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いつまでも咲く花をきみに  作者: 塩味うすめ
手紙の降る夜
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隠密偵察

□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 A.S949年 一の年6月28日。セルジュが前線基地に来て4ヶ月が経過した。

 セルジュは、ここまで訓練だけの日々を過ごしていた。偵察部隊としての任務は、敵軍が退却するの確認するぐらいのものだった。

 グロンダン王国軍は統率が取れていないのか、稚拙な攻撃をしては撤退していく事が多くなっていた。歩兵部隊に配属されたドニも「拍子抜けだ」とセルジュに(こぼ)す程であった。


 そんな状況の中、レノー中尉が偵察部隊を集め、地図を見せる。地図にはグロンダン王国との国境を超えた場所にチェックが5つ入れられていた。

 現在、ルブラン王国軍はグロンダン王国軍を追い返すことに成功している。だが、いつグロンダン王国軍が攻めてくるか予断を許さない状況に変わりはなかった。

 そこで、司令部から打って出るようにとの作戦が出されたのだ。


 レノー中尉は4人一組の5つの班を作り、隠密偵察に出るように指示を出す。


「くれぐれも無理はするな。なんの情報が得られなくても悲観する事はない。捕まった時の事を考えてみろ、どう考えてもそちらの方が面倒そうだ 」

「ちげぇねぇ」


 笑いがおきて、空気が弛緩する。隠密偵察といっても国境地域は草原が広がり、周りに隠れられそうな所はない。見つかれば即座に対処され、行く先は捕虜か水路の藻屑だろう。

 ルブラン王国とグロンダン王国の国境には一本の水路が横たわる。グロンダン王国側もフエフトと同じような干拓地で、以前は似たような景色が広がっていた。

 国境を跨いで広がるチューリップの花畑は壮観だった。国のイメージカラーにあった色のチューリップ。ルブラン王国には赤とピンクの、グロンダン王国には白と黄色の花が咲いていた。

 

「各自、このギリースーツを着用してくれ」

「うへぇ。暑いんだよな、これ」

「そこ、文句を垂れなさんな。垂れるのは家内のバストだけで十分だ」

「わぁ。後で言いつけてやろうぜ、みんな」

「そうだな」

「ああ、いくら言いつけても構わん。だから無事に戻ってこい」


 レノー中尉に送り出される隊員達。セルジュはヴァレリーを班長とする班に分けられ、後ろをついて行く。

 


 セルジュ達は、草の中を身を低くして進む。途中、倒れた風車が目に入る。グロンダン王国軍の砲兵の仕業だ、瓦礫の影に鉄球が見える。それからしばらく行くと、轍があった。ここまで砲撃用魔道銃を運んできたであろう車輪の跡がくっきり残っている。


「少し待て、もうすぐ国境だ」  


 ヴァレリーが隊員に告げ、望遠鏡を構える。開戦当初は国境線付近に駐屯地を敷いていたグロンダン王国軍だが、戦争が長期化するにつれ補給が難しくなったのか、今は後方に駐屯地を敷いている。

 近くにグロンダン王国の兵がいない事が確認され、ヴァレリーは歩みを進める。セルジュと他2人の隊員も顔を見合わせ、国境線まで進んだ。


「ここからは別れて進むぞ。俺はセルジュと、オレリアンはリオネルと組んでくれ」

「どうしてですか?」

「4人固まって行動すると動きが大きくなって、発見されやすい。それに2人一組なのは、何かあった場合でも1人は戻れるかも知れないからだ」


「そういう事」

「セルジュ、無理はするなよ」


 オレリアンとリオネルが方向を変えて進んで行く。


「神経を研ぎ澄ませ。相手はこちらを人間とは思っていないと思え」


 国境の水路を越える前にヴァレリーが言う。大袈裟な物言いに肩をすくめるセルジュ、出発前のレノー中尉の言葉にも意図をつかみかねていた。隠密偵察を軽く見ているわけではないが、全く頭に入ってこない本を読んでいる時と同じような気分だった。 


「冷たいっ」


 暖かくなってきたとは言え、水温は低く体をすくめさせた。前を行くヴァレリーは集中しているのか、何も言わず水の流れを切って進んでいて周りの水温に差があるのではないかと勘ぐってしまう。 

 グロンダン王国側に着き、また身を低くする。ギリースーツが水を吸った分、重くなった。

 

 ヴァレリー班の偵察の目的は地形の確認である。戦闘に優位、不利な地形の把握で、駐屯地や進軍経路の偵察と比べると安全であった。セルジュは、敵軍と遭遇する事もないだろうと思っていた。


 ヴァレリーが止まり、左手を後ろに突き出す。前方に人影が見える。セルジュはヴァレリーの背中を見ながら進んでいたので、それまで気付いていなかった。

 人影は、警ら中のグロンダン王国の兵士のようで、セルジュ達の方へ向かってきている。

 

 皮膚が引っ張られる感覚がセルジュを襲い、呼吸の仕方を忘れそうになる。前で潜むヴァレリーは、身動きひとつ無く景色と同化している。

 人影が近づく気配にだんだん不安が大きくなり、見つかった時の事が頭をよぎる。見つかった時に上手く逃げられるだろうか、反撃出来るだろうか。それよりも見つかる前に、攻撃を仕掛けた方がいいのではないだろうか。そんな考えが頭の中で渦巻く。


「うあぁっ」


 すぐ側で足音が聞こえた気がした。セルジュは立ち上がり銃を構える。しかし、構えた方向には誰もいない。ヴァレリーが慌ててセルジュを引き下ろすが、グロンダン王国の兵士は物音に気付いたらしい。


「何だ?誰かいるのか!?」


 グロンダン王国の兵士は、真っ直ぐセルジュ達の居る所に走ってくる。あと数メートルで接触、という所でヴァレリーがグロンダン王国の兵士に襲い掛かったのが目に映る。

 ヴァレリーはナイフを手にグロンダン王国の兵士を押さえ、そのまま喉を切り裂いた。セルジュは状況を理解できず、見ているだけだった。


「恐らくこいつは新兵だ、行動が迂闊すぎる。お陰で助かったがな」


 異変があった場合、すぐに応援を呼ぶのは鉄則だ。一人で確認しようとしてはいけない。ヴァレリーが教育係になってから何度も聞かされてきた。


「また…」


 そのヴァレリーは、辛そうな顔をして血の付いたナイフを拭う。

 セルジュの目に映ったのは、グロンダン王国の兵士の驚いた顔に消えゆく表情。そして、今はもう動く事のない姿。

  

「おい、急いで引き上げるぞ。この兵士が戻って来ない事に気付いたグロンダン王国の兵がここに来る前に。おい!セルジュ!.....仕方ねぇ」

 

 呆然としたままのセルジュをヴァレリーが立ち上がらせ、そのままルブラン王国へと向きを変えた。


□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□


お読みいただき、本当にありがとうございます。

評価の方をしていただけると、大変参考になりますので、もし、よろしければお願いいたします。

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