13.レティ、奮起する
「我々はブラックフォージ領境界警備隊である! 今は戦争中だぞ! ここから先は危険だ。すぐに来た道を帰りたまえ!」
どこか肩肘張った女の声がして、レティが馬車を止める。
周囲を見れば物陰から境界警備隊が囲んでいた。
服装はまちまち。
あきらかに冒険者くずれの者、村から出てきたばかりっぽい者、正規軍の装備をつけているものもいるが装備がちぐはぐだ。
レティが押し黙るのも無理はない。
追い剥ぎなのか警備隊なのかぱっと見ではわからない容姿だった。
乱戦のどさくさに紛れて境界を越えようとしていたレティなら策くらいあるだろう。
そう考えてオズワルドは馬車の荷台で横になる。
「実は私は商人でして、物資にお困りじゃないかなぁって」
商人という言葉を聞いて、警備隊たちがわざめき。
しばらくして一人のちっこい女が出てきた。
「商人? まだ予定の期日ではないはずだが…誰の紹介だ?」
尊大な言葉遣いでじろっとレティを見るが、似合っていない。
身長が低く顔がかわいらしいので無理があるのだ。
オズワルドは荷台の端から様子を伺う。
ブラックフォージ領境界警備隊はオズワルドの古巣だ。
オズワルドは少し前までここで傭兵をしていたが、めんどくさくなってきたので何も言わずに辞めている。
黙っていなくなったので若干気まずかったが、実際にかつての仲間を目にすると懐かしさが勝った。
いやー、愉快なもんだね。
若い奴らががんばってるのを寝ながら眺めるのは。
がんばれよー。レティ。
そんなオズワルドとは裏腹にレティは緊張の最中にあった。
故郷ラングスカを出て初めてのまともな商売。
もしやっていけないなら、野垂れ死ぬことも覚悟しなければならない。
「すみません、紹介は受けてなくて…。でも、せっかくですしどうですか? 色々ご用意してますので、数日滞在できたら嬉しいんですが」
「ならんならん! ブラックフォージ領境界警備隊は指定の商人としか取引しない! 早々に立ち去れ!」
笑顔を貼り付けたままレティは内心で動揺を噛み殺す。
この程度で押し負けるようではどのみち商売などできないという当たり前の事実が、レティを踏みとどまらせていた。
一方で不安もよぎる。
女が旅の商人なんてどのみち無理だったのでは?
レティを囲むのはまるでごろつきみたいな大人たち。
腕っ節では勝負にならない。
襲いかかられたらひとたまりもないだろう。
女だという理由で舐められることも、下に見られることもあるだろう。
それは当たり前のことだ。
これから先も自分よりずっとずっと強い人間を相手にし続けることになる。
だが、それが商人になるということなのだ。
レティは世間を渡っていかなければならない。
未来など何もわからないまま、それでも希望を持って、レティは笑った。
「いやぁ、そこをなんとか。あ、新鮮な食料もありますよ!」
副隊長の口からよだれがでた。
境界警備隊は慢性的に生鮮食品に飢えている。
レティは思った。
これだ! この路線で畳みかけよう!
「メル副隊長! ちょっとくらいいいじゃないですかァ!」
「もう魚は嫌だァ!」
レティは何か言いかけて止める。
今じゃ無い、今はお客さんに盛り上がってもらうべき時間だ。
商売には時に待つことも必要なはず。
「酒は! 酒はあるのか?」
「トランプはあるか? もうすり切れちまってさァ!」
「肉が食いてぇよぉー!」
後ろに控えている警備隊たちが一斉に抗議しはじめた。
メルが怒声を浴びせるが、声が甲高いのであまり威圧感はない。
「黙れお前ら! 機密はどうした機密は!」
「メル副隊長! どうせもうバレてますって! だから来たんじゃないですか? 普通こんなところまで商人来ないっしょ!」
「隊長もまたフラッといなくなっちゃったし、俺らもたまには羽を伸ばしてぇんですよ!」
副隊長の静止を振り切り、ちぐはぐな服装の警備隊たちがレティの前に集まっていく。
警備隊と言えば聞こえはいいが、寄せ集めの傭兵だった。
その仲でも一人だけ全身正規の装備をした男が距離を取っている。
ゴミを見るような目でレティの前に集まった警備隊達を見ていた。
「うう、みんな言うこと聞いてくれない……」
副隊長のメルがうなだれた。
レティはメルを敢えて無視し、警備隊たちに向かって啖呵をを切る。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 取り出だしたるは新鮮な食材の数々! どうぞうどうぞご覧あれ!」
かつて故郷ラングスカの店先で繰り返した文句は淀みなく、警備隊達の心を掴んだ。
啖呵と同時にポンポンと肉や野菜、牛乳瓶が現れる。
「おおー! すげえ! 【アイテムボックス】じゃねえか!」
「新鮮なミルクだ!」
「助かるなぁ」
「最近はずっと保存食でしたもんね」
「あと魚な」
褒められて嬉しいのか、レティは「うぇへへ」と笑う。
安心して少し地が出てしまった。
それでも様々な注文を取り品物を渡し、手際よく貨幣を受け取っていく。
学んだ技術が通用する。
それだけでレティは嬉しかった。
私の努力は無駄じゃ無かったんだ。
「昔買ったロングソードが全然ダメでよぉ。何かいい武器ないかい?」
「あ、すみません。流石に武器は【アイテムボックス】には入りきらなくて。ちょっと待っててくださいね!」
流石に装備品は荷台に置いているのか、オズワルドが寝ている荷台に踏み込んできた。
入れ替わるようにオズワルドは馬車から降りる。
この流れだとレティは境界地帯に滞在して、グレイフォードへ抜ける方法を探るだろう。
じゃあもう隠れていても仕方ないな。
そう考えたオズワルドはメルの前に立つ。
「おい、元気にしてたか? メル」
「た、隊長~~~~~!! 帰ってきてくれたんですね~~!! 私、もう愛想を尽かされたのかと~~!」
副隊長メルがそう言うと、皆が一斉にオズワルドを見た。
「隊長!」
「隊長じゃないですか!」
「やった! 隊長が戻ってきたんだ!」
「おい黙れ! 敬礼だ! 敬礼!」
「はっ! 敬礼!」
先ほどまでの乱れた規律はなんだったのか。
オズワルドが姿を現しただけで統制が回復した。
オズワルドは傭兵だ。
隊長ではない。
周囲が勝手にそう呼んでいるだけだ。
正規の役職ではメルが隊長である。
「お前ら元気にしてたか?」
「「「サーイエッサー!」」」
これが面倒くさくてとんずらしたんだよな。
そう、オズワルドはぼやいた。




