12.暗黒破壊竜グランギニョル作成
翌朝、オズワルドはレティの駆る馬車に揺られながら【チート・クラフト】を調べていた。
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【チート・クラフト】:レベル4
【ワールド選択】
・SLG『文明の箱庭』レベル3
・RPG『マルクト戦記』レベル2
・『???』◀ ピッ
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オズワルドが???を選択するとブブーと音が鳴った。
何らかの条件を満たしていないのだろう。
ちなみに『マルクト戦記』レベル2を選択すると。
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【エラー】
戦闘エリアではありません
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同じくブブーと音が鳴るものの、なぜ使えないか説明してくれる。
警告音が鳴って失敗することは同じだが、オズワルドはこのエラーというのが出てくると心が落ち着く。
これがどういうものなのかはよくわからないが、とにかく情報をくれることは確かだった。戦闘エリアではありませんということは、戦闘エリアならば使えると言うことかもしれない。
逆に『???』はエラーが出ないので、どうやったら使えるようになるのかわからなかった。
エラー……。なんて便利なんだ。もっと出てくれ。
ちなみに『文明の箱庭』レベル3は普通に使えた。
こちらは逆に戦闘エリア外でないと使えない可能性があるだろう。
『文明の箱庭』レベル3はハイポーションやハイエーテルも作成できるが、もし戦闘中に使えないとなると厄介なことになりそうだ。
今のうちに作成しておくか。
オズワルドがハイポーションやハイエーテルを作成しているとレティがこちらをチラ見して「あっ、在庫整理…」と呟く。
在庫整理をしていると勘違いしているのだ。
オズワルドは『文明の箱庭』レベル3で現在作成できるものをぼんやり眺める。
かなり多い。
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【ハイポーション作成】
【ハイエーテル作成】
【自転車作成】
【馬車作成】
【車作成】
【召喚屋作成】
【暗黒破壊竜グランギニョル作成】◀
【木製スプーン作成】
【コップ作成】…etc
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なんだこれ、暗黒破壊竜?
戦闘エリア外に暗黒破壊竜を作成してどうしようっていうんだ。
用途が街を滅ぼすしかないような気がするんだが。
むしろ、なんでこれ戦闘エリアじゃ使えないの?
どう見ても戦闘用だろこれ。
暗黒破壊竜。
暗黒破壊竜か。
ワクワクする。
ワクワクはするが……。
これは使い道がないな。
と、オズワルドは唸る。
もし、作成したら俺は暗黒破壊竜に殺されるかもしれないし。暗黒破壊竜が大人しかったとしても食費の問題がある。
暗黒破壊竜グランギニョルって何食べるの? 人?
流石に用が済んだからといって気軽に野に放っていいものではないだろう。
飼い主の責任というものがある。
そもそも飼い主と認識してもらえるかも怪しかった。
でも、気になる…。
オズワルドは震える指先で【暗黒破壊竜グランギニョル作成】に触れかけて、耐える。
好奇心も大概にしろ。
最悪ここで全滅だぞ。
そうどうにか自制して、指をウインドウから離す。
「危ないところだった。すべてが…終わるところだった」
ほっと息をつくオズワルドの姿を、レティは見ていた。
(在庫整理にそこまで神経を使うなんて…。いえ、違うわレティシア。わたしは在庫整理を舐めていた。在庫整理ひとつですべてが終わることもある……そういうことね。勉強になります!)
本日も勘違いフルスロットルである。
ふと、オズワルドがあたりを見渡す。
ん、なんだ。
流石にここまで来ると見覚えがあるぞ。
「なぁ、レティ。そういえばどこに向かってるんだ?」
嫌~な予感がした。
だって、どう見てもこの方角は。
「グレイフォード領です!」
やっぱりか。
と、手で顔を覆うオズワルド。
「グレイフォード領…。今、俺たちがいるブラックフォージ領と絶賛戦争中のグレイフォード領?」
「はい!」
真意がわからない。
一体これはどういうことか。
「なんでわざわざグレイフォードに行く。商売ならブラックフォージ領でやればいいだろう。目的は亡命か?」
オズワルドの発言は「ブラックフォージ領を裏切るのか?」ともとれるが…。
「いえいえ、普通に商売ですよ」
レティはなんてこともないように返答した。
ちょっと自慢げにこう続ける。
「ご存じの通り、ブラックフォージは周囲を山と海に囲まれています。隣接する領は東部のグレイフォードのみ。しかし、グレイフォードは北でアルメリアと接しているから物資の流入が多いはずです」
オズワルドは舌を巻いた。
ここまで考えている商人がまだブラックフォージ領にいたとは。
「その通りだ。グレイフォードと断絶しているブラックフォージは海路で取引するしかない。流通の差は歴然だな」
ほとんどの消費者は漫然と日々を過ごすばかりで気づいていないが、ブラックフォージはグレイフォードに陸路の流通をほぼ押さえられてしまっている。
オズワルドの父ドラザールも弟カルドもついぞ認めることはなかったが、ブラックフォージ男爵領は地政学的にグレイフォードに劣っているのだ。
カルドはグレイフォードと戦っているつもりだろうが、グレイフォードとそれを支援するアルメリアという図式で考えるなら経済的には二対一。
アルメリアを支援する中央領のことを考えれば三対一にも四対一にもなりえるだろう。
戦いとは剣だけでするものではないのだから。
「まぁ、そんなわけで。グレイフォードに行った方が儲かるかなって。あ、もちろんグレイフォードで買い揃えた商品はブラックフォージで卸しますよ! 私もブラックフォージの生まれですからね!」
オズワルドは考える。
ブラックフォージ領の住民である俺に気を遣っているようだが、本心は好きに稼げればどこでもいいのだろう。
ほとんどの商人が自国領での商売に徹することしか考えられない中で、ここまで広く物事を考えられるやつも珍しい。
だが……。
「なるほどな。それで、どうやってブラックフォージとグレイフォードを隔てるソルディア川を渡るつもりだ? 橋はこの二十年ですべて破壊されているぞ」
「ふぇ!? そうなんですか!」
知らなかったらしい。
だとしても奇妙だった。
「仮に橋がかかっていたとして、どうするつもりだったんだ。通れるわけないだろ。戦争してるんだぞ」
「いやぁ、乱戦中にイチかバチか突っ込めばいけるかなぁって」
大人しそうな顔してすごいことを言い出した。
「正気か?」
「しょ、正気ですよ! 隙あらばまっすぐ走って振り切るつもりでした! ふんす!」
血みどろの争いを繰り広げるブラックフォージとグレイフォードの軍勢の中、どさくさに紛れて戦場を突っ切るレティが想起される。
『うおおーー! いけーーー! 生きるか死ぬかーー!!』
繊細なのか大胆なのか。
こいつ、面白すぎる。
そこまでして商売がしたいか。
「くっくっく。レティ、お前は大成するよ」
オズワルドの経験上、何かを成す人間というのはこれくらい突き抜けているものだった。
レティがむくれているが、気にしない。
「橋が全部落ちてるとか、誰か教えてくれたらよかったのに…」
ここ二十年の間、グレイフォードの侵攻を警戒したブラックフォージは新しい地図を作っていない。
むしろ、詳細な地図がグレイフォードに流れることを恐れて民間の地図を探し出しては焼いているくらいだから、レティが知らないのも無理はなかった。
「おい! そこの馬車! 止まれ!」
ブラックフォージ領とグレイフォード領の境界線に近づいたからだろう。
ブラックフォージ領境界警備隊の面々が警戒しながら声をかけてきた。




