リヌスの球根
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アンリが上機嫌でルリエーブル魔道具雑貨店から出ていく。その後ろ姿を見ていたのか、アインが面白くなさそうに言う。
「一週間も前からアルク共和国に行くのか」
「そうなったわね」
交通費と宿代も出すと言われたが、それは丁重にお断りした。同業である以上貸しは作りたくない。
「一緒に行く必要があるのか?」
「あるから一緒に行くのよ」
「あの人達か?」
「うっ」
「いい加減、慣れた方が良いのではないか?」
アインの言うことは最もなのだが、苦手な人はどうしたって苦手なのだから仕方がない。サラは、責められたのが悔しくて言い返す。
「アインだってアンリさんの事、苦手じゃないの?」
「嫌われているとは思うが、苦手ではない。それに言い合うのもそんなに悪い気はしない」
アンリは、他のインテリジェンスインテリアを毛嫌いする人と違って、アインの存在を完全に無視したりはしない。元より、そんな人はアインがいる事を知ったら「品のない店だ」と言って二度と来ない。
自分を不快にさせる存在と関わりたくないのは普通だと思う。サラにとって、あの人達は貴族にとってのアインのような存在なのだろう。
「そんな風に思えるなら、いいけど」
「しかし最低でも一週間出掛けるのか、日持ちする花を用意しといて欲しい」
「はいはい。全く永遠に咲く花があればいいのに」
「そう言って、持ってきたリヌスの球根は一度も咲かなかったじゃないか」
「そうだったねぇ」
以前サラがアインのお土産に買ってきた【リヌスの球根】。フエフトで行われた戦争を知るきっかけにもなった魔道具。旅の先で見つけたそれは、あのリヌス・ファン・ロイスダールが育てていた物だと言われ、今まで腐らずに花も咲かせないままの状態であるとの事だった。
サラは、リヌス・ファン・ロイスダールの事を知らなかったが「花が咲いたら、見たことも無い程に綺麗な花をつけるか、永遠に咲き続けるだろう」という謳い文句に誘われて購入する。
しかし、家に帰って植えてみた所。いくら待っても、一向に発芽する気配がない。あの手この手を尽くしたがどうにもならなかった。
この時にサラは色々と調べ、戦争やリヌスについても知る事になる。最もリヌスが育てたという事実は公式に記録されてはいなかった。
グロンダン王国の歴史書の一文に[A.S.949 7月8日 ルブラン王国とロイス平和条約を結びフエフト戦争終結。戦争犯罪者リヌス・ファン・ロイスダール死去]とあっただけだ。
「3万フランも騙された」
「まだ騙されていないわ。現にリヌスの球根は腐っていないもの、ほら」
サラは振り返り、後ろの棚を指差した。そこには球根が一つ座っている。
「正真正銘のゴミだ」
「またそういう事を。魔道具だし、何か特殊な条件が必要なだけよ。そうだ49年前の手紙で何かわかるかも」
「届かなかった手紙に何が出来るのものか」
そう言った、アインの声はどこか寂しげに聞こえた。
「ありがとうございました」
「またのお越しを」
嬉しそうな顔をしたお客さんが、扉を開けて帰っていく。お目当ての魔道具を買うことが出来たのだろう。こういう時、店を開いていて良かったと思える。
明日から一週間は店を閉めなくてはいけないのは心苦しいが、巡り合わせと思って諦めてもらうしかない。
「今日の夜には出発するからね」
「わかっている」
「ちゃんとお土産買ってくるから」
「変な魔道具はいらない」
「もう」
アインにはアンスリウムの花を飾っておく事にした。鮮明な赤の色が美しい。時計を見ると、アンリが迎えに来る時間迄まだ少しある。鞄にはいくつかの魔道具が入っているが、サラは他に役に立ちそうな魔道具は無いかと店の中を見てまわる。
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