溜め息
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オランドから依頼を受けて2ヶ月が経つ。サラは備え付けのカレンダーを見て溜め息をついた。あれからオランドからの連絡はない。先日「セルジュ・オランドって奴が、あちこちの魔道具店に顔を出しては山羊への手紙に関する依頼をしているらしいぜ」とマヤールが言っていた。オランドは時間の許す限り、魔道具店を回るのだろう。
マヤールは魔道具の問屋で界隈の情報に詳しい。にしても、そんな噂になるほど魔道具店に行っているのか。競合相手は多そうだ。
「あの人達も出てくるのかな」
「当然だな」
アインが他人事のように返すので、サラは花瓶の胴を指先で弾く。
この2ヶ月の間、店の営業の合間を縫って山羊への手紙について調べた。それによると少し変わった成り立ちを持つ魔道具である事がわかった。
基本的に魔道具は誰かの思いが影響して、不思議な現象を起こすものだ。
例えば、ウォークレッグチェア。これは4足歩行する動物のように歩く椅子の事だが、人が椅子を見て動物のようだと思ったとか、椅子に座ったまま動きたいといった思いから生まれた事が想像できる。
しかし、この山羊への手紙は人のどういった思いから生まれたのか分からない点がある。届けられなかった手紙が届いて欲しいという思いから生まれたのだとしても、何故49年後になったのかという点だ。
それについて「7月7日に現れるから、7と7を掛けた49年後になったんじゃねぇのか」とマヤールは言っていたが、7月7日にどうして現れるのかという疑問が残る。
「はぁ~」
今度は声を出した大きな溜め息をつく。
「溜め息をつくと幸せが逃げるのではなかったか?」
「ふっふっふっ。情報が古いわね、アイン。溜め息は、気持ちをリセット出来るからした方がいいのよ」
「だが、周囲が不快に感じるだろ。その結果、不幸になるのではないのか?」
「うーん、それもそうね。でもそれはきっと溜め息のイメージが悪いからね」
「かも知れない」
「あっ。それオランドさんの台詞でしょ」
「そう、真似をしてみた。それでオランドに依頼された件はどうなった?」
サラは山羊の手紙について調べた事をアインに話す。今日はリリーの花が飾られており、白の花びらが蓄音機のように咲いている。
「アルク共和国の何処にどうやって現れるのかは調べてないのか?」
「調べたわよ、何でも7月7日の夜に」
「サラ!」
「いらっしゃいませ」
パロットベルの声よりも早く、店の扉を開けるとサラの名前を呼ぶ。彼女はベラ・ルイーズ・アンリ。サラとそう変わらない年齢で、アンブル商会の支店を任されている。
いつもタイトな服装をしていて、自身のスタイルの良さを周りに見せつけるように振る舞う。
「マヤールから聞いたわよ。オランドの依頼を受けたって」
「アンリさん」
「いやねサラ。ベラって呼んでよ。愛情を込めると尚、良いわ」
いつもこんな軽口を聞いてくるが、れっきとした貴族のお嬢様だ。知り合って一年程だが、こうしてたまに店へとやって来る。
「何が愛情だ。相手の状況も確認せず話し出すような不躾な者に、愛を注いでも零れて行くだけだ」
「あら?何か聞こえるわ。ねぇサラ、この花瓶どこかに穴が空いているんじゃなくて?余計なものが漏れていてよ」
アインの事は嫌っているようだ。貴族からするとインテリジェンスインテリアはやはり忌むべき存在なのだろう。
「どこに穴が空いていると言うのか?水など漏れていない。空いているのは貴様の目の方ではないのか?節穴という穴がな」
「はっ所詮は花瓶ね。穴が空いてなければ、あなたどうやって花を活けているのかしら?」
「くっ」
睨み合うふたり。言葉の応酬によく口が回るものだと半ば感心してしまう。サラのアンリに対するイメージは、頭も家柄も良い美人で、誰もが一度は憧れるような存在。そんな彼女の名前を呼び捨てに出来るはずもなく。
「それでアンリさん。どうしたんですか?」
「それよ、サラ。ねぇアルク共和国行くんでしょ?だったら私と一緒に行かない?」
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