ギリードゥ(暗い若者)
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セルジュは余計な事を考えないように、足を前に進める事だけに集中する。ヴァレリーが時々振り返り、セルジュの様子を伺っている事にも気が付かない。
気持ちが落ち着いてきたのは、国境の水路が見え始めた頃。
「セルジュ」
「はい、何ですか?」
「大丈夫か?」
「ええ。何ともありません」
ヴァレリーの気遣わしげな顔が、気持ちをざわつかせる。
何も変わりはない。自分は大丈夫なのだから、そんな顔をしないで欲しい。大体、自分の事を嫌っていたのではないのか。セルジュはヴァレリーの視線から逃げるように国境の水路を見つめる。
「...そうか。では悪いがここからは一人で基地へと帰ってくれ」
「どうしてですか?」
「俺はオレリアンとリオネルを呼び戻しに行くからだ。他の班は大丈夫だと思うが、あいつらの行った先はあの新兵のいた所からそう遠くない」
「だったら私も」
セルジュはグロンダン王国軍の兵士に気付かれた時の事を思い返す。
「セルジュ、いいか。これは任務で、俺は班長だ。納得できなかろうが、今は俺の言うことを聞くんだ」
セルジュは肩を掴まれ、ヴァレリーの目を見る。その目は、セルジュを責めるようなものではなく、ただ心配そうにしていた。
「わかりました...」
自分が心配される必要はない、心配すべきはヴァレリーの方だ。そう思うのに上手く、言葉に出来ない。
「油断するなよ」
ヴァレリーがオレリアン達の向かった方向に姿を消す。
周りに誰もいなくなって、セルジュは腰を地面に降ろす。このまま動けないような気がしたが、ヴァレリーの言った任務という言葉がセルジュを立たせた。
ゆっくりと基地に向かって歩き、来た時よりも時間を掛けて水路を渡る。水の冷たさはどこかに行ってしまった。
「ポイントF近くにて、グロンダン王国軍の兵士と遭遇。私の軽率な判断によりグロンダン王国の兵士に気付かれるも、ヴァレリー隊員の手により兵士は死亡。兵士は警ら中であったと思われる為、発覚する前に帰還。ヴァレリー隊員は私と国境まで戻り、オレリアン隊員とリオネル隊員に帰還を伝える為に再びポイントFへ」
セルジュは、レノー中尉に伝えることを反復する。余計な事を考えないように。そうしている内に司令部の建物が見えてきた。前線基地はとても静かで、今の自分が場違いな存在に思える。表の兵士に断りを入れ司令部に入ると、上官達は地図を囲んで話し合っていた。
「失礼します」
セルジュの声に一斉に振り向く上官達。セルジュだと気付いた、レノー中尉は慌てた様子で駆け寄る。
「セルジュ!どうした?」
セルジュは反復していた内容を伝える。上官達の反応はさまざまだ。落胆する者、叱責を飛ばす者、心配する者、含みある笑みを見せる者もいた。セルジュの前にレノー中尉の背中が見える。
「私はこの者とここで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか。より詳細に聞き出し、後程ご報告に上がります。また今後については、暫くお時間を頂きたい」
「何を勝手な!」
「レノー中尉、これは失態ですぞ。どう責任を取るつもりかね」
「これは...グロンダン王国軍の動きに変化がありそうですね」
口々に言い始める上官達。レミ少佐がそれを遮るように手を挙げる。
「良い。レノー中尉とそこの兵士は下がれ」
鶴の一声により、司令部から宿泊所へと移動する二人。宿泊所に着いたセルジュは気が抜けて倒れそうになる。レノー中尉に肩を支えられ、玄関近くのソファチェアに腰を落ち着けた。
「よく戻ったな」
「すみません、私の所為でヴァレリーさん達が」
「セルジュ、大丈夫だ。ヴァレリー達は正規の兵だ。それにな、ヴァレリーの奴は最近、子どもが出来たばかりなんだ。だから意地でも帰ってくるさ」
「そんなの...」
過度の緊張による疲労がセルジュを睡眠へと誘う。
「耐えられる訳もない」
レノー中尉が衛生兵を呼び、セルジュは診療所へと運ばれる。二人の衛生兵に抱えられた体には、重くギリースーツが張り付いていた。
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