14.ブラックフォージ領境界警備隊
副隊長のメルが「たいちょぉ~~!」と言ってオズワルドの脚に抱きつく。
まるでだだをこねる子供のようだった。
他の警備隊たちは敬礼したままだ。
「やかましい、離れろ。俺はただの傭兵だと言っているだろうが」
「もう離さない~~! 逃がしませんよぉ~~!!」
メルは小柄だが鍛えているので力が強い。
両手両足で右足にしっかりとしがみついて離れようとしない。
くそ、これだから来たくなかったんだ。
先ほどまで商人の顔をしていたレティが呆然とする。
「あの、オズワルドさん。その方は一体……」
「こいつはブラックフォージ領境界警備隊の隊長だ。なぜか副隊長を名乗っているがな」
レムがくるっとレティの方を見て叫び、警備隊達が続く。
「隊長は隊長だから私は副隊長なんですっ! 即ち、私は副隊長っ!」
「そうだそうだ!」
オズワルドが戦争の激化を止めるためにブラックフォージ領とグレイフォード領を行き来していた頃、一時的にブラックフォージ領の作戦指揮をとったことがある。
グレイフォード側の事情を熟知していたオズワルド。かたや断片的な情報しか持たないメル。
差が出るのは当然だった。
「一体何手先まで読んでるんですか……」
当時のメルがそう呟くのも無理はなかった。
オズワルドからすればグレイフォード側の継戦限界から逆算し、さも「まだ戦えるかのように」戦力を配置するだけでよかったのだが…。
オズワルドは一切のスキルを使えなかったが、大抵のことはスキルを持っている者を従えれば事足りた。
むしろ、自分のスキルに固執して他人の力を借りることができない者より多くの環境に適応できたと言える。
カルドは【剣聖】スキルを授かって喜んでいたが、果たして政務においてその剣技がどれほど役に立っただろうか。
そんなもののために追放されたと思うとオズワルドは少しやるせなくなった。
ふと、視線を感じる。
警備隊たちがレティの商品に群がっていた中、一人だけゴミを見るような目で見ていた男がオズワルドを刺すような目で見ていた。
「あなたが隊長? 軍の編成には組み込まれていなかったはずですが」
オズワルドは感心した。
お、こいつキッチリ編成書に目を通しているのか。
本来は隊長が人目に触れぬよう保管するべき編成書が閲覧されているということはメルが適当に放っておいたのだろう。
それと同時に残念に思う。
何年も更新されず。どこの者ともしれない傭兵を大量に編成に組み込んだ今、編成書は役に立たない紙切れでしかないからだ。
「俺は隊長じゃねえっつってんだろ」
「皆が隊長だと認識しているのが問題なのです。随分大仰な戦果を上げたと聞いていますが、この堕落はなんですか。あなたが指揮権に抵触するからこのようなことになったのでは?」
他の警備隊たちが正規装備を売り払って金に換えている状況でも、男は全身装備を統一している。
確かに傭兵を堕落させたのはオズワルドだ。
もっとも、それは必要があったからなのだが。
メルがするっとオズワルドの脚から離れて俺に突っかかってきた奴の首根っこをひっつかんで怒鳴り散らす。
「おい、てめぇルシアン! 隊長の言うことが聞けねえのかぁ? ああん!? あ、隊長。このアホには後でキチッと言って聞かせますんで。隊長室に戻ってくださいねっ! ルシアンてめぇ、今日は眠れると思うなよ?」
無法者みたいな圧のかけ方だった。
ルシアンと呼ばれた男は不服そうにしている。
それはそうだろうな、とオズワルドは思う。
「隊長が帰って来たということは、何かが起こるに違いない!」
「やべえことになりそうだぜ」
「ワクワクしてきた!」
「隊長! 次は何が起きるんですか!? 教えてくださいよぉ~!」
「モンスターですか!? でかいモンスターが出るんですか!?」
俺は周囲の警備隊たちから羨望の眼差しをかけられるが、誤解だ。
オズワルドは英雄になるつもりはない。
数多の英雄たちと行動を共にしたことで「俺はああはなれない」と諦観しているからだ。
オズワルドの望みはできる限り働かずに日々を過ごしたいだけ。
傭兵の指揮など、したくなかった。
「待て、お前ら。ルシアンの言うことはもっともだ」
俺が警備隊たちを手で制してそう告げると、全員黙って傾聴しピリッとした空気が生まれた。
「そもそも俺はただの傭兵でお前らの指揮権なぞ持っていない。お前らが勝手に隊長と呼んでいるだけだ。そうだろ」
「でも、隊長は隊長ですよ……」
現在進行形でルシアンをしばいていたメルがぼそっとこぼす。
警備隊たちは口にこそ出さないが目が「そうだそうだ」と言っていた。
「悪かったなルシアン。何かみんな勘違いをしているようだが、本当に俺はただの傭兵なんだよ。だからさっさとここを通過したいんだが……」
オズワルドはメルを一瞥してはさっと視線を切り、ささやくように続ける。
「そうだな…ルシアン。…どうだろう…ここはひとつ俺と戦って隊長の座を奪うというのは…」
警備隊たちが「二人で何を話しているんだ?」とざわめいている。
レティに至っては完全においてけぼりである。
「えっ、それは。決闘でもしろという…?」
オズワルドは考える。
すべてをルシアンに任せてさっさとグレイフォードに渡ろう、と。
「そうだ。君がこいつらの前で俺をぶちのめせば指揮権を掌握できる」
「それは…そう…ですが」
オズワルドは真実しか並べていない。
すべて事実だ。
だからこそ、ただ真面目なルシアンは反対できない。
それでも「はい」と言わないのは得体の知れなさがルシアンを押し留めているからだった。
まだまだ若造だが、勘はいいな。
後はたった一言、背中を押してやればいい。
「なんだ。怖いのか?」
ルシアンは途端、真っ赤になってぶるっと震えた。
ルシアンから見たオズワルドはブラックフォージ領を守る警備隊を堕落させた邪悪な傭兵。
加えてルシアンは正義感が強く理路整然とした生真面目な性格。
こうした根回しは反吐が出るほど嫌いだろう。
まして挑発されれば。
「受けて立ってやりますよ! 隊長の座を賭けて勝負です!」
ルシアンが叫ぶと、オズワルドはにっこり笑顔になって手を叩く!
「よぉし! 俺が負けたら次の隊長はこいつだからそこんとこよろしく!」
警備隊の面々は「ええ~~!?」とブーイングし。
一部の勘のいい者たちは賭けをはじめた。
オズワルドに負けてほしくないメルは「一対一なんて卑怯だぞルシアン! 私も参戦させろー」などと、叫んでいる。
ここでわざと負ければ晴れてオズワルドは自由である。
それはとても簡単なことであるはずだった。




