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7:ライラック(1)


 人の一生は生まれた瞬間に決まるものだと思っていた。

 貴族家に生まれた子は順風満帆な人生を送り、スラム街で生まれた子はロクデモナイ人生を送るものなのだと、ずっとそう思っていた。

 だからあの時。君に出会って初めて、人生とは自分の力で切り開いていくものなのだと知ったんだ。



 *



「ここまで来たら、絶対にアンリエッタに好きと言わせたい」


 自らの手で摘んできたライラックの花にリナリアやイベリスを混ぜながら、真剣な眼差しでブーケを作るクロードは、徐にポツリと呟いた。

 

「ここまで、と言うほどのところまで来ているとも思えませんが?」


 むしろスタートラインに立てているかどうかも怪しい。ミゲルは小さくため息をこぼし、メガネの端をクイッと上げた。

 ミゲルの物言いが気に障ったのか、クロードはキッと彼を睨みつける。


「そんな顔をしないでくださいよ。泣いちゃいますよ」

「気持ちの悪いことを言ってんじゃねーよ。ったく」

「まったく、とため息をつきたいのはこちらの方なのですが?……まさかソレを奥様に渡すおつもりですか?」

「当たり前だろう」

「僕なら受け取りたくないですね、そのブーケ」


 ブーケの意味は、『初恋の君。どうか僕の思いに気づいて』といったところだろうか。

 込められた意味にミゲルは寒気がする。


「圧がすごいです」

「妻に贈る花に特別な意味を込めて何が悪い!」

「女性側の立場で考えてください。嫌いな奴から念のこもったブーケを贈られたら、普通に怖くないですか?」

「嫌われてないから!好かれてないだけだから……じゃない!好かれてるから!あいつはちゃんと俺のこと好きだから!!あと、念とか言うな!」

「謎にすごくポジティブに捉えてますけど、どうしてそんなに好かれている自信があるんですか。さっきは思い切り拒絶されていたではありませんか」

「あれは拒絶じゃない。照れ隠しだ」

「……ほほう。照れ隠しとな?」

「そうだ。お前も聞いただろう?アンリエッタは俺以外からも求婚されていたのに、俺を選んだ。これはもう、俺のことが好きだからに決まってる」

「選んだ理由は金目当てともおっしゃっていましたけどね」

「だから、それが照れ隠しなんだよ。わかってないなー」


 クロードはブーケを作る手を止め、チッチッと舌を鳴らした。

 その自信は一体どこから来ているのだろうか。ミゲルは彼に憐みの視線を向けた。

 

「ストーカーってよくそういう事言いますよね」

「あー、もう!いちいちうるさいな!そもそもお前は何しに来たんだよ。呼んでないだろう!?」

「ああ、そうでした。実はサインが欲しい書類がいくつかありまして」

「それを先に言えよ!ほら、貸せ!」


 クロードはミゲルの手から書類を奪い取った。

 数枚の書類には雇用契約書と書かれており、彼は眉を顰める。

 

「これ、メイドの分か?」

「はい」

「持ってくるのが遅すぎるだろう。3日後には屋敷に移るんだぞ?」

「すみません。採用担当のグレイスが人選に手間取ってしまったようでして」

「あいつが仕事を滞らせるとは、珍しいな」

「会長にお仕えするということで、少し慎重になってしまったらしいです」

「教育の方は大丈夫なのか?」

「それはご心配なく。再度研修を受けさせた上で、昨日より屋敷に移って奥様をお迎えする準備をはじめております」

「そうか。それならいい」


 クロードは「しっかりとアンリエッタに仕えるように言っておけ」と命じ、静かにペンを走らせた。

 そして3日後から始まる新居での新婚生活に思いを馳せる。

 書類を受け取ったミゲルは、何かに気づいたようにジッとクロードを見つめた。


「あの、会長……。一ついいですか?」

「まだ何かあるのか?」

「実はふと疑問に思いまして」

「何をだよ」

「会長は奥様に好きと言わせたいと言ってますけど、そもそも会長は奥様に好きと伝えたことがあるんですか?」


 クロードがアンリエッタに求婚する前からずっと彼女に関する話を聞かされていたが、そういえば一度も『気持ちを伝えた』という話を聞いたことがない。

 ミゲルはまさかと思いながらも、一応尋ねた。

 

「会長の恋愛話は適当に聞き流すのが癖になっていて覚えてないのですが、告白はちゃんとしたんですよね?」

「え?」

「……え?」

「………え?」

「………………まさかとは思いますが、言ったことないんですか?」

「ないけど?」

「嘘でしょ……?」

「え、何だよ。その反応……。確かに好きとは言ってないけど、求婚はしたぞ?1回目は失敗したけど、その次はちゃんと貴族のマナーに乗っ取ってやり直したぞ?」

「いやいやいや、求婚って……。それってつまり『結婚してください』と伝えただけですよね?」

「結婚してくれってことはつまり、好きってことだろ?」


 クロードはキョトンとした顔で首を傾げる。

 まさかのまさかだった。恋愛音痴だとは思っていたが、ここまでとは。

 ミゲルは額に手を当て、深く長いため息をこぼした。


「な、何だよ。そのため息は」 

「あのですね、会長。求婚と愛の告白はまた別の話ですよ?庶民の間では自由恋愛が主流になりつつありますが、貴族社会では全然浸透してませんからね?」


 貴族社会における結婚とは()()であり、当人同士の感情など二の次だ。利害関係が一致すれば、そこに愛が存在していないとわかっていても結婚しなければならない。

 もちろん、中には結婚後に愛を育む夫婦もいるだろう。だが、多くの場合は形だけの夫婦で終わる。

 そのせいで、逆に不倫こそ真実の愛と捉える人もいるくらいだ。


「そんな場所に身を置いていた奥様にとって、求婚は契約でしかないと思います。きっと、それ以上でもそれ以下でもありません」


 アンリエッタにはハッキリと「好きだ」と伝えない限り、伝わらないだろう。

 

「今の会長は伝えるべきことを何も伝えていないのに、相手からは明確な言葉を欲しがってるダサい男です」


 ミゲルは容赦なく、ハッキリと言い放つ。

 彼の言葉が深く刺さったのか、クロードは胸を押さえた。

 

「ほんと、容赦ないな。お前は」

「正直者なので」

「しかし、そうか。俺の気持ちは伝わっていなかったのか」

「とりあえずソレを渡してきたらどうです?そしてついでに気持ちを伝えてくると良いかと」

「言われなくてもわかってる!」


 クロードは不貞腐れたような態度を取りながらも、丁寧にブーケを作り、仕上げに自分の瞳の色のリボンを結んだ。

 そして鏡の前に立ち、襟を正す。


「……よし。行ってくる」

「骨は拾って差し上げますよ」

「不吉なことを言うな、バカ」


 本当にひと言多い男だ。クロードはミゲルの肩を小突き、覚悟を決めてアンリエッタの部屋に向かった。




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