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2:子作りは義務(1)

 式の後、アンリエッタはホテルに戻った。

 本当は郊外にあるタウンハウスに移る予定だったが、まだ準備が整っていないという理由で3日ほどホテルに滞在することになったのだ。


「あの方がミスをするなんて、珍しいですね」


 湯浴みを済ませたアンリエッタの髪を丁寧に梳かしながら、ニコルは不満げにつぶやいた。

 その口調からはクロードに対して良い感情を持っていないことが窺えた。


「彼のミスというより、配送業者のミスらしいけどね。家具が数点届いていないんですって」

「へー。家具が……」


 ニコルは「そんなことで?」と顔を顰めた。 

 これに関してはアンリエッタも同感だった。家具が少し足りないくらい、別に気にすることではない。


「しかし、どんなお屋敷なのかしらね。楽しみだわー」


 アンリエッタは宙を見上げ、どうでも良さそうに呟いた。


「楽しみって……。本当に思っていらっしゃいますか?」

「思っているわよ?少しだけ」

「少しも思ってなさそうに見えます」

「気のせいよ」

「しかし、お嬢様。結局、内見に行かれませんでしたよね?何度も誘われていたのに。どうしてですか?」

「だって私に決定権なんてないもの。だったら見たって無駄よ」

「私は、お嬢様も住む場所なのですから、お嬢様にも意見する権利があると思いますけど」

「ないわよ。だってお金を出すのはクロードだもの。私は彼が用意したものをありがたーく受け取るだけよ」

「お嬢様……」

「それに、場所で大体のイメージは掴めるわ。だって、あの辺は中流階級向けの住宅街だもの。となると、意外と質素な作りの小さなお屋敷ね。私にはちょうど良いわ」

「えーっと、確か、二区の外れにあるの小高い丘の上ですよね?」

「そうよ」

「私、てっきり一区の家を買うと思っていました。意外なチョイスです」

「言われてみれば、確かにそうね……」


 クロードが用意したタウンハウスは王宮近くの上流階級の貴族が住まう第一区ではなく、商業の街として栄える第二区の外れにある。確かに、上流階級の仲間入りをしようと企む男が選ぶには不自然な場所だ。


「まあ、何か思惑でもあるんじゃない?知らないけれど」

 

 クロードは常に商売のことを考えている。だからきっと、タウンハウスをその場所にしたのにも相応の理由があるはずだ。

 

「……ま、彼がどこに家を建てようと私に意見する権利などないわ。つまりは考えるだけ無駄」

「お嬢様……」

「さて、と。そろそろ寝ましょうか」


 背伸びをしたアンリエッタは、鏡台の前からの天蓋付きのベッドに移動した。そして、そのままうつ伏せでベッドに倒れ込む。

 ふかふかのマットレスはとても好みの硬さで、アンリエッタはほのかに薔薇の香りがする枕に顔を埋めた。

 ニコルはそんな彼女を見て、怪訝な表情を浮かべた。


「え?寝るんですか?」

「ええ。今日は疲れたから、もう眠たいわ。ニコル、あなたも片付けが済んだら下がっていいわよ」

「いや、あの、でも……、今日って一応初夜ですよね?せっかく念入りに仕上げましたのに」

「ああ、大丈夫よ。どうせ来るわけないから」

「え、どうして……」

「だって今日、寝室を共にしても子どもができる可能性は低いって、クロードにはちゃんと伝えてあるもの」

「……はい?」

「ニコルも知っているでしょう?女には子どもができやすい時期があるの。その周期を読めば子作りは最低限で済むわ」

「いや、そうではなく……」


 困惑するニコル。しかし彼女がそうなるのも仕方がない。なぜなら初夜を迎えていない夫婦は正式に夫婦として認められないからだ。たとえ神の前で誓いを立てても、初夜を迎えない夫婦はいつでもその結婚を無かったことにできる。この国はそういう国だ。

 だからこそ、

 

「あの方が初夜をスルーするとは思えませんが……?」


 ニコルは遠慮がちに呟いた。

 クロードがこの結婚に費やした金額を考えると、普通なら意地でも新妻を抱きにくるだろう。

 だが、アンリエッタは絶対に彼がここに来ないことを知っている。


(だって彼は…………、私のことなんて好きじゃないから)


 アンリエッタは布団をかぶり、5つの時に祖母に買ってもらったクマのぬいぐるみを抱きしめてニコルに背を向けた。


「お嬢様?」 

「……た、確かに初夜を迎えていない夫婦は正式に夫婦として認められないけれど、だからって誰かがこの部屋を見張っている訳でもないでしょ?」


 ここはホテルの最上階のスイートルーム。この階にあるもう一つの部屋にはクロードが泊まっている。加えて、アンリエッタの希望でこの階に従業員を配置していない。

 つまり、クロードがアンリエッタの部屋に来ようが来まいが、結果は同じ。二人の初夜が無事に遂行されたか否かを、誰も証明できない。

 アンリエッタはコホンと咳払いをし、背後にいるニコルにそのことを説明した。


「いい?ニコル。所詮、私たちは政略結婚なの。つまり仮面夫婦なのよ」

「……えっ……、あー……」

「普通の夫婦なら、愛情表現の一種として体を重ねることもあるでしょう。けれど、仮面夫婦である私たちには愛情表現など必要ない。無駄とすら言えるわね」

「あ、あの。お嬢様……」

「無駄……」

「そりゃあ、いずれは後継を産まなきゃいけないから子作りは必須だけど、それはあくまでも義務。つまりはそう……、仕事みたいなものなの。だから私は仕事らしく、効率を重視して最低限の回数で子を産んでみせるわ」

「お、お嬢様……」

「君にとって子作りは仕事なのか?」

「当たり前でしょう?誰だって好きでもない相手と体を重ねるなんてしたくないもの。でも仕事と思えば耐えられなくもないわ」

「……そうか」

「大体、誰があんな無礼な男に抱かれたいと思うのよ。あんな、デリカシー皆無の失礼なやつ。顔の良さと商才は認めるけど、人間としては下の下よ。そもそも、どうしてお父様はこの結婚を認めたのかしら。借金なら私が働くなりして……」


 止まらない愚痴。背後からはニコルの小さなため息が聞こえる。アンリエッタはクマのぬいぐるみを抱きしめる腕に力を入れた。


(ほんと、無様だわ)


 クロードの財力に助けられている分際で、何も返せるものがない分際でこんな風に文句を言うなど、果たして礼儀知らずなのはどちらなのか。

 段々と悲しくなった彼女はそれ以上言うのをやめ、体を起こしてニコルの方を振り返った。

 すると、


「愚痴ばっかりでごめ……、え?」


 青い顔をしたニコルと、怒りのあまりに口角をピクピクと痙攣させているクロード・ウェルズリーがそこにいた

 


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