立案し、いざ決行という日になるとブラックフォージが守りを固めている。
「おかげで最近は死人どころか怪我人も出ない。だからこそ…オズが敵に回ったらと思うと不安で仕方なかった。でも、もうそんな心配は必要ない。今回、ブラックフォージが和平を望んでいることがわかったからな」
そこまで聞いて、レティは固まった。
ミレイユは勘違いしている。
オズワルドとレティはブラックフォージ男爵家の大使でもなんでもない。
ただ余計なことを言わないようにした結果、ミレイユが勝手に誤解しただけだ。
その状況が都合良かったから、乗っかっていただけである。
「これでようやく平和になるよ」
平和にはならない。ならないのだ。
オズワルドとレティはこの場を通過するだけ。
現実は何も変わらない。
レティはミレイユに情が湧いていた。
今すぐ、すべての真実を語り、楽になってしまいたかった。
レティはただの駆け出し商人だ。
本来、領地の存亡を左右できるような人間ではない。
そう伝えたらどうなるだろう。
この偽りの平和は終わってしまうのだろうか。
嘘に嘘を重ね続け
誰にも本心を告げられない。
そんな人生を生きていくのか?
「ミレイユさん…。私はただの駆け出し商人なんです。そんなふうに期待されるような人間じゃない。私たちはただグレイフォードに渡りたかっただけなんです。騙してごめんなさい」
年若い少女の心が耐えきれず、真実を口にする。
しかし、現実は残酷だった。
「あはは、ご冗談を。いいんですよ、そんなフリをしなくても。私の前では本当のことを話してくれていいんです」
真実を言っても信じてもらえない。
冗談だと思われてしまう。
「あの、本当に」
「もしかして、私を試してるつもりですか? 引っかかりませんよ。レティ嬢」
考えてみれば当然のことだった。
ミレイユはオズワルドが敵であってほしくない。
味方であってほしい。
この和平が嘘であって欲しくない。
平和な日々がいつまでも続いて欲しい。
世の中はもっとよくなって欲しい。
誰も苦しまない世界であって欲しい。
だから、レティの言葉はただの冗談であるはずだ。
幸福を望む人間の心が、事実を歪めていた。
それでいて。
真実が明らかになった日には「裏切られた」と言われるのだろう。
これが心。
人間の善意。
ミレイユの信頼が茨のように心を傷つける。
レティはその痛みをオズワルドに重ねていた。
ひょっとして、オズワルドに向けられた勘違いの多くは、こうした類いのものなのでは?
勝手な期待を押しつけられ、そうあれかしと、そうであるはずだと思い込まれ。
否定しても頑なに信じてもらえない。
故にごまかし続ける他になく。
本心は誰にも届かない。
それはどれほどの孤独だろう。
オズワルド。
オズワルド・ブラックフォージ。
ブラックフォージ男爵家、本来の正当後継者の名。
あの人は本当にただの冗談でその名を騙っていたのだろうか?
ただ20年間ずっと本当のことを言っていて。
誰にも信じてもらえなかっただけなのでは?
ずっと、誰にも…私にすらも。
レティがそこまで考えた時、バタバタと兵が駆けてきた。
「何事だ」
「ミレイユ司令! カルド・ブラックフォージ男爵が砦前に陣取り、オズワルドさんを出せと要求しています! さもなくば、砦を攻撃すると……」
「は?」
ついに恐れていたことが起きた。
和平が嘘である以上、ここはいつ攻め込まれてもおかしくはなかったのだ。
いくらメルたちが戦闘を拒否しても、領地を治めるカルドに指示されたら戦うしかないのだから。




