15.誤算
ブラックフォージ領境界警備隊に囲まれて、オズワルドとルシアンは対峙していた。
警備隊の面々はオズワルドがスキルを使えないことを知っている。
彼の真価は的確な指示であり、人を使う力。
一人で戦う力ではない。
ルシアンもまた伝聞からオズワルドがまともな戦闘力を有していないと聞いていた。
本来なら前線で戦うルシアンと一対一で勝てるはずがない。
だとしたら、これは卑怯なのでは?
ふとそう考えたが、頭を振って迷いを散らす。
ルシアンからすれば、オズワルドが境界警備隊を堕落させたようなものだった。
敵であるグレイフォードとの戦闘を避け続けているばかりか、下賜された装備を売り払って私腹を肥やしている。
増税が戦争が終わるまで続く以上、一刻も早くこの戦争を終わらせなければならないのに何を悠長なことをしているのか。
こんなことではいつまで経っても戦争は終わらない。
ルシアンの心が燃え始めた。
不実を指摘されたら「戦って隊長の座を奪え」だって?
正しさを証明しようともせず、負けることで逃げようとしている。
この男には責任感がない。
ああ、やってやるよ。
みんなが幻滅するくらい、徹底的にギタギタにしてやる!
ルシアンが燃えるような瞳で剣を正眼に構えると、オズワルドは左手で剣を下段に構え、右手でウインドウを呼び出した。
「おい、どこを見ている!」
ルシアンの叱責を無視して、オズワルドは操作を続ける。
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【チート・クラフト】:レベル4
【ワールド選択】
・SLG『文明の箱庭』レベル3
・RPG『マルクト戦記』レベル2◀ ピッ
・『???』
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ルシアンの頭上にHPバーが表示される。
実のところ、オズワルドはどうやって勝つとかどうやって負けるとか、そういったことを考えていなかった。
隊長の座を賭けた戦いも、ルシアンの怒りも、周囲の期待もどうでもいい。
そんなことより、【チート・クラフト】の性能が気になるからだ。
RPG『マルクト戦記』は戦闘中しか使用できない。
野盗は三徹明けでぼんやりしている間に倒してしまったし。
レティに対して技を放つわけにもいかず、検証が遅れていたのだ。
勝敗より検証、名誉より検証、何よりとにかく検証したい。
知りたい。
もっと知りたい。
前世から引き継がれたゲームクリエイターの魂が検証を欲していた。
挑発したとはいえルシアンは人間。
本気で殺しにかかってくることはないだろう。
モンスター相手に検証するより安全なはずだと。オズワルドは考える。
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【チート・クラフト】:レベル4
【ワールドチェンジ】
・RPG『マルクト戦記』レベル2
ワールドスキル
【通常攻撃】
【戦技】
・体当たり◀
・銭投げ
・アローレイン
・轟雷拳
・黎明超次元斬(浄滅)
【魔法】
【防御】
【換装】
【逃げる】
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また技が増えている。
一つずつ調べていきたいが、いくらなんでもルシアンに黎明超次元斬(浄滅)を放つのは憚られた。
マルクト戦記がレベル2になってから表示されるようになった説明によれば、邪悪な存在にしか効かないらしいし、万が一効いたら殺人事件である。
前回放ったら予想以上に攻撃範囲が広く、レティを巻き込んでしまったし、慎重に検討するべきだろう。
体当たりから始めてもいいかもしれない。
これならルシアンも無事だろう。普通に躱されそうだが。
銭投げも気になる。
説明には所持金を失うとあるが、どれくらい失うのかわからない。
たぶん、コインを投げることになるのだろうから後で拾えばいいのではないか?
アローレイン。
雨のように矢を放つ…か。
ルシアンはハリネズミのようになって死んでしまうかもしれない。
攻撃範囲によっては周囲で応援している警備隊のみんなやレティも死ぬかも。
これはナシだな。
轟雷拳。
激しい雷を纏った強力な一撃を放つ。
いかにも強そうだが、雷を纏ったらオズワルド自身も感電して死にそうな気がした。これ、意味あるのか?
「おい! 聞いているのか!」
ウインドウを前に硬直したオズワルドにルシアンがキレる。
オズワルドは心底、オズワルドを実験台にしてよかったと思った。
モンスター相手ではこうはいかない。
ゆっくり検証する暇がないばかりか、場合によっては一方的に殺されている可能性すらあった。
戦技だけではなく魔法も気になる。
検証したいことだらけだが、まずは上から順にルシアンが死ななそうなものから選んでいこう。
体当たりならルシアンも死なずに済むはずだ。
普通に返り討ちにあうと思うが、最後には負けたいので何も問題なかった。
オズワルドが【体当たり】を選択すると、予想外のことが起こる。
ビーッと、不思議な音がした。
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あなたのターンではありません
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「何!?」
驚きも束の間、ルシアンが憤怒の形相で襲いかかってくる。
かなり早い。
結構本気で殺しにかかってきているように見えた。
おそらく速度に特化した剣士系スキル持ちなのだろう。
だが、熟練度はそれなり。
十分に対応できる範囲だ。
オズワルドはいつものように技の起こりを叩こうとするが……。
なぜか身体が動かない。
戦闘においてこれほど致命的なものもないだろう。
だが、オズワルドは冷静だった。
完全に動けないわけではない。
これは今まで受けてきたあらゆる状態異常と異なる何か。
猛毒でも麻痺でも石化でも記憶抹消でも空間固着でも時間停止でも因果切断でもない【何か】だったが、他の状態異常よりはずっと安全だ。
なんだこれ? 珍しいな。
そう思いながら、ゆらりと半身になり防御を固める。
オズワルドの身に何が起きたのか知るよしも無いルシアンは、ただ全力で技を放った。
【連続斬り!】




