川の流れ
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宿に戻ったサラとアンリは部屋の奥へと進む。ベッドがなく、ソファーもない。床は編み込まれていて、滑りそうになる。この上ではスリッパを履いてはいけないそうだ。窓際にはイスとテーブルが置かれている。アンリがそこに座ったのを見て、サラも向かい合う形で腰かけた。
「変わった部屋ですよね」
「和室と言うそうよ。旧文明時代にあった島国の文化が反映されているんだって」
旧文明。文明と言っても記録にしか残っていない。始まりの人が目覚めてから千年近くになるが、それよりもずっと昔の、この星ではない世界にあった文明らしい。
ステラと共に残された旧文明の遺物によって伝えられる様々な文化が、私達に影響を与えている。魔道車がその良い例だ。魔道車は旧文明にあった自動車と動力は異なるが、機構はほとんど一緒である。
「アルク共和国はその島国と似てる環境だったんですね」
窓から見える景色を見下ろす。川があり、水が見える。水は流れていて、ほんの一時も同じ姿ではないのに変わらない景色に見える。
「ねぇ、サラ。さっきも考え込んでいたみたいだけど?」
下を向くサラに、アンリが覗き込むように尋ねてきた。
「いえ、その」
「何?私には話したくない?」
「そういうわけでは...」
出来れば苦手な、関わりたくない人の話はしたくない。どうしたって悪口になってしまい、心がざわついて汚れていくような気がする。
「アンリさんも何かあるのでは?」
「あら。じゃあ私が話したら、サラも話してくれる?」
アンリが眉を下げて言う。そんな顔で、そんな風に言われたら話す他ない。心配してくれる人を無下にするのはもっと酷い気がする。サラはコクリと首を動かす。
「じゃあ、話すわね。実は今回の山羊への手紙だけど、オランドさんの噂以外にもう一つ流れていた噂があったの」
アンリの表情が、少し真剣なものに変わる。
「それはグロンダン王国の王族が関与するのではないかという噂。アンブル商会では王族が他国の行事に関与する事等、あり得ないと切り捨てていたのだけど...」
「けど、どうしたのですか?」
「その噂には続きがあって、フィル商会も動いてるらしいというのがあったのよ」
初耳だ、そんな噂があったなんて。
「だからベソン兄妹と会った後に、その話を思い出して悩んでいたってわけ。サラに話すか話すまいかとね」
話終えたアンリが視線を窓の外に向け、先程のサラと同じように川の流れを見ている。
「そうだったのですね」
「うん。杞憂に終わるかも知れないから、言わない方が良かったのかもだけど。それで、サラはどうして考え込んでいたの?」
サラは過去にベソン兄妹とあった出来事を話し始める。出来るだけ客観的に、公平に判断して貰えるように話そうと思う。だけどきっと嫌われたくないという思いの分、傾いてしまう。
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