A.S.949 一の年7月2日
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A.S.949 一の年7月2日 グロンダン王国の王子、リヌス・ファン・ロイスダールが兵士180名を率い、ルブラン王国へと進行。魔道車17台と共に国境の水路を越え、ルブラン王国軍と対峙した。
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『戦争を知らなかった』その言葉はきっと簡単に理解出来るものではないのだろう。サラは後悔を滲ませるオランドを見る。
「戦争を知らない?戦争とは、国と国が互いの我を通そうと武力を用いる、知性のない行為ではないのか?」
【インテリジェンスインテリア】の平坦な声が、オランドさんの顔を弛緩させる。
「そうだね。治世には相応しくない、人の治まらない行為なのかも知れない」
「全く耐え難いものだ」
一輪挿しの花瓶が何を知って言うのか、サラは人差し指で肩をつつく。
「ちょっとアイン。人は大切なものを守るために戦わなくてはいけない時があるのよ」
「自分より大切なものがあるのか?」
「そうよ。自分を犠牲にしてでも、守りたいと思うものがあるのよ」
勢いで言った自分の言葉に空しさを覚えてしまう。
「サラにも?」
だから、先を紡ぐ事が出来ない。
「…私は無いけど。そうでしょ?オランドさん」
「ん?そうだね。お嬢さんの言う通りかも知れない」
「また、かも知れないだ」
「はは。長く生きていると色々な事を覚えて、狡くもなる」
オランドさんの皺が深く刻まれる。気付くと、雨はずっと穏やかに降っている。
「色々ですか?」
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セルジュが診療所に来てから3日が経った。明日には診療所を出て、偵察部隊へと戻らなくてはいけない。枕に乗せた頭が重く沈む。
「揺らさないで下さい!」
外で大きな声がした。起き上がりドアから顔を出すと、走って玄関へと向かう衛生兵が目に入る。慌ただしい雰囲気にセルジュは息を飲む。
診療所の扉が開いて見えてきたのは、 担架に乗せられた兵士の姿。服は破れ、赤黒く染まっている。意識がないようで、呼吸も定かではない。
「邪魔!」
廊下に出ていたセルジュは、誰かの手に押し退けられる。衛生兵と兵士は見向きもせず、治療をする部屋に入っていく。
状況が分からないセルジュ。話を聞こうと後を追いかけたが、ドアの向こうから聞こえてくるやり取りに尻込んでしまう。
後ろを振り返ると診療所の扉は開け放たれていて、外で兵士達が動き回っている様子が見てとれた。
「おい!何があったんだ?」
兵士達を呼び止めようとするが、足を止めてセルジュと話そうとする者はいない。仕方なくセルジュは、偵察部隊の詰め所へと向かう。
詰め所にはヴァレリー達がいて、深刻そうな顔をしていた。
「ヴァレリーさん!」
「セルジュ...体はもう良いのか?」
「そんな事より、今の状況を教えて下さい!」
「聞いていなかったんだな」
ヴァレリーがセルジュに今の状況について話はじめた。それによると隠密偵察をしたあの日、セルジュ達とは別の班が持ち帰った情報から、グロンダン王国軍が兵を集めている事が分かった。偵察部隊はその後も情報を集め、その情報を元に軍司令部は対策を行う。
そして今日。
攻め込んできたグロンダン王国軍を迎え打ったルブラン王国軍だが、想像以上にグロンダン王国軍の戦意が高く、苦戦を強いられているとの事だった。
「俺達の情報が間違っていた訳じゃないんだ。たがグロンダン王国軍を指揮している者がリヌス王子である事迄は掴めていなかった」
「リヌス王子が?どうして?」
「さぁな、ただ王子が指揮を取っているからか、グロンダン王国軍の戦意は高い」
グロンダン王国のリヌス王子の評判は高く隣国のルブラン王国にも、その優秀さが伝わっていた。
「この前線基地にグロンダン王国軍が侵攻して来ているのですか?」
「いや、まだだ。まだ先で耐えている」
「だったら私達も!」
「セルジュ。この展開は司令部にとっても予想外らしくてな。今、歩哨に出ている者以外は待機が命じられている」
「...分かりました」
セルジュはその日の内に診療所を出る事になったが、病み上がりという理由で歩哨に出る事は無かった。日暮れに差し掛かり、断りを入れたセルジュは落ち着かないままに前線基地内を歩く。
「夜戦はなしか、良かった」
夜戦に備えていた兵士達が安堵している。歩哨から帰ってきた兵士が、グロンダン王国軍が日没に合わせて攻撃を止めた事を伝えていた。司令部は、こちらから攻めるような事はせず防衛に徹するようだ。
詰め所に戻ると、ヴァレリーから明日の予定を告げられ休むように言われる。セルジュは4日振りに、宿泊所へと戻った。
宿泊所内は閑散としていて、兵士達の顔つきも様変わりしている。セルジュはまたしても自分が場違いに思え、誰にも話し掛ける事が出来ない。ドニも戻ってきておらずベッドが空のままだった。
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