31.愛情創造
その女は罪にまみれていた。
殺人、強姦、強盗、詐欺、偽証、借金の踏み倒しから国家転覆に至るまで。
およそこの場で書き切ることのできない、無数の罪を犯していた。
悪魔アステリア。
そう呼称される赤い髪の女が、ある日グレイフォード監獄に収監された。
気の強そうな、気さくそうな…それでいて妙な色気のある、何を考えているかよくわからない女だった。
これほどまでの大罪を犯した女がなぜ今まで捕まらなかったのか?
否、既に何度か捕まってはいる。
ここより北。
アルメリア子爵の治めるアルメリアでも、何度かアステリアは収監されていた。
しかし、どういう訳か監獄から出てグレイフォードで捕まったのだ。
大罪の悪魔アステリア捕縛の報が大陸全土に広まると、アルメリア監獄からこのような手紙が届いた。
『けして誰もアステリアに近づけてはなりません。
あらゆる囚人と看守を可能な限りアステリアから引き離してください。
ごく短時間の接触も避けてください。
あの悪魔は人の心を絆します。
もっとも、どうせ無駄だとは思いますが……』
その手紙を読んだグレイフォードの看守達は笑った。
心を絆す?
確かに看守が囚人に同情して甘くなることはある。
囚人同士、結束することもあるだろう。
だが、このアステリアは収監初日に看守二名と囚人八名を「暇だったから」という理由で殺している。
同情の余地は微塵もない。
誰がこの女に心絆されるというのか。
被害者の死因は奇妙なものだった。
爆殺、氷結、雷撃、斬殺、単純な殴打に魔物の召喚。
高位の魔法使いでも困難な複数系統の魔法行使に、戦士職並の腕力を持ち、時には刃も持たずに看守を切り伏せた。
絆されはしないが、単純に粗暴で危険である。
確かに他の囚人からは引き離した方がいいだろう。
こうしてアステリアは地下に幽閉されることなった。
しかし、見張りに立たせた看守はなぜか全員気が狂い、夜になると喉をかきむしって自殺しようとするのでろくに見張りも立てられない。
「アステリアを死刑に処すべきだ」
本来ならばグレイフォードの法に則り、裁判を経るべき極刑も、相手がアステリアならば不要だろう。
あっさりと獄長の許可が下り。
看守たちは満場一致でアステリアを処刑することにした。
もっとも、アステリアを殺せるとは思っていない。
あれほど強大な力を持つアステリアならば、この程度の監獄…容易に抜け出せるはずだ。
爆裂魔法で壁を破壊して、外まで歩くだけでいい。
ほとんど災害に近いアステリアに打ち勝つ力を持つ看守など、グレイフォードには存在しないのだから。
頼むから出て行って欲しい。
それが看守たちの本音だった。
「え、処刑!? 今からァ?」
アステリアはどこからか持ち込んだ光る板きれから視線を移して、素っ頓狂な声をあげた。
板きれはたまに奇妙な音楽や声を流す、未知の魔導具だ。暗がりで眩しい光を放つので、直視すると目が潰れるともっぱらのウワサだった。何度没収してもいつの間にか消滅し、アステリアの手元に戻る、奇妙な代物だった。
「ええ~。マジっすかァ? 寂しくなるなぁ~。じゃァさァ。最後に一個お願い聞いてくんね? 後生だからマジで。だってさ、ほら…これから死ぬわけだし? 最後くらいイイ思いさせてくれよ。なァ…いいだろ?」
アステリアの扇情的な声に看守は奇妙な心地になる。
性的な視線を向けられているのだ。
看守にも欲はある。
だが、流石にアステリアと褥を共にするほど馬鹿ではなかった。
「あっそ、じゃ。奪っちゃお」
次の瞬間、看守はくちびるを奪われた。
先程まで牢屋の中にいたアステリアが瞬時に牢から脱出し、看守と接触していた。
瞬間移動である。
もはや牢獄が意味を成していない。
「ふーん。お前、こんな味か。イイじゃん。ありがとな…最後に優しくしてくれて」
看守は気が動転して固まっていただけだが、言われてみればアステリアを乱暴に振りほどくこともできたはずだ。
それをアステリアが優しかったと捉えるのも、そこまで不思議なことではないのかもしれなかった。
「あんた。逃げないのか? 逃げられるんだろう?」
看守は思わずそう口にしていた。
アステリアがにぃと笑う。
屈託のない笑顔だった。
「え、逃げちゃダメだろ。アタシは囚人なんだから…」
「それはそうだが…お前、これから処刑されるんだぞ」
こんなところで正論を言われると困ってしまう。
「まーね。だから、寝るのはナシだ。アタシが死ぬのはともかく、お前との子を殺すわけにはいかねーからさ! 悪ィなっ!」
アステリアは大人しく処刑されるつもりなのだ。
その事実に看守は驚いた。
この悪魔にも善性が存在したのだ。
確かに強大な力を持っていても、それが行使されないならば処刑できるが…。
「やっぱダメだって。アタシみてぇのが生きてちゃさ。どーせまた人殺すし。よくないよホント! 生まれてきたこと自体が間違ってたのさ! でも、今更謝ったって許されるとは思ってねえから…。罪を償いきれねぇ以上、せめて死ぬのは当然だろ…? あはは! なんて顔してんだよ。行こうぜ! 処刑場はアッチだろ!」
アステリアに肩を叩かれて、看守は処刑場へ案内する。
絞首刑である。
処刑人に処刑の合図を出すのは看守の仕事だった。
(アステリア……。お前は一体何だったんだ…?)
看守にはアステリアがわからない。
正直なことを言えばアステリアのことをもっと知りたかったが…もうその願いが叶うことはないだろう。
看守自身がアステリアを殺すのだから。
看守は合図を出し、処刑人がロープを切る。
アステリアの足元の板が開き、ロープが首を絞める。
死刑は執行された。
アステリアがもがいている。
苦しいのだろう、だがそれもじきに終わる。
さらば、アステリア。
せめてその死をもって、罪を償え。
誰もが死にゆくアステリアを見守る中、アステリアのもがきは止まらない。
一時間が経過した。
まだアステリアはもがいている。
二時間が経過した。
まだアステリアはもがいている。
四時間が経過した。
まだアステリアはもがいている。
翌朝になった。
まだアステリアはもがいている。
どういうことだ?
さらに二日経過。
まだ死なない。
三日経過、四日経過、五日経過、一週間経過、二週間経過、三週間経過。
一ヶ月経過。
アステリアはもがいている。
アステリアはもがいている。
食事も与えていないのに。
次の死刑囚が処刑される日がやってきた。
処刑場は一つしか無い。
アステリアは処刑台から降ろされた。
死なない。
アステリアは死ななかった。
なんで。
「よ、また会ったな! なんか死ねなかったみてぇだ! まいったねぇホント! カミサマも意地の悪いことをするらしい。じゃあ、次も頼むぜ!」
看守の口から言葉がこぼれる。
次って何だよ。
「何だよじゃねぇよ! グレイフォードの法律上、処刑に失敗したら後日持ち越しでまた処刑だろ? これを死ぬまで繰り返すのがルゥール! だからお前はこれからアタシを牢屋まで連れてくんだよ! ほらっ、なんて顔してんだ! 仕事しろ仕事! ほいほい! ほい!」
看守は一ヶ月もの間、アステリアを殺し続けたことで憔悴していた。
たとえ悪人であっても、人間を殺すことには抵抗がある。
かつて冒険者だった看守はやむを得ず野盗を殺したこともあったが、一ヶ月もの間、人を殺し続ける経験は初めてだった。
耳の奥にアステリアの首にかかっていた縄が軋む音がまだこびりついている。
それは頭蓋の裏に張り付いてどうやってもかきだせなそうだった。
おそらく、生涯残り続けるだろう。
精神にかかる負担が段違いだ。
まるで心の整理がつかない。
看守はアステリアを連れて行くはずが、むしろアステリアに連れられていた。
看守は囚人に食事を届けるのも仕事だ。
アステリアの意味があるんだかないんだかわからない雑談を聞きながら、そっけない返事をする。まるで心の整理がつかない。
何をしゃべっているのか、ほとんど聞き取れなかった。
そして翌日、アステリアの処刑が始まった。
またキスをされ、処刑場に連れて行き、絞首刑が始まる。
そういえば、最後に強く抱きしめられた。
体温が、少し肌に残っていた。
看守は合図を出すのを躊躇う。
だが、やらねばならない。それが仕事だからだ。
看守は合図を出し、死刑が執行された。
アステリアは死ななかった。
五時間が経過した時点でその場にいる誰もが耐えきれなくなった。
アステリアは瞬間移動で自由に牢屋から抜け出すことができた。
そしてその場にいるすべての人間と秘密裏に接触していた。
すでに経験したあの一ヶ月をもう誰も過ごしたくない。
アステリアは死刑台から降ろされる。
「悪ぃな! また明日も頼むよ!」
もう無理だった。
看守は精神を病んで部屋から出てこなくなった。
別の看守が立てられた。
アステリアはその看守にもキスをして、甘く愛を囁く。
そして自らに手をかけさせ、心を砕く。砕き続ける。
人は様々な苦難に耐えることができるが、愛するものを殺し続けることには耐えられない。
アステリアは地獄の機械のように。
すべての看守の心が壊れるまでこれを繰り返した。
「お願いです。どうか、どうかここから出て行ってください。何でもします。何でも…」
獄長、看守、囚人達に至るまで、そう懇願していた。
心を破壊されるのは死よりも恐ろしい。
だが、それよりも恐ろしいことがあった。
何より恐ろしいのは、こんなことをされてもなおアステリアのことを心のどこかで愛してしまっていることだ。
そんな自分自身こそが、もっとも恐ろしい。
アステリアの言動はどんな魔法よりも艶やかに心を絡め取っていく。
死と愛を使役するアステリアに、あらゆる抵抗は無意味だった。
合法非合法問わず、ありとあらゆる手段でアステリアを監獄から出す手続きが講じられた。
あらゆる不正は黙認され、すべてがアステリアのために動いた。
奴隷のようにひざまずく看守と囚人達をアステリアは睥睨する。
アステリアの椅子代わりになっているのは半裸の獄長だ。
アステリアは読み終えた書類を放り投げて言う。
「へぇ、国王からの恩赦を偽造かァ! やるじゃん獄長! 見直したよ! でも、これやると獄長のクビ飛んじゃわない?」
「まぁ、そうなのですが…アステリア様の為に死ねるのならば本望ですから…キリッ」
半裸の獄長に羨望の眼差しが向けられる。
アステリアの為に死ぬことはこの上なく名誉なことのように思われた。
「よし、これでようやく出られるとして…。そういやアタシ今すげえ借金あってさ。誰か欲しいひといる? 借金! 10億くらいあるんだけど! 代わりに払ってくれたら嬉しいなァ!」
監獄中が色めき立つ。
「どうか借金させてください!」
「馬鹿! 俺が借金させてもらうんだよ!」
「てめえに支払い能力があるわけねぇだろうが!」
「関係あるかンなもん! 金払えなかったら死ねばいいだけじゃねえか!」
獄長が看守が囚人達が、我こそがアステリアの借金を肩代わりせんと奪い合う。
熱狂の坩堝にある彼らに、もはや正常な判断はできない。
アステリアに気に入られるためなら、どんなことでもする。
ただその一心だった。
「よぉしよぉし! みーんないい子だなァ! じゃあ、順番に借用書を書いていこうかァ! 苦痛はみんなで分かち合わないとねェ! 苦しみは二人で分ければ二倍! 三人で分ければ三倍だァ! さァ! みんなで無限に苦しもうじゃないかァ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
狂乱の歓声と共に、それは現れた。
――――――――――
【クエストクリア】
警戒レベル最大のグレイフォード監獄から脱出する
【チート・クリエイト】がレベル309になりました
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「ふ~ん、もうこれで脱出扱いになるんだ」
ウインドウに文字が流れていく。
――――――――――
【チート・クリエイト】:レベル309
・APL『愉快なFX』レベル210
・TGC『アルケミックモンスターズ・デュエルロード』レベル301
・DRPG『ダンジョンハッカーズ』レベル299
・MMORPG『ディアブロ・ファンタジー8』レベル255
・FG『フェイティング・スピリッツ11』レベル207
・SLG『文明の箱庭』レベル300
・RPG『マルクト戦記』レベル289
・LIFE『■■■■■の世界』レベル309……etc
【新たなワールドがアンロックされました】
・???
ワールドスキルが追加されます
――――――――――
悪魔は笑う。
「まっ、いい暇つぶしにはなったかな」




