山羊への手紙
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兵士達を前にして、レミ少佐の話が始まった。横にはレノー中尉達、上官が並んでいる。
「皆、疲れているところすまない。まずは夜戦より戻った者達、よくぞ戻った。本来であれば充分に休息を与えたい所なのだが、この事態だ。この後はテントの設営に動いてもらう事になる」
話される内容に、喜べる要素は見当たらない。
「次に消火を行った者達だが、よく働いてくれた。おかげで、全てを失わずに済んだ。無理を強いるが、この後も警戒の任に当たってくれ」
どれだけの事が起ころうと、何も終わってはいない。
「それで今回の事だが、グロンダン王国軍の放火であった事に違いはない。侵入した経路については調査中だが、姿隠しの布が使われたようだ。だが不可解な事に私達と戦闘になる前にグロンダン王国の兵士達は死んでいた、リヌス王子もな。それもあって私は急ぎ本部に行く事になった。後の事はレノー中尉に任せている。皆、頼んだぞ」
兵士達からは息が漏れ、上官達の中には面白く無さそうにしている者もいる。皆、思い思いの想いを抱いている。そして、明日の為に今日を費やし、明日はまた明後日の為に費やす。
A.S.949 一の年7月8日 グロンダン王国のロイスで平和条約が結ばれ、終戦の宣言がなされる。
急な報せであった為、兵士達の間ではリヌス王子が亡くなった事が原因ではないかと噂された。レミ少佐の話にもあったが、リヌス王子は前線基地を放火し仲間の兵士を殺めた後に自害したそうだ。何がしたかったのかセルジュには分からないし、分かりたくもなかった。
終戦について本部より戻ったレミ少佐から伝えられ、ルブラン王国軍はフエフトから引き上げる事になる。魔道車に乗り込んだ兵士達は、口々に家族に会えると嬉しそうにしている。
自分にその資格はない。
セルジュは、魔道車の最後尾に座りながらそう思う。視線に先には、前よりずっと小さくなった基地があった。
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オランドが、ゆっくりと頷く。それは「色々」という言葉よりも多くの色が見えた気がした。サラはいつか自分も、そんな風になれるのだろうかと思う。
「それでね、戦場で私はひとつ頼まれ事をしたんだ」
そう言ってオランドは、店の中に置かれたワゴンへと顔を向けた。
ワゴンには、1フランで売っている魔道具【山羊への手紙】が並べられており、サラは内心がっかりする。オランドが言った、損はさせないというのがこの手紙の事だとしたら、全部売れても一日の食費ぐらいにしかならない。
山羊への手紙は魔道具といっても何の力も持ってはいない。何らかの理由により誰にも届かなかった手紙で、存在自体が不思議な物だ。名称は旧文明時代の童謡「やぎのゆうびん」から来ている。
「山羊への手紙に何かあるのですか?」
「そうなんだ」
「何?あんなゴミが必要なのか?」
アインは自分が過去にアンコモンだった事を知ってから、他のウェイストの魔道具への当たりがきつい。
「アインいい加減にしなさい。さっきから調子に乗り過ぎよ。それに店の商品を悪く言うなんて、もうお花飾ってあげないわよ」
「うっ」
花瓶であることの矜持からかアインは花が飾られないことを嫌う。無くても平気らしいが、落ち着かないのだとか。ミモザの花は静かなのに、花瓶は騒がしい。
「ふふ。ゴミか」
「すいません。気を悪くしましたか?」
「いや、大丈夫だよ。魔道具といえど古く、届かなかった手紙だ。私も事情がなければ見向きもしなかったかも知れない」
「まぁ、今ある新しいものでも51年前の物ですからね」
一つ1フランの商品だ、仕入れ値も知れている。ごくたまに物好きが買って行く程度の商品だが、前の店主から続く品のひとつで、取り扱いをやめたくはない。
「お嬢さんは、この手紙がどこで手に入るか知っているかい?」
「ええ」
一の年の決まった日。ある島国に、この【山羊への手紙】は現れる。
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