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18:嫌がらせ(2)

 アンリエッタはニコルの無実を証明するため、手始めにフランツと共に屋敷のみんなに聞き取りをすることにした。 

 だが2日間に及ぶ調査の結果は散々で、誰に聞き取りをしても大した証言は得られなかった。


「ま、こんなものよね」


 最後となった庭師への聞き取りを終えたアンリエッタは、彼が手入れしている見事な庭園を散歩しながら、投げやりにつぶやいた。

 三歩後ろを歩くフランツはかける言葉が見つからないのか、顔を伏せた。


(……ニコルの無罪を主張するには、ニコルを貶めた犯人を探し出すしかない。でも、それは簡単なことじゃない)


 ニコルはいつも、自室の鍵をしっかりと施錠していた。騒ぎのあった日も、彼女はグレイスに急かされて自分で部屋の鍵を開けたと証言している。

 誰かが前もってニコルの部屋に耳飾りを仕込んでおくにはマスターキーが必要だが、屋敷のマスターキーはフランツが厳重に管理しており、ブラックオパールを紛失したと思われる日から発見に至るまでの間、彼にマスターキーを借りにきた人間は一人もいなかった。

 それに、そもそもニコルの部屋は、アンリエッタに呼ばれたらすぐ駆けつけられるようにとの配慮から、他の使用人たちと違って本館に設けられている。もしニコル以外の誰かが出入りしていたらすぐにわかるはず。

 けれど、誰もニコル以外の人が彼女の部屋に入っていくところを見ていない。

 

「奥様、誰かが嘘をついている可能性はないでしょうか……?」

「どうだろう。でも、ニコルもまだ他の使用人たちとさほど親しくないって言っていたわ。休憩が被れば世間話をする程度の関係だし……」


 それはつまり、この屋敷の使用人たちにはニコルに対して何の感情も抱いていないということ。

 庇う理由もなければ、貶める理由もない。

 

「彼らの証言に嘘はないと思って良いと思う」


 アンリエッタはため息混じりに答えた。


「ねぇ、フランツ。この件、貴方はどう思う?」

「……わたくしめの見解を申し上げてもよろしいのでしょうか」

「ええ、構わないわ。言ってちょうだい」

「わたくしはニコルさんが盗んだとは考えておりません。何故なら彼女は、自ら部屋の鍵を開けたからです。もし本当に彼女が犯人ならば、盗んだ物が置いてある部屋を簡単に他人に見せるでしょうか。しかも、隠し場所はベッドの下や引き出しの中……。少し探せばすぐに見つかる場所です。そんなところに盗んだ物を隠しておいて、易々と他人を部屋に入れるわけがありません」

「そうよね。私もそう思うわ」

「ですが、それは証拠にはなりません。気の毒ですが、きっといくら調査しても、彼女が無実であるという確かな証拠は出てこないでしょう」

「……そうね?私も同じ意見よ」


 状況的には、ニコルを犯人ではないとする方が無理がある。

 物証が出てきたこともそうだが、何より彼女は常にアンリエッタの側にいて、いつでもブラックオパールを盗むことができた。耳飾りはとても小さく、服の袖やお仕着せのポケットに隠すことなど造作もない。

 グレイスの髪飾りにしても、彼女の部屋から盗んだのではなく、落ちていたものを拾ってそのままくすねたのだろうと言われればそれまでだ。それをやっていない証拠は出せない。

 

(そもそも、なぜニコルは嵌められたのかしら?)


 前述の通り、ニコルは使用人たちとまだあまり親しくない。加えてあの明るい性格だ。そう簡単に誰かの恨みを買うとは思えない。

 つまりそれは、犯人の真の狙いが別にあるということ。


「……そうか。狙いは私、か」


 アンリエッタはハタと気がついた。

 そういえば、ニコルの代わりに侍女の仕事を任されたライラは今も変わらず粗相が多い。また常に態度が悪く、何度注意しても改善しない。

 グレイスはその都度、「慣れていないだけなんです」「わざとじゃないんです」と彼女を庇うが、もしライラの行動が本当に嫌がらせなのだとしたら、色々と辻褄が合う気がする。


「ニコルを排除したのは私に嫌がらせをするため?……そうよね。ニコルがいなくなれば、私に近づくのは簡単だものね」

「そういえばグレイスが言っていたのですが、ライラは自分から侍女に立候補したようです」

「そう……。じゃあ、まさかライラが?ライラが私に嫌がらせをするために、ニコルを排除しようと彼女に窃盗の罪を着せた?」


 でも、何故そんな事をする必要があるのか。嫌がらせをして何になるのか。


 何かがひっかかる。


 アンリエッタは腕を組み、うーんと唸った。


「旦那様に報告しますか?」

「何て報告するの?」

「ライラが真犯人だと」

「それは流石に無理があるわよ。ライラのことは私の憶測に過ぎないもの。嫌がらせされてるのは事実だけど、それとニコルの件を結びつけるには証拠がいるわ」

「それはそうなのですが。しかし、主人に嫌がらせなど、それだけで十分な解雇理由になりますし……」


 フランツは気まずそうに目を泳がせる。

 その表情で彼の言いたいことが何となくわかってしまったアンリエッタは、困ったように笑った。

 

「フランツ、あなたの言いたいことはわかるわ。ライラに全部を押し付けてしまえばいいと思っているのでしょう?……多分、ニコルの無実を証明することはほぼ不可能だから」


 ニコルの無実を証明できないのなら、いっそ全てをライラに押し付ければいい。

 不十分な証拠は適当にでっち上げれば良いし、そもそもライラはすでに解雇されて当然の行いをしているのだから、今更罪状が増えたところで結果は変わらない。

 

(フランツの提案を飲んでしまえば、楽よね)


 アンリエッタの中の悪魔が囁いた。

 けれど、アンリエッタはすぐに首を横に振る。

 それは、正しくない。


「ううん。ダメよ、フランツ。確かに私はライラのことが気に食わないけれど、嘘はつきたくないの」

「奥様……」

「もう少し調べてみるわ。とりあえず、ライラを私付きから外してくれる?もし私の憶測が正解なら、彼女はまた何か仕掛けてくるかもしれないし」

「はい、かしこまりました」


 フランスはすぐにライラの仕事を他に振るよう手配した。

 

 

 

「はぁ……」


 フランツが仕事に戻るのを見送ったアンリエッタは、近くのベンチに押しかけた。

 そして流れる雲を見上げ、もう一度、今度は深くため息をこぼす。


「それにしても、まさかメイドから嫌がらせをされるとは思わなかったわね」


 何が高度な教育を受けている、だ。普通の教育を受けた使用人でも、貴族相手に嫌がらせなどしない。そんな事をすれば、どうなるかわからないからだ。

 平民の命など貴族に比べたら、羽のように軽い。

 嫌がらせなんてすれば解雇だけでは済まないだろう。場合によっては秘密裏に殺されて、死体すら見つからないなんてこともあるかもしれない。


「そんなリスクを冒してまで嫌がらせするなんて、私、そこまで嫌われるようなことしたかしら。……いや、したからこうなっているのでしょうね」


 昔から人に好かれるタイプではなかった。3年前に色々合った時も、周りが離れていったのは結局、アンリエッタに人望がなかったからだ。


「クロードが愛想をつかすのも時間の問題かしら」


 アンリエッタは自嘲するように笑った。

 

 


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