11.1850年後 マリア・アークレットの秘蹟収集 その2
かくして私、聖遺物収集課のシスター、マリア・アークレットはミルカ村で石臼を囲んで踊り狂ったのだった。
そう手帳に記し、私はひとりごちる。
昔のひとって歌と踊りが娯楽だったって言うけど、本当だわ。
シスターなのに普通にフィーバーしてしまった。
ごほん、奇跡の石臼の秘蹟収集も終えたし。これも仕事仕事!
気を取り直して私が向かったのはミルカ村より東に向かう街道だ。
鉄道で東から西に来てまた東に向かうわけだけど、今回は鉄道を使わない。
徒歩だ。
金色の稲穂が揺れる中、のんびりと歩いていると最近流行の自家用のディーゼル車が走ってきた。
バックで。
「わ、ちょ! 何してるんですか!」
私があぜ道に入って抗議の声をあげると年若のカップルが窓からディーゼル車から顔を出し「ごめんごめん」と謝ってきた。
「この先、車じゃ通れないって知らなくてさ!」
「そうでしたか。古い道ですし、道幅も狭いですからね」
「そうなのよ! これじゃUターンもできない。仕方ないからバックで戻ってきたというワケ!」
ワケ、じゃないわよ!
「危ないですから、気をつけてくださいね。人でもひき殺したら重罪ですよ!」
男の方がごめんごめんと笑う。
ほんとにわかってんのかな。
「しかし、あれは一体なんなんだい? しばらく行った先に出店がひしめいていて人でごった返しててさ。僕らチェス…ッカーナからドライブゥしてるんだけど、あんなの初めて見たよ。リラ、知ってる?」
「あたしも知らな~い!」
ちっ、ボンボンカップルがァ!
顔がいいだけで何もしらんのか!
聖域をガスもくもくの自家用車で巡礼とか罰当たりにもほどがある!
「あの、よろしければ由来などお聞きになりますか?」
私が内面の邪悪を押さえ込んでシスタースマイルでそう言うとボンボンカップルは「聞きたい聞きた~い!」とせがんできた。
ふふふ! 大いなる知の前にひれ伏すがいい!
「こちらの街道はかの大商人レティシア・ノーランが商業神レム・イーに出会ったとされる神聖な場所なのです」
つまり、お前たちが土足…じゃないや。
車輪で踏み荒らしていい場所じゃないんだよ!
「へー、意外ー!」
ぜ、全然伝わらない。
「レティシア・ノーラン。歴史の授業で聞いたかも」
お、男の方はまだ知性があるようね。
グランマルク伝――レティシア・ノーランの再起
悪魔アステリオの策略によって胡椒が暴落し、巨万の富を失ったレティシアはミルカ村から東…グレイフォードへと続く街道で地獄の狼・フェンリルに襲われる。※1
フェンリルに騎乗するのは滅びを意味する暗黒騎士、疾く駆けるフェンリルにレティシアの駿馬も逃げ切ること能わず、遂には噛みつかれてしまう。
そこで現れたのがこの地に古くから住まいし神の一柱・商業神レム・イーだった。
レム・イーとフェンリルに騎乗する暗黒騎士の激しい戦いは三年と三ヶ月と三十三日にも及び、レム・イーは死闘の末、その大いなる富の輝きによってフェンリルの目を潰し、暗黒騎士はその光の波濤になすすべなく消滅したと言われている※2。
間一髪、一命を取り留めたレティシアにレム・イーはこう告げたと云う。
『汝…死に給うことなかれ※3』と。
レティシアはその教えに心を打たれ、再び得た巨万の富を人々に公平に分配する重要な動機を得たのである。
※1 レティシアが生きていたとされる時期に胡椒が暴落した記録は複数発見されており、現在では通説となっている。
※2 このフェンリルと暗黒騎士は実在した魔物ではなく、商業における破産や破滅の象徴とするのが現在の通説。三年と三ヶ月と三十三日とは一度破産したレティシアが再び商いを始め再起するまでにかかった時間と考えるのが自然であろう。破産からの再起もまた商人の戦いである
※3 現代語訳ではこのような言い回しがされていえるが、古い版ではより記述が多い。『諦観、厭うことなかれ』『絶望、厭うことなかれ』『悲哭、厭うことなかれ』『堕天、厭うことなかれ』『負債、厭うことなかれ』『汝…死に給うことなかれ』と続く。学派によって解釈が別れ度々論争になったため、現在では『汝…死に給うことなかれ』のみ記載されている。
「なっ、がい! 長いわよ!」
「ごめんね、ハニー。退屈させちゃって。あ、それじゃ僕たち戻るから。じゃあね、シスターさん!」
せっかく説明してあげたのに、カップルはそんなことを言って去ってしまった。
ディーゼル車がバックで去って行くのはどこかまぬけだ。
「ふん、いいわよ。別に」
もしかして、私がおかしいのかな。
シスター生活が長いと俗世と乖離して、価値観がかみ合わなくなるっていうけど。
私、大丈夫よね……?
ちょっと心配になりながら
とぼとぼと歩いていると、人垣が見え始めた。
通りの左右には出店が並んでいる。
商業神・レム・イーの逸話残るこの地で出店が始まったのは1200年ほど前。
レム・イーとレティシアのネームバリューにかこつけて始めたのではとは言われているけど、1200年も続けばもうそれは信仰だ。
人でごった返していて、まるで祭りのようだった。
まぁ、これじゃディーゼル車は通れないよね。
「1850年。商業神・レム・イーの市……その御業尽きず。っと」
そう私は聖遺物記録に追記する。
「あ、シチューの匂いがしてきた……」
レティシアがこの地で作ったって触れ込みだけど、流石に眉唾だと思う。
まぁ、私はおいしければそれでいいか!
たのしみー!




